第32話-来賓-
「ここが、ウィンタカスター……」
遂に遷都の日がやってきたわよ!
私はこの日、初めてこの都市を訪れたのだけど、中心部の活気がワルハムとは全然違う。凄い人の数ね。馬車の中から眺めているだけでも人々の熱気が伝わってくるわ! 流石にムー島の市街に比べると劣るけど……そんなの関係ないわよね。この国では充分すぎる都市よ!
「出店が沢山あるわね!」
「何か買っていかれれますか?」
「いや、それはいいわ。時間も限られているし」
ウィンタカスターは元々、お父様の指示で作られた町だったわ。エスーク、サスーク両国と足りない物資を融通し合うため、3国の領域が交わるところにあった廃村を利用したの。
この町は3国の交易拠点になったことで大きく栄えたわ。みるみるうちに発展して、ウェスーク国の城と並ぶ都市にまで成長したのよ。でも、そんな順風満帆な時に事件が起きる。
そう、4年前のあの戦争――その時、ウィンタカスターは真っ先にサスーク国軍に占領されたらしいの。ウェスーク、エスーク人の商人は資産を没収され、この都市はそのまま没落するかに思われたわ。けど、残されたサスーク人商人たちは、この都市で引き続き商売を続けるための「勅許」をサスーク国豪族に嘆願した。そして、その願いは受け入れられたわ。
それ以来、この都市の役割は少しだけ変わった。以前の「交易拠点」から、サスーク国領域内での「物資の中継拠点」になったの。取引高は全盛期より下火になっているけど、それでもここ3年は横ばいで推移していて、都市としての体裁は保てているってわけ。
春に起こった戦争の結果、サスーク国はウェスーク国の属領となった。サスーク国がこれまで占領していた元ウェスーク国、エスーク国の領域は没収し、ウェスーク州に統合した。
この時に、ウィンタカスターはウェスーク国の元に戻ってきたの。地域の中心都市という格を引っ提げて、ね。
「では、視察はそろそろ切り上げて、『新市街』の方へと移動しましょうか。この辺りは治安が悪いとも聞きますし」
「分かったわ」
イーヴの言葉に、私は素直に頷いた。
馬車は人込みを抜け、街外れの方へと向かっていく。
「こんな臭い街に当主様を長居させるわけにはいかないよ。本ッ当にここは汚らしいな……」
……なんだかジェファーはとても機嫌が悪いご様子。
「これから、僕が計画した、当主様に相応しい最高の街へと案内しよう!」
「どんだけここの中心街が嫌いなのよ……。それと、あんたは口出しただけで計画したのはオリヴァーとアラーナでしょ。ていうか、外務卿ってやっぱり暇なの? 他の仕事増やそうかしら」
因みに、私の最後の言葉は冗談よ。彼には今回、「とても大きな仕事」をしてもらったわ。……もしかして、だからイライラしてる? そんなこと無いわよね。
「さあ当主様、早く向かいましょう! はははははは!」
――――――――――
「イーヴ見て! 凄く綺麗よ!」
まだ開発が進んでいない新市街。一面に広がる草原には、私の大好きなバーベナの他、色んな花が咲き誇っていた。
辺りに建物が多くないお陰で、小高い丘に建つ大きな屋敷がひと際目立っている。その屋敷へと続く大通りには、ウェスーク国軍の兵士たちが綺麗に整列していたわ。
「当主様に、敬礼ッ!」
私はゆっくりと進む馬車の中で、私に敬礼をしてくれる兵士たちに向けて手を振ってあげる。よく見ると、1番先頭に立っているのは将軍のカルロ――彼は敬礼ではなく、私にサムズアップを向けていた。
「なんてポーズしてるのよ……」
「カルロ将軍は面白い人でございますね」
「本当に面白いと思ってる?」
屋敷を取り囲む塀の門を潜り、建物の目の前まで辿り着くと、そこには残りの国務卿の面々がずらりと並んでいたわ。馬車から降りた私に対し、1歩前に進み出たのはジョンよ。
「当主様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へお入りください」
彼は儀礼的に丁寧な言葉と共に、重そうな屋敷の扉を開けてくれた。
やっぱり、彼の役職は大執事でも良かったかもしれないわね。
そんなどうでもいいことを考えながら建物の中へと入ると、そこには言葉を失うほどの美しい空間が広がっていた。
「わあ……」
現在のウェスーク国軍――総勢40人余りが余裕で入れる広い吹き抜け空間。そこに、バルバリア魔法戦線の紋章と、ウェスーク国の紋章が掛け合わされた精巧な意匠のステンドグラスから、色とりどりの光が差し込んでいた。その光は地面階から1階へと続く巨大な階段の踊り場に注いでいて、ここで集会を開けば私を照らす光になる。とっっっても、素晴らしいわ!
