出番がなくなっちまうぜ
【室内運動場】の裏口。
倒れた大道具の隣で自分とリリーナ君、アルファスリン君は円を組むように座っていました。
リリーナ君はまだ何が起こったのか理解しきれず、目をパチパチさせていましたし、アルファスリン君は憤懣やるかたないと言う表情を隠しきれていませんでした。
一言でこの場を表すと惨状です。
「一日遅れで帰ってきました。明後日には調査隊も帰ってくるでしょう。その次の日が文化祭当日です」
一先ず、予定を口にすると途端にリリーナ君は眉を八の字にしました。
「まだ終わってないであります……」
そのうえ、倒れた時にいくつか壊れています。
一番、大きな破損は氷の城でしょう。中央が綺麗に凹んでいます。自分がリオ・ラム・ピラートで傷つけたところですね。
「そのことですが、リリーナ君。皆、手伝っていてたまたま今、一人でやっていたというようなことはありませんか?」
「そうじゃ! 皆もおるのじゃろ?」
「……リリーナ一人であります?」
アルファスリン君ものめりこむように自分の言葉に乗っかかり、しかし、返答で意気消沈しました。
リリーナ君はきょとんとしたままです。
やはりというか当然という反応に、自分は内心で歯噛みしました。
見ての通り、リリーナ君は複数人でも終わるかどうかわからない大道具を一人でやろうとしていました。
リリーナ君なら誰かに相談すると思っていましたが、ものの見事に測り間違えていました。
結果が一人の無茶で大道具をやろうとして、ボロボロの姿のリリーナ君です。
「リリーナ一人でやらんでもいいじゃろう! 誰にも声をかけておらんかったのか!」
「だって、皆、演技の詰めに入ってるでありますよ?」
さも当然のように言い返すリリーナ君。
「リリーナも一緒にやらねば詰めにならんじゃろー!」
アルファスリン君がリリーナ君に食ってかかる理由は大体、想像がついています。
それより不可解な部分を解明していきましょう。
それはおそらくリリーナ君の問題にも直結しているはずです。
まずリリーナ君は自主訓練をしていませんでした。
これは『浮きこぼれ』の問題にも絡んでいたのでしょうが、一番は目的意識のなさから来るものでした。
他の子が目的を目指しているのに対して、リリーナ君だけは目的を持ち合わせていないため、現状で満足してしまった証拠です。
なまじ『他の誰かより優れた成績と肉体性能』を誇るが故の苦悩でした。
そのために自分は絵の道具を与え、別の角度から彼女が目的を持つように仕向けました。
結局はあまり教える時間がなく、なし崩しに大道具に使われることになりましたが、これもリリーナ君からすれば絵を描くきっかけとなり得たと思っています。
「うがー!!」
そこまで考えて、アルファスリン君の頭が大爆発し始めました。
活火山に進化するのも時間の問題ですね。
ここらで自分が代わらないとアルファスリン君が何をするかわかりません。
「本当は全員でやろう、という話になりませんでしたか?」
自分がリリーナ君に大道具係を任命しましたが、あの子たちも『自分の言うことを聞いているだけの幼子』ではありません。
生徒たちもリリーナ君だけに任せるつもりはなかったはずです。
「しかし、皆を助けたいからリリーナ君は一人でやると皆に言い切った、そうでしょう?」
「先生は相変わらず見てるように物を言うであります」
伊達に半年近く、君たちの担任をやっていませんよ?
