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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
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I can see it when the snow is resolved.

「待て待て、どうしてこっちにも殺気を飛ばしてくるんだ」


 自分はしたり顔のグランハザードに舌打ちしました。


「露骨に舌打ちすんなよ」

「そう思うなら己の格好を説明してから言ってもらえますか?」


 この桃色の雪と白の雪原という異常な光景もそうですが、何よりも異常だったのはグランハザードの恰好でした。


 それを一言に例えるのなら『黒紫の鎧』です。

 頭部こそ露出していますが全身をくまなく黒紫の鎧で身を覆い、片手には片刃の直刀、左腕には前腕部(バンブレース)と盾が一体化し、まるで左腕だけが巨大な蟹のハサミのように見えました。


 それだけなら変わった格好だと片付けられたでしょう。

 年甲斐もなく派手な出で立ちと指を向けて冷笑してやれたでしょう。


 黒い金属の表面に紫の血管が脈打ち、まるで寄生するかのうように皮膚にまでべったりと張り付いていなければ。


「グランハザード。そいつは何だ?」


 つい素が出ました。


 どんな戦場でも一番、警戒すべきことは決まっています。

 正体不明こそがもっとも警戒が難しく、対処しづらい案件です。特に正体不明な武器や術式はもっとも怖いものですね。


 あの鎧は自分の知らない技術が使われ、なのに明らかに所有者を食い殺そうとしているように見えます。

 例えるなら自分の【獣の鎧】のように見えます。


 デメリットの代わりに強い力を発揮する武器や術式は多く、その効力や影響がわからない以上、警戒は必然です。


 というかグランハザードが『己で使うために用意した武器、防具』という時点でもうぶん殴って止めることも視野に入れています。


「まぁ、なんだ。落ち着けよ。こっちは訓練中に急いでやってきたんだからな」


 嘘もそこまであからさまだと鼻で笑えますね。

 盗賊の頭が侵入し、初撃を放ってから数秒も経っていませんよ。


 微妙に汗をかいているので訓練中だったのは本当なのでしょうが、息までは上がっていません。

 このことから訓練を止めてから少し経っていますね。

 大方、自分が父兄に会いに来たことを門番から聞いて、すぐにやってきたんでしょうね。


 何か問題があったら顔を出すつもりでいたのでしょう。


 あの門番、銀貨を奮発したのに役に立たなかったですね。

 もう一度、会ったら不労収益分、拳を腹にめりこませておきましょうか。


「おーい、おいおい。だから俺まで巻き添えにしようとか考えてくれるなよ」

「そう思うなら身の潔白は己で晴らしてくださいね。ここが縄張りだというのならなおさらです」


 自分は問いかけながらも痛みでくぐもった声を出すクレティアスの襟首を掴んで、父兄のいる後方へ引きずり投げました。


「ぐ……っ!? 貴様……!」

「クレティアス卿。状況は差し迫っていますので話は聞きません。後ほどどうぞ。マヌエラ院長も後ろへお下がりください。父兄各位は自分が傷一つつけさせませんので」


 マヌエラ院長はすぐに後ろに下がってくださいました。

 非戦闘員が素直だと話が早くて済みますね。


 マヌエラ院長が物理結界内に入りきったと同時に結界を張り直し、盗賊の頭とグランハザード、両方を視界に入れたまま何時でも動けるように姿勢を整えました。


 その態度を見たグランハザードは肩を大きく下げ、そして、盗賊の頭は自分ではなくグランハザードに向き直りました。


 盗賊の頭が何を考えたかは一目瞭然です。

 敵地での目的はどうあれ、全てが敵ならば行動は迅速に、そして、標的は一つに絞るものです。

 元々盗賊の頭はグランハザード商会を狙っていたので目標はすんなり決まったのでしょう。


「やってくれたな、強欲商人グランハザード」


 何よりも盗賊の頭もグランハザードの異様を警戒したのでしょう。

