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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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つまみ食いくらいかしらん

 目の前で進められる大道具の修繕と制作。

 自分も黙って見ているだけではいられないので、手伝おうとしたら濃い腕毛に止められました。


「先生さんは座ってな」


 棟梁さんは覗きこむように自分を見下ろしていました。


「先生に必要なのは仕事じゃねぇ。休むことだ」


 その力強さから、どうやら本気のようです。

 今の自分では殴ることはおろか、振りほどくこともできません。殴るつもりはありませんが。


「では、学園長に報告してから戻ってきます」


 これに棟梁さんは鼻でため息を漏らしました。


「……行ってきな。生き急ぎの先生よ」


 生徒のためを思えば、健康や怪我に気をつけなければならないのでしょう。

 ですが、今はまだ無茶を通させてもらいます。


 痛む体のまま、ゆっくりと学び舎に向かいました。


 途中、自分と一緒に移送された【愚剣】を取るために神輿搭載の鳥車に寄りましたが、モフモフが見当たりませんでした。

 グライフが無事なところを見るとお腹が減っているわけでもないのでしょう。


 神輿に乗っている状態を見られると面倒だと思ったのか、それともモフモフにも思う何かがあるのか、定かではありませんがモフモフのことです。

 妙なことはしていないでしょう。


 いつもより遅い足取り、しびれる手先で職員室の扉を開くとシャルティア先生が一人で椅子に座っていました。


「ただいま帰りました」

「窓から見えていた。ずいぶんと大仰なおかえりだった……な?」


 机から顔をあげて、頬をついたシャルティア先生は自分の顔を見た瞬間、怖い顔をしました。


「学園長が待っている。話をしてこい。中に客がいるが問題ないだろう」


 シャルティア先生のことですから、たぶん、自分の不調に気づいたのでしょう。

 そこまで血の気がないように見えるのでしょうか?

 シャルティア先生の視線を感じながら、自分は扉をノックして学園長室に入り、目を見開きました。


 いつものように不動の学園長に、ではありません。


 驚きはソファーに座りながらクネクネと腰を動かしている人物でした。


「あら~ん? ヨシュアンじゃなーい!」


 自分を見つけると、しなをつけながらにじり寄ってくる『男』は、後ろ髪だけ伸ばした短髪という奇抜なヘアスタイルが特徴でした。というか、むしろ全身が特徴すぎてもはやなんとも言えません。


 『男』は奇っ怪なファッションセンスそのまま、自分を抱きしめようと大きく手を広げ、ピタリと止まりました。


「あなた、顔色が悪いわよん?」


 急に眉を八の字にして、ジロジロと顔や体を見てきます。


「品定めみたいな目で体の調子を視るのは止めてもらえますか、エド」

「いやん。だって、楽しみたいじゃない? 久しぶりなのとー、心配なのとー、あと乙女だから」


 エドウィン・フンディング。

 自分と同じ【タクティクス・ブロンド】で【濡れる緑石】の号を持つ友人です。

 なんでこんなところにエドが、と学園長に目線を送ると、小さく微笑まれただけでした。まったく答えになっていません。

 

「もちろんヨシュアンに会いにきたのよー! きゃーん!」

「おい、三十代。いい加減にしろ」

「相変わらず短気ねぇ、レギィちゃんから色々聞いてヨシュアンのアレコレに興味があるんだけど、ちょっと今は無理よねー、でも、ちょっとだけなら教えてくれてもいいのよ?」


