心に残るほど盛大に
教師、生徒たち、そして【宿泊施設】の人々まで総動員した歓待準備も着々と進み、そして今日。
誰も彼もがこの日を目指しながら、心の底ではもう少し待って欲しいと思ったでしょう。
法国が魔獣調査隊並びに【四教神聖使節団】。
略して四聖団と呼び、そちらの意味合いでリスリア王国に訪れますが、リーングラードでは調査隊と呼んでいます。
リーングラードでの彼らの役目は上級魔獣の調査ですからね。
さて、この日、教師も生徒も正装が義務づけられました。
学園の前庭広場では教師から生徒、守衛に至るまで正装して調査隊の到着を待ちました。
こんな光景は開園式でも見たことがありません。
制服導入が良い方向に働きましたね。
まさかのこんな事態は予想していませんでしたが、生徒たちが同じ制服に身を包んでいると綺麗に見えます。
立ち位置や配置もこの日のために入念なチェックがされています。
トップの学園長を歓待主、領主と見立て、中心に置かれています。
学園長を基準にして左右に並んでいる自分たち教師陣は家臣に見立てられ、少し離れて通路を眺めるように整列しているのが生徒たちは従士、あるいは従士団ですね。
事務方のシェスタさんも一応、教員に数えているのか自分の右に並んでいます。
「……ドキドキする」
シェスタさんがポツリと呟きました。
妙に大人しいと思ったら緊張しているようですね。
「何かあったら、とりあえず自分に回してください。適切に片付けます」
礼儀的か物理的かは状況次第ですが、少なくともシェスタさんは礼儀作法に自信がないそうなので自分が請負います。
「守られてる……、嬉しい」
「普段、面倒な書類を回していますしね。仕事ですよ、仕事」
「ダメ……、キュンキュンしちゃう」
「そのまま黙って夢見ていてください。起きたら終わっていますよ」
頬を染めてクネクネしているシェスタさんは放っておきましょう。
ちなみにシェスタさんは礼服がなかったので以前、見せた清楚系の服装にケープをかけています。
守衛にはジルさんたち【ナハティガル】を始めとして、物々しくないように通路を挟むように並び立っています。
それでも完全武装しているとどうしても威圧感がありますね。
彼らは騎士に相当する立場に置かれているようです。
なので、この歓待式に参列しています。
「他国との関係は力関係が最初です。権利や権威は後から来るものですね。最初にこちらに力があると思わせておけば、向こうもそう大きなことを言わないでしょう」
とは学園長の談です。
怖いお兄さん方でやんわり威圧しようということですね。密かに悪辣ですが、よくあることなので何も言いません。
ただ動員されるジルさんたちはたまったものじゃないでしょう。
よく見れば防具類は綺麗に磨き、艶出しを塗っていますね。
ジルさんが自分の視線に気づいて、肩をすくめました。
あぁ、アレは艶出しなんか塗って『らしくない』と思っているのでしょう。
それでも緊張している節は見られません。相変わらずの度胸です。
「アレフレット先生のソレは司祭位の?」
一人、教員用制服の上から白と青のマントを身につけています。
確かコープですね。聖職者用のマントみたいなものです。
「相手も教会員が一人でも居れば妙なことは言わないだろう。教会の教えは素晴らしいが、かと言って国政にまで口を出されても困る。後、今はいいが来てから余計な口を出すなよ? 学園長に任せておけ」
「大丈夫ですよ。首を刎ねられそうになったら何人か道連れにします」
「それを止めろと言っているんだ」
難しげに眉を歪めているアレフレットはそれきり黙りました。
少し緊張しているのかもしれませんね。
「ヨシュアン」
呼ばれて見ればシャルティア先生が列から一歩出て、小さく指で呼んでいました。
「どうかしましたか?」
「肩の線がズレている。直してやるからじっとしていろ」
前から両肩に手を当て、胸辺りのローブを引っ張ってくれました。
「あまり外套を着ないからそうなる。ちゃんとしろ」
「男前になりましたか?」
「いつもの適当な着こなしが影も形もなくなったな。私のお陰だぞ」
「ありがとうございます」
そう言って元の列に戻りました。
リィティカ先生がちょっと満足気なのは何故でしょう。
というか何故、リィティカ先生は向こう側なんでしょう?