 剣呑な眼には警戒心も滲ませていました。


「強欲とはまたずいぶんと持ち上げてくれるもんだ」


 眼光を受け流し、グランハザードは苦笑しました。

 確かに商人にとって強欲は褒め言葉なんでしょうね。


「おーい、グラム。こいつはこっちがやっちまっても問題ないか?」

「あまり父兄に悪い刺激を与えないでくださいよ」

「この世の誰よりもお前にだけは言われたくねぇっての」


 失礼な。

 確殺する時、そんなに惨い殺し方をした覚えはありませんよ。


 せいぜいミンチか、貴族出汁のスープを量産した程度です。

 中途に原型を残すつもりで殺しませんよ。


「ならどうぞ」


 手のひらをそっと見せ、自分は一歩下がりました。


 自分なら間違いなく父兄に被害を出さず、速やかに無力化できます。

 ここは本当にグランハザードに任せるべき状況かと言えば、どうでしょうか?


「性懲りもなくまた商会を襲いやがって、落とし前はつけさせてもらうぜ」


 少なくともグランハザードには商会を守る責任と報復する権利があります。

 異論は少ないでしょう。


 雪の中で向かい合うグランハザードと盗賊の頭。

 突き刺した直刀を抜き、盾を前に、直刀をだらりと下げる姿勢にマッフル君の姿が被さりました。


 同じ師から教わった以上、流派も同じですからね。


 一方、盗賊の頭は【我地】疾打の構えを取り、グランハザードを睨み上げていました。


「よく言うぜ。テメェが食い物にしてきた商会にも同じことを言われてみろ」

「キチンと法律と取引、仁義は守って美味しく頂いただけだろ。そうでなきゃ王都に店を構えられるわけねぇさ」

「正しければ、周りが何も言わなきゃご機嫌ってわけか。そいつぁいい。俺もそうさ」


 会話をしながらもジリジリと両者、間合いを詰め始めました。

 ここで二人の間に物理結界を敷いてやったらどんな顔をするでしょう? 楽しめる想像でしたが余計な真似はしないでおきましょうか。


「俺たちゃ盗賊だぜ。くくり首だろうが斬首だろうがそんなもん、当たり前だろ。当たり前に奪(と)って、盗んで、殺して、殺されて大騒ぎよ」


 他所でやれ、と言ってやるべきでしょうか?


「これしかできねぇ生まれなんだ。これしかわかんねぇ育ちなんだわ。あんたらならわかんだろ」


 これにはグランハザードも苦笑しました。

 えぇ、そうでしょうよ。


 グランハザード商会のような武装商隊の前身は盗賊か、あるいは自警団と相場は決まっています。

 言ってしまえば盗賊の頭と同じ立場だったわけです。

 

「そもそも俺が襲ってんだ。殺されても文句はねぇさ。だがそれでも俺にとってあのバカ共は俺の手下だった」

「お前が襲った俺の商会、竜車、荷車、商品、人間、その一欠けらでも俺たちの血だ」

「手下の仇を討てねぇような頭なら、この首、吊るされたほうがマシってなもんだ」

「奪われた血っていうなら奪い返さなきゃ損だろ」


 お互いの言い分に妥協点なんてありません。

 どちらが最初に悪かった、なんて話ではありません。


 もはやどっちも退く気がなくて、退けない、退かない、どうしようもないの揃い踏みです。


「奪らせてもらうぜ、強欲商人グランハザード」

「金貨を積んでから出直してこいよ、青二才」


 盗賊の頭はついに膝まで積もった雪を蹴飛ばしながら走り、自ら距離を詰めました。

 グランハザードは迎え撃つ形で一歩も動かないまま、盾を深く構えました。


 真正面からの疾打をグランハザードは盾で受け止めました。

 そこから受け流し、剣を叩き込むのはマッフル君にも共通する基本的な動きです。


 ですが、グランハザードは受け流すことはおろか、眉を上げて、目を見開きました。


「獲った!」


 盗賊の頭はグランハザードの盾の縁を掴んでいました。


 疾打で盾を叩き、動きを一瞬、封じた後に盾を掴んだのでしょう。

 完全に掴まれてしまった以上、受け流すことはできません。


 力任せに振り払うか、あるいは盾を捨てるか。

 もしくは次の一撃を完全に受ける前提でカウンターに賭けるか、少なくとも行動は制限されました。


 さて、グランハザードはどう出るでしょう?

