第23話-遊撃-
『ミシア国軍およそ3千、ウェスーク国の城から南下を開始しました』
北方警戒旅団から入った情報に、私とジョンは大いに動揺したわ。
「3千、だと……?」
このタイミングでのミシア国軍の進軍、これは偶然なんかじゃない。間違いなくミシア国とサスーク国は連携している。ミシア国軍に比べて規模の小さいサスーク国軍は囮だったのよ。
でも、拠点との距離が近いのは断然サスーク国軍なのだから、今の戦場から全軍を引くわけにはいかない。そんな事をすれば、拠点とワルハムの町が危険に晒されてしまう。
現状、私たちに取れる選択肢は1つだったわ。
「カリン隊を北方に向かわせる。『プランB』だ」
カリン隊が敵大部隊(ミシア国軍)の進軍を妨害しつつ、その間に本隊が敵小部隊(サスーク国軍)を撃破。最後に本隊とカリン隊を合流させ、私が動かせる全軍でもって敵大部隊との決戦を行う。事前に練られたABCある3つの作戦の内、中程度に深刻な状態で発動される――これが、「プランB」よ。
更に、私はそれに加えてジョンに1つ提案をしてみることにしたの。
「ねえ、ジョン。私もカリン隊に付いていっていいかしら」
「……何を言っている」
こんな提案、彼は絶対に反対するでしょうね。でも、ダメ元でも押し通したい理由が私にもある。
「ミシア国軍は、お父様の仇だから。私自身が戦わなきゃいけないの」
そう、これは私の復讐における絶好の機会。誰にだって渡さないわ。
ジョンは、私の言葉に考え込んでいた。きっと、どう説得しようかと悩んでいたんでしょうね。そんな彼から出た言葉は、私にとっては予想外の一言だったの。
「死ぬなよ」
彼に否定されなかったことに驚きつつも、私は力を込めて頷く。
「ええ、絶対に生きて帰るわ」
私と彼の目線がぶつかる。しばらく無言で見つめ合った後、彼は観念したように大きく息を吐いた。
「ルーナも連れて行け。ここの戦場は俺が何とかする。ミシア国軍は……お前の好きにするといい」
「ありがとう、ジョン。大好きよ」
「ああ、俺もだ」
私と彼は顔を近づけ、そして、口づけをする。……指揮所にカリンが帰還していることにも気づかずに。
「あの……ボス、ジョン、お取り込み中のところ申し訳ありませんが……」
「カリン!? あ、えっと、ごめんなさい。こんなことしている場合じゃないわよね」
「いえ」
私とジョンに対して、彼女は何の小言も言わなかったわ。いつもの彼女であれば1言くらい何か言いそうなものなのに。
唐突な帰還命令の時点で、彼女はある程度、現状を悟っていたようね。私たちが説明する前から彼女は神妙な面持ちだった。
「ミシア国軍がこのタイミングで、ですか……」
これからの作戦を示した地図上のコマを前にして、彼女は一切、表情を崩さなかった。
ジョンが語った作戦は、カリン隊に壊滅的な損害を強いる可能性があるわ。それでも、悲観も絶望も、彼女から感情を感じ取ることはできなかった。自信があるのか、それとも諦観か……やっぱり私には分からない。
このタイミングで、ルーナも指揮所に帰還した。彼女は陣地を隊員たちに任せて、1人で戻ってきていた。
「敵の第4陣は、第3陣に比べて散発的、です。私が抜けても、問題ありません、です」
彼女は北方警戒旅団から入った通信を直接聞いていたようで、今から多くを説明する必要は無かったわ。
「ルーナには北方警戒旅団と合流後、共にカリン隊の支援をしてもらう。ああそれと、ミシア国軍との戦いはアリスが直接指揮をすることになったから、こいつの護衛もお願いしたい」
「ねぇねも、来る、です!?」
ジョンの言葉に目を丸くする彼女。まさか、私自ら出向くなんて思いもしなかったんでしょうね。
「ジョンに『死ぬな』って言われてるの。ルーナのこと、頼っても良いわよね」
「任せてください、です! アリスねぇね!」
陣容と作戦は決まった。後は馬を走らせて、敵を待ち受けるポイントに向かうだけだわ!
