Love is do something that you live in the home.
シャルティア先生の見舞いに行ったら、珍しく無防備な顔で寝ていました。
「やっと寝たのよ」
女医さん(36)が備えの机に座りながら零しました。
「彼女も随分、我慢強いのね。すごい熱があるのに職員室に戻ろうとしたのよ。睡眠薬を飲ませなかったら本当に危なかったわ」
「頭に『アンタと一緒で』と聞こえるような気がするのですが、気のせいですか?」
「あら? 口に出していた? 気を付けないといけないわね」
意地っ張りなのは知っていましたが、まさかそこまでとは思いませんでした。
病気の時くらいゆっくりしていてもらいたいものです。
「シャルティア先生の症状は?」
「風邪よ。原因は働きすぎね。弱っていたところ最近、少し寒くなったじゃない。だから風邪を引いたのよ。疲労回復薬を飲んで栄養を取って、暖かくしてからゆっくり眠ればマシになるわ」
ただの風邪とは言いますがこじらせれば気管支炎、肺炎、扁桃腺炎、腎炎等、様々な疾患を併発させる万病の元です。
有効な薬が体を温めるものしかない世の中ですし、やはりシャルティア先生には無理をさせられ――いえ、そうも言ってられません。
「シャルティア先生は明日……、出られますか?」
明日、一日でいいんです。
その後、穴埋めは自分がやりますから明日一日だけ無理でも立ってもらいたいところです。
「この調子で病状が落ち着いて、あまり動き回らなければ後は本人の気力の問題かしら。少なくとも言われて無理なんて言う人に見える?」
「そうでしたね」
「こっちとしてはあまりオススメしないわね。無理させなきゃいけない理由――あぁ、あの商隊絡みかしら」
「そんなところです。血の色が違うとか嘯く人種が原因ですね」
「あら、興味深い。ちょっと解体したくなるわね。青いと身体の反応ってどうなるのかしらね?」
授業参観が失敗すれば反対派を活性化させることになります。
少なくともクレティアスは西部にそれだけの影響力があります。
シャルティア先生には申し訳ありませんが、今が一つの無理のしどころだと思ってもらうしかありません。
「ところで貴方が担いでいるソレは新しい患者かしら?」
女医さん(36)は引き摺っているヴィリーをチラリと見て、口を開きました。
「まだ患者ではありませんね。大丈夫です、患者になってもお手を煩わせることはありません」
「あぁ、そう。私も部外者を看るのは面倒だから適当に処理しておいて」
「ではシャルティア先生によろしくお願いしますと伝えておいてください」
ため息と共におざなりに手を振る女医さん(36)に頭を下げて、自分は医務室から出ました。
荷物を引きずったままヨシュアンクラスの教室に戻りました。
教室に入ると生徒たちはヴィリーを見て、怪訝な顔をしていましたが「あぁ、いつものことか」と納得し、席につきました。
セロ君だけは一人、最後までオロオロして口を開きました。
「あの、ぁの……」
「どうかしましたか?」
「……なんでもないのです」
ヴィリーについて何かを言おうとした分だけ成長しましたね。
いつものセロ君なら何も言えず、オロオロしたまま流されていましたから。
ちなみにリリーナ君は小さく「おじさんであります」とポツリと呟いていましたが、ボロボロな身を察したのかそれ以上、何も言いませんでした。
教壇の前に立ち、今日の伝達事項を伝えていきます。
父兄が商隊に乗って学園に来ていること、そして、父兄たちが心配を晴らすために生徒たちの授業を見学することを伝えると生徒たちは段々と無表情になっていきました。
どうかしたんでしょうか?
