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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
353/374

Life begins with family.

 セロ君の将来に小さな翳りが生まれても、自分ができることはそう多くはありません。

 セロ君の才覚を伸ばすには若干、自分が不適切な面もありますが伸ばそうと思えば、いくらでも伸びしろは見つけられます。


 それはセロ君だけに限った話ではありません。

 クリスティーナ君やマッフル君、エリエス君、リリーナ君も同じです。

 

 たった一人の生徒のために全てを賭けるわけにもいきませんし、かと言って命を張ってでも生徒のために戦わなければならないこともあります。


 ひどく簡単なダブルスタンダードが教職の面倒で、そして、両立していくことが面白いところでもあります。


 さて、今日最後の面談相手はマッフル君とグランハザードです。

 予定調和と言えば予定調和なんですが……、


「お前なぁ! 父親の言うことが聞けないのか!」

「いつまでも子供扱いして! なんでもかんでも言ったら言うこと聞くと思ってんの? バカなの? 死ぬの?」

「それが親に言う言葉か!」


 絶賛、にらみ合い中の親娘をどうしたらいいものか、苦くなる顔を必死で押しとどめていました。


 最初は良かったんですよ、最初は。

 親子そろって教室に入ってきた時ですよ。


 若干、マッフル君が不機嫌顔でしたがグランハザードは上機嫌で、ドシドシとやってきてはどっかりと椅子に座りました。


 三者面談の始まりとしてはせっかちな話ですが相手は商人です。

 ましてや商談でもないのでしょうし、グランハザードからすれば父親の立場でここにいます。

 多少の行儀の悪さをとやかく言うつもりはありません。


 こっちも三者面談が始まりさえすればいいんですから。


「しっかし、あの時の小僧が子供に、しかも俺の娘に物を教えるとはなぁ……」


 しみじみ言うんじゃぁありません。

 開幕早々、こっちが口を開く前に感慨深そうに言われると出鼻を挫かれた感がハンパないんですよ。


「あ、そうだ。希望者はウチの商会と取引できるっつー話、通してくれたんだってな? 助かったぜぇ、いや、あの学園長殿に持ちかけたらどれだけ絞られてたか……、見た目以上の傑物と見た。俺のカンがそう囁いてやがる」

「それに関しては今日の夕食を交えてながら、じっくり話をしましょうかグランハザード。色々と贓物ハラの底から聞きたいこともありますし」

「怖い目をすんなよ。感謝しているのは本当なんだ。それに見た目が悪くても食えるもんの心当たりはあるんだろ?」


 相変わらず無駄に煮ても焼いても食えない男です。

 自分がなんとなくグランハザードの企みに気づいていることもお見通しですか。


 見た目が悪くても、という部分はまず間違いなくグランハザードのことを指しています。

 敵対しているように見えて、と言い替えたらわかりやすいですね。


 今回の案件は学園にとって良いものなんでしょう。

 ですがそこにはグランハザードにとっての利益があるから、という前提条件を忘れてはいけません。


 どちらも得をするとしても用心に越したことはありません。


 前はベルベールさんが補佐に入ってくれたからこそグランハザードと商談を結べましたが今回は自分一人……、いえ、学園にも一人だけグランハザードに対抗できる人がいましたね。

 ただその話も様子見をしながらですし、今は三者面談に集中しましょうか。


「……ん? あれ? 二人、知り合いだったの?」


 頬杖ついて、興味がなさそうだったマッフル君は耳聡く内容を把握していたようです。


「先生が昔、使っていた道具や装備、素材はグランハザードが用意していたんですよ。この靴もそうです」


 マッフル君に見せるように、すこしだけ机から脚を抜きました。


「もしかして、それって術式具?」

「そうです。【かむやまびこ】と言って人を踏んでも足首を挫かない程度に頑丈で丁寧に作ってありますよ」

「その喩え、悪趣味だから。それより自作? あ、術式具なら効果は? 市場に出したらいくらくらい?」

「聞いて驚けよ。そいつは竜革だぜ。いくら蹴っても破れない革とか言い出した時にはこっちもどうするか悩んだもんだ」

「竜革……、丈夫な竜革ってザントトレーガーの?」


 そういえば砂虫ザントトレーガーって亜竜科でしたっけ?