他の生徒たちが顔を見せていない時点で推し量れます。
ヨシュアンクラスはなんだかんだでクラス仲が良いですからね。
「答えをまだ聞いておらんぞ?」
「何がでありますか?」
「誰にも声をかけておらんことじゃ!」
「それならもう……」
答えた、と言いたかったのでしょう。
しかし、それは叶いませんでした。
「それが答えなものか! 皆を助けたいことと一人でやることは違うのじゃ!」
アルファスリン君のキツめの瞳が、さらに鋭くとんがり始めました。
「妾は調査隊の仕事に出かけたが故にこんなことをいうのはおこがましいやもしれんが聞くが良い!」
立ち上がり、リリーナ君に届けとまっすぐ見つめていました。
「傷ついた兵を見た時に妾は思ったぞ。どうして妾には皆を守れる力がないのに姫なのかと。容易く生命が消えた時はそれが力の振るわれた先かと考えた! その後にアンドレアスが傅いた時にハッキリと理解したぞ」
アルファスリン君の苦々しさは、おそらく『理解できないことへの悔しさ』なのでしょう。
「妾の、生命を背負う責任じゃ」
その言葉で浮かんだのはシアンでした。
背負いたかった生命。そして、今、背負っている生徒たちのことも思いました。
その生命のどちらにも優劣はありません。
だからこそ、この場に自分はいました。
アルファスリン君は師弟そろって、と言いましたが本当は少しだけ違います。
アルファスリン君からしてみれば、自分もリリーナ君も誰にも相談せずに強行したように見えるでしょう。
しかし、自分の傍にはモフモフがいました。
闘う輩としてモフモフを選び、死ぬことも視野に入れて『勝つつもりで』戦いました。
法国に話を通さなかったのは流れもありますが、最終的に輩として選ばなかっただけのことです。
最悪、死んでも文化祭を成功させるための手段を用意し、託していきました。
「リリーナのそれも同じじゃろ。重さではない、なさねばならぬことに変わりはあるまい」
アルファスリン君は自らの右胸を叩き、胸を張りました。
「妾はこの胸に問いかけ、わからぬからこそヨシュアン先生に聞きもした。アンドレアスやインガルズにも聞いたぞ」
自分が最初にバカ王の話をした後ですね。
あのあともアルファスリン君はアルファスリン君なりに考え、姫であることを問いかけ続けたみたいです。
「責は一人で負わねばならん。だが、悩み、考えることは違うはずじゃ。リリーナ、これは一人でやらねばならんか! 皆に聞こうとしたか!」
「……それは、だって『リリーナがやらないと皆に迷惑をかける』であります」
「誰が迷惑だと言った! 誰も、一人もリリーナを迷惑だと思っておらんわ! 妾とて姫の責務さえなければリリーナを手伝っておった」
やがて、ではありません。
ある意味では必然でした。
大道具が倒れた時に大きな音がしました。
その音は当然、【室内運動場】の中にも響いたでしょう。
「見よ」
アルファスリン君が指を向けたその先には、様子を伺う生徒たちの姿がありました。
「セロは衣装を完成させておる」
リリーナ君は強ばった顔で生徒たちを見た瞬間、バッと顔を背けました。
全員、煌びやかな姿をしています。
演劇用に作られたドレスや衣装はセロ君の担当でした。
六人分の衣装を一人で用意できなかったセロ君は、手伝いを皆に頼んだのでしょう。
そのおかげでちゃんと結果を残せました。
セロ君の力不足や、周囲に甘えられる立場が功を制したわけではありません。
自らの力不足を認識し、『どうすればちゃんとできるか』を考え、周囲に助けを求めたのです。
同時にセロ君は積極的に誰かの助けをしていたでしょう。
もちろん、それだけが成功と失敗を分けたというわけでもありません。
大道具はギリギリまで材木が手に入らなかったという理由もあります。
その仕事量だって多く、技術的に難しい問題もあったのでしょう。
しかし、だからこそ、『材木が手に入らなかった時は小道具や衣装が進んでいた』とリリーナ君は理解し、今なら手が空いていると気づくべきでした。
なら、何故、リリーナ君は気づかなかったのか。
「リリーナ! 汝は己に問いかけたか? 問いかけておらんじゃろう。ただ『一人でやるべき』だからやっていただけじゃ。そう問えば仲間がおったことに気づいたはずじゃ」
リリーナ君の根本的な問題に関わる部分です。
彼女はクラスメイトを家族だと捉えていました。
