Fall of Autumn
グランハザードを見送り、『ベルナットに頼み事』をして、用事がなくなった自分はシェスタさんと共に学園に戻ってきました。
教師陣から言付けられた荷物は後日、学園に運んでもらう予定なので荷物はシェスタさんが持っているものだけです。
それも今は自分が持っていますがね。
「愛され祭り開催中……」
「意味がわかりませんし、違います」
帰りに手荷物を持ったくらいでシェスタさんは感極まっていました。
この、何と言うべきでしょうね。
母やら妹やらに言われ続けた『女の荷物は男が持つべき』という謎のジェンダーが勝手に働いただけの話です。
結局、こういうところは直りませんでした。
躾けられたと呼ぶべきでしょうね。
こうした先入観や教育の結果は誰にでもあります。
商人として独り立ちしたいマッフル君、それは父の背中や家族の影響もあったのでしょう。
この二人はいきなり喧嘩なんかしましたが、それぞれの愛着の形がよくわかりました。
グランハザードはマッフル君のためを考えています。
急に事業拡大なんてやり始めたのも商会としての未来を見据えるだけではなく、いずれ商会を背負って立つ娘の姿が見えていたはずです。
クレティアスを連れてきたのは依頼でもあったのかもしれませんね。
愛娘に会わせる段取りを整える代わりに河口権の一部を使用できる、とでも言われたらグランハザードも利益とマッフル君のためにと頑張るでしょう。
表向き義務教育計画を敵に回してしまうでしょうが、内情は違います。
グランハザードはバカ王の政策にも商機を見出しています。
今回、リーングラードに来たのはリスリアが教育に使う物品や施設に必要なもの、どんな勉学をしているのか授業参観の形で見ることができました。
もうこの時点で先押さえ、あるいは業者を作るところから始めている可能性もあります。
ともあれ、授業参観まではグランハザードの予想通りでした。
しかし、三者面談から話は変わってきました。
マッフル君の反発をグランハザードはある程度、理解しています。
納得はできないのはマッフル君でも想像がついてしまうにも関わらず、商機をフイにしようとしているところです。
ある程度の情報とグランハザードの動きさえ掴めたら想像できます。
商人ならグランハザードの動きに合わせますし、身内ならなおのことです。
「シェスタさん。もし子供が将来、跡を継がないと言ったらどうします?」
「……ダメ」
意外ですね。
シェスタさんは子供の反発は許さない派ですか。
「そんな女、ユーリには似合わない。お母さん、かなしい」
「夢、見んじゃねぇです」
とっさに頭を叩きました。
子供の反発というキーワードで結婚、出産、育児、子供の嫁を紹介されたところまで妄想したようです。
ご丁寧に子供の名前まで考えてるんじゃぁありません。
「幸せな夢、男の子一人と女の子二人、ヨシュアン様の家で穏やかに暮らしてた……」
口から血ぃ吐くほど望んでるんですよ!
穏やかに暮らしたいんですがそうならないのが現実なんですよ。
「子供がどうしてもやりたいと言うなら『お母さん』は応援してあげたい。でも『お父さん』がどう思うかは、わからない。厳しく、でも完全には突き放してしまわないで欲しいと願うだけ」
「夫と仲違いしてまでですか?」
「『お父さん』と『お母さん』の気持ちが一緒なら嬉しいけれど、『お母さん』は『お母さん』だから。最愛の夫の最愛の子だって大事」
あえて何も言いません。
言えることは一つ。シェスタさんに聞いても父親の気持ちなんてわかりませんよね。
聞くならヘグマントにすべきでした。
「厳しくあって欲しいと思う理由は?」
特に何か理由があって聞いたわけではありません。
ほんの僅か、正門と学園の入り口までの間の沈黙を埋めるためだけに会話の続きを促しました。
「だって自分の道を走る時、最初の壁は『お父さん』だから」
あるいは父親役か。
詮のない話です。
そうこう話をしているうちに学園の入り口まで辿り着きました。
これからシェスタさんは買い物リストを職員室に届けるお仕事があります。
予算の記帳に書き写すのも必要なことですが、もっとも必要な面は学園が冬支度するのにどれくらいの資金と物資が動くのか記しておかなければなりません。
名残惜しそうにハンカチを振るシェスタさんを手で追い払って、自分は早速、【貴賓館】に向かいました。
今頃、生徒たちはマッフル君を筆頭にして修行中でしょう。
今回のことでますますマッフル君の勝機が薄れましたが、相性次第ではもしかしたらもしかするかもしれません。
少なくともトゥアリムの術式にはその可能性があります。
可能性、いいですよね、えぇ、本当に。
「……まぁ、半分くらい予想していましたよ」
【貴賓館】に辿り着いた自分は裏庭の光景を見た瞬間、ため息を殺しました。
「あ、ヨシュアン先生。おかえりなさい。何か飲み物を持ってきま……、あ、そういえば桃の果実水を作ってくれるって話もありましたよね。桃ならこちらにあります」
コビコビの声で嬉しそうなマウリィ君。
マウリィ君の指先はガーデンテーブルを指していました。