 盗賊の頭なら拳を砕くことを代償に、グランハザードの胸骨を鎧ごとグチャグチャにできると思いますが……、ん?


「ッ!?」


 その瞬間、盗賊の頭は盾から手を離しました。

 大きく弧を描いで離される手のひらからは細い赤い線が見えました。


 一拍、遅れて白い雪原に赤い点が落ちました。


 よく見ればグランハザードの盾の形が少し変わっていました。

 握っていた場所が剥き出しの犬歯のように尖り、血が滴っていました。


 あの鎧、形が変わるんですか?

 え? どんな金属ですか?


 今もすぐに元に戻ったところを見ると所有者の意思で変化できる? そんな術陣、ありませんよ。

 金属の形状に直接、干渉するもの自体、発見されていません。


 自分の持つ『つらぬき』も術式臨界を利用して金属変形を発生させますが、アレはかなり違いますからね。自壊を利用していますし。

 原理や原則が違うなら、いえ、原材料ですか。原材料が特殊なのでしょう。


「――せいッ!」


 こっちが色々と想定している内にグランハザードは剣を下段から掬い上げるように盗賊の頭に切りかかっていました。


 驚いたものの盗賊の頭は器用にのけぞりながら斬撃を交わし、雪に傷ついた手を付きながら着地、今度は横に身体を捻りながら右側面から蹴りに繋げました。


 アレでグランハザードも歴戦の兵です。

 【支配】できちんと動きを予測し、即座に剣を引き、足位置を変えて真正面から盗賊の頭の蹴りを受け止めました。

 無茶な態勢からの蹴りだったのでグランハザードも呼気一つで耐え、逆に足を掴もうとして失敗していました。


 相手の引き足の方が速すぎましたね。

 というかグランハザードよりも盗賊の頭の方が速く動くせいですね。

 あるいは『鎧が重すぎる』せいでしょうか?


 お互い、一度距離を置いてにらみ合いました。


 ……うん、そうですね。

 一瞬でケリなんてつきませんよね。


 グランハザードは本職ではありませんし、最近だと闘うこともなかったのでしょう。

 決闘のために訓練してなかったらあっさりやられていた可能性もあります。

 蹴りに鎧の形状変化を合わせられなかったのもブランクが原因ですね。


 盗賊の頭はずっと前線で働いていた上にまだ若く、戦闘技能も卒がありません。

 技術はグランハザードよりも頭二つ分上ですが、装備が二つ分の差を簡単に埋められてしまっています。

 左腕のない戦闘に慣れていないため、少し手が緩いですね。


 総じてお互い決め手が欠けていて決着は長引く予想です。

 もっともこのままだとという但し書きがつかなければ、結末は変わりません。


「おぉ……」


 後ろの父兄からは感嘆の声が上がりました。

 どんな状況であれ、目の前で戦闘が行われていて、それが見られる立場なら気分は一気に見物客に早変わりです。


 興奮しているのは男性の父兄で、引き気味なのは女性の父兄でしょうか。


「やったらんかーい!!」

「ちょ、奥さん、ちょ、やめ、死ぬ、まじ死ぬ……ッ!?」


 一人、女性なのに周囲の男性父兄よりも興奮している方がいますが、アレは誰のお母さんですかね?