一番、上のリリーナ君を姉とし、クラスメイトを妹と見なした擬似家族観です。
もちろん、これも悪い話ではありません。
リリーナ君はうまく皆の面倒を見れていたと思います。
うまく行き過ぎたのか、それともリリーナ君も勘違いしていたのか。
どちらが正しかったのか、自分にはわかりません。
結果、『妹たちの面倒を見なければならない』と思いこんでいました。
誰よりもできてしまうから『彼女は仲間を対等の存在と見れなかった』のです。
「皆に語りかけ、願い、手伝いを呼びかけ、成し遂げることが責任ではないのか、答えよ!」
「リリーナがやらなきゃ誰もできないであります!」
「うぬぼれるな! お主は皆をなんじゃと思っておる!」
アルファスリン君がそこまで知っているかどうかはわかりません。
しかし、姫という重い立場に居て、何よりも責任を考え、どうなるべきか目標を打ち立てたアルファスリン君には『リリーナ君の目的のない独りよがり』がおかしなものとして映ったはずです。
「だって先生が言ったであります! 皆、大変でリリーナしかいなくてやれるのはリリーナしかいないって!」
でも、そんなことをリリーナ君だってわかっていたはずです。
わかっていながら、でも、どうしても頼れなかっただけです。
「だから、頑張ったのに……、今更そんなこと言われてももう間に合わないであります」
見れば、二人してポロポロと泣いていました。
アルファスリン君はリリーナの行動が憤りの結果だと知って、なお責めねばならないことに。
リリーナ君は責任を果たそうと努力しながらも周囲に頼れなかったことに。
たぶん、自分が居ればここまでには至らなかったはずのことです。
自分がちゃんと予定通りに帰ってきてさえ居れば、こんなことになる前にリリーナ君の過ちを正せたはずでした。
もはや、過去は元には戻せません。
「そんなことはありませんよ」
だから、示しましょう。
大事な時にいなかった自分がそれでも、今度は間違わないように。
どんな大変であっても、どんなに苦しい時であっても、必ずどこかに光明があるということを。
「リリーナ君。決めつけてしまってはいけません。それだって一人の考えです。まだ間に合うことを先生や皆にも聞いてみましょう」
痛む体のまま、あやすようにリリーナ君の頭を撫で、もう片方でアルファスリン君を落ち着かせるように撫でました。
肩の痛みは無視できます。
心の痛みは無視できます。
しかし、この子たちの痛みは我慢がなりません。
「相談しなさい。抱えて、決めつけて、手遅れになってしまわないように」
リリーナ君にとって『妹に頼ること』は姉の尊厳を奪うことです。
下に見ていたものを対等視することは、心が納得しない物事です。
でも、まだリリーナ君ならできます。
凝り固まった価値観と意識を、まだリリーナ君は粉々に壊して作りなおせるはずです。
言わねばならない言葉は全てアルファスリン君から教えてもらっているでしょう?
「……できてないから」
たぶん、自分では無理でした。
自分が同じことを言ってもリリーナ君は完全に心を開かなかったでしょう。
同じように妹の立場で見られていながら、少し異質な立場のアルファスリン君だから、可能だったのでしょう。
「皆、助けて――」
その一言を搾り出す力を与えられたのです
「んー、そんなの当たり前じゃん?」
「仕方ありませんわね。早く言えばいいものを」
クリスティーナ君とマッフル君は当たり前のように【室内運動場】を抜けて、リリーナ君の肩に触れました。
そして、そのまま大道具のところへと向かいました。
「大道具が壊れています」
「あぅ、ふたりとも怪我はないのですかっ?」
エリエス君とセロ君も同じようにして、大道具の前に立ちます。
アルファスリン君とリリーナ君の話を皆は聞いていたでしょう。
ですが、『そんなもの』よりも仲間として助けることを選び、当たり前のように動きました。
「あー、うん。状況は大体、わかったけど、たぶん先生なら手を打ってるでしょ。なら、大工さんかヘグマント先生あたりかな? 応援要請なんか受けれるようにしてると思うけど」
「なら、今すぐ大工さんのところに行きますわよ」
そして、あっさりとマッフル君は状況をどうにかする手段を導き出しました。
リリーナ君は涙の跡なんか忘れたように、呆気にとられていました。
ついでにアルファスリン君も呆けた顔をしていました。
君は何の策もなく、リリーナ君を怒っていたのですか?
