The mills of God grind slowly.
【室内運動場】に集まった生徒たちは思い思いの顔をしていました。
不安そうな顔をしている子たちは体育の成績が悪く、自信がない子です。
性格的にはティッド君やセロ君がここに入ります。
「……てきしゅう、おそってくるのですか?」
「だ、だいじょうぶ。セロちゃんはその……、僕がその」
もっともティッド君はセロ君の前でいい格好をしたいのか、気丈に前を向いています。
ちゃんと手が震えないように肩を強ばらせていました。
一方で大多数を占めるのが楽しそう、あるいは決意を漲らせている子たちです。
「愚かにもこの学園を侵略しようなどとは……、舐められていますわね」
「敵ねぇ。なんで学園にわざわざ襲ってくるわけ?」
「村を見たら襲う。それが下賤でしょうに」
「あんた、本当に時々貴族なのかどうかわかんなくなるわ。盗賊が村を襲うのはそこに利益がある以上に『相手が弱いとわかりきっている』からでしょ。学園は確かに襲って奪えばいろんなものが手に入るけどさ、戦力もあるし、国の実験施設なんだから定期的に国の人が管理してるわけ。見つかるのが早い分、捕まえられやすいってこと。不利益の方が目立つってこと」
「その言い方、盗賊ではないと言いたいのかしら」
「さぁ? それは先生に聞いてみないとさ」
こっちを見ても何も教えられませんよ。
自分も君たちを連れて【室内運動場】に直行したわけですし、具体的な内容はそろそろ教えてもらえる予定です。
何故なら、この場にいる教師は自分だけだからです。
後からやってくる他の教師に詳しい話を聞いて、それから動きましょう。
焦る必要はありません。
ここには【ナハティガル】の面々もいますし、
エドの連れている部下たちもその見た目のとおりの戦力ですし、【宿泊施設】には棟梁さんや大工たちがいます。
そして、過剰とも言える戦力として自分やメルサラ、エドがいます。
どこの誰だか知りませんが【タクティクス・ブロンド】が三人もいる学園を襲ってきたのが運の尽きですね。
さて最後に控える少数派は無表情のエリエス君と隠していた果実をかじっているリリーナ君です。
「エリリン、いちじく食べる? であります」
「最悪を想定して、腐りやすく食べにくい無花果は向かない」
「甘くて美味しいでありますよ? お腹すいてないでありますか?」
「終わったら食べる」
この二人は本当にブレませんね。
各々、別の理由でマイペースです。
あと果物を持ってきたリリーナ君のどうオシオキすべきか考えていると、外の扉からヘグマントを先頭に教師陣が現れました。
教師の登場に生徒たちがより一層、ざわざわし始めました。
不安も期待も、その両方に好奇心が隠されています。
『外は一体、どうなっているのか』、そのことを聞きたいがために生徒たちは顔をあげています。
「ヨシュアン先生! 少しいいかね?」
「構いませんよ。ただし手短に終わらせましょう。食事も満足に取れなかった生徒もいるようなので」
ヘグマントと共に外に出ると、遠くで誰かの叫び声が風に乗って聞こえました。
遠目で誰かが正面扉の塀の上で弓を射っていて、叫び声の出処は考えるまでもなくそこだということがわかります。
「学園はよくできた砦だな!」
懐かしい地獄のような喧騒にヘグマントの目はいつもの朗らかさはなく、剣呑としていました。
おそらく自分も似たような目つきになっているでしょう。
「原生生物避けのために作られた塀がそっくりそのまま城壁の役割ですか。それで相手は何です?」
「物見は盗賊だと言っていた! 不揃いな防具に馬が数匹、後は歩兵。数は三十から四十、伏兵や後備えが居れば十は増える、と言ったところだろうな!」
「そこそこ大きな盗賊団ですね」
ただの盗賊一つを取ってみても、分かることがあります。
まず今回の盗賊の構成員は最低三十、最高で五十とそれなりの規模です。
人数だけ見れば同じような規模に街の商会があるくらいです。
人がこれだけの人数を扱うというのはそれなりのノウハウが必要なので、主犯格は人をまとめる才覚があるか、そうした経験がある者に限られます。
さて、この手の非合法のものについて回る業に敵の多さがあげられます。
国や領主にとって盗賊は居てもらうと流通を妨げる要因であり、騎士や私兵の目の敵にされ、同業者は同業者で同じ仕事を奪い合うライバルのようなものです。