 ……マウリィ君に似ているような、いえ、気にしないでおきましょう。


 一人の男性父兄が女性に物理的に振り回されているのを無視して、自分はグランハザードと盗賊の頭の方へと向き直りました。


 まだにらみ合いは続いていますが、自分の見立てが正しければ『予測不能な形で決着』するでしょう。


 鎧の効果はわかりました。

 浸食が何に影響を及ぼすかまではわかりませんが、形状変化とおそらく硬化、この二種類が主でしょうね。

 ですがこの『桃色の雪と雪原』を生み出したものは違います。

 それはおそらく鎧の性能とは無関係でしょう。


 間違いなく、あの片刃の直剣が原因です。

 よく観察していればわかりますが刀身に紋様が刻まれています。


 刻印武器、しかし、だからこそ予測できません。

 刻印武器、あるいは刻印武具に周囲の環境を変える術陣はありません。

 発見されていませんし、そもそも刻印は付与が基本です。

 斬撃を飛ばしたり、強化したり、武器そのものの性能を底上げする術陣しかありません。


 メルサラの持つ【十本指】ですら赤の源素を吸収しているのは手の甲の鉱石の力です。

 術陣は赤の源素を吸収しやすいように集める性能しかありません。


 自分の持つ【愚剣】も色々と多機能ですが基礎となる性能は自分の強化です。

 作っておいてなんですがよくわからない部分があっても、その域を越えません。

 ただ超出力なだけです。


 レギィの【未読経典】やエドの【乙女の浪漫】などの遺跡兵器は微妙に理解の外にありますが、環境改変なんて力はありませんでした。


 むしろ環境を変化させるのは術式師の領分でしょう。

 『ザ・プール』やリーングラードを浄化する神話級術式、アルファスリン君率いる四聖団が使った道を広げる術式、後は生徒から聞いたポルルン・ポッカの集落を覆う不定術式、これらが環境改変術式です。


 術式師の技術である『ザ・プール』を再現する刻印武器なんて聞いたことがありません。

 一体、どんな術陣を組み合わせたら到達できるのかわかりません。

 そもそも環境に対応する術陣のほとんどが刻印にするとダメになったはずです。


「……どさくさに紛れてぶん殴って、奪いましょうか」

「……男同士は不潔」

「居たんですか、シェスタさん」


 シェスタさんが両手に布袋を持ったまま現れました。

 グランハザードの装備考察にかなり集中してしまっていたようで、シェスタさんの気配に気づくのが遅れました。


「荒事の気配がしたから」


 さすが元上級冒険者ですね。

 争いの気配がしたと同時に一直線に歩いてきたのでしょう。


「わざわざ首を突っ込まなくてもいいんですよ。こんな雪だと歩くのも苦労でしょう」

「リューム・ミィルルムを覚えてたから」


 あぁ、内紛ではお世話になった必須技能、雪渡りの術式です。

 強化術式の亜種で、本当は氷の上を走るための体幹補助術式でした。体勢を崩したときに外から空気圧の層で押し出し、バランスを整える効果があります。


 それを雪原行軍に耐えられるように氷の上の新雪を巻き、排除する効果を足したものです。


 効果の実感はかなりのものです。

 何せ膝までの雪程度ならものともせずに歩いて行けます。


「もしかしてヨシュアン様が戦ってると思って」


 自分の『ザ・プール』こと【断凍台】も氷雪関係ですからね。

 突然、冷気が吹けばシェスタさんなら気づいてしまうでしょう。

 それで心配して急いできたわけですか。


 余計なお世話というほど人間、腐っていませんが気持ちだけは受け取っておきましょう。


「ヨシュアン様のドSなところが一番出るのが戦闘中だから」


 うるせぇです、黙ってろ。


「そろそろカタを付けさせてもらうぜ」


 硬直のにらみ合いの中で最初に動いたのはグランハザードでした。


「セキセツコンゴウ」


 あ? セキセツコンゴウ?


 グランハザードが術式具発動のキーワードを唱えた瞬間、周囲の雪が盛り上がり始めました。

 桃色の雪を巻きこんで成長するソレをどう表現すべきでしょうか?