 何せ亜竜のほとんどが『魔獣ではなく、原生生物っぽい生物』の項目に放りこまれたものの相称ですからね。

 竜種に近い形ならなんでもよく、騎竜や陸竜すらも亜竜の分類ですし、下手したら鰐ですらそうです。


「竜革って金貨で術式具ってことは……、金貨二十枚くらい!?」

「正確にゃ材料費だけで金貨二十三枚と銀貨六十枚だ。金属も結構、質のいいヤツだったし、竜革を加工できる業者が少ないの何のってな。場所が場所ならもっと吹っ掛けられただろうな」


 今の物価で考えれば自分の靴はお家が三、四件、軽く建つ金額ですね。


 まぁ、単なる靴を盗もうとする輩はいないでしょう。

 ついでに言うと自分の管轄内にある物を盗んで逃げおおせるバカがどれだけいるか、という話です。


「竜……、竜かぁ……」


 何やらマッフル君は邪な瞳で虚空を眺めていました。

 どうせ今のクラスメイトで竜を退治できるかどうか考えているのでしょう。


 正直に言いましょう。

 無理です。


「言っておきますが竜に手出しするのは止めなさい。中型の亜竜ならともかくザントトレーガーに代表される大型亜竜は戦術級術式を撃ちこんでも止まりませんからね」

「うえ……、マジで? 戦術級って何百人といないと使えないってヤツでしょ」


 最初の方の授業で戦術級の概要を説明したことがあったんですが、ものの見事に曖昧な覚え方していますね。

 こんな様で解答欄に書こうものなら容赦なく×を与えてやりますよ。


 正確には『十から百人単位による源素操作を共有し、儀式術式を介した術式』が正解です。

 儀式術式で源素を効率よく術陣に流しこむことで戦術級は発動しますが基本、複数人集まれば面倒くさいというのは術式も生活も大して変わりありません。


 自分たちのような高い源素操作力があれば個人運用が可能である以上、個人と集団による違いは源素の供給ロスも一つの原因ですね。


「例外はいるがな」


 ボツリといらないことを言うグランハザードの首の根を締め上げてやりたいですね。


 ちなみに生徒たちに様々なことを教えている手前、多少贔屓目になることを覚悟した上で竜に届きうる可能性を持った子は今のところリリーナ君ただ一人です。

 それもリリーナ君以上の才能を持った仲間と組んでようやく届きうるかどうかでしょうね。


「さて、余談はさておき三者面談に入りますよ。グランハザードに時間の有限さについて説く必要はないでしょう?」

「金の無限性については説いちゃくれないのか?」

「アレは無限ではなく有限ですよ。ただ途方もなく巨大すぎて消費に気づいていないだけです」

「そういう視点を持つヤツが商人まがいの職人だっていうんだからな。だから良かったってぇ話でもあるけどな」


 グランハザードの牽制を軽く流して、自分は資料を開きました。

 グランハザードが何故、かつてマッフル君に教えた利益の生まれ方を知っているかなんていくらでも想像がつきます。


 マッフル君からの手紙や以前、マッフル君と術式ランプの契約をした家具屋の店主、キャラバンに紛れこませているスパイ、学園内の聞きこみから等々、パッと思いつくだけでもこれだけあります。


 というか学園にスパイを送り込んでくるんじゃあありません。

 忘れがちですが反対派のスパイがいるんですからね? 半年も野放しにし続けているのでそろそろ本格的に手を打ちたいところです。


「ではマッフル君の成績です。術学や錬成など初めて受けた学問に対して若干、理解の遅れなどもありましたが不得手がほとんどなく、どんな局面でも対応できる柔軟性があります。不得意な授業で足を引っ張ることがあっても全体で上位入口から真ん中あたりを維持しています。努力を続けながら授業外の活動にも精力的で活動的です」