(バルバリア島では一般的に、地面の入口がある階を「地面階」、その上の階から「1階」、「2階」と数えます)
「アリス、来賓を部屋で待たせている。まずは彼らに挨拶を」
「ええ、分かったわ」
応接室に入ると、そこには3人もの来賓が寛いでいた。
1人は見覚えのある顔だったから、私はアグル語で彼に話しかける。
[サイラスじゃない!]
[おお、アリス様。ご健勝なようでなにより]
そう、赤髪の彼はミシア国の高級官僚――サイラスよ。以前に会った時には外交戦の相手だったからか、なんだか苦手なイメージがあったけど……ビールを煽る今の彼はただのおじさんね。
[アリス様、お初にお目にかかります。私はゲント国現当主の妻――クラリスと申しますわ]
[ウェスーク国当主になったアリスよ。よろしくお願いするわね]
緑髪系方言でクラリスと名乗った長身の女性は、質素だけど気品を感じさせるドレスを身に纏っていた。
賢そうな人……と、私は彼女に対して、素直にそう感じたわ。
[その赤い飲み物は何?]
[これは、大陸から輸入した『ワイン』というお酒です]
[これがワイン……ロマーラ帝国時代に飲まれていたと聞いたことがあるわね]
[その通りですわ。アリス様は博識なのですね]
[こう見えても、学院を卒業してるのよ! ねえ、飲んでみてもいいかしら]
[ええ、もちろんです]
「ゲント国の人間を呼び寄せなさい!」――それが、私がジェファーに与えた無茶振……「とても大きな仕事」の正体よ。でもまさか、現当主の夫人を連れてくるなんてね。やっぱり彼は優秀だわ。これからも酷使してあげなきゃ。
[俺にも、そのワインってやつ貰えないか?]
少し放置されていた赤髪の少年が、私たちの方に話しかけてきた。そういえば――
[あなたはどちら様?]
[コホンッ。俺はエス・リーア国豪族当主の第4子にして、エスーク占領域を任されているエゼルドだ!]
……エス・リーア豪族!? なんて人を連れて来てるのよ!
私は、おそらく手引きしたであろうジェファーの方を睨みつける。彼は「してやったり」という表情をしていたわ。絶対にいつか過労死させてやる。
[エゼルドというのね。あなた、歳はいくつ?]
[馬鹿にするなよチビ女、俺はもう13だ]
チビ……女……?
イラッ。
[13かあ、じゃああなたにはまだ強いお酒は早いわね。薄めたミードでも飲んでなさい]
[なんだと!? お前、この俺になんて口の利き方――]
[私は、ウェスーク国『当主』のアリスだけど。な、に、か?]
[当主? お前が?]
イライラッ。
[ええ、そうよ! 少しは敬いなさい]
[こんなのが当主だなんて、ウェスーク国民も可哀想だな]
イライライラッ。
「ジョン、このガキを摘み出しなさい」
「アリス……それはさすがにできない」
「ジョン!」
「落ち着け。この方は他国の豪族だ」
[べーッ!]
私とジョンがロマーラ語で問答していると、意味を知ってか知らずか、エゼルドは私に向かって舌を出して挑発してきた。
信じらんない! こんなに面と向かって馬鹿にされたのは生まれて初めてよ。何なのこのクソガキッ!
[アリス様、ここで気を収めるのが大人の余裕というものですわ]
そう言って、クラリスはワインの入ったグラスを私に渡してきた。
[あり、がとう……]
私はさっきの短慮な言動を思い返し、少し恥ずかしく思いながらワインに口をつける。……何これ渋ッ!
[そうですぞ、アリス様。あの歳の男子というのは、皆そういうモノです]
サイラスもビールを煽りながらクソガキを擁護する。そういうモノ……本当かしら。
[お2方がそう言うのなら……失礼したわね]
恥ずかしさからか、ワインが回ってきたのか、顔が熱くなるのを感じる。
クソガキはフンッと鼻を鳴らして椅子に座り込んだ。なんでこいつはそんな偉そうにできるのよ。
「アリス、飲み過ぎるなよ。これからが『本番』なんだ」
「ええ、そうね」
私はジョンに促され、ワイングラスをテーブルに置く。
彼にはアグル語が分からないから、きっと今は時間しか気にすることがないんだと思う。
来賓方との挨拶は、まあ、こんなもんで大丈夫でしょ。
そう思った私は、イーヴに視線で合図を送る。それに気づいた彼女は軽く頷き、来賓方に向き直った。
[アリス様はこれから『復国記念式典』での演説の準備がございますので、私たちはこれにて失礼いたします]
[皆さん、また後で会いましょ]
私はイーヴと2人で頭を下げて、応接室を後にした。大一番がまだ控えているというのに、なんだかドッと疲れたわ……。
赤髪系は東北方言に、緑髪系は関西方言に脳内翻訳して頂ければ、と。まあ、作者はどちらにも詳しくないから標準語で書くんですけどね。




