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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
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Through the anguish , wearing follow in delight .

 父兄各位への授業参観準備は思う以上にスムーズに行われました。


 と言っても父兄側のすることと言えば授業開始の鐘が鳴るまでに授業場所まで行き、座るだけです。

 本当は案内するべきなのでしょうが四十五名の人間を相手にするには少々、教師の手が足りな過ぎました。

 なので宿泊地から問題なくたどり着けるように学園見取り図を用意して、配り終えていたのが功を制したのでしょう。


 恙(つつが)なく屋外儀式場に現れる三名。


 セロ君の父兄。清貧を絵に描いたような老婆のマヌエラ院長。

 そして、マッフル君の父兄であり、今回の騒動の原因らしき男バラカス・グランハザードです。


「ちょ――隊長、オレ様なんでグルグル巻きで座らされてんスか? というかここまでむちゃくちゃ手荒い移動だったんスけど。オレ様、結構、修羅場とか愁嘆場とかやってきたッスけど狼に引きずり回されたことだけは今回が初めてッスわ。つーか何が始まるんスかね? 処刑以外の返答でお願いしたいんスけど」


 ついでにやかましいヴィリーです。


 ちなみに口笛でモフモフを呼んでヴィリーを連れてきてもらいました。

 その登場シーンたるや頭の痛くなる見世物でした。


 突然、現れた狼にマヌエラ院長が悟ったような顔でヒュティパ十字を胸で切り、グランハザードに至っては胸元からダガーを出してきました。


「グランハザード。その刃物は没収です。身体検査をしたはずなんですがね?」

「おいおい、人を襲うような狼を学園では飼っているのか?」


 グランハザードからさっさとダガーを奪い取ると嫌そうな顔で睨まれました。


「二つ、誤解がありますね。一つ、モフモフは人を襲いません。そして、二つ目。アレは人ではなくヴィリーです」

「……わかった。俺の勘違いだ。何せ意味不明すぎて、どこから何を聞いたらいいかさっぱりわからん」


 グランハザードはこんな時でも周囲を観察していたのか、モフモフが登場しても驚かない生徒たちを見て、よくわからないなりに納得したようです。


「あぁ――驚いてしまいました」


 マヌエラ院長は少し息を整えて、再び胸元で十字を切っていました。

 そのままショック死しそうだったので自分はマヌエラ院長の前で膝をつき、柔和な笑顔を浮かべました。


「驚かせてしまい申し訳ありません。モフモフについては見ての通り、物静かでとても聡明な狼ですので人を襲ったりしません。今回もモフモフに彼を連れてきてもらっただけです。そして、銜えているアレはヨシュアンクラスのリリーナ君の父兄ですが少々、特殊な頭の持ち主と何かにつけ逃げ癖があるのであのように捕まえておいただけです。これも全て皆様に授業を滞りなく参観していただくための配慮でした。ご安心ください」