伝達事項に不備はなかったはずですが……、いえ、それは主観というものです。
生徒たち視点では疑問がないとは限りません。
それに答えるのも教師の役目です。
「決まったのが今日でしたからね。突然のことで戸惑うのは先生にもよくわかります。というわけで何か質問はありませんか?」
「戸惑うとか戸惑わないとかじゃなくてさ……、もう何から突っ込んでいいかわかんないんだけど」
マッフル君は頭に手を当てて痛そうな顔をしていました。
「お、お父様がいらっしゃっていますの……?」
珍しく驚き、戦慄いているクリスティーナ君でした。
「ちなみにヨシュアンクラスはマッフル君とセロ君、一応、リリーナ君の父兄が到着しています」
父兄が来ていないと知ったクリスティーナ君は微妙にホッとしたような、残念なような不思議な顔をしていました。
「お父様はお忙しいから来られなかったに決まっていますわ。そうでなくともそろそろ税の季節が近づいて領主は中々身動き取れませんもの」
ティルレッタ君の父親クレティアスはちゃんと来ていた、とは言ってはならないんでしょうね。
同じ大領地であっても領主によって方針は当然、違います。
人手の問題もありますし、軽々しく出てこれる立場でもないのでしょう。
そう考えるとクレティアスは色々と無理をしたのかもしれません。
そうした理由を知っていたクリスティーナ君は己に言い聞かせるように何度も頷いていました。
一方で花開くように喜びをあらわにしたのはセロ君でした。
「院長様がきてくれているのですかっ」
両手を机について、身を乗り出すほどでした。
もう表情が院長大好きオーラを出していますね。
そういえば院長とやらに会っていなかったので、後で顔を確認しておかなければなりませんね。
「親父かぁ、絶対、今回の件に絡んでるよなぁ……、そういうことするもんなぁ」
なんか遠い目していますよ、マッフル君。
「マッフル君は何も聞かされなかったんですか?」
「聞いてないに決まってんじゃん。その反応、もしかして先生も何も聞かされなかったわけ? 本当に?」
「あったら急に言いませんよ」
「いや、なくても急に言うじゃん」
マッフル君はいい切り返しをしているように見えますが、半分はハッタリです。
自分が生徒相手に政治的なアレコレを漏らすことはありません。
マッフル君も政治的思惑が聞きたいわけではないのでしょう。
何かあっても対処するために情報が欲しくて、無意味に揺さぶりをかけただけです。
「あ、先生。商隊と一緒に来てるってことは……、買ったり売ったりとかはできるの?」
グランハザードが何を考えているかわからない以上、今回ばかりは止めておくべき――いえ、頭から否定するのは間違っていますね。
正式にメルボルン商会がリーングラードとの商権を任せられている以上、ある程度の制限は必要でしょうし、細かい折衝は必要になります。
メルボルン商会があまり取り扱わず、グランハザードが取り扱う物があれば話は早いのですが――ふと見てみるとセロ君の袖が少しきつそうですね。
制服は少し特殊な構造をしていますし、仕立て直してもらいましょうか。
思い出してみれば自分のクラスはともかく、他のクラスの男の子たちはちょっとずつ身長が伸びています。
栄養状態が改善された子や筋肉がついたので胴回りが合わない子も多いはずです。
やはりグランハザード商隊との売買の全面禁止は早計です。
交渉できるように前向きに話をした方がいいようですね。
「その辺はまだ決まっていませんね。一応、商隊は一週間の滞在予定なので――明日には学園側から発表がありますのでそれまでは大人しくしているように」
良くも悪くも盛り上がる周囲と違い、エリエス君だけは無反応でした。
エリエス君は天涯孤独ですからね。
アインシュバルツの関係者はエリエス君以外だとクリック・クラックしかいませんし、エリエス君自身、そのことについて何かを言っていたこともありません。
さすがに父兄枠でクリック・クラックが顔を出していたら地獄に叩き落しているところです。
ただ微妙に瞳が無常感を漂わせていました。
周囲が父兄と聞いて色んなリアクションを取っているのに本人は何も想わなかったからでしょうか?
「先生。子供の作り方は教えてもらいましたが父親や母親というのはどうやって作れますか?」
それは法律的にどうなのか、という質問ですよね?
