もったいないお化けがでますよ
「私も色々と経験してきたつもりだ。初恋の一つや二つ、身に覚えがある。誰かの随伴に心をときめかすような頃もあった。まぁ、終わった後はこんなものかと思ったな。そもそもこれは騎士に守ってもらうような心ときめくものではない。ただの仕事だ。だが……」
ジト目のシャルティア先生が開口一番、つらつらと語りました。
シャルティア先生と放課後に【宿泊施設】へ説明しに行くと約束して、学び舎前の入口で待ち合わせをしていました。
一緒に職員室を出たら良かったのですが少し野暮用があったせいですね。
「そのどっちも子連れであったことはなかったぞ」
リリーナ君を拘束術式をグルグル巻きにして肩に担いで行ったら、呆れられました。
「何故、リリーナを担いでいる?」
「先生がいきなりリリーナをさらっていったであります!」
「あぁ、もう言わなくていい。事情はなんとなく見えた」
アレだけでわかるんですか?
放課後に姿を消す前にリリーナ君を捕まえておきたかっただけです。
どうせ課題を教えるにしても一度、家に帰らなければなりませんしね。
口で言うと警戒して来ない可能性が高かったので、どうせなら連行しようかと。
「今日、リリーナは大人の階段を昇ってしまうでありますね。先生に無理矢理……、まさかのシャルティア先生も一緒だなんて先生は変態であります」
「実施訓練も悪くないが今日はもっとお堅い集まりだ。残念だったな」
担いだままシャルティア先生に腕で先を促すとため息と共に歩き始めました。
何げにリリーナ君とシャルティア先生が喋っているところを初めて見ますね。
普段、どんな会話をしているんでしょうか?
「学園で一番の優秀者を社会見学させるつもり……、とは思えないな」
「お察しの通り、やらかしましてね。今回は被害が教師ではなく生徒だったので新しい試みをしてみようかと」
「内容を聞いてもいいか?」
「心が豊かな人物の暇つぶし、でしょうか」
「ほう! それは面白そうだな。少し見学させてもらおうか」
これにシャルティア先生は意外と食いついてきましたね。
「やー! であります! シャルティア先生は先生より口うるさいであります」
「ほほう? 本人の目の前でずいぶんと言うじゃないか、このミノムシめ」
手も足もでないリリーナ君の耳を引っ張るシャルティア先生の目は剣呑でした。
シャルティア先生と合同授業をする時は完全に補佐に回るか、回られるかのどっちかだったのであまりうるさくしているように感じませんでした。
イメージだと淡々と授業していると思っていたので少し意外ですね。
「私はな。全てにおいて正当な評価を下すつもりでお前たちを見ている。リリーナは確かに出来るが必要以上をやろうとしないだろう。だから応用問題が出た時に一度、戸惑う。結果、正解するのだが他の子と大差ない速度で問題を解き終える。派生ができないわけでもないところを見ると派生が少ないと見るべきだろうな。いわゆる幅が狭い」
「ほら、始まったであります!」
さすがによく見ています。
自分は問題を解く時間まで気にしたことはありませんよ。
そんな些細な部分から問題を見つけるってどんな観察眼ですか。
最近、自分も感じていましたが教師は『生徒を観察し問題を発見する力』がいるんですよね。
ウチのクラスは観察眼がなくても問題を起こして教えてくれますが、先月はその慢心で義務教育計画を揺るがしかねない大きな失敗をするところでした。
大人しくしているからといって油断してはいけないと胸に刻みました。
「リリーナ君は術学の時も『前提を覆そうとする』ことはあっても『決められた問題を壊さないように別の形に変える』ようなことはあまりしませんね。そういうのはマッフル君の方が上手です。リュー厶・ブレドにしてもそうですね。まだ改良の余地がありながらやってなかったところを見ると『完結させる力』が弱いのかもしれません」
「要するに最後までキチンと己を通すことができていないんだな。それでも他より出来るから問題になっていないだけだ。社会に出ると言うことを聞くだけでなく、十やれと言われて十二以上、やって当たり前だと言われる。ピットラット老を見てみろ。言えばこちらの要望を満たした上で更に対応策まで練って寄越してくるぞ?」
それはピットラット先生のサポート能力というか、補佐力が高すぎるせいです。
生徒はおろか常人が真似できるような気遣いではありませんよ。
