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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第六章
341/374

No news is good news.

 異国風の男は一足で間合いを詰め、青龍刀を振りかぶる姿は猛禽類のような鋭さを思わせました。


 即座に『黄の獣の鎧』を展開し、体をわずかに逸らすと胸元を銀の軌跡が通り過ぎていきました。

 返す二の剣はもっと早く、胴をなぎ払おうとしました。


 しかし、そのどれも焦る必要すらありません。


 自分には切り返す手の動きから目線までよく見えていました。

 【支配】による行動予測通りの動きなんて避けてくれと言っているようなものです。


 加えて強化された動体視力の前では止まっているも同然です。


「ヒュゥ! 流石、親分だぜ!」

「みろよ、あのヤサ男、手も足も出てねぇぜ」


 やんやと囃し立てる盗賊は言いながらも自分の包囲を完了していました。


 三の剣が届く前に一歩、足を引き、自分は相手に向かって体を斜めに構え、両手はぶら下げたままにしました。


 本当はもう少し、下がっていたかったのですがあまりと下がりすぎると周りの盗賊たちに斬りつけられます。

 それどころか盗賊たちは自分の油断さえあれば、いつでも斬りかかるつもりで各々の武器を抜いていました。


「……こっちも時間が足りねぇからな」


 青龍刀をクルクルと手首で回し、異国風の男も態勢を改め直しました。


「素人相手じゃなさそうだし、ちと使わせてもらうぜ」


 足を大きく開き、腰を落として、右腕を腰に――どこかで見たことがある構えですね?


「――疾ッ!」


 その吐息が漏れた瞬間、本能が幾千と繰り返し身に受けてきた『命を狙う一撃』を認識しました。


 ほとんど反射的に体をひねると同時に胸元を衝撃が走りました。

 明らかに人間の知覚を越えた速度の一撃、下手を打たれたらそのまま吹き飛ばされるところでした。


「【我地】――疾打でしたね」


 自分は【我地】という技術をよく知っています。


 黄色いのことハインツの使っていた術式技術の総称にして――おそらく【理のサートール方式】により近い性質を持つ古武術です。

 ジジイが発掘したという『サートール方式の原型』から別進化を遂げた武術の形をした何かです。


 一つの型からいくつかの術式拳打を誰よりも早く撃つ、いえ打つことができるという特性は逆に言い換えると『攻撃手段が限られている』ということです。

 そもそも型というのは限られた技術を有用に扱うための構えですからね。


 その性質上、先読みの技術ともっとも相性の悪い【我地】ですが、バカにはできません。

 先のように真正面からでも不意打ちができるように術式師の術式を軽く潰せます。


 もしも自分が【我地】をよく知らなければ、あの一瞬で勝負は決していたでしょう。


「て、テメェ、離しやがれ!」


 異国風の男の右手首を右手で握り、ひねりあげて背中へと回しました。

 そのまま流れるように左腕を男の首に回し、グッと持ち上げてやります。

 

 突然、首を絞められた異国風の男はパニックになったのか足をジタバタとさせ、振りほどこうとしました。

 それも無駄な努力です。


 『黄の獣の鎧』は反射神経や動体視力などの神経系をもっとも強化する術式です。

 しかし、それだけではありません。


 黄の源素の性質、『接色』の効果で自分の体は壁や木々、そして、相手の体に張りつくことができます。

 腕力だけでどうにかできるものではありません。


 もちろん出力次第では任意で放り出すことも可能です。

 