 全体的なフォルムは人型です。

 全長は家屋一階部くらいだとして、平均的なリスリア人種の約二倍に届かない程度ですね。壁に手足をくっつけ、全体のバランスを保つためか前腕が肥大化し、やや前屈気味の姿勢を保っていました。


 次々と現れては盗賊の頭を取り囲み始めました。


「ありえませんね」


 これは十分、『予測不能な形で決着』と言うべきでしょう。


「ゴーレムくらいなら術式師でもできる」


 シェスタさんの言う通り、普通のゴーレムならそうなんですけどね。

 錬成術師の概念としてのゴーレム論と術式師の操作可能な源素外骨格的なゴーレム論とはまた違うんですよ。


 術式具でゴーレムを作ろうとしたら費用面で難しいことを除けば、動力となる核と駆動部だけ作ってやれば理論上、動きます。


 ちょうどティルレッタ君が【第一試練】の時に使った怪奇人形エセルドレーダと同じ原理ですね。


 ですがアレは何も核にしていませんし、しいて言うならあの片刃の直剣が核なんでしょうが、術式を使っているわけでもなく、しかし、グランハザードの意思に従って動いています。

 正しく錬成術師の概念としてのゴーレム論を体現しています。

 

 こっちは例えるなら指揮棒(タクト)とそれに合わせて自立稼働する楽器、というとわかりやすいと思います。

 実際に制御機能と動力駆動系を分けて作るというのは間違いではなく……、いえ、そうではありません。


 そんなものは後でじっくり拷問、自発的に喋らせたらいいんです。


「―――!」


 雪のゴーレムたちを疾打や蹴りで破壊し、囲いの外に出ようとした盗賊の頭でしたが、それよりも早くゴーレムを足場にして飛び掛かったグランハザードの方が早かったようです。