 マヌエラ院長は納得がちに頷いてくれましたが、どうやら納得しきれていない顔の商人がいるようですね。


「おーい、おい。その説明は真っ先に俺にもしてくれ。あと説得力はちゃんと棚に並べてから説いてくれないか? 人を襲わないと言った傍から引きずり倒してるじゃねぇか」

「気のせいです。頭の使いすぎで幻覚でも見ましたか?」


 セメントでも相手にしているような顔をされても困りますね。


「……わかった。色々誤解もあるようだから今夜にでも話がしたい」

「いいでしょう。しかし、その話は置いておいて、今は授業を見ることに集中してください」


 どうやら対応の違いから自分が何を求めているかを察して、直球コースを狙いに来たようです。

 相変わらず察しが良くて助かります。


 もう少しゴネるようならヴィリー対応がもう一人、増えるところでした。


 グランハザードもようやく腹を割る気になったようです。

 もっとも元々、この時点でこっちに情報を明かすつもりだったのかもしれませんがね。


 父兄の対応はここまでにして、自分も授業をするために生徒たちに向き直りました。


 いつものように屋外儀式場で並ぶ生徒たち。

 しかし、いつもらしからぬ表情をした子が二人いました。


 一人はセロ君です。

 儀式場から少し離れた場所に座っている院長を気にしているのか、そわそわと後ろを気にしていました。


 そして、もう一人はものすごく不機嫌そうなマッフル君です。

 反抗期まっしぐらですから、授業を見られるのが恥ずかしくて眉根も寄っているのでしょう。


 一方で同じく保護者に見られているはずのリリーナ君ですが、わずかな変化としていつもより少しお気楽な顔をしているくらいでした。


「それでは今日は君たちの好きな術式を『自由操作』で行ってもらいます」


 さて、今回の授業で生徒たちには『自重するな』と伝えています。

 なんとなく自らで事件を呼び寄せるような一言でしたが、ちゃんと理由があります。


 一つは生徒たちには成長をちゃんと見てもらうために本気になってもらう必要がありました。

 この子たちの性格上、自重しなければ大人顔負けの術式くらい使えます。


 生徒たち成長しているという事実を見栄え良く、実用性に富み、しかし、それらを振り回されることなく使いこなせているように見せなければなりません。


 言ってしまえばある種の演劇のようなものです。

 そして、生徒たちは演劇の経験もあるので人前で術式を使うことに抵抗なんてありません。


 現にセロ君のぷくっとした頬にやる気を満ち溢れさせていました。

 マッフル君も機嫌こそ悪かろうですが親を驚かせたいくらいの気持ちはあるでしょう。

 リリーナ君は構いたがりで構って欲しがりで見せたがりなので特に問題はないでしょう。

 エリエス君はどんな状況でも通常運転でしょう。


 ただ今回、父兄が不参加なはずのクリスティーナ君が妙に鋭い瞳をしていました。


「クリスティーナ君。先生、自重するなとは言いましたが自重はしてくださいね」

「どういう意味ですの、それは?」


 怒るより拗ねた顔されたのは意外でしたが、これは自分の言い方が悪いですね。


「言い替えましょう。本気を出してもいいですが周囲や状況もちゃんと見て『最適』な本気を出せるようにしましょう」

「最適な本気? どういうことですの?」

「瞬間的に本気を出し、うまく流れを掴む力というべきでしょうか」


 内容自体は簡単なのにいざ、やろうとしたら結構、難しい内容なので自覚できていない生徒たちは首を傾げました。


「まぁ、締めるところは締めていきましょう、ということです。それではクリスティーナ君から小試験を始めましょうか。現在進行形で陣を変更していく技術なため『眼』による採点を行います。結果や見栄えよりも陣変更の技術が見られるということに注意しましょう。七十点以上で合格とします」