ちょっと生徒の様子も見てみましょうか。
ずらりと並ぶ生徒たち。
その様子は大きく分けて三つですね。
一つはこうした歓待の場に出たことがある、あるいは慣れている子。
クリスティーナ君とキースレイト君、ティルレッタ君の表情はいつもと変わりありません。
特にクリスティーナ君とキースレイト君は家の役割上、バカ王とも面識があるでしょう。王族慣れと歓待慣れしているのでしょう。
他の貴族の子も同様ですね。ただやはり相手が他国の姫だということで身体が硬く見えます。
ティルレッタ君に関してはアレですね。
歓待の場だと理解していますがきっと常人の理解できない脳内変換がなされているはずです。変なことしないといいですね。
次は圧倒的多数です。
つまり、他国の歓待なんて今回が生まれて初めてだと言う子たちです。
この子たちは名実共に、学園のルールに守られていない王族が相手ということで緊張しまくっています。
フリド君なんか肩が張って、意味なく汗をかいています。
しかし、じっとしておかなければならないと心に決めているのでしょう、微動だにしません。
ティッド君やセロ君はひっきりなしに衣服を触り、落ち着かない様子です。
そして、一番の見所は圧倒的少数。
貴族でもなく、平民出でありながら全てを理解して平常心を保てている子です。
マッフル君、エリエス君、リリーナ君、そしてマウリィ君です。
「セロさ。そんなに気を張ってたら相手が来るまでに倒れちゃうし。もうちょっと気楽にしてていいと思うけど」
「でもでも、お姫さまなのですっ。しつれぃのないようにしないとダメなのです」
「だからさ、相手がいなきゃ失礼も何もないわけだし」
小さく動く唇から会話の内容を読んでみました。
マッフル君はセロ君に気を使って、安心させようとしていますね。
ちゃんと小声で喋っているので周囲にも配慮しています。
マウリィ君も同じようにクラスメイトに小さく声をかけてあげています。
この二人は自らに『周囲の気遣いをする』という使命を与えることで精神的な重圧に真っ向から耐えられているのでしょう。
良い精神性です。
言わば折れず、曲がらず、まっすぐ立っているという意味ですから。
「エリリン。お姫様たちが来たら美味しいもの、食べれるであります?」
「おそらく、歓待に回らなかった料理が寮にも回ってくる。それよりリリーナが法国のエルフについて知らないのは何故?」
「ん~、リリーナたちの集落の近くにいなかったからであります」
「でも法国にはエルフ種も多い」
「昔、北にいったヒトたちがいるって話だけしか聞いてないでありますよ? もうリリーナたちとは別物だと思うであります。エリリンだって南のヒト種や帝国のこと、知らないはずであります」
「言われてみればそう。ならエルフで注意すべき部分は?」
「ん~、ヒトそれぞれであります」
「曖昧」
呑気に雑談しているのはエリエス君とリリーナ君ですね。
あの子たちは王族を敬うという気持ちや理屈を知っているでしょうが、その上で『自らとは関係がない』と割り切っています。
礼節を欠かすことはないでしょうが殊更、大事とも思っていないのでしょう。
なので自らを追い詰めることもせず自然体で居られます。
要するに性格的なものですね。
学園が始まってすぐならマッフル君とマウリィ君は己を見失っていたでしょう。
そう考えると二人は学園に来てから意志も培ってきたのでしょう。
これらを見て、やはり緊張している子が多いのが問題ですね。
このまま待ちぼうけを続けると緊張に耐えられずに倒れる恐れがあります。
「学園長。まだ調査隊が来ないみたいですし、一度、生徒たちを座らせてはどうでしょうか?」
「そうですね。ヨシュアン先生は遠視の術式が使えましたね。ヨシュアン先生ならいち早く先方を見つけ、速やかに身だしなみを整える時間を与えられると思いますが、できますか?」
「お任せ下さい」
反対する理由はありません。
学園長に承認をもらって自分は列から出て、生徒たちの前に出ました。
『少しの間、待ち時間があるので座って良い』と説明し、順々に座らせていきました。
ただ座るという動きだけでも緊張している生徒たちはどこかホッとした顔をします。
身体を動かさない、というのはストレスですしね。何せ拷問になるくらいですよ?
動くことでストレスを忘れることができます。
これで少しは生徒たちの不安も紛れるといいですね。
しかし、大人はそうはいかないので立ったままです。
遠視の術式を起動させ、山を睨み続けていると、やがて青と鋼に彩られた一団に率いられた大きな幌竜車の姿が見えてきました。
意外と速度があるのか恙無く山を降りてきています。
よく見るとあの牽引している動物は竜脚類ではありませんね。
それは四足歩行にも関わらず前肢の小指あたりから肩口までにかけて翼が生えていました。綺麗に折りたたまれているのでまるで肩口から角でも生えているみたいです。
顔立ちは細っそりとして鳥類の面影があり、鮮やかな青と白の羽毛に覆われています。
しなやかな猫のような肉付きに鋭い鳥類独特の目つき……、あぁ、鶏あたりの目ですね。ナチュラルにガンをつけてくる感じの。
もしかして四足歩行の鳥類、ですか?
