最終話
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その日、政府首脳陣は議事堂地下にあるシェルターに緊急避難をしていた。緊急時に用意されたその場所が今日の国家の中枢となっていた。内閣総理大臣今泉を中心として指揮がなされる。しかし、その実情は国家安全保安局次長長嶺の手に移っていると言っても過言ではない。長嶺の指示の元、局員たちが動く。映画館のスクリーンを想像させる巨大なモニターが様々な地域の情報を伝える。その中で渋滞の高速道の映像が流れる。状況把握のために出したヘリの映像だった。動けない車たちの出すクラクションの音が置き去りにされた人々の悲痛な叫びに聴こえる。しかし、ヘリはそんな車たちを尻目にさっさとシェルター内の格納庫に避難していた。
「最悪のシナリオになりましたな」
長嶺が隣の椅子に腰掛ける今泉総理に声をかけた。今泉は頭を抱えたまま、唸った。
「国民は私のせいだと恨んでいるだろうか?」
「恨まれるのはあなただけのせいじゃない。政治家、官僚、国民すらも少なからず罪はあるでしょう」
長嶺は冷淡に言った。
「私はこれからどうすればいいのだろう。国民にどう謝罪をすればいいのだろう」
「その心配はいらないかもしれませんよ」
「どういうことかね?」
「もしかしたら、あなたを恨む国民自体が全ていなくなるかもしれない」
長嶺はそう言いながら苦笑した。我ながら、悪趣味の冗談だと思った。しかし、まともな精神状態を維持し続けるには、それくらいの悪態をつかなければやっていられない。少なくとも、この場に無駄な人材は一人も置いてはいけないのだ。長嶺はチラリと頭を抱える今泉総理を見た。
今泉は政治家としては、綺麗な言葉と立派なマニフェストで国民を惹きつけた。しかし、それは絵にかいた餅、机上の空論でしかなかった。全ては政権を取るための詭弁。誰もがそう思ったことだろう。結局、財政はさらに悪化した。その結果、大国に大きな借財をして、傀儡政権とまで揶揄される始末。結果、本来平和国家だった日本は世界平和を名目とした軍拡路線に走り、周辺諸国との対立を深めて、テロの標的にまでなった。そして、ならず者国家と呼ばれた隣国との争いにも巻き込まれた挙句、核ミサイルを発射される事態にまでなった。
「大国はあなたを英雄視するでしょうね。全面戦争の口実を与えてくれたのだから」
長嶺はそう言って、哀れな指導者を見下した。そして胸に隠し持った拳銃を取り出す。そのまま、今泉の頭に銃口を突きつけた。
「英雄は死んでから、英雄になるのです。総理」
長嶺は引き金を引いた。躊躇うこともなく、あっさりと。恐らく今泉は長嶺の最後の言葉を理解する前に即死していただろう。これで長嶺の役目は終わった。後は大国の軍隊が上手く処理をしてくれるだろう。世界は日本という尊い犠牲を持って、統一されることになるだろう。
長嶺はそのために大国から送り込まれた人間だ。核ミサイルも全てはこの国が仕組んだ狂言でしかない。本来、敵国やテロ組織にミサイルを打ち込む技術はない。技術提供したのは他国の軍事産業ということになっているが、それも大国が巧みにカムフラージュした幽霊企業でしかない。それに敵国内にスパイを送り込み、常に両国の間に緊張感を与えていた。今回の暴発もそのスパイが敵国内で不安を煽った結果と言える。
一方、この国でも彼らの計画は推し進められていた。マスメディアを巧みに使い、危機感を流し込んで、信じさせた。大国の軍隊はなし崩し的にこの国の内部に影響力を浸透させていった。それは総理大臣ですら、知らない事実だ。
これから、多くの国民が犠牲になることだろう。しかし、それだけ多くの人間が救われることになる。元々、経済的に破綻し、食料自給率すら落ち込んだこの国が生きていけるはずはないのだ。しかし、核を三度も撃たれた国となれば全世界が同情するだろう。この国の経済復興にも無償で協力する国も多く出てくる。海底に眠るメタンハイドレートも経済大国にしてみれば大きな魅力の一つだ。そして日本人は再びドン底から這い上がってくるだろう。
「シェルターへの収容率はどうか?」
長嶺は叫ぶ。総理が殺されたことなど誰も気にも止めない。そうなることは全て想定済みのことだからだ。
「およそ70パーセント」
モニターを見つめていたオペレーターの一人が長嶺の方へ振り向いて言った。緊急事態だからか、表情も変えることもなく、声も酷く冷静で落ち着いたものだった。
「思ったよりも低いな。インフラ整備を怠ったツケが回ったか」
長嶺は顎に手をやって言った。本来なら全国各地に設置されたシェルターへの収容はもっと効率よく進むはずだった。毎年、数回行われる大規模なシミュレーションも思ったよりも役には立たないものだと長嶺は呆れた。
「せっかく、盆正月、大型連休を利用して、予行練習を行っていたのにバカな話だ。日本人はこんな最悪な状況の中でも渋滞を回避できないとは・・・・」
長嶺は首を横に振った。そして正面の大型モニターを見つめた。モニターにはデカデカと赤く点滅する数字が表示されて。徐々に減っていくその数値。それは核が着弾するタイムリミットを表示していた。
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「あなた、もしみんなで生き延びることができたら、また景色のいいところでお弁当でも食べたいわね」
「そのときはもう車で行くのは勘弁してもらいたいな」
「そうね」
未だに続く渋滞の中で義彦と泉は空を見上げながら、話し合っていた。こんな時なのに不思議と心は穏やかだ。人間は最期の瞬間を迎えるとき、もう少し見苦しく生に執着をするものだと義彦は思っていたが、案外、心は冷静になるものなのかもしれない。もしかしたら脳内で大量のセロトニンが分泌され、心を落ち着かせているのかもしれないなどと考える。
「香織はもう着いたかしら」
「あれから1時間は経つんだ。きっと着いているはずだよ」
「そうね、きっと、そうね」
二人は空を見上げる。行楽にはもってこいの好天に一筋の飛行機雲が見えた。それは弧を描いて地上へと降りていく。義彦はそれも落ち着いた心境で見ていた。
「案外、最期の瞬間って、平静でいられるものだな」
義彦はそう言うと助手席の泉の肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。そして泉にキスをした。そのとき、二人とも瞳を閉じていたのだが、その瞳は二度と開かれることはなかった。