何故かホムンクルス的存在をイメージしてしまいましたよ。
「粘土をこねるような言い方をしないでくださいね。本気で両親の加護が必要だというのなら伝手をたどって養子にもらってもらえるよう取り計らえなくもありませんが……」
本当に必要ですか? という言葉は口に出しませんでした。
名簿上、孤児の立場であるエリエス君からすれば家族ができるというメリットは非常に大きいものです。
孤児は子供の頃から長い下働きを経て、ようやく就職できるかできないか、そんな境遇も珍しくありません。
身元不確かというのはかなり就職先も限られてくるんですよね。
一方、正式な両親がいた場合、家業を継ぐことで安定した就職先を確保できますし、両親が後見人となることでスムーズに就職先を選ぶことができます。
両親がいることのデメリットと言えば家の繋がりに縛られることでしょうか。
少なくともある程度の不自由や配慮が求められますね。家のしきたり如何では大きなデメリットにもなりますし、気になることもあるでしょう。
逆にそこらが緩い家庭ならのびのびと生きられます。
エリエス君が本当に術式具元師になる予定なら、自分が後見人になれますし、店で雇うことだってできます。
感情以外で両親を必要とする理由は……、あまりないかもしれませんね。
「今のところ、養子に関しての細かい取り決めというのはありません。両親側の手続きは必要ですが養子側からの手続きはなく、ほとんどが当事者の同意だけで事足ります」
今思っても恐ろしいファジーさです。
子供を奴隷として扱っても家族のしきたりという理由で突っぱねられたりしますし、少し前までは養子という名目で子供の奴隷が頻繁に売り買いされていました。
そのうち、厳格化するとは思いますが、今はまだ機会と出会いがあれば家族になれます。
「……わかりました」
自分の言いたいことをある程度は理解したのかエリエス君はすぐに質問の矛先を収めました。
「リリーナのフケーは叔父さんでありますか?」
リリーナ君はいつの間にか席を抜けて、伸びているヴィリーを指で突いていました。
「フケーになったからボロボロで鼻とか曲がってるでありますか?」
「少々、不手際があってオシオキしただけです。ちなみに父兄というのは親類縁者のことですよ。あとリリーナ君は知らなかったかもしれませんが先生とヴィリーは古い知人でしてね」
リリーナ君は顔を上げ、目を小さく見開いていました。
「大丈夫です。こんな怪我は昔からよくありました。明日にはまたピンピンした姿を見せてくれますよ」
ヴィリーはリリーナ君に内紛での出来事を伝えていたとは思えません。
ヤツの性格上、子供相手には子供じみた見栄で返すところがあります。
自らがした凄惨さを隠して、上辺だけの成果くらい軽く伝えるでしょうね。
その結果、リリーナ君からすればヴィリーは気のいいおじさんくらいにしか映ってないかもしれませんね。
「んー、本当に知り合いだったでありますかー」
「こう言ってはなんですがどの部分を基準にして納得したんですか?」
「昔、リリーナが木の上から落っこちそうになった時におじさんが下敷きになって助けてくれたことがあったであります」
突如、語りだしたリリーナ君でしたがオチは容易に想像がつきます。
「腕が変な方向に曲がってたのに翌朝、叫びながら畑仕事していたであります。おじさん相手には『これくらいやらないと止められない』と知ってるから顔が陥没してるであります」
大正解です。
能力的な側面からの判断もそうですが、一向に懲りない無駄にタフなハートもまた厄介なんですよね。
「おじさん……」
しかし、やはりというか親類がボロボロの姿はリリーナ君的にも思うことがあるのでしょう。
伏し目がちで唇を震わせながら、手に持った羽ペンで――
「ぶはっ、ヒゲが生えたであります!」
――ヴィリーの顔に素早く落書きしたと思ったら、噴き出しましたよ。
もしかしてヴィリーおじさんのこと、嫌いなんですか?