――――――――――
ジョンが考えてくれた作戦は、ミシア国軍の進路上、絶対に避けては通れない森を活かした「遊撃戦」よ。流石に、3千の大軍を相手に20人弱で正面切って平野で戦うのは、幾ら魔法の優位があるとはいえ論外ってこと。
ただ、そもそも妖精種は森での遊撃戦が得意な種族。私たちの種族は遥か昔から、機動力を活かした一撃離脱戦術で森を制してきた歴史があるの。炎や時の制御魔法を使用できるカリン隊とはいえ、どれだけ敵に対抗できるかは分からない。
「でも、やるしか無いのよね……」
罠を仕掛ける時間はなかった。こちらの勝機は、いかに魔法の優位を相手に押し付けられるか、それにかかっている。
ルーナがいる以上、流石に全滅はないと思っているけれど……ある程度の犠牲は覚悟しなければならないわ。
「敵、そろそろ来ます、です」
ルーナが敵の魔力を探知した。それはつまり、彼女の射程に入ったということよ。
「攻撃しなさい。ありったけの一撃で」
「分かりました、です」
彼女の目が赤く光り、辺りには溢れ出した膨大な魔力が渦を巻く。彼女の正面に生成された魔法陣からは極太の貫通魔法が放たれ、間にあった木々と共に敵集団を薙ぎ払った。
「凄い……これが、ルーナの全力なのですね……」
カリンは──いや、カリンだけじゃない。皆が呆気に取られていた。ルーナは間違いなく規格外の存在よ。彼女が仲間でいてくれて本当に良かったわ。
「魔力、使い過ぎました、です。暫く、休みます、です……」
「ありがとうルーナ、良くやったわ!」
敵は空を自由自在に飛べる妖精種。最悪、奴らは私たちを無視して森の上空を通過する可能性があった。だから、時間稼ぎという目的を達成するためには、私たちは奴らから見て、絶対に排除しなければならない脅威になる必要があったの。
ルーナの渾身の一撃は見事、敵を誘き寄せることに成功したわ。
「ここからは私たちの番です。全員、バディごとに散開。各々敵を迎撃しなさい!」
「「「はいッ!」」」
向かってくる敵兵たちを、カリン隊の面々は見事な剣筋で切り裂いていく。炎に包まれ焼け落ちる敵兵もいた。
同じ種族が死んでいくのを見るのは少し辛いけれど、奴らはお父様の仇。情けなんてかけないわ。
私自身もルーナの防御魔法に守ってもらいつつ、弓矢で敵兵を何人も落としてやった。私に向かって突っ込んできた勇気ある敵兵には、貫通魔法をプレゼントしてあげる! ──私たちと合流したゾーイが。
「ゾーイ! 助かったわ」
「ご無事ですか、ボス!」
「ええ、私はね。でも……」
はっきり言って状況は劣勢よ。カリン隊は奮闘しているけれど、この時点で既に数人の同志が怪我を負い、地面に倒れている。森の中での乱戦というこの状況では、怪我人の救出もままならない。
それに、ここにはジェファー隊本隊ほど優秀な治癒魔法使いも居ないから、怪我をした同志を復帰させるのも難しい。……ジリ貧ね。
ここで私たち、皆死ぬの?
そんなネガティブな考えが浮かんでくるけれど、私は頭を振ってその考えをかき消す。だって、私はボスなんだから、常に勝ちを模索しなくちゃいけないの。
カリンは先頭で戦っていて、きっと周囲の把握だけで精一杯。全体を俯瞰して見られるのは私だけ。観察しなさい。考えるの。どうする。この瞬間の最善手は何。
私は思考を巡らせながら辺りを見渡す。すると、ある1点に視線が吸い付けられた。カリンと戦っている男。その派手な装いに歴戦の風格、指揮官クラスかしら。それに、奴が使っているその剣、見覚えが……あれはッ!?
「お願い、私の声を全力で拡散して」
「えっ? アリスねぇね!?」
私はルーナにそう言い残して、カリンの方へと飛び出した。例の男を狙って矢を1発放つ。それは軽々避けられてしまったけれど、奴はこっちの方を見た。
私は奴を指差して、声を張り上げる。
[あんたがミシア国軍の指揮官ね。私は『私のバルバリア魔法戦線』のボス──アリス。あんたに一騎打ちを申し込むわ!]