「時間が足りないのは自分も同じですよ」


 無防備な背中にウル・フラムセンを三発ほど撃ち貫いてやると、男の体から力が抜けていきました。


「や、野郎――! 俺たちの親分を!」


 その瞬間、飛びかかろうとした盗賊たちは皆、一様に驚愕していました。

 そうしてすぐに足元を見て、焦るように足を動かし始めました。


「何のために氷の檻で逃がさないようにしたと思っているんですか」


 彼らの足元が凍りつき、地面に縛り上げていました。


 ベルガ・リオ・ウォルメノムは見ての通り、周囲を氷の柱で覆う『対象を逃がさないため』の術式です。

 覆うだけなら術式やら豪腕でぶち壊されることもあるので、『内部対象の自由行動を防ぐ』ための術式も組まれています。


 今、あの盗賊たちの足に張っている氷の蔓がまさにソレです。


「それでは皆さん」


 『黄の獣の鎧』を解除し、その源素を利用して手のひらとかバチバチさせると、盗賊の皆さんは引きつった顔をしたまま硬直しました。


「た、助けて――」

「お疲れ様でした」


 放電の槍に貫かれて一人、また一人と倒れていきました。

 半日は起き上がれないでしょう。


 一仕事終えた気分でベルガ・リオ・ウォルメノムを解除し、異国風の男を担いで【宿泊施設】に向かいました。

 今のうちに【宿泊施設】住人に盗賊たちを縛ってもらうためですね。


「しかし、まさか【我地】使いでしたか――」


 自分にとって【我地】は非常に対処の困る技術でした。

 今でこそ、あぁして完封こそしますがハインツの使う【我地】を想定して、対処をあらかじめ練っていなかったら、あの場で手傷を負っていたのは自分でした。


 そもそも対【我地】を想定して作った術式が【獣の鎧】です。

 細工は流々、仕上げは御覧じろ、と言ったところでしょうか。


 異国風の男は【我地】を切り札にしていたようですが、持ち札が悪かったとしか言い様がありません。


 ただそれでも【我地】に対しての危険度は高いと認識しています。


 ほぼノーモーションで大地を割ったり、稲妻を纏ったりできるのは反則もいいところですよ。

 術式師は周囲の源素を見て、術式を選択肢、構築し、放つという動作が必要なのに対して【我地】は型を構え、撃つの二種類しかありません。


 自分にもっとも強い【タクティクス・ブロンド】がハインツなのも理由の一つなのかもしれませんがね。


「【我地】使いで盗賊の頭で、それだけの人物が『時間が足りない』とは言いますが一体、どの時間を持って足りないと言ったものでしょうかね」


 気絶しているところを尋問してもいいですが、そんなことをしている間に次の授業が始まってしまいます。


 そこまで考えて、ふと思い出しました。


「……そういえば罪人を閉じ込めるような場所がありませんね」


 警備員さんの事務所にでも放りこんでおくべきなんでしょうが、それだって一時的な処置に過ぎません。

 即興で牢屋を作ることくらいワケもありませんが、いちいち牢屋を作る術式師が必要というのも不便です。


 王国法や学園規則に背いた者を束縛できる場所は必要ですね。

 新しいオシオキ手段も増えますし、ね。


「託児所と牢屋ですか。こればかりは優先順位が低くておいそれと作れませんしね」


 【宿泊施設】の施設長に説明し、幾人か人をやってもらった後、すぐに学園に戻りました。

 ひとまず異国風の男を人質に門前で頑張っている人たちの心を折りにいきましょう。


 エス・ウォルルムで飛距離を稼ぎ、門まで到着するとおかしなことになっていました。


 戦闘はすでに終了しています。

 開け放たれた門を行ったり来たりしているのは警備員の人たちでした。

 彼らは懸命に盗賊たちの死体を処理したり、生きている者を担いでは詰め所の方へと向かっています。


 そこまではいいとしましょう。


 問題は門の向こう側で待つ複数の竜車の存在です。

 慌ただしい喧騒の中によく知る相手を見つけ、自分は片手を上げました。


「ジルさん。戦闘はどうなりましたか」

「あぁ、先生さんか。見ての通り、終わった後だ」

「見ての通り、ですか」


 自分が竜車に目をやるとジルさんは鷹揚に頷きました。

 こっそり返り血を浴びているのは無視しておきましょう。


「盗賊どもと戦っている途中、ヤツらがやってきて盗賊どもを後ろから強襲し始めたんだ」


 強襲? ざっと見た竜車は団を示す旗を掲げておらず、領主の紋章も刻まれていません。

 その竜車の周囲には武装した人が十数名いるくらいで特に所属がわかるものはありません。


 盗賊狩りの専門業者か何かですかね?

 セールスはお断りですよ。


「厄介事ですね。手助けした際の資金か報酬を強請りに来るか、それとも学園での物資補給を求めるか。どちらにしろ何かしらの交渉は発生するでしょう。ジルさんにコレをあげますんで、適当に尋問してあげてください」

「そうしてもらえると助かる。俺たちは尋問はできても交渉はできないからな。それにこっちは手助けしてもらったわけだが得体が知れなさすぎて困る。今、先生さんらの誰かを呼んでもらっていたところだ」


 異国風の男をジルさんに放り投げて、自分は門の向こう側で待つ竜車まで出向きました。


 幾人かが自分に気づき、ヒソヒソと話し合うとすぐに一人が抜け出しました。

 どうやらお偉い方を連れてくるようですね。


「まずは盗賊掃討の手伝いをいただき、ありがとうございます。自分はこの施設で教鞭を握っているヨシュアン・グラムという者です」


 一度、胸に手をやり、頭を下げました。


 すると革鎧を着た四十代ほどの男性が一歩前に出てきました。


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私は戦隊の隊長ブラムセッタです。そして、不躾を重ねるようですが貴方は牧師様ですか? なのにこの街の交渉権を?」

