第33話-復国-
「とても美しいですよ、当主様」
「ありがとう」
今さっき、私は控えの間でイーヴに化粧を施してもらった。普段あまり化粧をしない私だけど、今日くらいはね。
「式典の方はどう?」
「着々と進んでおります。今頃は外の広場に客人、兵士、都市の住民、来賓方、皆集まっていることでしょう」
「そう……いよいよね」
「はい」
私は装飾が多く施されたそこそこ重い、着慣れないドレスに少し戸惑いつつも、イーヴに導かれて2階のバルコニーを目指す。私の傍らにはジョン、アラーナ、ジェファーも居てくれたわ。
バルコニーの扉が侍従によって開け放たれ、私たちは観衆の前に出る。私の目に飛び込んできたのは、広場を埋め尽くす人、人、人。その誰もが、私たちに向けて手を振っていた。
「当主様、綺麗……」
バルコニーで拡声魔法の準備をしてくれていたルーナが、私を見てそう言葉を漏らした。私は彼女に微笑みかける。
「準備は良い?」
「はい、です!」
私は大きく深呼吸をする。
そして、口元に魔法陣が展開されたのを確認し、私は観衆に向かって演説を始めた。もちろん、言語はアグル語よ!
[ここに集まってくれた皆の者、聞きなさい。私の名はアリス――ウェスーク国初代豪族当主リオポルドの娘よ。父は私にとって、とても偉大な人物だったわ]
演説の前段、私はお父様の偉業について話した。
大陸から逃げ延びた時のこと。混沌の時代に巻き込まれ、部族を纏め上げる指導者としての頭角を現していったこと。ウェスーク国が成立した後、ウェスーク国の城やここ――ウィンタカスターの発展に寄与したこと。
[4年前の晩春……私はその頃、学院で3年目の学生だった。父は突然の戦争で命を落とし、私はその知らせを学院で受け取ったの]
中段はこの国が陥った苦境について。
ミシア国とサスーク国の侵略で国が2つに分かたれ、滅亡したこと。ミシア国に占領された北部では元の住民が皆殺しにされたこと。サスーク国に占領された南部では、過酷な搾取を受けたこと。
[私は学院で『私のバルバリア魔法戦線』を組織し、この島へと再び上陸したわ。最初の目的は父の仇討ち――復讐だけだった。けど、次第にそれだけじゃなくなっていった]
後段は「私のバルバリア魔法戦線」が無くては成し得なかった偉業よ。
港町ワルハムの町長――ブレットと再会できたこと。ワルハムに拠点を築いたこと。開催した祭りに沢山の人たちが集まってくれたこと。そして、私の組織がミシア国、サスーク国の両軍を打ち破ったこと。最後に、ウィンタカスターの地に遷都を決めたこと。
[全ての領土を回復した今こそ、私はここに、ウェスーク国の『復国』を宣言する! そして、初代豪族当主リオポルドの娘にして、復国の主導者であるこの私――『アリス』が、豪族当主を継承するわ!]
私の張り上げた声に呼応する物凄い歓声、途轍もない熱狂。この空気は、祭りの時とは比べ物にならない。私はそれに圧倒されそうになるけど、まだ私の演説は終わっていない。
[もう少し聞きなさい。私は今、全ての銀髪系妖精種部族を統べる者になった。この権威をバルバリア島のみならず世界中に喧伝するため、私はロマーラ普遍教会に『スーク伯』の称号を請求したわ!]
私の突拍子もない宣言に会場は大きくざわめく。この件は決して全員が喜ぶモノではない。だからこそ、あえて最後に回したの。
[これで『復国記念演説』は終わりよ。ここからは、国務卿第1位――大法官のジョンによるウェスーク国法の公布式に移るわね]「じゃ、私はこれで」
「ちょ、お前、ここで俺に投げるのかよ」
私はざわめきが大きくなりつつある広場に手を振って、その場を後にしたわ。
――――――――――
[あれはどういうことですか、アリス嬢! 私に説明して頂けますね!?]
その日の夜。国務卿や来賓方、主要な客人が招かれた晩餐会にて、登場した私に対して真っ先に迫ってきた老人が居たわ。そいつの立場はウィンタカスターのドレイツ長老――つまるとこ、この都市のドレイツ教のトップよ。名前は……なんだっけ? 確か、ジェフリーだったかしら。
[どう、と言われても分からないわ。何のこと?]
[とぼけないで下さい! 問題は幾らでもありますよ。まず、『ドレイツ長老会議』はまだあなたの豪族当主継承を認めていない。それをあのように勝手に進めるなど――]
[私はあなたたちの承認を必要としないわ。隣国に認めさせた……これだけで充分よ]
大陸の「大森林」以北で古来より信仰されてきた「ドレイツ教」。その司祭である「ドレイツ」が中心となって、部族長の任命をはじめとする様々な「まつりごと」は行われてきたわ。
そして、その風習は今も妖精種全体に受け継がれている。バルバリア島における7人の初代豪族当主たちだって、「魔竜様に仕えるドレイツ長老会議」に認められて任命されたの。
私も最初は承認を得ることを考えたわ。けど――
[あなたたちに私を承認する気なんて、これっぽっちも無いことくらい分かってるんだから]
今のドレイツ長老たちは大森林に固執している。同族じゃないとはいえ、大森林を奪った人種である原種――彼らとの親交が深い私を、会議は絶対に承認しないでしょうね。
[そ、それだけじゃないですぞ。ジョン殿が発表したあの法はなんですか!? 精霊様の教えとの矛盾が多すぎる]
[例えば何が不満なの?]