ある意味では未来予知に等しい対応力ですよ。何者ですか。
「そういえば管理人さんが言っていましたね。レバーを食べないとか。ダメですよ好き嫌いしては。もったいないお化けがでますよ」
「お化けなんぞいない。それよりも人に抱きつくのはいいがもう少し場所を弁えておけ。男の子の前でわざとやっている時もあるだろう? アレは使いどころを間違えると印象を悪くするぞ。男は女のソレを気にしていないフリをするからな」
「にゃー!? 説教地獄でありますー!」
そりゃ身動きできない上にリリーナ君のできていない部分を左右からダメ出ししてれば嫌になるのもわかりますよ? でも止めません。
エルフは確か、応用が得意と聞いてましたがリリーナ君はそうした部分が目立ちませんね。
身体の発育といい、奇妙な性格といい、自分が知るエルフ像とはかけ離れています。
といっても、自分の知っているエルフが『最悪のエルフ』ですからね。
エルフだからといってリリーナ君を型にはめるつもりはありませんし、逆に助かっているのかもしれません。
そういえばアイツは今頃、何をしているんでしょうね。
前はチラッと帝国から逃げ出そうとする同胞を助けているとか匂わせていましたが、どうなっていることやら。
下手するとあの女騎士さんと一戦、交えているかもしれません。
そうなったら女騎士さんにはご愁傷様と言っておきましょうか。
あいつは弱いですが、極めつきに強いですよ。
「色々と言いますが先生は手を抜きませんよ。リリーナ君が大きくなると信じていますからね」
「私も好きで口うるさくしているわけじゃないぞ。お前がちゃんと私の言うことを理解するまで言い続けているだけだ」
落として上げるという嫌な手段まで使ってリリーナ君に説教する自分たちはまさにドSでした。
「先生、おっぱい揉んでいいから助けてであります」
子供の乳を揉んで何が楽しいんですか。
「そういうのは大人になって、好きになった人に言いなさい」
「じゃあリィティカ先生のおっぱいを揉む方法を教えるでありますよ」
「ちょっと後で具体的に先生とお話しましょうか」
「その場合、私が敵になることを忘れるな」
しまった。邪神が居たんでした。
「冗談ですよ。当たり前じゃないですか」
シャルティア先生の鋭い目を避けながら七不思議花畑を歩きます。
秋前なのに枯れることなく、まだ花が咲いています。
以前、誰かさんが無駄に【ザ・プール】を使ったせいか、かなり影響を受けていますね。
遠くの方で叫びながら全力疾走しているフリド君とキースレイト君の姿が見えます。
遅れてティッド君が足をもつれさせながら二人の後を追っています。
フリド君はともかく、キースレイト君があんなに必死で走っている姿は珍しいですね。
何か緊急の要件があったのなら自分たちを見て近寄ってきますし、おそらくただの競争でしょう。
ふと威圧が止んだと思ってシャルティア先生を見ると、少しビックリしました。
まるで微笑ましいものを見るように目を細め、穏やかな顔をしていました。
「なんだ?」
「いいえ。なんでもありません」
すぐに元の雪原のように冷たい美貌に戻ってしまいました。
そういえばシャルティア先生はどうして学園に来たのでしょうね。
優秀だから、という理由はわからなくもありませんがあまりに出来すぎています。
もちろん選定ですからシャルティア先生も行けと言われて来たのでしょうが、いわゆる目星のようなものがあります。
リスリア王国の運営本陣から人を抜けば、それだけ面倒も多いでしょう。そういった人選を避け、抜けても問題なく、なおかつ優秀でなければならなかったと考えるとふるいの目は小さかったはずです。
そして、ベルベールさんが選定したというのなら当然、自分の貴族嫌いも考慮に入れてあり、他にも各派閥のバランスを取るなど細かい理由を加えていくと針の穴を通すような人選です。
もちろん、そんな細かい人選にスパイを紛れさせるような真似もかなりのものでしょうが、それは選定が終わってから話をするなどの方法があります。手段がないわけでもありません。
むしろ気になるのは動機。
シャルティア先生なら権謀術数を駆使して蹴ることもできたでしょうに、それでもリーングラードにやってきた理由が気になります。
権威や見栄。確かにありそうです。
教育への姿勢や道徳心。あるでしょうね。
人間関係や将来性を見越して。もちろんあります。