「それ、なんかフツーって言われてるみたいなんだけど」

「いいえ。他の授業はともかく術学に関しては光るものがありますよ。通常の術式師としての才覚ではなく、いわば応用に対する才覚ですね」

「先生がそうやって無駄に褒める時はなんか素直に喜べないんだよなぁ」


 普段、オシオキばかり受けているからでしょう。


「素直さがない子は可愛くないですよ?」

「そういうこと言うから素直になれないってこと」


 手厳しい意見でした。


「一方、素行では様々な悪評――いえ、よろしくない部分もありますが必ずしもそれだけではありません。ヨシュアンクラスの子たちはそれぞれが色んな理由で世間ズレしています。そんな中でマッフル君はあの子たちと世間を繋ぐ橋になっています。マッフル君は彼女たちの価値観と世間の価値観を修正、というべきなんでしょうか? ズレを直したり、常識を教えたりとクラスにとってなくてはならない存在と言えるでしょう」


 義務教育というものが『いつか国や社会で生き、貢献するために学ぶ期間』でもある以上、世間は決して無視できません。

 能力ばかりが高くて社会性のない人間は大抵、隠遁してしまう世の中ですしね。

 生徒たちにはそうした結末だけは迎えてほしくないものです。


「が、商人の気質である『儲けよう』という気持ちが前に出た時、周囲を巻き込む傾向にあります。それが良いことに繋がることもあれば悪いこともありました。直近だとかなりの大事件に繋がったのでグランハザードも自重させることを教えてやってください」

「だ、大事件? おいおい、何事だそりゃ」


 しばらく黙って聞いているだけだったグランハザードは急に顔を引き攣らせました。


 これはどうやら演技ではないようですね。

 本気で額に冷や汗をかいている以上、グランハザードの知らない情報だったみたいです。


「国の機密に関わりますが」

「あぁ……、国の機密程度か。お前が言うから神話の魔獣でも蘇ったのかと思ったぜ」


 これに顔を引き攣らせたのはマッフル君でした。

 マッフル君は『無色の獣』については知らないので、おそらく魔獣という部分に反応してしまったんでしょうね。


 グランハザード流の冗談だったのにマッフル君が顔に出してしまったせいで、今度は親子そろって顔を引き攣らせていました。


「お、おい……」

「ちなみに言っておきますが神話級の魔獣なんてリーングラードにいませんよ。そんな御伽噺、気軽に落ちていたらこっちの身が持ちません。その辺は法国の調査隊が証明してくれますしね」

「重大事の宗教家ほど信用ならんだろ」


 じっとりとした目で見られましたが心に一切の動揺はありません。

 何故なら『すでに神話級魔獣は殺した』から結果としていないと同義です。別名、物は言いよう。


「あとお前が関わっている以上、埒外の化け物がいたって納得いくさ」


 ヴィリーといいグランハザードといい、自分をなんだと思っているんですか。


 勘違いされがちですが自分がいるからトラブルが発生しているワケではありません。

 トラブルの渦中にいるのですから初めからトラブルが起こるべくして起きているだけです。

 それを解決するのも自分の仕事ですよ。

 というかそう言い聞かせないと遣る瀬無さと共に神への冒涜と女神への献身に走ります。


「総合的な私見を述べさせてもらうと若干、欲に目を眩ませることはあっても一つの大きな価値観を持ちながら事件を起こし、同時に解決もでき、異なる価値観を持つ相手とも理屈と感情で手を繋ぎ合わせられる、そんな良い意味での中立や中庸、均一や均等と言った印象を受けましたね」