国の保護もなく、被害者からは恨まれる、冒険者たちからは格好の獲物となり、なのに三十名以上もの所帯を抱えて盗賊団を『経営し続けられる』ということは、それなりにやり手なのでしょう。
三十名もの人数を維持できている以上、方々に影響力の強いパイプを持っているか、領主と結託して定期的に仕事をもらっているか、それか旨い餌場があるのか、興味はありません。
興味があるのはどうして学園を襲ってきたのか、ということだけです。
ひとまず盗賊の主犯格――頭は押さえておきたいですね。
「対してこちらは警備員が四十三名だ! 数の上ではこちらと同じと見ても質では向こうより遥かに高いだろう! 今は門の前で戦っているが防壁があり、防戦である以上、有利だ!」
「簡単に考えて楽勝ですね。籠城することなく打って出ているのなら正面から撃破できる自信があるんでしょう。ただメルサラが登場すればあそこにいる盗賊は皆殺しなわけですし、直に片付きます」
「うむ。早期決着が望ましい限りだな!」
このあとの授業がありますからね。
楽勝ならなおのこと、より良い勝利を目指しましょう。
「自分が加勢すれば、メルサラにブチブチ言われるのを代償にさっさと片付けられます。ですが――」
「やはりヨシュアン先生も伏兵を考えているのかね?」
「当然、考えますよ。相手は少なくとも三十人以上を運営している頭です。それなりに頭も回るでしょう。見た目も硬そうな学園に対して『夜襲をかけることもなく、真正面から挑んでいる』以上、何かしらをこちらの弱点を突くような手段に出るでしょう」
「堅牢な守りのある学園の弱点――【宿泊施設】か! ふむ、妥当な線だ!」
【宿泊施設】は学園に隣接した村のような形をしています。
学園を守る塀も【宿泊施設】までは伸びていませんし、あそこの守りは一般的な村落と変わりありません。
強いて言うなら、外からだと学園の正面から迂回しないと入れないので、もしも【宿泊施設】を狙うつもりなら、学園から見える範囲外から森に入っていかねばなりません。
道なんてありませんから少数、四、五人がベストでしょう。
前の晩から移動しておけば十人くらいで移動できますね。
道なき道を行く伏兵の目的は【宿泊施設】の襲撃。
その際に人質を取り、冒険者たちを動揺させ、あわよくば動きを封じようという企みです。
つまり、正面玄関ではしゃいでいる連中はただの囮です。
「あ、アレ、合図ですね」
突然、空に向かってエス・プリムが放たれました。
派手に爆発させるアレンジまで使っているので間違いありません。
「フンディング伯もいるとはいえ、急がねばならんようだ」
「で、どっちが行きますか?」
少しだけヘグマントと目が合いました。
本当はヘグマントが行きたいのかもしれませんが、今から【宿泊施設】へと走り、盗賊を見つけて切り倒していたのでは間に合いません。
ちなみに自分は被害が出たら負けだと思っています。
「……ふむ。ヨシュアン先生にお任せして良いかね!」
「心得ました。早速、片付けてきます」
強化術式で空から見敵、そのまま強襲しようか足に力を込めました。
「あー、ところでヨシュアン先生」
「なんでしょう」
「赤ん坊も連れていくのかね?」
背中の赤ん坊を忘れていました。
そういえば背負ったままです。わずか半日で気にならなくなってしまいましたよ、チクショウ。
「……預かっていてもらえますか」
おんぶ紐ごと赤ん坊をヘグマントに渡しました。
ヘグマントの大きな腕にすっぽりと赤ん坊が収っているのを見ると、なんというか『肉のゆりかご』という単語が思いつきます。
「泣くのではないかね?」
「言うこと聞けない悪い子をいつまでも置いてやるつもりはありませんよ」
赤ん坊に言って聞かせるように言うと、何を思ったのか当の本人はじっと自分を見てきました。
「こっちのことは任せおくがいい! 生徒たちを逃がしはせん!」
微妙に間違っているような発言でしたが、教師陣だって学びます。
盗賊退治に参加しようと飛び出す子がいるから言える言葉です。
というかウチの生徒たちです。
前回の一件で急場での信用度は地の底ですよ。
「それでは、お願いします」
一足で上空へと飛び、【宿泊施設】を俯瞰しました。
北はエドウィンが借りている【貴賓館】、南はヤグー牧場、西は森で東は学園。そう考えると侵入箇所はそう多くありません。
まず学園のある東側は除外です。
正面扉からでしか入れず、そこには警備員たちが必死で戦っています。