いつか自分もやったような気がしますが、さすがに親戚の顔に落書きはしません。
「ちなみに好奇心ですがリリーナ君はヴィリーのこと、どう思っていますか?」
「一言でいうと愉快なおじさんであります」
その愉快なおじさんに影響されたのが今の君ですよ。
「おじさんは付き合ってると面白いけれど結婚すると大変っぽいから相手がいなくて可哀想であります。だからリリーナが相手してあげているであります」
そのうえ、上から目線です。
なんとなくリリーナ君とヴィリーの関係がわかってきましたね。
リリーナ君、エルフは集団を家族と見做します。
一方、ヴィリーにもまた同じようにエルフではありますが『集団に対して家族に接するのような愛着』はありません。
これは思想の違いなのか、それとも立場故の差なのかはわかりませんが少なくともヴィリーはリリーナ君をある程度、大事に思っているようですし、リリーナ君もヴィリーには親愛の情があるようです。
コレに父兄が務まるかどうかはわかりませんが資格はありそうですね。
「さて、他に何か質問は――」
「あ、あのぁの、院長様にはすぐにあえるのですか?」
おずおずと手を挙げるセロ君の顔には期待の文字がはっきりと浮かんでいました。
「すぐには会えませんね」
この一言でセロ君は目に見えて肩を落としました。
「セロ君の気持ちはよくわかりますが彼らは長旅をしてきたばかりです。少し休ませてあげましょう。明日には会えますのでそれまで我慢できますか?」
「……はぃ、なのです」
セロ君には申し訳ないのですが今日、すぐに父兄に会わせるわけにはいきません。
グランハザードが提出した父兄の一覧が正しいものかどうかチェックが必要です。
父兄の中に貴族院の息がかかった人間がいないとも限りません。
そうでなくても生徒に強い影響力のある父兄です。
無理解のまま子供の将来を強制させるのではなく、考えさせる時間も必要です。
最後に父兄が来る予定がなかったため、学園側が一切の準備をしていなかったのでまごついているのを知らせないようにするためでもあります。
この一泊は学園側にとって値千金の価値がある時間です。
「それでは今日は昼に盗賊騒ぎもありましたし、先生と一緒に帰りましょうか。あぁ、他のクラスとも一緒ですから一度学び舎前に集まってから下校しましょう」
集団下校を促し、生徒たちと共に帰りる様は半年の慣れを感じさせます。
若干、他のクラスの生徒たちがヴィリーを見て引きつった顔をしたのは見ないふりをしておきました。
生徒たちが寮に吸い込まれるのを確認した後、素早く社宅に帰りました。
さて、いちいちここまでヴィリーを引きずってきたのはモフモフに拘束を任せるためです。
ヴィリーが一度でも目を覚ませば間違いなく逃げてしまいます。
そうして逃げたらもう尻尾も掴ませないはずです。というかその日の内にリーングラードから脱出してしまうでしょう。
身柄を拘束している今だけがヴィリーから情報を得られるチャンスです。
とはいえ、授業参観で積み重なった問題を放置するわけにもいきません。
その結果、考えたのがモフモフにお任せ、という解答でした。
モフモフから逃げるのは自分でもちょっと至難の業ですね。
何せ森に入ったらテレポートでおしまい、ならばと亜音速を超えて逃げても追いかけてくる相手と鬼ごっこしたい猛者はいないでしょう。
「というわけでモフモフ。コレが社宅から出たら容赦なく喉元に噛みついてやってください。鉄を噛み砕く程度の甘噛みでいいので絶対に逃がさないでください」
『構わんが赤子はどうした?』
忘れていたとは言えませんね。
「もちろん、今から取りにいきますよ」
『……それなら良いが』
モフモフの目の前にヴィリーを置くと、何故でしょうね。
なんというか餌をやっているような気になります。
「お腹が減ったら齧ってもいいですよ? 喋れたら問題ないので」
『遅くなるようならそうしよう』
会議が長引けばヴィリーの命が短くなっていくシステムです。
すぐに職員室に入り、会議を始めました。
会議は……、そうですね。
一つ言えることがあるのなら赤子がいる会議というのは非常に微妙な空気になりました。
リィティカ先生なんか気もそぞろで、あのヘグマントですら大声を出さないように気を配っていました。
幾分かアレフレットの機嫌が悪かったのは仕事場に赤子がいたからでしょう。
仕事場に赤ん坊なんて連れてくるもんじゃありませんね。