 言い方を変えるのならバランス感覚に優れていると言えるでしょう。

 エリエス君とは違う視点での大局を見ていて、そのためなら嫌いなクリスティーナ君の身をかばったこともありましたね。


 遺跡事件の後、精神的拷問のような聴取の末、本人は『助けて恩を着せていびるつもりなだけだったし』とか言っていましたがこれは単純な照れ隠しです。

 本当は『戦略的に見て、己よりもクリスティーナ君が無傷な方が後々役立つ』と踏んだからでしょう。


 実際、マッフル君のスタイルは近距離に特化したものばかりです。

 中距離の術式も使えますが、やはり牽制以上の使い方はしていませんね。


 遺跡から逃げる時にもしもクリック・クラックが追撃してきたのなら、必要なのは十分に足止めできる威力ある牽制でした。

 そう考えるとマッフル君の判断は容易に安易と言えません。

 もっとも助けておいてマッフル君本人が気絶してしまったのは一つの失敗でしょうね。


 何故なら助けたことよりも『助けて意識を失った』ことに悔しがる顔をしていました。

 気の強さが垣間見える表情でした。


「なるほどな。お前から見たマッフルはそんな感じか……」


 若干、口元を緩めてグランハザードは三秒ほど目を閉じました。


「続けてくれ」

「では次はマッフル君の将来に関してですが……」


 マッフル君の将来は特に不安はありません。

 商人になるというのははっきり言って、一番手堅いとさえ感じています。


 というより踊り子やら冒険者希望のリリーナ君や修道院に戻りたいというセロ君たちに比べると地に足ついていますからね。


「先にグランハザード。リーングラードに来た時に専門的な教育を行わず、様々な教育をさせることは無駄ではないかと問いましたが、実際に術学や錬成の授業を行っているマッフル君を見て、どう思いましたか?」

「どう思いましたか、か。術学も錬成もマッフルには教えたことのない、教えたいとも思ってなかった分野だな。それが……、森の中で魚でも泳いでるのかと思ったくらいだったがまぁ、よくやってるんじゃないのか?」


 ルールがわからないゲームをやっている子供を見たお父さんみたいな顔をされました。


「俺とて理解はできる。漁法を知っている商人は必ず魚の捌き方を知っている。錬成ができる商人は錬成素材の穴場を知り、法を知る商人は徴税の抜け穴を知っている。それぞれの知識があるから商いができる。今のマッフルは錬成や術式師が欲しがるものを理解できるだろうし、売ることもできる」


 言っていることは義務教育をそのまま受け入れる風に取れますが目がまだ疑心を語っていました。


「だが、それなら今のままで十分だろ。このまま商売に向かわせてもやっていけるだろうさ。それでもあと半年も必要か? 半年もありゃ銀色の犬はどこかの誰かさんのものになっちまうぞ」

「それはちゃんと餌付けしないからですね。猫のように鈴でもつけたらどうですか? それより先の話は商人として育てることを目的とした場合です。義務教育は全ての子供に適応されるので商人だけでなく剣士や術式師、大工や漁師、農民に至るまでありとあらゆる適性を調べなければなりません。初めから商人になりたいと思っている子ならともかく学んだ結果、違う将来を望む子もいるでしょうし、才能が見つかってそっちの道に進む子もいます。逆に学んだ結果、商人には向いていないとわかってしまう子も生まれてしまうことだってあります。教育と将来とは生徒たちの成長と向き合い、決めることです。今、すぐに答えを出せる問題でもありません。当然、いくつもの調整は必要でしょう」


 と言い合いしているように見える自分とグランハザードですが、内情はかなり大きく食い違っています。


 そもそも商人のグランハザードがわかりやすく疑心を顔に出すはずもありませんし、夜に改めて話をすると言いながらこの場で語る内容でもありません。


 つまるところ、この会話はフェイクを交えつつ『前もって自分に言っておかなければならない案件』ですね。

 この会話を内紛時に使っていた符丁と混ぜることで内容はこう変化します。


『なんか言い訳しながらリーングラードにやってきましたが目的はシェーバーン領。もっと言うなら領主の囲い込みが目的ですね』

『貴族の考えをごそっと変える必要があってな。とりあえずはそう思っておいてくれ。今のままだとこの計画の成功は五分にも届かないだとさ。ベルベールはそう言っていた』


 思っていた以上に情勢が悪いですね。

 ベルベールさんが義務教育計画はテコ入れしないといけないほどの事態が起きていると見るべきでしょうか?