正確にはテーブルの上の果実盛りですね。
エドのものだから勝手には食べられないので自分に取らせようという魂胆ですか。
「だからフリド! その三枚の術陣は三つの陣ではなくそれぞれ上、正面、横から見たものだと何度言ったらわかるんだ! わからないと言うからフロウ・プリムで陣を見せてやったというのにどうして覚えない!」
「いや、わかる、わかってる。意味は分かる! 筋肉に不可能はない! 安心しろティッド、キース! でも、何がどう繋がって何属性でつなげるんだ? そもそもどうやって陣を作るんだ!?」
「術式だから、ね? ちょっと立体なだけだから……、え、そこからなの? 前に術式を使ってたよねフリド君」
「そもそもリッタイとはなんだ? 新しい訓練方法か!」
「こ、この筋肉バカ! 数学で覚えただろう! もういい! やっぱり肉体に直接、刻み込むしかない」
「やめろ! 今は術式を覚えようとしているんだろう? 俺の【剛体】を試す修行じゃないだろう」
「こいつ……、本当は私を侮辱したいだけか?」
「キースレイト君……、お、落ち着いて、ね?」
自分に気づかず、フリド君に術陣を教えようとしているのはキースレイト君とティッド君でした。
よほど苦戦しているのでしょうね。
キースレイト君は赤属性の源素が集っていました。
そのうち燃え盛りそうですね。
そんなキースレイト君にティッド君は眉を八の字にさせていました。
自分ならぶん殴ってから教えますが、まだキースレイト君には荷が重いようです。
「――うふふ」
そして、自分はあえて目を伏すことで最後の一人を視界へと映さないことに成功しました。
それは術式ランプが幻想的に映し出す光とクモが蠢くような木影から、奇妙な円形状に立ち上る闇としか表現できませんでした。
もっと簡単にいうなら闇を纏ったティルレッタ君です。
たぶんトゥアリムを成功させた結果なんでしょうがガチで直視したくありません。
あの子自身、まだトゥアリムの制御の途中なのでしょう。闇色の何かは不規則に揺れていて、安定感のない危なさを示していました。
示していたのでなんとかしたいのですが本当に近寄りたくないんですよ。
何かが動き始めるまで自分から闇に触れるのは止めておきましょう。
誰だって生気を失った人形の群れと行進に突っ込みたくありません。
「色々と言いたいことはありますが、今回は誰です?」
ヨシュアンクラスはマッフル君を除いて、円陣を組んでいました。
それぞれがトゥアリムを成功させるために集中していたのでしょう。
自分の質問にエリエス君とセロ君は微動だにせず、座禅を続けていました。
この二人の没頭度は異常ですので問題ありません。
リリーナ君は頭をフラフラさせて、自分を見上げようとしたのですがあえて続けることを選択したようです。
リリーナ君も色々、考えなおすものがあったのかもしれません。
あるいは本当にできなかったからクラスメイトと座禅している可能性もあります。
さて、一番大きな、というには微細な変化でしたが座禅中に眉を動かした子がいましたね。
何も言わず背後を取り、軽い殺意を滲み出してみました。
すると集中できなくなったのか体の軸がブレ始めました。
一秒、二秒、三秒、たっぷり時間をかけながら心の中で数えます。
「なんですの! 黙って立っていられると背中がムズムズしますわよ!」
すると三十秒という名の十秒が経った頃、クリスティーナ君が立ち上がり、振り向きました。
眉を逆立たせていた怒りの顔をガッシリと右手で掴んでやりました。
「エドの修行を言いふらした悪い子はどうしてくれましょうか?」
「~~べ、べべ別に悪いことじゃありませんわよ! タクティクス・ブロンドの授ける薫陶を私たちだけで独占する方が皆さんに悪いことですわ!」
一理あります。
エドを特別教師として授業をさせるのなら学園にいる全ての生徒たちはエドの授業を受ける権利があります。
それが学園生徒たちの『勉強を受ける権利』です。
これは学園生徒であるのなら必ず持っている権利です。
この面から見ればクリスティーナ君の言っていることはもっともです。
自分もヨシュアンクラスだけが特別にエドの授業を受けられると言ったわけではありません。
「来る試練では前回のようにタクティクス・ブロンドと戦うようなことがあるかもしれませんわ! そのためには皆一様に強くなっておいて悪いはずありませんわ!」
「ははっ。試練の度にそんなアホみたいな話がありますか」
アレはレギィの頭がおかしいんです。
いえ、前提条件を覆されたからと学園長の暗躍の結果、最後に自分への謎の期待感のせいで謎の方向へと突っ走っただけに過ぎません。
そんなバカな話が二度も起こるだなんて信じたくありません。
「無理言って授業をしてもらっているのですから勝手に生徒を増やさないように。君の言うことは間違いではありませんが手順を間違えれば正論であっても通じなくなりますよ」
「ではどうすれば良かったというのですの!」
「先生に、前もって、許可を、取りなさい」
言葉を区切るたびに力を込めてやると、やがてクリスティーナ君の四肢から力が抜けていきました。