 『不安だから』という理由でクリスティーナ君のやる気にこれ以上、水を差しても仕方ありません。

 試験を始めるとクリスティーナ君は落ち着いた所作で儀式場の中心に立ちました。


「フロウ・プリム」


 まさかのホタル女再びかと思いきや現れた緑光の球は一つきりでした。


 クリスティーナ君のわりには大人しめな術式と思ったのですが次の瞬間、父兄席から驚きの声があがりました。


 緑光の球の形が昆虫の羽を持った小型の人に変わったからです。

 フェーリアー種を模したフロウ・プリムは楽しげにクリスティーナ君の周囲を舞い始めました。

 その光景はまるで物語のようですね。


「これくらいで驚かれても困りますわ」


 さらにもう一匹、フロウ・プリムの妖精が生まれました。


 しかし、まだ同時操作は難しかったようで若干、二匹の妖精の動きはぎこちないように見えました。


 ギチギチと油の切れた人形のように動く姿が生理的嫌悪感という爪を心に掻き立ててきます。


「悪霊に集(たか)られたフリル女――ぷ」

「何か仰いまして!?」


 クリスティーナ君がマッフル君の言葉に反応した瞬間、あっという間にフロウ・プリムが霧散しました。


「七十点ですね」

「ちょ! 今のはあの愚民――」


 ハッとした顔で慌てて口を抑えたクリスティーナ君でした。

 父兄がいることに気づいたんでしょうね。


「――あの喋るまな板が余計な茶々を入れたからですわ! どうして百点ではありませんの!」


 余計にひどくなったような気がするのは何故でしょうね。そのままの意味でしょうけど。

 ちなみにコレを聞いたグランハザードは大爆笑をしていました。


「あのクソ親父ッ! ペチャパイ専のくせに……ッ」


 マッフル君の忌々しそうな顔にクリスティーナ君はピンと来たようです。

 非常に嫌らしい、上からねめつけるような視線でした。


「貧相な体の人は大変――何をなさるの!」


 全部、言わせる前に後頭部をはたきました。


「余計なことを言う前に色々と聞きたいことがあるんじゃないですか?」


 キッと見上げる顔に畳みかけると、クリスティーナ君はハタと気づいたのように胸を少し張りました。


「術式を行使する時、集中力を切らした結果、どうなるか教えましたよね。はい、言ってみましょうか?」

「……術陣の霧散と暴発、ですわ」

「暴発の危険性は言わずとわかりますね。霧散も状況によっては仲間を危険にさらします。集中力が切れたから、という言い訳は通用しませんよ」

「ぐぬぬ……、ほ、他の減点理由はなんですの!」

「自由行使自体は特に問題ありませんでした。ですが己の力量を越えてまで二体に増やした理由を聞きましょうか?」

「そ、それは……」


 これは考えなくてもわかります。

 クリスティーナ君は基本、見栄っ張りですからね。

 今は己を理由に見栄を張ることを控えましたが、代わりに仲間や友達をナメられたり、貶められることについて過剰な反応をします。


 この過剰な反応が別の形で作用したのが今回です。


 つまり、クリスティーナ君は己が優れた腕前を持っていると見せつけることで、『自分たちの仲間はこれくらいすごいんだ』と父兄に伝えたかったのでしょう。


 その企みの結果ですが反応はぼちぼちでした。

 マヌエラ院長は若い少女が術式を使ったことに驚き、経験のあるグランハザードは感心し、そしてヴィリーは『ふーん』て顔をしていました殴るぞ。


 これはそれぞれの意識の問題ですね。

 マヌエラ院長は修道院で暮らしていたために今までの価値観と今の世俗のギャップに驚いたようです。

 このくらいの年齢の人は術式を使う=年齢高めという意識でいますからね。


 グランハザードに関しては実地での経験や自分のような例外を知っているので、多角的で常識的な物差しの上で『ほう、やるな』程度の感想を持ちました。


 ヴィリーはアレです。

 このバカは年齢なんてもので考慮せずに性能だけ見て興味を失っただけです。

 こいつの頭の中では自分が教えているから戦略級くらい使えて当然、みたいなことを考えているんでしょうね、殺すぞ。


 三名中二人が肯定的な意見だとすると総合的にすごいと思われていると見て間違いないでしょう。

 クリスティーナ君の企み自体は成功と言えるかもしれませんね。


「限界を越えることについてはとやかく言いませんが危険性や状況を見て、ちゃんと判断してから行うように。『考えなしで自滅しました』は笑い話になりませんよ」

「わ、わかっていますわよ!」


 『そいつは新しい冗談か?』『鏡、用意した方がいいよな? な?』『内紛の時、一人で騎兵隊を足止め――』『戦場を陥没させた――』という呟きが父兄席から聞こえてきましたが無視です無視。


 若干、生徒たちがその呟きを聞いて、胡乱げな目で見られましたが授業中です。

 私語に興じる男二人を氷の弾で狙撃した後、生徒たちに向き直りました。


「【自由操作】自体は卒なく行えていたので合格点とします」


 あまり納得いかない数字だったのでクリスティーナ君は憮然としていました。

 まだ戦闘に使るほど習熟していないからですよ。

 しかし、覚えたてということも差し引いて、よくできた方です。


 次はマッフル君の番です。


「術式の属性はなんでもいいんだったよね? 先生」

「そうですね。初級の中で使いやすいものを各自で選んでください」

「じゃぁ、リオ・プリム」


 そんなマッフル君が選んだ術式はなんと青属性でした。

 空に打ち上げられた水球は中空に留まると霧散し、霧に変わりました。


「ぁ……」


 とたんにセロ君が小さく言葉をこぼしました。


 ゆっくりと落ちてくる霧に虹が浮かび、いや、これは?