「いえ、牧師様ではありません。いくらかの事情もあり、来訪者の処理全般は自分たちも権限を有しています。一時的な措置として交渉権も持ってはいますが、門の前で話し合うようなこともありません」


 権限はあるが交渉するつもりはない、と言ってやると向こうは少しだけ考え、少し渋い顔をしました。


「構いません。我々も施設に対し交渉権を持っているというわけではありません。言ってしまえば我々は秋日に吹くこがらしのようなもの。加え今回の盗賊退治にしても我々も無関係とは言い難く」


 待遇に不満があるわけではなさそうです。

 秋日に吹く凩というところから、彼らは『大きな何か』の戦闘部門、その先遣部隊なのでしょう。


「盗賊とは何かあったようですが」


 途端、ブラムセッタさんの目が鋭くなりました。


「ここに来る途中、盗賊の一味に襲われたのを返り討ちにしたは良いもの、多くを取り逃がしてしまいました。そのせいか何度となく襲われ、これ以上の襲撃を避けるために隊を派遣した次第です」

「では当施設が襲われたのは――」

「……我々が原因の一つ、と言われてしまえば否定はしきれないでしょう」


 ブラムセッタさんは嘘をついているように見えませんでした。

 となるとある程度、話は真実なのでしょう。


 盗賊団が学園を襲ったのは別の獲物を狩るためです。

 別の獲物というのは間違いなく彼らのことです。


 そして、盗賊団が獲物を変えて学園を襲った理由にも見当がつきました。

 盗賊団は何度となく襲撃を繰り返し、その度に追い返されたのなら物資も構成員も減っていたはずです。


 物資はどこかで補充しなければなりません。


 それはどこからといえば答えは簡単です。

 豹を狩るのに何日もかかるのなら、その間の食糧はどこから持ってくるのかという話です。


 異国風の男は『時間が足りない』と言っていたのは近くまで彼らが来ていると知っていて、なるべく早く物資補充をしたかったからでしょう。


 学園を見つけた理由は――そこまで考え、一つ思い違いをしていました。


 彼らの目的をちゃんと確認していませんでしたね。


「失礼。本隊の目的は『ここを目指して』、でしょうか」

「はい、おっしゃる通り、もう少しすれば本隊が到着するでしょう」


 その一言に自分は内心、舌打ちをしました。

 はた迷惑な話です。


 盗賊たちが学園を見つけた理由は――つまり、彼らがここを目指していたからです。

 彼らも焦っていたのでしょう。

 学園を目指しているのに盗賊を引き連れてきてしまったのですから。

 戦隊を切り離してでも盗賊を先に始末したかったはずです。


 しかし、それよりも早く盗賊たちは学園を見つけてしまった。

 焦る盗賊たちは学園施設のことも知らず、すぐにやれる獲物と見て結果、真っ昼間の襲撃に繋がったわけです。

 

「大体は理解しました。それで本隊の規模は」


 学園に来る者は全て許可を得て、やってきます。

 許可なくやってきたとしても追い返さなければ、自分たちが罰せられる立場です。


 そんな中、こちらを目指してやってきているというのなら彼らは許可を持っているのでしょう。

 そこまではいいとしましょう。


「あぁ、今ちょうど山を越えてきたようです。ご覧下さい」


 山の向こう側からゆっくりと竜車がやってきました。


 一台、二台、十台、二十台……、時間が立つに連れて増えていく様子はまるでキャラバンのようです。

 いえ、キャラバンのような、ではありませんね。


 あの規模で『武装しておきながら』、経営されている一団は騎士団か武装商隊くらいなものです。

 ならアレはキャラバンなのでしょう。


 しかし、学園施設に訪れるキャラバンは月に一回。

 計画的に訪問時期が定められ、それ以外の訪問は禁止されているはずです。


「ところでまだそちらの所属名を聞いていませんでしたね。できれば本隊が到着されるより前に名前を聞きたいのですが、よろしいでしょうか」


 本隊が見えて安心したのか、ブラムセッタさんは少しリラックスしたような雰囲気を出していました。


「アレが我々の本隊。グランハザード商隊です」


 まるで我が子を自慢するかのように手を広げ、自分はその名前を聞いてしまいました。


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