 上段から振り下ろされる直剣を無理な体勢で避けようとした盗賊の頭でしたが、間に合わなかったようです。


 身体の斜めに走る赤い線は一度だけ地味に飛沫を上げた後は、ただダラダラと雪原を赤く染めていました。


「決着ですね」


 ゆっくりと崩れた雪のゴーレムが盗賊の頭に降り注ぎ、その傷跡を隠すように白く染め上げました。


 残心のまま身動きしないグランハザード。


 この光景は決着と言ってもいいでしょう。


 だからこそ、ようやく動けます。


「……【断凍台】」


 雪原に凶悪な冷気を被せ、一気に噴出させました。

 同時に術式で雪を巻き上げ、白い幕で全てを覆い隠しました。


 ついでにグランハザードも吹き飛ばしました。

 まぁ、あんな場所にいるのが悪いので言い訳はしません。


 ここから先はグランハザードも含め父兄に見せるわけにはいきません。


 白く煙(けぶ)る世界を同時展開した【獣の鎧】でぶち破りながら、雪に埋もれた盗賊の頭を思いっきり踏みつけました。


「―――ッ!?」


 盗賊の頭は肺の空気と共に血を吐き、声にならない音を出しました。


「さてと」


 トドメを刺すつもりではありません。

 むしろその逆です。


「お前に一つ聞く。代わりにグランハザードに吠え面をかかせてやれる。ノるかソるかは返答で聞く」


 傷口を踏みつけたのは強い痛みを与えるためです。

 踏んだのもそうです。出血多量で飛びそうな意識を引き戻すためのものです。


 傷は踏んだと同時に【断凍台】で凍らせました。

 これで血は止まったので、後は波長を打ち込んで内源素を活性化させて、少しでも長生きさせるだけです。


「グランハザードがリーングラードに遠征する情報をどこの誰から聞いた?」


 捕縛してから自分は盗賊たちに関われなかったので直接、聞くことはできませんでした。

 聞かなくとも犯人はどうせ貴族院関係者か、魔獣信仰組織の誰かだろうと想像がつきます。


 どこ経由か、何経由か。

 その程度の違いでしかありませんでした。


 そして、たどり着く先が行き止まりだろうことくらい想像がつきます。


 盗賊たちはどちらの意味でもすでに用済みだったんですよ。

 ですが、あの『異様な術式具』を見て考えが変わりました。


 メルサラが戦ったというヴェーア種の持っていた『瞬間移動する術式具』。

 それとグランハザードが使った術式具が似ているんですよ。

 別にグランハザードが敵と組んでいるとまでは言いません。


 似てると言っても技術系統というべきか、系統樹の先のあるものというべきか。

 ある種の方向性を向いて別々の絵を描いた同じ技術と表現しましょうか。

 これはもう職人としてのカンとしか言いようがありません。


 職人である自分でも知らない技術は多いですが、『根本的に法則が違う術式具』を敵が持っている以上、自分も早急にその技術を知らねばなりません。


 予測不可能な角度から生徒を奇襲でもされたら溜まりませんしね。

 そのためにも情報は少しでも多いほうがいいでしょう。


「白い……、外套のお、おんな……」


 敵の特徴としてはスタンダートですね。


「鈴の、音……、耳障りな……」

「結構」


 これ以上はもう意識を保つのも難しいでしょう。


 女ですか。

 どうしてでしょう? ロクな相手に思えません。


「……あぁ、ちくしょう」


 それはもはや言葉として紡がれたものではありませんでした。

 徐々に広がっていく瞳孔は白い景色しか映していませんでした。


 見慣れた顔、腐るほど見てきた最期です。


「とれ、なかった」


 乾いた唇を小さく動いているのを読み取っただけです。


 この期に及んでなお盗ることに執着しているところを見ると盗賊であっても一筋の生き様があったのでしょう。


「ベルゼルガ・フラァート」


 ですが術式と同時に強く踏みつけました。

 触れたものを溶かすベルゼルガの系譜にして【戦術級】零距離攻性術式。


 何一つ身を守れない盗賊の頭は自分の足元で肉のスープに変わりました。

 鼻を襲う『懐かしい悪臭』、生物をそのまま煮込んで溶かした血と糞尿の色。

 汚物の塊を雪で封じて、何食わぬ顔でシェスタさんの隣に戻りました。


「何が起きた……!」


 前身頃を雪で汚したクレティアスが呆然と呟いたと同時に白い幕はゆっくりと落ち着いてきました。

 オロオロとする父兄たちの中で、ただ一人グランハザードだけは倒れた身体を起こして眉間に皺を寄せていました。


「こいつぁ……、何はともあれ襲撃者は『いなくなった』ようで」


 グランハザードは少し大きな声で父兄に状況を説明しました。

 一瞬、こっちを見たときに『そこまでやる必要があんのか』と言っていたような気もしますが、当然です。


 学園を襲った時点でチリも残さないと決めていました。


 こっちも『その刻印武具の詳細を話さないと殺す』と目線で送っておきました。

 若干、グランハザードが青ざめた気もしますが気のせいでしょう。


「急場こそ終わりましたが皆さまの安全を優先するために、今後の警備体制の見直しをグランハザードと煮詰めたく存じます」


 自分も学園代表として〆に入らないといけませんね。

 出ないといつまでも居住区に居残らないといけなくなります。


 仕事も詰まっていますし、ちょうどグランハザードを拉致る口実もできました。


「すぐに警備の武装隊がやってきますので父兄各位には申し訳ありませんが我々はここで退散させていただきます。二度目の襲撃は今後起こらないとお約束します」

「ちょっと待て貴様!」

「引き続き学園居留地での滞在を心安らかにお過ごしください」


 クレティアスが文句を言っていたみたいですが、グランハザードの鎧を掴んでそのまま居住区から去りました。

 頭に血が上った貴族ほど面倒なものはいませんので。

 シェスタさんもお辞儀し、自分に着いてきました。


「おいおいおい、自分で歩けるから引きずるな!」


 入れ違いで武装隊が居住区に入っていくのを横目で見つつ、グランハザードへ聞きたいことを纏めておきました。

 あぁ、そういえば密談の場所も必要ですね。


 ベルナットの作業場を借りましょうか。


「ヨシュアン様」


 つらつらと思考に没頭する自分にシェスタさんがびっこを引きながら横に並びました。

 心配しなくとも、ちゃんと軽重干渉して歩きやすいようにしていますよ?


「なんか臭い」


 ……臭気の発生元は足でした。

 あぁ、まぁ、そうですね。跳ねますね、そりゃぁ。


 踏みつけからのベルゼルガ・フラァートは今後、控えておきましょうか。


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