 しかし、緊急の連絡を入れてこないところや定期連絡に書いていないところを見ると、仕事の範疇が自分の管轄外にあるのでしょう。

 こちらに気を使って、あえて言わないのでしょう。


『今すぐ解決できそうにもありませんね。調整も必要ですし、夜までには考えておきます』


 基本、義務教育計画は中立多数の計画です。

 反対派はいますが貴族院と貴族院に連なる貴族、新体制に不満がある旧貴族、それらが主だったはずです。


 一方、賛成派は王派と軍閥の一部、新貴族、そして広告塔のレギィです。

 これだけ見たら賛成派に傾いていてもおかしくないんですが、ちょっと情報が足りませんね。


 まだまだ解決しないといけない問題もありますし、一旦保留しましょう。


「ともあれ、今は三者面談に集中してください」

「そうか。まぁ、柔軟な対応も必要だわな」


 グランハザードのその返事は裏側の会話への返事なのでしょう。


「今度こそ将来についてですね。マッフル君の進路は就職。商人で間違いありませんか?」

「就職って……、まぁ就職になるのかな?」


 若干、マッフル君は首を傾げていました。

 はて? 自分が違和感を探るよりも早くグランハザードが口を開きました。


「そうだな。家業を継ぐのも就職だろ」


 これが爆弾だったなんて誰が予想できたでしょうか?


「は? 継がないけど?」


 ピシリと何かが欠けた音がしたのは気のせいではありません。

 間違いなく親子間で重大な何かが欠けた音でした。


 マッフル君の『当然』と張りついた顔をグランハザードは『初めて会った人』のような顔で見ていました。

 グランハザードも今回ばかりは商人としての顔ができなかったようです。


「何言ってんだ。俺の商会を継ぐって話はしたろ。お前も了承したな?」

「それは前の話。だってその時はそれが一番だと思ったから。でも今は違うし」

「どういうことだ! 親との約束も守れないヤツが商人になれるわけがねぇだろ!」


 あ、これはまずいですね。

 グランハザードはマッフル君に事情を聞きたかったのに、言葉選びを間違っていました。


 説明を聞くより早く頭から押さえつけようとしました。

 その結果がどうなるか自分はよくわかっています。


「約束ってのは一方的に言うようなことなの?」


 それは学園が始まって三か月目の時、あのキャラバンでの火事の時です。

 周囲に追い詰められたマッフル君は感情的に逃げることを選択しました。


 ですが、それはただ逃げたのではありません。

 冷静になるために、感情を抑えるために、逃げることができたから『戦略的に逃げる』を選択したのです。


 もしもあの時、逃げられない状況だったらマッフル君はどうしていたでしょう?

 答えはもうわかっています。


「親を蹴飛ばしてでも取引するのが商人の鑑って言われた気がするんだけど? ていうかちょうどいいからハッキリ言っとくけど、『あたしは親父の商会を継ぐつもりはない』から」


 戦おうとするんです。

 それも『戦略的に勝てる』という見込みがあればなおのことです。


「あたしは自分で商売をして、商会を作るから。無理」

「つまり、なんだ? お前は俺の商会を継ぐよりもわざわざ苦労して行商人から始めたいと」


 真面目な顔のマッフル君にグランハザードは乾いた笑いを浴びせました。


 嘲笑ちょうしょう嘲弄ちょうろう嘲謔ちょうぎゃく

 しかし、揶揄やゆするまでもなくどこか自虐に見えたのは自分の見間違いでしょうか?