「学業の優劣が全てではありませんよ。それはリリーナ君も認められるでしょう。学業以外の部分で君より優れた、上の立場の子もいて、君もまた誰よりも先に歩き――」
リリーナ君の頭を軽く叩いて、背を押してやりました。
「――しかし、対等である。それが学園です」
皆の傍へと一歩、足を動かすリリーナ君。
まるでそれは皆が『遅れた子を待つ』ようにさえ見えました。
「じゃぁ、まず棟梁さんかヘグマント先生だけど、あんまり時間もないし二手に分かれてさ――」
「勝手に仕切るんじゃありませんわ。全部、この私に任せておけばいいのです。愚民は引っ込んでなさい!」
「は? あんた、材木狩りじゃん。棟梁さんのとこにいけないじゃん。何いってんの?」
「な――先生がいる前でよくもバラしましたわね!」
「二人共、場所をわきまえて」
お互い、四つ手で取っ組み合いを始めた二人をエリエス君が拘束術式で縛り上げました。
大道具の傍で喧嘩すれば、さらに大道具が壊れますからね?
もうここまでお膳立てされてしまえば、知らないフリをする必要もないでしょう。
「棟梁さん」
「待たせたな」
木の後ろからアフロが見えていましたよ?
生徒たちは色々ありすぎて気づかなかったようですが、気配もありました。
棟梁さんは何事もなかったかのように、自分たちに見えるように木に体重を預けました。
「偶然ですね。どうしてこんなところに?」
「辛く、悲しい金槌の音が聞こえてな。フラリと足を運んだのさ」
小さく口元だけで皮肉を呟く棟梁さん。
つまり、この人、ずっとリリーナ君が呼ぶまで近くで待機していたみたいですね。
その労力は地味ではありますが、忍耐と我慢強さを求められます。
わりと軽く依頼したことを後悔してしまいそうです。
「あー、えーっと、棟梁さん、さぁ」
マッフル君は拘束されながらも棟梁さんに話しかけました。
題名をつけるのなら『イモムシとアフロ』です。
なんでしょう、このシュールな絵は。
「マッフル君。年上には敬語を使いなさい。教養で習ったでしょうに」
「……棟梁さん。少しお尋ねしてもよろしいでございましょうか。これでいい?」
「嬢ちゃんの聞きたいことはわかってるぜ」
ゆっくり仁王立ちする棟梁さんを誰もが注視していました。
「だがな、粋じゃねぇ」
指を鳴らし、背を向ける一連のポーズは何を意味するのか、生徒たちもよくわかっていないでしょう。
「今、そいつを言うのは嬢ちゃんじゃねぇだろ?」
跳ねた指の先は一人しかいません。
「……リリーナでありますか?」
指をさされ、うっかり己もさしたリリーナ君でした。
「じゃなきゃ、せめて任せてもらうにゃぁ、ちょいと甘すぎるぜ」
まだ混乱しているのか、珍しくおどおどとした姿でしたが、リリーナ君はまっすぐに棟梁さんを見て、頭を下げました。
「手伝ってください。お願いします」
「野郎ども! 手は空いてるか!」
リリーナ君の言葉に棟梁さんは返事もせずに、大声を張り上げました。
とたん、草むらから出てくる、モヒカン、モヒカン、モヒカン。
その一人一人を殴りたい気持ちになったのは何故でしょう?
「ウス! カナヅチ、ノコギリ、カンナにヤスリ! どれも血に飢えてますぜ!」
「ヒャッハー! どいつも作られたがってやがりますぜぇ! 兄貴!」
颯爽と肩で風を切って進む棟梁さんとモヒカンたちは、あっという間に倒れた大道具を立て、修理すべき箇所にノコギリを入れています。
生徒たちが頑張ってやってきたものと職人の技。
その違いがハッキリとわかったのか、全員が少し戸惑い、顔を見合わせました。
「一気にやるぜ。嬢ちゃんたち。出番がなくなっちまうぜ」
その一言で最初に動いたのはリリーナ君です。
そして、あとに続く仲間たち。
これで良かったのでしょう。
今はまだ実感もないでしょうが、リリーナ君にとってはこの時間はきっと大事なものに変わるはずです。
モヒカンたちが思い出に残ることだけは少しだけ避けたかったのですが、仕方ありません。
「……それにしても、自分の出番がなかったですね」
アルファスリン君と棟梁さんに一気に持っていかれたような気がします。
本当は自分がやらなくてはいけなかったことでしょうが、それを言うにはあまりにも自分だけでは足りませんでした。
自分もまだ、時には生徒の手を借りねば成り立たない、新米教師に過ぎないと理解できました。




