第28話-条約-
あの後、無事にイーヴは私の使用人兼護衛となることが決まったわ。
「勝負あり。で、ございます」
「嘘……だろ……ッ!?」
魔法禁止の縛りがあったとはいえ、ナイフを模した木片しか持たないイーヴに対して、木刀で戦い敗北したカルロのあの表情は忘れられないわね。
「カルロがまさか負けるだなんてな」
「あんなに自信満々だったのにね」
「何度も掘り返すんじゃねェよ……」
あれから私たちは、ウェスーク国の城の屋敷に滞在していた。
3千もの兵を駐屯させていただけあって、食糧や日用品は充分すぎる程に備蓄されていたわ。だから、所有者のいなくなったそれを、私たちはありがたく頂戴したの。
城内の都市にいる住民は、今や800人ほどの女子供だけ。彼女たちに反抗の意志はなく、私たちの支配にも従順だった。だから、私たちと彼女たちの間で、翻訳魔法を通した交流も行われ始めたわ。
こうして私たちは、滞在中、特に何か困ることもなく過ごしていたの。
私たちが待っていたミシア国の人間が来たのは、滞在を始めてから2週間も経たない頃よ。
[オーファ(ミシア国将軍)の軍が消滅した、ですと……?]
[ええ、その認識で間違いないわ]
[い、急ぎ当主様にお伝えしてまいります……すぐに使者が参るかと]
ミシア国からの使者がやってきたのは、それから更に2週間が経った頃だったわ。
「アリス、こちらはミシア国の使者であるサイラス殿だ」
[私はミシア国で当主様の補佐をしております、サイラスという者です。今回、使者としてこちらに参りました。よろしくお願いしますね、アリス様]
城に到着したサイラスは、ジョンと通訳(翻訳魔法使い)の案内で屋敷へと招かれ、私と対面することになったわ。
サイラスの印象は……狡猾な中年といった感じね。ジェファーが年を取ったらこんな感じになるんじゃないかしら。
[しかしまあ、寂れた城ですなぁ。いっそ、我が国の首都――『タモース』……は遠すぎますな。そうだ、温泉の街――『バズム』で当主会談を行うというのは如何でしょう。オーファの軍を、それもたった少数で打ち破った者たちをぜひ見てみたいと、当主様も仰られておりました]
誰のせいで! お父様の城が! 荒廃したと思ってるのよッ!!
彼は最初からとんでもない挑発をかましてきたわ。私は心の中で憤るけれど、決してそれを顔に出すことは許されない。こういう外交ってのは、感情的になった方が負けるの。
[その提案はありがたいのだけれど、今は遠慮しておくわ。私たちも、今の『領土』の管理のために人手が足りていないの。なかなか遠出が難しいということを理解してくれると助かるのだけれど]
[そうでございますか。では、今の話はまたの機会に]
ミシア国に奪われた領域は、今や私たちが取り返し、実効支配している「領土」であること。それを、あえて強調しておく。挑発し返したつもりなのだけど、彼にはあまり効いていないみたいね。
その後は、しばらくの間どうでもいい雑談が続いたわ。サスーク国との戦いの結果もミシア国にまで伝わっているだとか、学園ではどう過ごしていたのかだとか、そんな話よ。
互いの言語知識が足りず、なおかつ翻訳魔法も使えないジョンとサイラスの会談には不安があったけれど……通訳を介しての会談というのは、思いの他スムーズだったわ。
「そろそろ本題に入りたいのだが」
[ええ、私もそう思っていたところです]
最初に切り出したのはジョンだったわ。サイラスもそれに頷いた。
「俺たちの要求だが。まず第1に、アリスを当主とする新たな『ウェスーク国』を認めてもらいたい」
[ふむ、それは認めましょう]
「早いな」
[拒否する理由もありませんから。アリス様が豪族当主となられるのは正当なものです]
ミシア国に認められた。これで、私たちは正式に「ウェスーク国」を名乗ることができる。順調ね。
「第2に、旧ウェスーク国の領域を俺たちの領土であると認めてもらいたい。これが受け入れられれば、これまでの侵略行為に関わるミシア国の責任を、これ以上は追求しない」
[認められませんな]
やっぱり。これは二つ返事とはいかないわよね。
「なぜだ。先の戦闘であなたたちは負けた。俺たちは不当に奪われた領土を要求できるはずだ」
[そうですなぁ。しかし、弱小のサスーク国とは違い、私たちの国にはまだ動かせる軍が残っている]
「……これ以上、犠牲を増やすつもりか?」
[いえいえ、私としてもこれ以上の無駄な戦闘なんか望んじゃいませんよ]
何かしらの譲歩が欲しい、と。そういうことね。
「ミシア国は、俺たちとの講和に何を求める」
[私たちは負けた側です。要求だなんて滅相もない。私が望むのは民の安寧だけですよ]
堂々と私たちの要求を突っぱねておいて、何が「負けた側」よ。でも、民の安寧……ね。サイラスの言わんとしていることが分かった気がするわ。