 それも一瞬のことですぐにグランハザードは剣呑な顔をしました。


「お前がガキの頃から俺の座を渡すためにどれだけの金を使ったと! どれだけ時間を使ったと思ってんだ!」


 世間一般の話をしましょう。

 グランハザードの言い分は当然でした。


 農村で子供が未来の人的資源であるように、貴族の子が貴族を継ぐように、商人にとっても子供は跡継ぎです。

 将来的に子供に引き継がせるために今の地位や立場を維持し、可能な限り上を目指そうとします。


 そこには年老いた際、子供に面倒を見てもらうための気持ちも若干、あるのかもしれませんね。

 自分のようにパッと死ぬような人間でない限り、普通に歳を取って、普通に死にたいでしょうしね。


 何はともあれ親にとって子供に自分の座を渡すのは当然であり、子供もまた当然のようにその座を貰い、自分の代を築いていきます。

 グランハザードならマッフル君に自分の跡を継がせたい、というだけのことです。


 そうした当たり前の中でマッフル君の言葉を考えたら、わがままと見られてもおかしくありません。


「バカなことを言うな! お前なぁ! 父親の言うことが聞けないのか! 黙って継いでりゃいいんだよ!」


 マッフル君がこうした当然を理解していないはずがありません。

 理由があり、気持ちがあり、そして、当然を越える欲求が生まれただけのことです。


 だからこそ自分にはマッフル君の気持ちもわかります。


 元々、マッフル君は強い自立心が見え隠れしていました。

 今までの生活態度にしても義務教育が終わった後を考え、今からできるものを理解し、人脈作りも視野に入れていました。


 その全て、自立できるかどうか――父親を越えるために考えていたものです。


 ならグランハザード商会を親の代より繁栄させれば越えたことになるのでしょうが、そこにはマッフル君の強いこだわりがあります。


 あえて敵として越えたいというこだわり。

 同じ立場で同じように築き上げたもので越えたいと願う気持ち。


 それは裏返せば、父親を意識している表れです。

 父親がすごいものだと実感し、だからこそ反抗したいという気持ちです。

 本人は言われたらきっと全力で否定するでしょうがね。


「いつまでも子供扱いして! なんでもかんでも言ったら言うこと聞くと思ってんの? バカなの? 死ぬの?」

「それが親に言う言葉か!」


 そこからは聞くに堪えない個人攻撃、いえ口撃でした。

 マッフル君は親を親と思わないような罵詈雑言、主に性癖関係についてを暴露し、グランハザードはグランハザードでマッフル君が覚えていないような恥ずかしい過去をさらけ出しました。


 その、全てを聞かされた自分はどんな顔をすべきですかね?

 苦い顔はできないので無心で無表情を保っていました。


「どうしても言うことを聞くつもりはないのか?」

「どうしても。絶対にあたしは諦めない」


 マッフル君は反抗期を全力で押し出したような顔でグランハザードを睨みつけました。


「あたしはなんでもかんでもしてもらう赤ちゃんじゃない!」


 お互い、本気の言葉と想いです。

 それぞれの気持ちがわかる以上、いえ、そうではありませんね。


 そもそも親娘の喧嘩に第三者である自分が割りこむなんて、できません。

 一教師が何の権限と理由があって家庭の事情に割って入れるというのでしょうか。


 それこそ殴り合うようなことがない限り、止められません。

 自分にできることはせいぜい両者が冷静になる瞬間を見計らって止める程度です。


 しかし、問題は何時、止めるか? という部分です。


 喧嘩とは頭がカッとなって思っていないことを口にする以上に本心もまた腹の底から吐き出します。

 その本心もまた相手の感情を刺激するのでマッチポンプもいいところなのでしょう。


 早期的かつ鮮やかに止めに入りたいのですが、さて、何時止めるべきでしょうか?


「わかった……! ならグランハザードの流儀に従って力尽くでも押し通ってみろ! 決闘だ!」

「望むところじゃん!」


 あ、今が止め時ですね。


 ヒートアップしている親娘に氷の弾丸をぶち当てて床で悶絶させてやりました。


「黙って聞いていたら二人共。言うに事欠いて決闘とか、何をアホなことを言っているんですか」


 軽く手を叩き、蹲っている親子に冷たい目で眺めてやるとすぐにグランハザードが起き上がってきました。

 完全な不意打ちだったのですが、直感で体をひねりましたか。


「ぐ……、だがなぁ! こいつは俺の家庭の問題でな!」

「学園に所属する生徒たちは皆、『冠婚葬祭を除いて国の預かり』です。勝手に決闘なんてしないでください」

「だったら跡継ぎの話も問題ないだろ!」

「跡継ぎの問題はこれに含まれません。例え親子でも学園生徒相手への決闘沙汰は国に牙を剥いたと同じことです。生徒側が先に手を出した等の問題があった場合ならともかく今回はただの見解の相違。意見の対立です」