 エドのペースに巻きこまれると話が進みませんからね。


「学園長?」

「王国の調査隊、その先遣として訪園されたのですよ」


 と、学園長から、ようやく適切な情報をいただけました。


 そういえば法国の調査隊は電撃と言えるような速さで決定したんでしたね。

 王国側も慌てて調査隊を結成しましたが、場所はリーングラード。時間がどうしてもかかります。


 王国の面子だけを考えるのなら先遣隊を出し、形の上だけでも調査隊の調査に同行する、というのがベストな選択でしょう。

 突然の事態でも卒なく対応できることと、それなりの地位にある人物となればエドは十分、納得の人材です。


 エドはしばらくペタペタと自分に触っていましたが、それを無視してソファーに座るとエドも隣に座ります。

 密着具合に関してはシカトです。


「あらん? 喜んでくれないのぉん? あー、でもねぇ、もう少し肩幅があって、胸板があったら良いんだけどねー、残念だわ。顔は可愛くていいんだけどねぇ」

「エド好みの体育教師がいるので期待しておいてください。妻子持ちですので気をつけてくださいね」

「やーね。妻がいるなら取らないわよん。つまみ食いくらいかしらん」


 この人の性的価値観は神々の領域すぎて未だに理解できません。あと『男』です。


「で、ヨシュアンがそれだけやられる相手って誰なのかしらん? ちょっと思いつかないわよー、それこそ伝説の剣豪ヴォーデッド・Oか竜の群れでもない限り、ねぇ」


 ただの変態でないのが救いですね。

 伊達や酔狂で自分の体を性的な意味で触っていただけではありません。


 レギィも使う波形を利用して、自分の状態を調べたのでしょう。

 レギィよりも精度は低いのですが、十分、一般に使われる程度の精度です。


「ちょうど良かった。エドにも聞いてもらいたい案件があります。調査隊や調査、それらにまつわる重要な案件のいくつかにも関わっています」

「もうちょっと深く座りなさい。辛いでしょ? 態度は今、気にしなくていいのよー。あ、服は剥いじゃうからいいわよね?」

「いいわけあるか。波形だけにしてろ」


 そんなことを言いながらもすっと背中に手を差し伸ばし、体重を預けやすいようにするのですから、まぁ、根は気遣いの『男』です。


「エドウィン調査長。ヨシュアン先生の具合はどうですか?」

「両腕がとても酷いわー。まるで一度、ちぎれて付け直したみたい、じゃなくて【虚空衣(からからぎぬ)】でつなぎ合わせているのかしら? 内源素も不安定で、ところどころわからない部分もあるわ……、体の中も何かに叩きつけられたみたいに傷がいっぱい。ねぇ、本当に相手は誰なの? ジグマルドちゃんと戦った後くらい酷いわよ」


 黒いのの名前が出た瞬間、言い表せれない粘性の液体が腹の底から湧いてきて、しかし、ゆっくりと収まりました。


 今は情動に身を委ねている場合ではありません。


 エドが自分のことをよく知っているのは専属の医師の側面もあります。

 【虚空衣(からからぎぬ)】の調整法や維持と、医学に明るいためにエドくらいの人材でないと普通の人では自分にあった薬すら作れません。


 もちろん、リィティカ先生の薬がよく効くのは女神だからです。異論は認められません。


「実は……」


 自分は【ナカテー】に関する情報を知っているかどうか、二人に確認してから話をしました。


 エドは【ナカテー】という名前こそ知りませんでしたが、そうした迷信や言い伝えを知っており、世界のどこかにある聖地という認識でした。


 学園長が知っていたのは名前と、法国にとって重要機密の一つ、という認識でいたようです。

 学園長が他国の重要機密を触りでも知っていることに、驚き以上に呆れがきそうです。本当、何者ですか?


「つまり、このリーングラードに【ナカテー】なる土地があった、という認識で間違いありませんか?」

「あまり吹聴すると暗殺者から狙われそうなので詳細は省かせてもらいますが、その認識で良いと思います」


 ベルベールさんへの手紙には詳細を書こうと思っていますが、学園長やエドにはこれだけで十分でしょう。

 下手に知らせると二人に余計な苦労を強いてしまいそうです。


 法国にとって【ナカテー】は繊細な話題ですから、報告上でも注意が必要です。


「そこで【神話級】魔獣と戦いました」

「……本当なの?」


 エドが珍しく真剣な目でジロジロと見てきました。


「酒場のホラ話なら良かったのですが相棒と一緒でこのザマです」

「ねぇ、ちょっと待ってヨシュアン。どうして相手が【神話級】魔獣だとわかったの? それだって『そう』とわかってなければ上級魔獣だと思うわね? それに相棒って誰? 新しい女?」


 どうして相棒と聞いて女を想像したのか、少し話し合いが必要そうですね。

 別に出会う女性を片っ端から落とすような容姿や性格ではありませんよ。


「それはこれから説明します」


 調査隊の裏目的が『【神話級】魔獣、復活阻止または撃破』であったこと。

 予言のこと、そして、前もって【神話級】魔獣のことを聞いていた自分は魔獣信仰組織や貴族院の狙いがその『神話級』魔獣だと想定し、排除に向かったと順を追って説明しました。


「なるほどねぇ。隕鉄製の剣なら確かに【愚剣】ちゃんがあるから撃破を目的に行動できるわよねぇ」

「正直、色々と運が良かったとしか言い様がありませんでした」


 【無色の獣】が守護者とポルルン・ポッカの封印で弱っていなかったら。

 【愚剣】が【無色の獣】の結界を貫く能力がなければ。

 あるいはモフモフがいなければ、自分に能力がなければ、確実に殺されて餌にされていたでしょう。


「でも、できるからといって軽率よ。もしも中途半端なことをして【神話級】魔獣が解き放たれるようなことがあれば、王国の壊滅、もしかしたらもっと酷いことになっていたかもしれないのよ? もしも本当に対処するならすぐに討伐じゃなくて情報を集めてからでも遅くなかったんじゃないかしら?」

「弱っていたことだけは前もって知っていたので仕留められると踏んでいましたが、情報不足で行動したのは確かです」


 仕留めるどころか圧倒的に仕留められるところでした。

 生きているだけでなく勝てたことが奇跡以上の戦果でしょう。


 あるいは蘇ったこともまた、奇跡なのでしょう。


「ただ、それでも強行したのは生徒たちがここにいるからです」


 本当に封印が破れるのか、あるいは放っておくべきだったのか。

 今は判断できません。


 しかし、生徒たちがこの学園にいる以上、やはり【無色の獣】という爆弾とそれにまつわる関係は無視できない事柄でした。

 

「そうねぇ……、貴方ならそうなるわよねぇ」


 そんな優しい目でしみじみと見ないでもらえませんか?