いるとは聞いていましたが、まさか牽用生物として使われているとは思いませんでした。
青と白の羽毛が法国らしいというか、そうした色合いも牽用生物として選ばれた理由でしょうか。
「先頭集団を確認しました。殲滅しますか?」
遠視術式のカノトラを閉じて、呟いてみたら内紛を思い出してしまいました。
そういえば何度も同じようなことを聞きましたし、言いました。
「全面戦争になった時はお願いしましょう。ですが今は頭を垂れて、よいしょよいしょと担ぎあげる時です。では皆さん、本番ですよ。ヨシュアン先生は生徒たちを立たせてください」
学園長に返事をして、再び生徒たちの前に立ちました。
「調査隊がやってきたので起立しましょう。では二人一組になってお互いの身だしなみを確認しましょうか」
とはいえクラス単位は五名ですからクラス内で二人一組になると必ず一人余りますね。
「では、お隣のクラスと一組を作ってくださいね」
言われて生徒たちはクラス単位で向き合います。
よし、これなら一人足りないと騒ぐこともありません。そんなの時間の無駄です。
これも合同授業や寮生活が良い様に働いています。
クラス単位であっても、同じ授業を受け、同じ生活をしているのですから隣のクラスは全員、顔見知りです。
緊張も躊躇いもなく、すんなりと身だしなみのチェックに入っています。
最後に自分が全員分をざらりと確認し、準備が整いました。
自分の列に戻るとき、ちらりと山の方を見るとすでに調査隊は山を降りてきており、ゆっくりと直進しています。
ここでようやく違和感に気づきました。
「……ヘグマント先生」
「何かね!」
ポージングしようとして、ピタリと止まりました。
ピッチピチの正装服でパンプアップすると服が破れるからです。良かった。寸前で思いとどまってもらって。
「……何かね?」
ヘグマントのテンションが一気に落ちました。
「彼らはどうして『リーングラードの洗礼』を受けなかったんでしょうか」
「うむ。よほど良い竜車を使っているのではないかね? ん? アレは竜ではないな」
ヘグマントも気づいたようです。
「四足の鳥っぽいですね。何か知っていますか?」
「……確か、法国の戦車に鳥獣騎兵という者たちが居るそうだ。牽引する動物は陸竜でも騎竜でもなく、騎鳥と呼ばれている」
ですが、いつもの大声じゃないのでこっちの調子も狂います。
あちらさんでは一般的な動物、あるいは原生生物なのかもしれませんね。
騎竜より美味しそうに見えるのが珠に傷でしょうか。
そんなことより、やっぱり気になって再びカノトラを起動してみました。
何かがおかしい、何に違和感を覚えたのか注視して、ようやく気づきました。
「……道が広くなっていませんか?」
調査隊が進んでいる前の道と後ろの道で横幅が違うんですよ。
まるで森に意識があって彼らのために道を開けているような、奇妙な光景です。
「何らかの術式なのかもしれんな。そこはアレフレット先生の方が詳しいだろう」
「いくら僕でも『往きながら道を広くする術式』なんて知らないぞ。施工術式でもこうはいかない」
「そのあたりは自分でもわかっています」
「だろうな。ただ心当たりがないわけでもない」
少しアレフレットが左右を気にしています。
もう調査隊も近くなってきてますしね。早く会話を終わらせたいのでしょう。
「法国の街道は森を拓かない、という話を司祭の先達に聞いたことがある。やはり、何らかの手段で森を傷つけずに道を広げる方法があるんじゃないか」
「なるほど。参考になりました」
面白い話ですね。
開拓するなら是非、教えてもらいたい技術ですね。
わざわざ道を開いたのもあちらさんの示威行為の一つと考えれば納得できます。
そのお陰で悪路だったリーングラードへの道が綺麗になるなら儲けものです。
「誰が考えたかは知りませんが面白い手法で試してきますね」
学園長だけは楽しそうに笑みを浮かべてきました。
試す? あの行動が?
というかすでに外交的な何かが始まっているんですか。
「我々も失礼がないよう粛々と歓待しましょう。心に残るほど盛大に」
あまり自分とは関係ない話みたいですね。
その手合いは学園長とシャルティア先生が適役です。
自分はまぁ、抑止力として働きましょうか。
ゆっくりと学園の敷地へと足を進める青の騎兵団。
そして、幌鳥車が自分たちの前に止まり、ドアが開かれようとしています。
そのドアは、色んな意味で待ちに待った異文化交流の始まりでした。