 意見の対立と聞いてグランハザードは顔を歪めました。


 実は若干、嘘を交えています。

 冠婚葬祭というのは何も葬式や結婚だけを意味するものではありません。


 より広くとらえるのなら家族内の催事や祭事も意味します。

 厳密に言えば古い慣習や通過儀礼もまた冠婚葬祭に含まれるのでしょう。


 つまり跡継ぎのための儀礼も冠婚葬祭に含まれるので、学園長の匙加減で話が通る可能性もあります。


 が、そんなものを説明する気はありません。

 テンション上がってそのまま娘と決闘するようなバカを許すと思わないでください。


「……いや、この決闘はそうじゃない。貴族の跡継ぎ問題とは違ってな」


 苛立ちを顔に出していたグランハザードでしたが流石の頭の回転です。

 すぐさま自分が隠していた部分に気づき、無理を通そうとしてきました。


「南部、俺たちの村にゃ儀礼として伝わってるもんだ」


 このおっさん、そこまで娘と決闘したいんですか?


「……証明はできますか?」

「あぁ。誓約の女神パルミアに誓ってもいい。なんならハイシーン・グライントに金を積んだっていい。それでも疑うのならどんな手段で調べてもらっても構わないな」


 ここまで自信がある以上、本当に故郷の風習なんでしょう。

 まったく厄介ですね、風習というヤツは。


「どうしても決闘するつもりですか? 大人げない」

「こいつにとっても理に適った話だぞ。自分の生き方を定められるのは成人だけだ。問題さえなければ親の考えた道を進むもんだが、どうしても合わない、才能がないなんて場合もある。そういう権利を手に入れるのは成人になってからというのが俺たちの常識だ」

「つまり、一足先にマッフル君を成人の儀礼で大人と見做せばグランハザードも傷が浅い、と」

「代替わりで問題があった程度なら、な」


 その顔は何を指しての苦々しさなんでしょうね。


「一応、聞いておきましょうか。必ずしもその儀式をしないと大人になれないなんてことは言いませんよね?」

「……まぁ、そうだな」


 自分が知るグランハザードは故郷の風習に囚われるような人間ではありません。

 むしろその逆、既成概念や慣習とか決まりきった何かを壊して、新しい制度を立ち上げるのに向いている人物です。


 それがこんな儀式を言い出してきた時点で違和感満載でした。

 たぶん、今、内心で『鋭いな』くらいの悪態はついているでしょうね。


「ジョートーだ! ぶっちぎりでぶっ殺してやるから覚悟しろクソ親父!」


 がばりと飛び起きて、涙目で叫ぶマッフル君には頭が痛くなります。


 汚い口を黙らせるために自分は最速最効率を意識した足運びでマッフル君の背後に立ちました。


「口調が悪すぎますよ。お淑やかに、とまではもう言いませんが挑発するにしても言葉を選びなさい」

「いでで! 頭グリグリしないでよ! だいたい口汚くない罵り方なんてあるわけないじゃん!」

「少なくとも術式師にとって言葉は重要ですよ。正確には口上ですかね? 劇で役に入り込む時、多くはその口上を意識するかどうかは学んだはずです。それと同じように術式師にとって感情を操作する上で口上は一つの起爆剤に――と、授業はここまでにしておきましょうか」


 ひとまずマッフル君を床に放り出して、再びグランハザードに向き直りました。


「さて、今回の件を学園長に報告しますのでグランハザードもついてきてください。学園長に却下された場合は大人しく決闘は諦めてくださいよ」

「まぁ、いいだろう。それで困るのはマッフルだけだろうしな」

「仮に成立したとして、決闘の内容と報酬は改めて決めなおします。少々、頭に血が上っていた自覚はあったでしょう? それでいいですね?」


 グランハザードはほんの少し嘆息してから頷きました。


「では先に職員室で待っていてください。流石にこんな事態になってしまっては三者面談を続けることはできません」

「そうだな。これ以上、先のことを話すと尻から砂流に飲まれちまうのと同じことだ。もっとも先に足を滑らせたバカがいたな。悪いが少し言って聞かせてやってくれ。どうせ聞きやしないだろうがな」