囮という作戦で学園の制圧を目指しているのなら可能性はありますが、そもそも学園が落とせないと判断したから囮作戦で、囮作戦を有用に使うのなら【宿泊施設】で人質でも取って学園の武装解除を求めた方が効率的です。
もちろん、小さな可能性や見落としもありますので一応、学園の裏も俯瞰しておきました。
当然、人影はありません。
あっても裏から侵入すれば【大食堂】があり、あの頭のおかしい料理人たちがいますので、そう安々とは落とされやしません。
次に【宿泊施設】の北、【貴賓館】側からの侵入はまともな神経なら攻めません。
奇襲して制圧すべき戦略目標ですが見た目、豪華な館というのはそれ相応の防衛力を持ちます。
常時、兵が詰めていますので瞬殺できる力があるのならオススメですが、残念なことにあそこにはエドがいます。
盗賊が殺到すればたちまち目を覆う被害が――男性的な意味です。
こっちもやはり一応、チラ見だけしておきましたが森の中に人影がいるようなこともありません。
男に襲われる男という奇っ怪かつ悍ましい光景もありません。
「ここまでは予定調和ですね」
呟いてから西側に目を向けます。
【宿泊施設】も近く、森の中まで道が続いているので実のところ一番、侵入が容易な場所です。
奇襲を狙うのならここだと考えましたが、外れだったようです。
次点は牧場――と目線を動かしたときに牧場と西の森の境目から、複数名の人影が見えました。
敵を視認した瞬間、胸の内側をざぁっと黒い粘性のものが覆い尽くしました。
こいつらは一体、何の権限を持って、生徒たちの暮らす場所を襲おうとしているのでしょうか。
もどかしさに似た怒りの念のまま、空中の足場を砕き、反発力で彼らの前に着陸しました。
「――ちっ! 止まれお前ら!」
上空からいきなり落ちてきた自分を見て、若い異国風の男が叫びました。
二十歳前後の少し甘さのある整った顔つき、身長こそ自分より高いですがリスリア人から見れば十分、小柄と言えるでしょう。
腰ほどある長い髪をいくつも小さな石環で束ね、細い紐のようにぶら下げていました。
それだけ見ると南部の独立民族みたいな風貌です。
他に特徴と言えば顔の半分をマフラーのようなもので隠し、後は上半身裸なことくらいでしょうか。
後ろにいる男たちは盗賊然としているのにコレだけ小奇麗なのがよくわかりませんね。
「なぁるほど。アンタぁ、見た目はチビだがオレにはわかるぜ」
「隠すべきところを間違っていますよ」
「相当やる――ちげぇ! 聞くとこ間違ってんだろ! というか聞け!」
青龍刀のような形の剣に手をかけたままなのでそこそこできるのでしょうが、そもそも根本的に間違っています。
「聞けと言いますが、まずそちらが話を聞く立場ではありませんか?」
無断で学園施設内に入ろうとしているのですから。
「お綺麗にお話し合いするような輩に見えんのか、おチビ」
挑発しつつも、指で後ろの盗賊たちに指示を出しています。
抜け目なく、油断もなく、そして、指揮力もあるようですね。
「見えませんね。ですから――」
ごくごく自然に足で地面を叩いた瞬間、足元に絵を描くように術陣が展開します。
術陣は螺旋を描いて伸びていき、盗賊たちをも巻きこんで成長していきました。
「――ベルガ・リオ・ウォルメノム」
やがて完全に飲みこんだと判断してから、術韻を唱えると自分と彼らを氷の柱が取り囲み、天蓋すら覆っていきました。
驚き、あたふたとしている盗賊たちと違い、異国風の男はじっとこっちを睨み続けています。
「やっぱり、只者じゃねぇとは思ってたがよ。一瞬で上級術式か」
話し合いというのはですね。
まず話し合わせなければなりません。
相手が交渉するつもりがないのなら、交渉させてしまえばいいんです。
そして、天秤の片側に命が乗れば大抵の者は解決策に話し合いを思いつくものです。
「では改めて。当学園施設並びに学園従事者の住居に国政の許可なく侵入を行った者には『当該者を捕縛する権利』、『殺害する権利』を行使できます。これは国政の機密案件を守るための処置であり通常時の教師や学園生徒に与えられる権利ではなく、緊急措置的扱いとして見倣されます。つまり――」
にっこりと微笑んで、ゆっくりと親指を首元に近づけました。
「――死ね」
「話し合いするような輩じゃねぇのはアンタも同じじゃねぇか!」
そのまま首を掻っ切るポーズをしてやると、獰猛な笑みを浮かべた異国風の男が飛びかかってきました。