 驚いたことに虹はいくつも乱立し、一際大きな虹には二つが重なっていました。


「七十五点ですね」

「な――っ!」

「え――?」


 クリスティーナ君が弾かれたように顔をこちらに向けてきました。

 マッフル君自体も意外だったのか目を丸くしていました。


「どういうことですの!」


 クリスティーナ君がたまらず噛みついてきたので、そのドリル頭を手で押さえつけました。

 マッフル君も同じように反抗的な眉の吊り上げ方をしていますね。


「……ちょっと先生さ。アレがいるから点数に色つけたとかだったらやめてよね」

「疑い深いですね。あと親をアレと呼ぶのは止めましょう」


 反抗期なので親を邪険にしたがる気持ちもわかりますが何故かこっちも心が痛みます。


「正直に言うとクリスティーナ君の自由操作に比べると単純で一段、精細さが欠けていました。そのままだと七十点は難しかったでしょう」

「じゃぁ、なんでさ」

「工夫したからですよ」


 その一言でマッフル君は小さく同意するように首を何度も上下させました。


「術式を術式のままで使っているようでは術陣が示す威力しか扱えません。本当に優れた術式師は現理世界の法則にも明るくなくてはいけません。例えば一般的な術式師とメルサラ・ヴァリルフーガが同じ術陣構成をしたエス・プリムを使ったとしましょう。本来なら威力は変わりませんが実際に行うとメルサラのエス・プリムの方が威力を増します。これはメルサラが熱や火に対して本能的に強い理解があり、どのようにすれば火が燃えるのかを明確な想像力と共に撃ちだしているからです」


 この辺は何度か授業でやったので生徒たちは特に驚きや感嘆の声は上げませんでした。

 むしろ復活した野郎共を含めた父兄席の方から聞こえてくるくらいでした。


「想像力や感情によって術陣が術陣以上の力を発揮する等、ある種のゆとりのような性質を持つことがありますが、これに関してはまた別の授業でやりましょうか。今回、マッフル君は自由操作という技術を用いて、術陣では成しえない現象を作りました。そして、同時に現象に対して最適な工程を踏みました」


 マッフル君の物理法則を利用する、という観点に二重丸を点けました。

 自由操作の授業なので点数外なのですが無得点にするにはあまりにも惜しくて、少し点数を増やしました。


「一番、最初の授業でも言いましたが術式は刃物と同じです。その刃物で美味しい料理を作ることが術式の意義でもあり、正しい利用方法だと信じています。その考えをそのまま正しく使ったことを先生は評価しました」


 何よりも術式の腕はクリスティーナ君に劣るとわかっていたからこそ、無い部分を別の形で補おうとする考えはとても良いものです。


「とはいえ実際の試練では自由操作の腕前もちゃんと磨かないと点数になりませんよ。補う、という発想は正しくとも地力を上げることもとても重要です」

「わかってるってば。先生は最後に一言多いよね」


 マッフル君は悪態をつきながらも上機嫌なのかクリスティーナ君に挑発せずにさっさとセロ君の隣へと帰っていきました。


「クリスティーナ君も聞いた通りです。技術を磨くことも大事ですが、それだけに固執してはいけません」

「……わかっていますわ」


 クリスティーナ君はマッフル君に負けたのが結構、響いたんでしょうね。

 ちょっと力なく元の位置に帰っていきました。


 しかし、良い刺激になったんじゃないかと思います。

 現時点でマッフル君ができることはクリスティーナ君もできると考えてもいいでしょう。

 クリスティーナ君は微妙に発想が常識に捕らわれすぎている部分がありますしね。


 この結果を受け止めて、より成長してくれると自分は大変ですね。


「えー、次はセロ君ですね」

「はぃ、なのですっ」


 相反する矛盾を微妙に飲みこみながら、セロ君を眺めました。


 珍しく微妙に眉に力を入れていますが、アレはマヌエラ院長の前だから張り切っているのでしょう。


「リオ・ラム・シルドなのです」


 生み出された氷の盾は小さく、しかも五つに分裂していました。

 そのまま見ていると盾の形が変わっていきました。


 一つはウルプールに、一つは人型? あぁ、バナビー・ペイターですね。

 動物の氷像に囲まれたバナビーは鷹揚ではありましたが、ゆっくりと何かしらの動きを見せていました。


 それはまるで絵本の一ページのように見えたのでしょう。


「……まぁ」


 マヌエラ院長から控えめな感嘆の声が聞こえました。

 残り二名は大道芸でも見ているような顔と声でしたが、この中で一番、驚いているのは誰かというと自分です。


 何せセロ君はアレンジをしながら自由操作を行い、なおかつ精神干渉まで使っています。

 おそらくまだ拙い自由操作の腕を精神干渉で補佐しているのでしょうが、はっきり言いましょう。


 そっちの方が難易度、はるかに高いですからね?