あとは手を離してやれば地面に倒れ伏すドリルが一匹だけです。
「わかりましたか?」
「……はい」
か細い声で鳴くドリルを放置して、自分は前を向きました。
背中を向けたエドにフロウ・プリムで光る森。
その森の中で時々、火炎と爆風が巻き起こり、どう見ても剣呑な状況を知らせてくれました。
「エド。マッフル君はどうですか?」
「あらん、ヨシュアン。お仕事はいいの?」
「あらかたの目途はついていますよ。ついていないのは運だけです。後はこっちの仕上げがどうかと言ったところでしょうか」
「こっちはね、なんとか使えるようにはなったけど……、前途多難ねぇ」
はふ、とため息を吐くエドの周囲に渦巻く術陣の軌跡。
こんな世間話をしているエドですがその頭の中身だけは違います。
森の一区画をまるまる覆い尽くす風の結界を作り出し、リアルタイムで爆炎の被害を抑える術式も同時に行っています。
息をするように行われるマルチタスク。
しかし、一定以上の術式師が出来なければならない基準値でもあります。
「考えてみればこういう術式も必要になってきますね」
「なら寝台の上で教えてあげようかしらん?」
「普通に覚えられるんでいいです」
「相変わらずのツレなさよねぇ」
この風の結界の中に外から入ることは難しいでしょう。
そして、中で起こっていることは外には漏れません。
音は空気の層によって消され、光は空気の屈折率を利用して森が続いているようにしか見えないでしょう。
こんなにボコスカ爆風が巻き起こっているというのに外から見れば何も変わりない光景が広がっているように見えるのですから。
完全な密室での出来事で残されたのは死人だけ、なんてゾッともしない話です。
……ん? 爆炎?
「マッフル君の相手はもしかして鉄人兵ですか?」
鉄人兵というのはエドの持つ術式具【薔薇園の鉄騎兵】の集団戦闘形態のことを言います。
鋼のヒト型、頭のないヒト型というべきでしょうか。
硬い上にイメージ通りに歩行して、自動的にぶん殴ってくれる素敵性能です。
「生徒の授業で使ってしまって大丈夫なんですか」
対集団戦から輸送、移動まで幅広く使える術式具【薔薇園の鉄騎兵】の唯一の欠点は蓄源素式の性能の悪さです。
いえ、ある意味では超高性能とも言えるでしょう。
使用者が占有権を持つ源素を注ぎ込まないと溜めておけない上に起動のための源素は一流の術式師が百日以上ぶっ続けで込め続けなければならないくらいの大食いです。
そのレベルの許容量を持ちながら、使用者制限が酷すぎるわけです。
エドなら源素を溜めるのに一ヶ月もかからないと踏んでいますが、それで帰りも【薔薇園の鉄騎兵】を使うのなら無駄な消費は控えておくべきでしょう。
「んん。先に謝っておくわん。ごめんなさいねぇ」
今頃になって不自然に気づきました。
拒絶するような背中、一度も見ない顔は集中していると差っ引いても不自然です。
今の【貴賓館】に逗留しているのはエドです。
言わば仮初でも館の主です。
それなのに来客に背を向け続けるのは不自然が窮まっています。
ですが社交辞令に集中力を割くくらいならその程度の失礼は問題ありませんし、実際、そう思っていました。
もしも『何か悪いことをして顔を合わしづらい』としてこの対応だというのなら、自分もイヤな予感しかしません。
「エド。一体、何を――」
事の次第を問い詰めるより先に木々の上から何かが落ちてきました。
まるで放り投げられたかのように無造作に地面へと転がってきたのが何なのか理解した時にはもう走り出していました。
「――マッフル君。大丈夫ですか?」
すぐさまマッフル君の容態を看ます。
学園制服の諸所から薄い煙を上げ、肌に軽い火傷を負った程度です。人間四つ分の高さから落ちたわりに骨折や打ち身が少ないところを見ると直前までトゥアリムが発動していたのでしょう。
意識もあったのですが何よりも無意識に培われた受け身の技術がよりダメージを受け流させたのでしょう。
総じて軽傷です。
衝撃で軽く気絶しているせいかうなされていますが無事です。
「ごめんなさいねぇ」
ようやく振り向いたエドの顔には本気の苦笑が張りついていました。
「どうしてもって言われちゃってねん。というかあの子がワガママを言って実力行使なんてし始めたら、止められなくって。制限をつけるのが精いっぱいだったわん」
イヤな予感はどうやらイヤな未来にランクアップしたようです。
エドの言う通り、アレが本気でワガママを通して来たらエドでは対処できません。
属性の相性というよりも後方サポート特化のエドでは戦闘行使力そのものが足りていません。
森の暗がりがポッと明るくなればソイツの姿が出てきました。
無駄にニヤニヤしている顔はどこかイラつきを感じさせ、余裕そうに歩く足取りは草の上なのにツカツカと床を叩く音を錯覚させます。
ソイツは大きく息を吸い、背を仰け反らせました。
「ふざけてんのか!! テメェこのクソボケコムスメェー!? んな腑抜けたナニで親のケツ掘れると思ってんのかぁー!! あぁ!!」
メルサラ、この野郎。
この状況でめんどくさい女がめんどくさい形で乱入してきやがりましたよ。




