第37話-後手-
エゼルドの協力を得て、私たちの部隊はエスーク領域へと侵入した。ここが半魚種ダネア族に征服されれば、多くの赤髪系妖精種が難民として私の国に押し寄せ、国内の混乱は必至よ。だからこそ、奴らの侵攻はこの地で食い止めないといけない。
私たちは街道沿いに沿って北上し、途中の宿場町――チェサロスフォルドと、中心都市――カーコルカスターがまだ敵の手に落ちていないことを確認したわ。
「無事で良かった……」
カーコルカスターに着いた途端、エゼルドはそう言葉を漏らした。
領民を置いて逃げ出した奴のセリフじゃないわね。私はそう思ってしまったけれど、彼にもきっと事情があったんでしょうね。例えば……そうね、兄であるエス・リーア国当主から何か指示を受けた、とか。
まあ、今はそんなことどうでもいいわ。
私が今いるのは、彼の屋敷の応接室。そこを借りて、一時的な仕事部屋にしているの。
「敵の位置が分からない以上は、この都市から動けないわね……エスーク領域に私の国の警戒網は無いし……」
「申し訳ありません。砦の人員も全てかき集めて亡命を図った俺のミスです」
「そうよ、反省なさい。戦争では情報が1番大事なんだから」
彼は、敵の警戒を行うはずの砦を空っぽにしていたわ。
少しでも多くの兵力をかき集めたかった。育てた兵士を砦に置いたまま失うのは勿体ない。まさか、ウェスーク国軍を引き連れて領内に戻るとは思わなかった。彼はそう言うけど……全部言い訳ね。
とはいえ、同じ状況で私も完璧な判断ができるとは思わないから、責めるに責めれないわ。
「とにかく、敵が現れるまではここで待機よ。砦の人員は今すぐ配置に戻しなさい」
「承知しました」
「それと、カルロが着いたら私は帰るから。警戒監視網の構築も、きっとうちの国境警備隊が上手くやってくれるわ」
「ありがとうございます」
「あ、今のうちに言っておくわね。非常時の今はあなたをエスーク占領域の領主としてそのまま扱うけど、平時に戻ったら『国務卿会議』で改めて処遇を決めるから。同じ権限を持てるとは思わないことね」
「はい……え?」
私の言葉に、彼は呆けた顔をした。
「いや、当たり前でしょ」
獲得した領土をウェスーク州に統合するか、エスーク属領として自治権を残すかは悩みどころだけど、少なくとも領主の権限をそのままにしておくことはないわ。既にサスーク属領を持っているから、同じ扱いをするのが法的には楽ね。
「そんな……それはあんまりですよ」
「最悪、カーコルカスター市長くらいにはしてあげるわよ」
「それだけは、本当に勘弁してください……」
彼に領主としての能力が無いとは思っていないわ。少なくとも、少年だった頃から彼はエスーク占領域の領主をこなしているし、旧サスーク国の腐れ豪族と比べれば全然マシ。
でも、彼は反乱を起こす危険がある。少なくとも私はそう考えているし、国務卿会議でもそれを問われると思う。そんな彼を、高位の役職につけるわけにはいかないの。
「まあ、結局はあなたの態度次第ね」
「態度、ですか……」
「せいぜい頑張りなさい!」
私はニッコリ笑って彼をこの部屋から追い出した。
「それで、カルロは今どの辺りなの」
「まだダウニウムにも到着していないと」
「大部隊だものね……仕方ないわ」
さて、これからどうするかだけど……私はウィンタカスターに1度戻った後、エス・リーア国領域への逆侵攻を国務卿会議に提案しようと考えているわ。
さすがのダネア族であっても政治的カードになり得る豪族を皆殺し――なんてことはしていないはずよ。うん、きっと、たぶんそう……ええ、妖精種でもあるまいし……ね?
エス・リーア国の首都――レンデラムは海沿いの港町だから、奴らは間違いなくそこを拠点にしているはず。そこを開放してかの国の豪族を救出し、我が国優位の同盟を結ばせる。後はそのまま北上して、順次、彼らの領域を解放していく。
うん、さすが私。完璧な筋書きね!
「物資は後どのくらい持つんだったかしら」
「節約すれば3週間は持つと思いますが、それ以上となると徴発が必要になりますね。カルロ将軍の部隊が多く持ってきていれば、それよりも伸びるかと」
3週間か……それだけあるならこのままレンデラム攻略まで、もしかするとできちゃうかもしれないわね。まあ、どのみちカルロと相談しなきゃだけど。
「ありがとう、下がっていいわ。また何かあったら呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
私は侍従の子も部屋から下がらせた。
1人でいるには丁度いい広さの部屋。私はぼやく。
「カルロが着くのが先か、相手が動くのが先か、かあ……」
私は待つのが嫌い。どちらかと言えば、先手を打ちたいタイプよ。なぜなら、待っている間に取り返しのつかないことになるのが怖いから。過去のトラウマ……なのかもしれないわね。
私が学院卒業を呑気に待っている間に、お父様は戦争に巻き込まれて死んだ。
私はサスーク国の徴税官がいつワルハムを訪れるのか知らなかった。だから、彼らが死ぬ瞬間を見てしまった。
私たちはサスーク国から仕掛けてくるのを待った。だから、ミシア国との挟撃という窮地に立たされた。
後手に回ると碌なことにならない。私はそう学んだはずなのに。
「私はまた、後手に回ってしまったわね」
私は部屋に飾られた地図を見る。バルバリア島その南半分の地図――そこには7つの国が記されている。まさか、その外側から脅威がやってくるなんてね。
――――――――――
「大変です当主様!」
カーコルカスターに着いた2日後の朝。私が朝食を終えて書類仕事に取り掛かろうとしていた時、侍従の子が血相変えて部屋に飛び込んできた。
「どうしたの」
「カーコルカスターの北東にある村の者が来て……半魚種の軍勢が現れたと! 只今、エゼルド閣下が話を聞いていらっしゃいます」
「なんですって!?」
私は手に持っていたスタンプを放り投げ、すぐに部屋を後にした。