[そうですな……例えば『異種での結婚を認める』――でしたか、これは精霊様の教えに反するものです!]
[ああそれ、私とジョンが結婚できるようにするためのものだから]
[なんですと!?]
精霊様の教えには、「異種間で子作りすると取り返しのつかない災厄を招き入れる」とあるわ。アトゥス教の教典にだって似たような記述は存在する。でもこれって、結婚するだけなら良くないかしら?
[セッ〇スしなけりゃいいじゃない、セ〇クスしなけりゃ]
[ッ!? な、ななな、なんて下品な女なんだ!!]
[あ?]
失礼ね。誰が下品よ。
[も、もしや……アトゥス教会に称号を求めたのも、ジョン殿の仕業ですか!]
[確かに最初に提案してきたのはジョンだけど……決めたのは私だし、今はあいつその件に関わってないわよ]
[ああ、なんとおいたわしや。リオポルド様の娘とあろうお方が原種の男に篭絡されるなど……]
[いや、話聞きなさいよ]
駄目だわこのジジイ。私のいう事をこれっぽっちも聞きやしない。
[どうしたんだアリス]
そこに割り込んできたのは赤髪のクソガ……エゼルドだったわ。
呼び捨てやめなさいよ。
[おお、エゼルド様ではありませんか。アリス嬢はドレイツ教……いや、精霊様の教えを軽視されておられる。エゼルド様からも何か言ってはくださいませんか]
[ふーん、そういうことか]
ク……エゼルドは私の方をじっと見つめる。
何よ、あんたも私に文句言うの。
[アリスの気持ちは分かる]
ん? 思ってたのと違う。
こいつは私の方からジェフリーの方へと向き直った。
[お前はそう言うけど、ドレイツの奴らだって豪族を軽視しているじゃないか。それに、学院でロマーラの進んだ学問を学んだアリスに、無学なお前らが見限られるのは仕方ないだろ]
いいわよ! もっと言ってやりなさい!
私は気づけばこいつを心の中で応援していた。
いつの間にか私たちの周りには人だかりができており、彼らはエゼルドの鋭い言葉に拍手を送る。私も勿論、拍手を送る。
不利を悟ったのか、ジェフリーはそそくさとこの場を去っていったわ。
エゼルドは私の方に振り返る。
[アリス、さっきの演説見たぞ]
[それで?]
[……かっこよかった]
私は、こいつの顔が微かに赤くなっていることに気がついた。
あらあらあら?
[さては、私の魅力に気づいちゃった?]
[悔しいけどな!]
何よこいつ、可愛いところあるじゃない。
[俺は、いつかアリスに倣って『リーア伯』を目指すことにした]
[赤髪系を統一するってこと? 簡単じゃないわよ]
[分かってるよ! でも、俺はそれを成し遂げて――アリスを貰ってやる!]
あら大胆。いや、大胆すぎるわ! 何よその宣言、さっきの私よりもよっぽど問題発言じゃない。
[よくぞ言ってくれましたなあエゼルド様。ですが、私の国は強いですぞ? ノーズィリア国はもっと強い]
人だかりの中でビールを飲んでいたサイラスがニッコニコで飛び込んできて、エゼルドの赤い髪をクシャクシャにする。完全に出来上がってるわねこのオッサン……。いや、怒ってないだけマシか。
「楽しんでいるようだな、アリス」
「あんた、面倒だから遠くにいたでしょ」
「式典で最悪な空気の中、俺に出番を回した仕返しだ」
ジョンは、人込みからやっと抜け出せた私にサイダー(リンゴ酒)を渡してくれた。私たちは2人で乾杯をする。
「私は、次は何をすればいいのかしら」
「今は何も考えるな。晩餐会を楽しめ」
周りを見渡してみると、サイラスとエゼルドが取っ組み合いをしていたり、ルーナが魔法を使わず覚えたての妖精語でクラリスに甘えていたり、ジェファーとオリヴァーがアラーナを挟んでよく分からない数式で言い合ってたり、イーヴとカルロがゾーイを審判に剣技を披露していたり……なんだか、皆自由ね。
「しばらくこの国は平和だ。考えるのは、何かあってからでいい」
「そうね」
私はこの後も、ジョンと2人で晩餐会を楽しんだ。
アリスは老人とかジジイとか言っていますが、妖精種は見た目あまり歳を取らないので、ジェフリーの見た目は原種基準だと老け顔の30代半ばといった感じです。
同じくサイラスは老け顔の20代後半です。




