第四話
ブッ、ブゥーッ。
再び、背後からけたたましくクラクションが鳴り始めたのはそのときだった。先ほどの強引な割り込みとは違い、激しい応酬ではないが、まるでクラクションが徐々にこちらに近づいてくるかのようであった。
義彦はバックミラー越しに背後を確かめる。どうやら一台のバイクが車の脇の路肩を走っていくことに対するヤッカミのクラクションであったようだ。だが、義彦と泉はそこで顔を見合わせた。そして泉は助手席から車外に出て、走ってくるバイクの前に立って無理やり停めた。
「危ないよ、轢かれたらどうするの?」
フルフェイスのメットを被ったライダーが泉に怒鳴りながら、バイクから降りる。そして、そのままヘルメットを外す。意外にもまだ若い女性だった。メットに押し込まれた長い髪を手櫛で直しながら、女性は泉の前に立つ。
「お願いがあるの」
泉はそう言って、自分の車の方をチラチラと見ながら言った。
「ごめんなさい。私も急いでいるの。このバイクは譲れないわ」
ここに来るまで、何回か同じことをされたのだろう。女性は首を振って溜息をついた。
「そうじゃないの。この子を連れて行ってほしいの」
そう言うと泉は車から香織を引きずり出して女性の前に立たせた。泉の申し出は予想外だったらしく、女性は呆気に取られた顔をした。
「ごめんなさい。あなたにこんなことを頼める義理はないんだけど、どうしてもお願いしたいんです」
泉は頭を深々と下げる。義彦も車内から礼をした。女性は「やめてよ、こんなところで」と言いながら、困惑したように周囲を見渡した。
「もしかしたら、間に合わない可能性もあるし、それにあなた方と完全に離れ離れになってしまう危険性もあるのよ」
「それでも、この子の未来をあなたに託したいんです」
義彦も車から出て、もう一度、頭を下げた。不思議と先ほどまで騒がしかったクラクションがピタリと鳴りを潜めた。
「分かったわ。でも、引き受けるからには、こちらもあなたたちに約束をしてもらう」
「約束?」
「あなたたちも最後まで希望を捨てないこと」
女性は笑みを浮かべて義彦と泉を交互に見た。義彦と泉は目に涙を浮かべて女性に頭を下げた。
「お譲ちゃん、さあ、行きましょう」
女性はバイクの後ろに香織を乗せる。そして自分もバイクにまたがった。香織は不安そうな顔をして泉と義彦の顔を見る。
「大丈夫だよ、香織。後でパパとママは必ず迎えに行くから」
「だから、香織は先に行ってパパとママが来るための準備をしていてね」
義彦と泉の言葉に香織は少し戸惑った顔をしていたが、バイクの女性が優しく頭を撫でると満面の笑顔を浮かべた。
「うん、分かった。パパとママが来ても良いようにお片づけしておくね」
香織は普段から泉のしつけが行き届いているせいか、お手伝いという言葉に敏感だ。それが逆に義彦と泉には辛かった。いっそのこと、泣き喚いて最後の最後まで一緒にいようと思ったほどだ。
「大丈夫です。きっと間に合いますよ。それじゃあ、二人で先に行って待っていましょうね。香織ちゃん」
女性は優しく微笑みながら言った。
「うん、香織はパパとママのかすがいだからね」
その言葉に女性は呆気に取られた。その言葉の意味を知っている義彦と泉は顔を見合わせて笑った。不思議と香織がそう言うと何もかもが上手く行くような気がした。




