第29話-属領-
開戦からひと月半ほどが経ったかしら。全てを終えてワルハムに帰る道中、ブルーベルの花が至る所に咲いていたわ。
あの条約で私は、ウェスーク国当主となることを認められた。奪われた土地も無事に取り返した。しばらくは安泰ね。
ウェスーク国の城は、棲んでいた赤髪系の人たちに任せることにした。もうあの城に未練は無いもの。
近くに綺麗な川が流れているから、あの町には古い言葉で「清流」を意味する「シアボーン」という新しい名を与えたわ。
シアボーン周辺――ウェスーク国北部の町や村には今でこそ女子供しかいないけれど、ミシア国との交流が始まれば男手も集まってきて、きっと発展するでしょうね。
――――――――――
「サスーク国が従属を求めてきたあ!?」
ワルハムの拠点に帰ると、ジェファーがニヤニヤしていた。彼のこの表情にはきっと何かある、そう思っていたけれど――
「まさか、そんなことになってたなんて……」
シアボーンにいた頃に彼から入ってきた通信は、「大成功」という1言だけだったわ。
何が大成功よ。こんなことになってるなんて聞いてないわよ。報告不足よ。職務怠慢よ!
「ジェファーお前、脅したりしてないよな……」
「そんなことしないさ。むしろ向こうから提案してきたんだよ」
彼の説明によると、サスーク国豪族は占領地域に重税をかけて搾取した物品を担保に、大陸の貴族から借金をしていたらしいの。今期の徴税が私たちの介入により失敗したことで、彼らは首が回らなくなってしまったのだと……。
「呆れた話ね……で、どうしたのよ」
「僕たちは大陸の金なんか持っちゃいないからね。サスーク国の役人と一緒に、代わりに返してくれそうな人にお願いしに行ったんだ」
「そんな人いるの?」
「『ゲント国』さ」
「ゲント国」というのは、7大国で唯一の緑髪系妖精種の国よ。この国はバルバリア島の最南東端に位置していて、7大国の中では最も大陸との距離が近い――その立地を上手く利用した「海峡交易」で、最も商業的に繫栄しているわ。
「ゲント国を巻き込んだの!?」
「ああ。僕はまず前提として、サスーク、ゲント両国に、僕たちウェスーク国の存在を認めてもらった。その上で、1に、サスーク国はウェスーク国の属領になる。2に、ゲント国はサスーク国の借金を肩代わりする。3に、ウェスーク国はゲント国に無償で魔法使い傭兵を提供する。これで話が纏まったのさ」
これなら全ての国に利がある話ね……。いや、サスーク国は消滅するのだけどね。
「おかしな話だ。普通、知らない他国の兵をそう易々と招き入れるか?」
ジェファーの説明に、ジョンは1つの疑問を投げかけた。
私たちは実際に行ったわけじゃないから、ゲント国の内情や思惑をよく知らない。ジョンの疑問はもっともだわ。
「彼らは大陸から魔法使い傭兵を雇っているからね。きっと、バランスを取りたいんだと思うよ」
「なるほどな」
ジェファーによると、ゲント国は人口が少なく、自前の常備軍を有していないらしいわ。大陸から2つの魔法使い傭兵を雇用していて、そこに私たちが加わるとのことよ。
「それにしても傭兵か……ただでさえ人が少ないのに大丈夫か?」
「代わりに僕たちはサスーク国軍を丸っと手に入れたんだよ。上手く使えば問題ないさ」
「上手く使えば、な」
2人は揃って私の方を見てきた。
「……何よ」
「いや、分かるだろ」
私は最近、空いた時間はずっとウェスーク国で施行する法律の草案を考えていたわ。
私が学院で修めた学問は「法学」。だからこれは、私の専門分野と言えるのだけど……。
「当主様、ジョン様とジェファー様は、『サスーク国を上手く取り込む法を考えろ』と仰っているのですわ」
「それくらいイーヴに言われなくても分かってるわよ!」
属領自体の扱いは、ロマーラ帝国の属州を参考にすればいいと思うのだけど……ロマーラ帝国属州は兵を動かす権限を持ち合わせていなかったわ。もしも、私たちがサスーク国軍を豪族から取り上げれば、軍人と豪族の双方から反感を買うでしょうね……。でも、そのままにしておけば、それはそれで、いつか反乱を起こされかねないわ。
「全く、余計な仕事を増やしてくれるわね……」
ああもう、折角の草案が作り直しじゃないの。誰かに相談したいけど、この組織ってなぜか法学出身者が少なすぎるのよね……。
「ボス、頑張れよッ」
「ああああああ、そう言えばカルロ、あんた法学出身じゃないの! 手伝いなさい!」
「俺の学院での成績を忘れたかァ?」
「……そうだったわね」
駄目だ。この筋肉ダルマには頼れないわ。そういえば、卒業できたのも奇跡とか言われていたわね。
私が頑張るしかないのね……。
「そういえばアリス」
「何よ、私の仕事を更に増やす気?」
「いや……1つ提案を思いついたんだ」
このタイミングで提案?
私はジョンに対して、不機嫌なのを隠さずに返事をする。
「まあ、聞いてあげるわ」
ジョンは、そんな私の態度を気にせずに話を続ける。
「俺たちがサスーク国を支配すれば、君は銀髪系妖精種を統べる、たった1人の長になる」
「そういえば、エスーク国も滅んだのよね。……確かに、そうなるわね」
「ゲント国を通じて、これからは大陸との交流も増えるだろう。だからこそ、大陸貴族に倣って『スーク伯』を名乗ってみないか」
大陸では近年、新たな統一王朝が誕生し、アトゥス教会に取り入ることでロマーラ帝国の後継を自称しているらしいわ。そこでは、彼ら独自の貴族制度が誕生、発展しつつあるとは聞いていたけれど……。
「スーク伯……」
私はその聞きなれない言葉を口の中で転がしてみた。意味としては、「銀髪系部族を統べる権利」といったところでしょうね。
「ちょっと考えてみる」
ロマーラ帝国とも、妖精種の部族制とも違う、全く新しい制度。私はそれに強く興味を惹かれた。
「ルーナ」
「は、はい」
「あなたの部下に法学出身者がいたわよね」
「い、います、です」
「その人をゲント国に派遣しなさい。大陸の貴族制度を学ばせて、私に教えてもらうわ」
私の復讐は終わった。だからこそ、新しい何かを始めてみたかったの。
私の国を、大陸と渡り合えるだけの強国にする。私の新しい目標が、今この瞬間に定まった。
「それじゃあ、ついでにゲント国に派遣する傭兵旅団の編成も考えようか」
ジェファーのひと声で、新たな話し合いが始まろうとしていた。そんな時だったわ。これまでひと言も喋らなかったカリンが口を開いたの。
「その前に、私から話したいことがございます。大変、申し上げにくいことです」
カリンの声は、微かに震えていた。