 ついでにクネクネとすると体に当たって痛むので止めてもらえませんか?


「貴方は気づかないかもしれないけれど元は情が深い人でしょう? 心を捧げてしまってもそれはきっと、変わらなかったのよ」

「理屈に合わない話ですね」

「あらん。『心がこうだ』なんて決めつけてしまえるほど、きっちり片付いてはいないわよ?」

「それよりエド。理のサートール方式で一つ、疑問が生まれました。それと他にも疑問が少々。話し合いたいことが増えましたが、それは後で話をしましょう」

「あらん、今日は大収穫だわー」


 この話をしている途中でも、エドがずっと肩に手を置いているのは【虚空衣(からからぎぬ)】を活性化させて、少しでも自分の負担を少なくしようとしているからです。


 後は法国に自分の正体がバレたこと。

 バレたあとのやり取りも改めて学園長に報告しました。


「なるほど。よくわかりました」


 学園長は静かに目を閉じ、机の上で両手を組みました。


「段取りや両国の要請の重さを考えると、少し微細な駆け引きを要求されるでしょうが見た目は大事のように見えて、実際に強制力が働かないのなら案件としては非常に扱いやすいものです。なので、この案件は別途として扱うように要請しましょう」


 もしも王国と法国との通常取引に自分の案件を放りこむと、自分の身柄が一時的にジグマルドに移ってしまいます。

 これを学園長は危惧したのでしょう。


 正直、助かります。

 黒色ゴキブリに身柄を拘束されるなんて死んでもゴメンです。


 しかし、【タクティクス・ブロンド】の引き抜きが扱いやすい案件とは思えませんが、学園長なら事実、その通りに片付けてしまえそうな能力と雰囲気があります。


「それでヨシュアン先生。これからどうなされるおつもりですか?」

「法国云々は取り決め通り、一度、学園長を交えてお話していただくことになりそうですが?」

「いいえ。今日の予定です」


 当然、生徒たちの手伝いをする予定です。


「ヨシュアン先生。学園長権限に基づき、今日の業務等での激しい運動を禁止します。意味はわかりますね?」

「……心得ています」


 ドクターストップではなく学園長ストップがかかりました。


「エドウィン調査長はこれから法国の居留地に足を運ぶ予定ですが」

「あーら、もちろん、お話し合いが終わったら、ちゃぁんとヨシュアンをじっくりくっきり恥ずかしいところまで看ちゃうからご心配なく」


 今日は絶対に【愚剣】を手放さないでおきましょう。


 まだ何か話し合いがあるらしく、自分は学園長とエドを残して学園長室から出ました。


「よし、ヨシュアン。首を下げろ」


 なんというか案の定、シャルティア先生が鷹のような目で見上げてきていました。


「もしかして皆勤賞でももらえるんですか? 有給を取った覚えはないんですが」

「有給より素晴らしいものをくれてやる。私、自らのお手製だ」


 シャルティア先生の言うとおり、首を下げたら看板を下げられました。


 その看板に書かれた赤い文字は『このバカにしばらく仕事を与えるな』でした。


「……嬉しいですね。女性からの贈り物はやっぱり、手作りだと気持ちがこもっているように感じます」

「そうか。捨てたりしてみろ。死人のような顔から比喩が抜けると思え」


 学園長ストップどころか邪神からもストップがかかりました。

 自分は一体、どんな猛獣の類なんでしょう。


「人の生命を背負う人間はそう簡単に死ねないはずだ。お前は自分が私に言った言葉を覚えているか?」


 睨むシャルティア先生に自分は静かに見つめ返しました。


「私の期待も背負うつもりなら今後一切、そんな顔をするな。周囲の知らない自己犠牲など怒りを通り越して、哀れにしか思えんからな」


 そのまま、ツカツカとシャルティア先生は己の机に向かっていきました。


 これは、また怒られてしまったのでしょうね。

 自己犠牲のつもりはなくとも、やはり、周囲から見たらそう思えてしまうのでしょうか。

 そうであるのなら、立ち振る舞いには気をつけるべきですね。


「……もう少し、これはどうにかならなかったのでしょうか?」

「今のお前にぴったりな言葉をくれてやろう。ありがたく思え」


 身につまされるような気持ちで切実に呟いてみると、ペン先で机を叩く音がしました。


「この無神経め」


 これ以上、叱られる前に自分は職員室から逃げました。

 人生において、走って逃げられないことがこれほど苦痛な瞬間はありませんでしたよ。


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