 先ほどクリスティーナ君が似たようなことをやっていましたが、こっちは例えるなら右手と左手で別々の絵を描いているようなものです。


 なんですか、この集中力。


「個人的には九十点以上をあげたいのですが六十八点です」

「はぅ……」


 そう告げるとセロ君はしょんぼりと肩を落としました。


「術式の操作技術に関してはクリスティーナ君とマッフル君を越えていましたよ?」


 下手をするとエリエス君以上です。

 間違いなくリリーナ君は確実に超えています。


「ですが自由操作という面では精神干渉に意識が向いていたせいでおざなりでしたね。動きを表現する陣が難しかったから精神干渉で補う、という点は良かったのですが逆に自由操作の精密さを下げる結果になりました」


 氷像の動きがぎこちなかったのがその証拠です。


 発想はマッフル君とよく似ていますが、大きな違いがいくつかあります。


 己で難易度を上げて、テストするべき自由操作がうまくできなかったこと。

 源理法則だけでテストに挑んだこと。

 もう一つは己のマイナスを自覚していて、なお補おうとしてマイナス点を作ったことです。


 セロ君もそれがわかっていたのか、しゅんっとした顔をしていました。


「次回に期待ですね。大丈夫、同時に術式を起動させられるセロ君ならできると信じています」


 実際、できないとおかしいレベルです。

 もしかしたら妙な誤解や自分の想定していない部分で引っかかっている可能性もあるので、後でセロ君の勉強を見ましょうか。


 次は安心安定のエリエス君です。


「ウル・ウォルルム」


 これはまた難易度の高い術式を選びましたね。

 強化術式も自由操作で強化部位を変更することができます。ただ円状の陣よりも帯状の陣は自由操作で変更できる手段と種類が限られており、変更タイミングもシビアの一言です。


 エリエス君は無言で『ドМ君』を間合いに収めました。

 そして、打ち出される拳は『ドМ君』をくの字に軋ませました。


 瞬間、エリエス君は『ドМ君』の背後に背を向けて立ち、腰から捻った肘を背骨に叩き込みました。

 そのまま振り返ると同時に顎に掌を叩きつけ、とうとう固定用のビスが外れた『ドМ君』が中空に舞いました。


 あぁ、修理予算が空を飛びましたね。


 そして、エリエス君もまた宙に浮かぶ『ドМ君』を追うように飛び蹴りをぶちかまして、降りてきました。


 修理予算はめでたく備品追加予算に進化しましたちくしょう。


「文句なしに百点なのですが、一つだけ聞いてもいいですか?」

「はい」


 朴訥な瞳を向けたエリエス君の背後で原型を留めていない『ドМ君』が落ちてきました。


「先生の記憶が確かならエリエス君は後衛の役目だったと思いますが、どうして強化術式を?」

「複合属性の強化術式を確実に身に着けるために強化術式の自由操作は必須だと感じました」

「……そうですか。いえ、ただの疑問だったので気にしないように」


 エリエス君が近接寄りのキャスターになりつつあるのは自分が原因だったようです。

 これでは怒るのも注意するのもアドバイスを送るのも的外れですね。


 強化術式で自爆しないようにせめて体術の基礎をみっちりやるくらいでしょうか?