 グランハザードは自分の返事も聞かずにツカツカと教室から出て行ってしまいました。

 しかし、ある程度、同じ所感を持っていたことにこっちは溜息をつきたくなります。


「どんな結果になるにしても日を改めての話し合いになりそうですね。まったく」


 こうなっては学園長の判断に委ねるしかありません。


 すぐに自分もグランハザードの後を追いたいところですが、後始末があります。

 それも困ったわがままお嬢様の勘違いを糾す、というやる気も起きない仕事です。


「実際、決闘になったとして勝てる見込みはどれくらいあったんですか?」

「親父はあたしと同じ剣を使うし、あたしよりも腕は上だけど術式は使えないじゃん」


 マッフル君の言う通り、グランハザードは術式が使えません。

 軽い術式程度ならともかく戦闘で使うとなると『まるきり才能がない部類』に入ります。


 『マッフル君+術式』は『グランハザード』より強い、という公式は間違いありません。


「今のあたしなら術式の分だけ親父より強い。そうでなくても一方的に負けるとかありえないし」

「そうですね。マッフル君の言っていることは正しいですよ。そのうえで先生の見立てを教えましょうか?」


 マッフル君とグランハザード、戦えばどちらが負けるか、という問いならば自分は間違いなく正解を言い当てられます。


「確実にマッフル君が負けますよ」

「……え?」


 きょとんとした顔のマッフル君には悪いのですが、畳みかけさせてもらいましょう。


「経験則やら年齢とか体格やら、そうしたものもあるでしょうが最大の勘違いはグランハザードが剣士ではないことです」

「……いやいやいやいや。あたしの剣術だって親父の師匠から習ったもんだし、親父だって剣使うし。つか親父だってあたしの方が剣才はあるって、今はまだ上でも」

「だからですよ。グランハザードは剣士や術式師としての才能がない分、戦闘の構築手段に偏見や見栄を持ちこみません。言わばこだわりがないんですね」


 グランハザードの戦闘手段を詳しく知っているわけではありません。

 実際に見た戦い方や人伝、ベルベールさんからの情報を組み合わせてみれば大体、わかります。


 近しいものを挙げるのなら『もし自分が術式を使えなかった場合、どういう戦闘スタイルを取るのか』という問いの答えがグランハザードです。


「ちなみに他にも理由はありますよ。儀式とは言えマッフル君は学園生徒として戦うことになりますので術式具は禁止になります」

「……え? え?」

「さらに向こうは術式具の制限はないので使いたい放題ですね」

「なんで!? 単純に不利じゃん!! なんでそういうことになってるのさ!」

「規則ですからね」


 正確には規則として定められているのではなく、学園で行われる決闘と学園生徒が学園外での模範的行動を合わせるとそうなる、というだけの話です。

 定められていないからしてもいい、なんていうのを許しておかないために学園六訓を作ったことを忘れないでください。


「正直、決闘で挑むのは倫理云々よりも純粋に負ける要素の方が多いでしょうね。今回の件は先生がどうにかして決闘しないように、代案を出せるように努力します」


 教師としてマッフル君の夢は応援したいと思っています。


 なるべく穏便に事が片付くのならそれに越したことはありません。

 自分はともかくマッフル君も荒事ばかりの人生は嫌でしょう。


 先生と同じような生き方はちょっと命が足りませんよ?


「マッフル君も一度、寮に戻って冷静になりなさい。言葉で解決できるのなら、言葉を尽くしなさい。さもないと時々、身の危険を感じるような告白とかされますよ?」

「何それ、そんな告白ってただ頭おかしい人じゃん。バカじゃないの、その人?」


 そうですね、おかしいですよね本当に。

 どうしてこうなった、という言葉が一番、あてはまりますよ。


 さてマッフル君を見送って、自分はグランハザードの待つ職員室に向かいました。

 今日の三者面談が終了しても自分の仕事はどうやら終わらないみたいで、残業の予感と共に足を早めました。


今までの中で今回のお話しが一番、難しい話でした。

こんなことなら親子喧嘩の一つや二つ、しておくべきでしたね。

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