私はここで、思い切って彼らの話し合いに口を挟むことにしたの。
[今、私たちの支配領域内にいる赤髪系住民は、私たちが責任を持って保護しているわ。ウェスーク国が成立した後も、私たちは彼らを国民として受け入れるつもりよ]
[ほう……]
[国民として受け入れたからには、差別や迫害は絶対にしない。約束するわ。何せ、私たちの組織では既に、原種と妖精種で共存しているんだもの。これくらい朝飯前よ]
私はジョンに目配せする。彼は私の合図に頷き、会話を引き継いだ。
「俺たちは民族間の対立を深めようとは思っていない。あなたたちの国がやったように、他の髪色の民族を皆殺しにするような真似は決してしない」
[まるで、私たちが蛮族だとでも言いたげですな]
「そうは言っていない。俺たちはあくまでも、かつて存在した多民族国家――『ロマーラ帝国』の統治思想を受け入れているだけだ」
一瞬の沈黙。サイラスは何か考えているようだったけど、黙っていた時間はそう長くはなかったわ。
[既にそこで暮らしている赤髪系住民を国民として受け入れていただけるのでしたら、ウェスーク国『領域』の回復を認めましょう]
「『アッラ(領域)』ではなく、『テッラトリウム(領土)』だ。そこを曖昧にするつもりはない」
「『領土』」[……というのは支配領域の土地のことでしたかな? あいにくロマーラ語には詳しくないものでして]
「その認識で合っている」
[では聞きますが、どうやってその境界を決めるというのです? かつてのウェスーク国だって、我らと同じ部族国家だったのです]
確かにそうよね……。ウェスーク国もミシア国も、町や村の支配権を巡り争ってはいたけれど、明確な土地の境目というのは決めていなかったわ。ロマーラ帝国の「長城」に代表される、「国境」という概念が私たちには存在しなかった。
「俺らの検地官を派遣し、国境を画定する」
[それでは、あなたたちの好きにできてしまうではないですか! 断じて認められません]
「ミシア国の兵士を同行させてもいいぞ。双方にとって悪いようにならないよう、厳命しておく」
[しかし――]
「それでもまだ足りないというのなら、ムー島から天使種の調停官でも呼び寄せようか。彼らは神に逆らうことができない。絶対に公平公正な調停が行われるだろう」
神に誓ったことを絶対に守る――そのような特性が知られている天使種までもが条件に入れば、サイラスとてこれ以上に文句をつけることはできないはずよ。
[……いいでしょう。その条件であれば、私たちは国境の画定を認めます]
おそらく、ここまでの話し合いで、私たちにも余裕がないことは彼に勘付かれている。もし、私たちに余裕があれば、彼の意図をわざわざ汲み取った上で条件を増やすなんてことしないからよ。何か拒否されれば、武力で脅し返せばいいだけだもの。
だけど、それは彼らミシア国も同じこと。3千の兵を失った彼らにだって、私たちの要求全てを跳ね除けるだけの余力は、きっと今は持ち合わせていない。
だからこそ、双方が納得できる着地点を、慎重に見極める必要があったの。
[同胞の『保護』を確実に約束して頂けるのであれば、ミシア国としてはこの内容で構いません]
「ウェスーク国成立後は、彼らの『保護』はしない。『平等な地位』を約束するだけだ」
[同じことでは]
「違う。俺らとして、ここは譲れない」
[……分かりました。では、赤髪系妖精種国民の『平等な地位』の堅持を約束して頂きたい]
「いいだろう」
こんな風に、細かな擦り合わせを行いつつ、講和条約の条文は決められていったわ。
・ミシア国は、アリスを当主とするウェスーク国の独立を認める。
・ミシア国は、旧ウェスーク国の領域をウェスーク国に返還する。
・ウェスーク国は、ミシア国との国境画定の権利を有する。
・国境画定は両国に不平等が生じないよう、天使種の調停官の元で行われるものとする。
・ウェスーク国は、領土内にいる全ての妖精種の平等な地位を約束する。
・ウェスーク国内にいる旧ミシア国住民が帰国を望んだ場合、両国はそれを認める。
・この条約が締結されてから5年間、両国は停戦期間を設ける。
――以上の内容が、ジョンとサイラスの間で正式に取り決められた。私はその条約が「アグル語で」書かれた皮紙に、「ウェスーク国当主として」サインしたわ。後は、ミシア国当主であるオーファがこれにサインすれば、無事に条約締結ってわけ。
[本日は有意義な話し合いができました。アリス様、ジョン殿、この機会を頂けたこと、改めて感謝申し上げます]
サイラスは条文が書かれた皮紙を丸めると、すぐに城を去っていった。最初に無駄話をしていた割にはせっかちな人なのね。
[やっと終わったわ。お父様]
私は個室に戻ると、お父様が残した剣に向き直る。
私の復讐は終わった。私はこれから、どうしたらいいんだろう……。




