第26話-入城-
サスーク・ミシア国軍との戦闘から2週間が経ったわ。ジェファーの治療のお陰で、私の美しい羽はすっかり元通りよ! ただ……精神的な具合はあまり良くないわね。
私の療養中、拠点では戦死した同志の葬儀が執り行われたの。私の魔法を受けて、骨と金属類しか残っていない遺体を前に、神学を専攻した者が多いカリン隊員の多くは、かなり大きなショックを受けてしまった。
アトゥス教において、火炙りは禁忌を犯した者に与えられる最大の罰よ。どうして彼女たちが業火に焼かれなければならなかったのか……。あれから拠点内の礼拝堂では、毎日、多くの同志が祈りを捧げていたわ。治癒室にまで聞こえてくるその声は、私の罪を責めたてているように聞こえてならなかった。
それに私は、お父様の仇であるミシア国軍の将軍――オーファを殺した。仇討ちという、私の中で1番の目的を達成してしまった。「ウェスーク国の城」の奪還という目的が残ってはいるけれど、そこに戻ったところで私のお父様はもういない。私に残っているのは、灼熱に晒されボロボロになったお父様の形見の剣だけ。
療養中の私は、罪の意識を背負いつつも、心の中に何かポッカリと大きな穴が開いたような、そんな気持ちで日々を過ごした。
とはいえ、私は「私のバルバリア魔法戦線」のボス。体も魔力量も回復した以上、ここで立ち止まっているわけにはいかないの。私はジョンとカルロとルーナ、それから約30人の同志を引き連れて「ウェスーク国の城」へと向かうことになったわ。
因みにジェファーは10人ほどの同志を連れて、サスーク国へと和平交渉をしに向かっている。カリン隊は全員、拠点でお留守番よ。
「ゾーイは、『城の周囲に敵軍はいない』と、言っていました、です」
「それなら案外、すんなりと入城できそうね」
6年半ぶりに帰ってきたウェスーク国の城は、私が棲んでいた頃とは全く様変わりしていた。
まず最初に気づいた事は、周囲の畑が荒れ果てているってこと。きっと、数年もの間、ろくに手入れされていないのでしょうね。
次に門を潜り城壁の内部へと入ったのだけれど、都市にはほとんど人気がなかった。何人か見かけたのは皆、赤髪系の女性や子供たち。今まで色々な話を聞いたけれど、やっぱり銀髪系住民は皆殺しにされてしまったのね。
最後に、私たちは特に警戒しながら城の中央――お父様と私が暮らしていた屋敷を目指す。
[アリスお嬢様あああああ、お会いじだがっだでございまずうううううううう]
屋敷は軍の拠点として使用されていた形跡があったけど、今はもぬけの殻だったわ。地下室で発見された、たった1人の幼女を除いて……ね。
「アリス、こいつは」
「イヴリンよ。私はイーヴって呼んでる。昔、私の家庭教師をしてくれていたの」
「天使種、なのか?」
「輪っかが光ってないでしょ。彼女、堕天してるのよ」
過去に何らかの禁忌を犯したことで天使種としての力を失い、教会からも追放されてしまったイーヴだけれど……。お父様に見つかり拾われたことで、彼女は私の使用人兼家庭教師になったらしいわ。
[まさか、生きていただなんて]
[堕天じででもぞう簡単には死にまぜんよぉ……]
私が学院で不自由ないくらいにロマーラ語を扱えたのは、彼女が「将来、絶対に役立つから!」と、親身になって教えてくれたからよ。実際その通りになったのだから、彼女には感謝をしてもしきれないわ。
つまりこれは感動の再開――の、はずなんだけど……彼女のあまりの泣きっぷりに私は拍子抜けしてしまっていた。
[イーヴ……あなたってそう簡単に泣くような人じゃなかったじゃないの]
[びええええええええん!]
彼女は私を抱きしめながらひとしきり泣いた後、冷静さを取り戻したのか、スッと私の元を離れる。そして、彼女は急に改まって私の方に向き直った。
「あの、お嬢様。2つほど聞きたいことがあるのですが、よろしいですか」
まさかさっきまで号泣していたとは思えない、澄ました表情で彼女は私に問うてきたわ。しかも、突然のロマーラ語で。
昔から思っていたけど、この切り替えの早さは何なのかしら。
「もちろんいいわよ」
「ありがとうございます。ではまず、お嬢様はどうして原種の方々を従えているのですか」
まあ、それは気になるわよね……。
「話すと長くなるけど、いいかしら?」
「勿論でございます」
私は、学院時代にバルバリア魔法戦線を結成することになった経緯――それを、搔い摘んで説明してあげた。
彼女はその話を興味深そうに聞いている。
「なるほど、私の手紙を読んだのがきっかけだったのですね。あの時は非常事態の真っただ中でしたから……無事にお嬢様へと届いていて良かった」
「あの時はこいつ、『国に帰る!』って聞かなくてな。引き留めるのが大変だったぞ」
「ジョン!?」
「あなたが学院でお嬢様を支えてくださったのですね。感謝申し上げます」
何よ、もうッ。あの時は、その、仕方ないじゃない。
「……それで、もう1つの聞きたいことってのは何なのよ」
「この城を占拠していたミシア国軍の方々は、どちらへ行かれたのでしょうか」
「ッ!」
イーヴの問いに、私は言葉が詰まってしまった。私の発動した終焉魔法に仲間を巻き込んだこと。敢えて考えないようにしてきたそのことを、意識してしまった。
「俺たちが全員殺した」
私の代わりに、ジョンがその問いに答えてくれた。それを聞いたイーヴは目をぱちくりさせる。
「はて、彼らは数千人はいたはずでは……」
「イヴリン、俺たちは全員『魔法使い』だ。その程度の規模になら勝てる」
彼は、私がミシア国軍を全滅させたことをイーヴに話さなかったわ。きっと、何か理由があるのね。
「そ、そうよ。私たちはミシア国軍との決戦に勝って、このウェスーク国の城に戻ってきたのよ」
「であれば、アリスお嬢様の目的は……」
「ええ、私はウェスーク国を復活させるわ!」
私の宣言を聞いたイーヴは、とても嬉しそうに目を輝かせた。
「アリスお嬢様、立派です。素敵です! まさか、あんなにやんちゃだった子がこんな風に育つだなんて!」
1言余計じゃないかしら……という言葉は飲み込んだ。
まあでも、褒めてくれるのは素直に嬉しいわね。6年半も経てば、私だって変わるのよ。ふふん!
「アリスねぇね、やんちゃだった、です?」
「そんなこと、ないわよ。ええ」
「ぴぇ」
「ルーナ、余計なことは聞かない方がいいぞ。アリスも虐めてやるな」
私たちのやり取りを微笑みながら聞いているイーヴ。懐かしいわね、この感じ。
「――それにしても、ミシア国側の高位の人間が1人もいないのは想定外だ」
「だなァ。いっそ、奴らの中枢まで攻め込んじまうか?」
「カルロ、今の俺らにはそんな能力も戦力もない。まあ、向こうからやってくるのを待つしかないだろうな」
「あの……」
話を聞いていたイーヴが、ここでスッと手を上げたわ。
彼女の表情は、さっきの微笑みとは打って変わって、真面目なものへと変わっていた。……まあ、真面目とはいっても彼女も天使種だから、10歳いかないくらいの女の子の表情なのだけれど。
「しばらくこの城に滞在するのであれば、私めを使用人として雇っては頂けないでしょうか」
「イヴリン、それはちょっと検討させ――」
「大歓迎よ!!」
私は二つ返事で彼女を迎え入れたわ。
……ジョン、その表情は何なのよ。