そのどれもがありそうでなさそうです。
人の願いなんていくらでもありますからね。
ここまで考えて、ふと思いました。
シャルティア先生の過去は追加資料に載っていたので気にならなかったのですが、シャルティア先生からは一度も己の過去について語ったことがありません。
過去を語らず、経験で得た結果ばかり喋っていたような気がします。
「先生がシャルティア先生を見てるであります」
いちいち報告するんじゃありません。
「見惚れもするさ。何せ私だ」
役者が違いすぎましたね。
リリーナ君が急に妙なことを言ったのは説教地獄から少しでも矛先を変えようとしたのでしょうが、そんなこと大人二人はちゃんとお見通しです。
隙をついて逃げようとしているみたいですが、わざとでもない限り自分の拘束術式からは逃げられませんよ。
せめて帝国の女騎士さんくらい強くないと無理です。
リリーナ君はどうにもできないと判断したのか身体の力を抜いて、ぐったりしました。
どうにもならないなら、せめて楽をしようとする姿勢は初めて会った時から変わりませんね。
それからの道中、リリーナ君をいじめることなく、シャルティア先生とたわいもない話をしていました。
やがて【宿泊施設】の施設長がいる家の前までやってきました。
どこにでもあるような木製の家です。
他の家と比べるとまるでここだけが寒村の家のようです。
実際、寮や大工たちの職場、リューミンたちの家はそれぞれの個性を出しているのか様々な形をしているのに、ここだけが普通すぎて逆に浮いてしまっています。
なんでも施設長という理由で大きな家をあてがわれるのが嫌でわざと貧相な家にしてもらったそうです。
施設長も少し変わっているみたいですね。
ただ、まぁ、中身は普通の人だから大丈夫でしょう。
ノックを二回、そして足を引くと狙ったように扉が開きました。
「おー! よく来てくださった!」
老いても壮健。
そんな言葉が似合いそうな五十代の爺さんがニカリッと白い歯を見せながら歓待してくれました。
一瞬、リリーナ君を見てビックリしていましたが自分を見て何故か納得されました。
「何もない家じゃがくつろいでくだされ」
「失礼します」
「邪魔をするぞ施設長」
リリーナ君が何も言わなかったので背中を叩いてやると「お邪魔するであります」と言いました。
これは教養をやり直す必要がありそうですね。
わざとやらないのだから苦労しますよ。
下手すれば社宅の半分もない部屋に小さなテーブルを囲んで椅子に座りました。
さて、話す内容はそう多くありません。
魔獣についての教育を【宿泊施設】の住人にもしたいから、一度、手隙の者を集めて欲しいということと調査隊が訪れること、そして、あまり調査隊を刺激せず歓待することくらいです。
「学園長殿から話はあらかた聞いておったが、ワシらも心得ておるよ」
話が早くて助かります。
「しかし、食料に関しては少し不安が多いと見受けられる。そこでリューミンたちの提案を受けてみようかと思うのじゃが……」
「リューミンの提案ですか?」
「秋になれば山は食料の宝庫じゃ。あれらも職人じゃから今のうちに食料を確保しておきたいのじゃろうて。もちろん許可代わりに調査隊への食料提供は約束させるぞい」
「こっちは助かるが、何か問題でもありそうな口ぶりだな」
「リューミンたちも危惧して調理班の半数を調達班に回すと言っておったが、寮や【大食堂】に割り当てられる人数も減る。学園が良ければ、こっちの手隙の女衆を回すのじゃが」
あっちもこっちも足りないものだらけですね。
大所帯で来られると困る典型的なパターンです。
「最悪、ヤグーをバラせばいいんじゃろうが」
「ダメであります!」
身を乗り出して大声をあげたリリーナ君。
「ヤグーはかわいいから殺したりしたらダメであります!」
もうすでに何匹かお肉になっていますが、あえて言いませんでした。
「あくまで最悪の話じゃよ。牧場主もあまりヤグーを減らされては困るじゃろうて」
「最悪でもダメであります。食料なら山にたくさんあるってジイも言ってたであります」
『かわいいから食べられない』なんて概念があったことに驚きました。
リリーナ君たちも内紛は経験してなくとも【大寒波】は経験しています。
食料が乏しい時の苦しみを知っていると思っていました。
いえ、ちょっと待ってください。
あの【大寒波】を経験していて『かわいいから食べない』という感想はおかしくないですか?