 正しい型から打ち出される拳は雷の速度で打ち出されても壊れたりしませんしね。


 さて、こんなエリエス君の動きを把握できたのは自分とヴィリー、そしてリリーナ君でした。


 ヴィリーは楽しそうに足をジタバタさせていましたし、リリーナ君は目でエリエス君の軌跡をなぞっていたからわかりました。

 それ以外はポカンとしていたので逆に目立ちましたね。


 共通点は軟支配が使える、ということもありますが純粋にあの速度を捉えられる動体視力があるかどうかでしょうね。

 もっとも純粋な動体視力で見ていたのは自分だけで、ヴィリーとリリーナ君は軟支配による初動予測からの動体視力で姿を追いかけていたと思います。


「次はリリーナ君です。きっと皆よりすごい自由操作を見せてくれると信じていますよ」

「何気なく直球でリリーナだけ圧力をかけてくるであります。先生は死んだらいいであります」


 ブツブツ言いながらリリーナ君は自然な動作で手のひらを出しました。


「エス・プリムであります」


 真っ赤な火球が渦巻いたと同時に、まるで時間を止めたかのようにピタリと火の勢いが止まりました。

 粘土でこねたみたいな火の形を維持したままリリーナ君は自分を見上げてきました。


「形質変化の応用ですね、と言ってもよくわからないでしょう。セロ君、ちょっとこっちに来てください」

「はひ、なのです」


 素直にやってきたセロ君をリリーナ君の前に立たせ、止まった火球を指さしました。


「では触ってみましょう」

「……ふぇ?」


 なんで裏切られたみたいな顔をされたんでしょうね?

 それでも素直なセロ君はおずおずと火に指を近づけていきました。


 火が指に触れた瞬間、セロ君はきょとんとした顔をしました。


「どうでしたか?」

「ぜんぜんあつくないのです」


 火球が熱くないとわかった途端、ぺたぺたと火球に触れました。


「どうして熱くないのだと思いますか?」

「ぇ? え~っと……、そのぅ……」


 セロ君だけではなく、他の子にも顔を向けると全員が黙っていました。

 何故かヴィリーが斜め四十五度の角度でドヤ顔を決めていたので黙殺しました。


「本来の火ならばありえない現象も術式なら起こりえます。例えば冷たくない氷、触れることのできる雷。これらは現象の性質を変えたことによって初めて生まれます」


 それが形質変化の応用、【本質変化】です。

 本来、持つべき本質、例えば火ならば熱と光を出す現象ですがこの本質の熱を奪った場合、火はどうなるでしょうか?


 当然、火は消えます。

 水をぶっかけたのと同じですね。

 燃焼によって生み出された熱と光、どちらを失っても火は火の性質を保てず、元の状態に戻ろうとします。


 しかし、ここで熱に代わる何かを用意したらどうでしょう?


 ここまで説明してもピンとこない生徒たちに自分は答えを出すことにしました。

 何せ今回の現象は生徒たちにも教えていない、むしろ義務教育計画内では教えない範囲です。


「エス・プリムに使われる赤の源素を途中で黄の源素を使う術陣に変更しましたね?」

「大当たりであります」


 熱ではなく直接、エネルギーを介して光を作り出し、なおかつ状態を停止させたようです。

 言うなら炎の形の力場を作り、そこに稲妻の光で赤色光を発生させたのでしょう。


「ちなみにどうして黄の源素を使おうと思ったんですか?」

「ん~、なんとなくであります――火で光が出るなら雷でも光が出るって先生が言ってたであります」


 拳を握るとぴょんと後ろに飛び跳ねながら、慌ててペラペラと語りだしました。

 最初から素直にしゃべりなさい。


「ちなみにこれは通常のエス・プリムに比べて三倍近い陣と労力を費やすものなので、効率という面では非常に悪いでしょう。こういった術式もあり、この術式の現象を解明することで次の原理と術式を生み出す、そうした目的の術式です。自由操作を使った本当に研究目的の術式というべきでしょうか」

「そんなことより何点でありますか?」

「百点ですね。見た目の派手さこそありませんが堅実で難易度の高い操作でした」


 これで自由操作の小テストは終了しましたが、ここで父兄の様子も見ておきましょうか。


 マヌエラ院長はジェネレーションギャップにさらされ続けていたせいか、一息ついたような表情をしていました。

 グランハザードは『良い見世物だった』という感じの、あくまで一線を引いた感じです。

 ヴィリーも似た様子ですが『続きはまだ? 次はもっとすごいんだろ』と意味のない催促を顔に浮かべていました。


 もうヴィリーを噛んでもいいですよモフモフ?


 ちなみにモフモフはゆっくり尻尾を振って生徒たちの成長を喜んでいたように見えます。


 実際の感想はこの後の三者面談で聞くことになるでしょう。


 小テストの次は新しい術陣の練習をこまめに見ていくだけです。

 生徒たちに指示や指摘を出しながら父兄が言うだろう言葉や望みを今の内に想像しておきましょうか。


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