これがエリエス君なら理解できますが、リリーナ君は森の出身でしょう?
あの時は森の中ですらほとんど食材がなかったというのに、どうしてそんな感性が持てるんです?
そういえば以前、マッフル君とリリーナ君に森の開墾について思考実験じみた宿題を出したことがあります。
マッフル君はエルフとの共存も考え、開墾地を広げるだけでなく農業の効率化を考え食糧不足を解決しようと考えました。
リリーナ君は森の面積を広げて全員で暮らせばいいというファンタスティックな答えを書いていたはずです。
ちなみに一番、良い答えはエリエス君でした。
森と開墾地の間で相互取引をし、出た余剰分で外から食料を買ってくる、または余剰分の備蓄化、はたまた独自文化の形成による観光地化、そして独立に至るまでを描いていました。考えすぎです。
これはバカ王の考えた特区の考えに一番、近く、現状で出せる一番の手段でもありました。
もっともバカ王は特区が力を持ちすぎると独立して面倒なので力を削ぐ方法も同時に行っていたはずです。
言うほど独立国家の立ち上げは簡単ではありませんよ?
税も取れませんし通貨が変われば為替が生まれて国境間は複雑化し始めます。
話は逸れましたが、ようするにリリーナ君は他に比べると『生活を営む上で衣食住の要素がどれだけ大事なのか』という考えがありえないほど薄いんですよ。
発想が原始すぎます。
一体、どうしてそんなアンバランスな考えを持つようになったのか不思議でたまりません。
「まぁ、最悪は最悪の話じゃからの!」
「最悪最悪ばっかり、最悪ジイであります」
妙なあだ名をつけるんじゃありません。
施設長はニカリと日照りのような笑顔を浮かべたままなので気にしてないようですが、普通に失礼です。
リリーナ君は納得していない顔で矛先を収めました。
代わりにこっちを見て「どうなのでありますか」と不満をぶつけてきています。
「先生から言えるのは飢えたら死ぬ、ということだけです。少なくとも君たちが飢えていたら躊躇わずにヤグーを食べるように言うでしょう」
哀しいですが、これが現実です。
まるで裏切られたみたいな顔をして、しゅんと耳を下げてしまいました。
こればかりはどうしようもありません。
こっちも折れる気はまったくありません。
「リリーナ。わがままを言うな」
シャルティア先生の叱咤にもリリーナ君は身動きしませんでした。
「ヨシュアンの言っている意味がわからないわけでもあるまい」
生徒たちとヤグーを天秤にかけたら当然、生徒たちに傾きますからね。
大事なものをもう二度と失うわけにはいきません。
納得はしていないでしょうが、話を続けないわけにもいきません。
リリーナ君の気持ちは少し置いて施設長と話し合いを続けました。
「むぅ……」
結局、リリーナ君は施設長との話し合いが終わるまで拗ねた顔のまま、じっと大人の話を聞いていました。




