独身貴族の間違いだろ
次の日、朝の職員室は調査隊の件で大忙しでした。
「ヘグマント! 歓待のための食料調達の目処は立ったか?」
「うむ。先日、狩りに行ったばかりで消耗品の調達ができず狩人もまいっていたがなるべく急ぐとの返事はもらっている! 当日には帰れるように日程も組んでもらったぞ!」
「【貴賓館】の準備も【宿泊施設】の方々が清掃を始めましたが食器類が足りませんな。元より試練官の仮住居なだけあって、そこそこの数がありましたが元は神事のための行脚となれば神官の方も多くいるでしょう。足りない備品は学園の備品を使おうかと。すでに学園長より許可を頂いております。間に合うかどうかはわかりませんが、備品調達のために地方都市へと幾人か向かわせております。これも許可が必要でしたが緊急なので仕方ないかと。ただやはり食料庫の備蓄が心配ですので生徒会への依頼をいくつか発行しておきました」
「さすがピットラット老。完璧だ」
「お褒めいただき光栄の極み」
シャルティア先生の指示の元、様々な動きをしています。
どうしてシャルティア先生が指揮を取っているか不思議に思えても疑問は挟めません。
言葉よりも雄弁な適役でした。
「神具担当の片割れ。進捗はどうなっている?」
「片割れと言うな! 浄化に関係するものは用意しておいた。聖水ばかりは向こうが本家だが足りない可能性もある。あとは神具の器か。それはヴァーギン鍛冶師に任せてある。しかし、予算を使いすぎやしないか」
「気にするな! どうせ水増しして請求する」
やめてください。
リスリア王国だって予算に余裕があるわけじゃないんですよ?
「ここでリスリア王国として対処できなければ法国との関係に汚点をつくることになる! 各人、王国を背負っているつもりで対応しろ!」
国際問題は別の形に発展しやすいから怖いのはわかります。
しかし、それにしてもシャルティア先生はツヤツヤしていますね。
相変わらずのリーダー気質を発揮しているようです。
さて、自分の仕事といえば神事に必要な術式具。
主に大気の源素を安定させる神事用術式具――神式具の制作です。
ヴァーギンさんが作った器を自分が刻み、術式具にするという仕事です。
調査隊は必要とあれば、魔獣によって穢された土地を浄化する役目もあります。
今回の調査隊の来国目的にしてもタラスタット平原を浄化するために訪れているのですから、ついでに遺跡周辺も浄化する運びもあるかもしれません。
この時、タラスタット平原のための術式具を使われてしまうと両国にとって損益にしかなりません。
なので新しい神式具を使って浄化をしてもらうように交渉するわけです。
簡単に言うと『道具を作っておきましたから、さぁ、どうぞ』ということですね。
「神式具も使い捨てではなく、もっと効率の良いものがあればいいんでしょうけど」
教本のチェックをしながらポツリと呟くと、アレフレットが頷きました。
「土地に埋めるからな。そうしないと浄化は長続きしない。タラスタット平原のような【禍地】は一度の浄化でどうにもならないことを考えると、むしろ使い捨てで人の住める土地になるなら安いものだろう」
「すんません」
「何故、謝る? お前が殊勝だと気持ち悪いな」
言ってくれますね。
一応、思うところくらいあるんですよ。
確かに元々、何度も戦場になっていた経緯もあって不安定な場所でしたが、まさか自分とメルサラの殺し合いが土地を【禍地】に発展させていたなんて思いもしませんでした。
もしも自分とメルサラが殺し合わなければ時間と共に元の土地に戻っていたでしょう。しかし、ギリギリのところで踏みとどまっていた源素バランスをタップダンスで踏み砕き、根っこから破壊していたと気づいた時にはもう内紛後でした。
王都でベルベールさんからタラスタット平原の現状を聞いたときは冷や汗が流れたものです。
流石に責任はバカ王が負担すると言われましたが、何回か浄化用の術式具や対魔獣用にと軍用術式具の亜種をベルベールさん経由で送っています。
さらに言うとタラスタット平原は交易行路の一つでした。
南部から中央王都付近の都市へ向かう上で長く使われていた、昔ながらの交易行路だったそうです。それが今では誰も寄りつきません。
タラスタット平原を大きく迂回しなければならず、商人たちに無駄な金と時間を強いています。
ようするに自分たちのせいで南部の物流の一部を止めてしまったんですよ。
必ずしも自分だけが原因ではなかったとはいえ、バカ王が予算を使ってまで法国から年に一度、浄化術式をお願いしている姿は色々と思うところがあります。
「もし使わなかったらどうするんでしょうね」
「お前が浄化したらしいが、それだって所詮、素人の紛い物だろう」
失礼な。確かに適当でしたがその分、凶悪な浄化をしましたよ?
何せ大気中の無色の源素は全て空の彼方、土地の浄化は高威力広範囲の強制浄化です。
上級魔獣が穢した土地であろうとも浄化している自信があります。
さらにモフモフ曰く、リーングラードには恒常的な【神話級】浄化術式が張られているようなので神式具の出番がない可能性が高いんですよね。
「最悪、売りつけるぞ」
話を片耳で聞いていたシャルティア先生がクルリとこちらを向き、指を繰って小さく天に向けました。
その一言に今、はっきりとシャルティア先生の恐ろしさを垣間見た気がします。
「向こうも四回目だ。十分な準備をしているだろうが予備があって困る場所ではないだろう」
「どちらも無駄にならないというのなら不満はありませんが……」
「その台詞がすでに不満そうだな」
相変わらず鋭いですね。
調査隊は遺跡を浄化する必要がないとわかっている身ですから、無駄なことをしている感が強いんですよ。
手間を省くために仕事したら余計に手間がかかった、みたいな気分です。
「浄化で思い出しました。シャルティア先生、【宿泊施設】に調査隊の話をすると言っていましたが」
「あぁ、それなら今日の放課後に行くつもりだが、どうした? 私と一緒に行きたいのか?」
「それは魅力的な提案ですね。護衛をさせていただいてもよろしいですか? 野薔薇の貴婦人よ」
「岩の騎士にしては細くて小さいが、いいだろう」
貴婦人と呼んだところを痛烈に言い返しますね。
有名劇の一つです。
分かりやすく言えば『マッチョなブ男が行かず後家の護衛をして恋愛するお話』です。
自分からすればニッチな内容にしか見えないのですが、これが貴族女性に根強い人気で、愚直でブ男でも自分だけを見て欲しいという欲求をストレートに解消してくれるお話です。
しかし、認知度が高いので教養のある女性に言うと色々と返してくれる定番の口説き文句でもあります。
「何が貴婦人だ。独身貴族の間違いだろ」
「自分の女も仕事場に呼べないヘタレが何か言ったか?」
「なんだと! そればかりは聞き捨てならないな!」
立ち上がり、大声を出したアレフレットに全員の視線が刺さります。
そのことに気づいたアレフレットは木汁でも飲んだような苦い顔をしました。
「なんだ……、何か言いたいことでもあるのか!」
「とりあえず座ってみたらどうです?」
「違うぞ! エリノワールはちゃんと夫である僕の言うことを聞いて家を守っているんだ!」
二つの意味で聞いちゃいません。
「……ほう? 家を守る程度、家令にでも任せておけばいいものをそこまで慌てるとなると怪しいものだな」
「疑ぐる気か! いいだろう! 呼べばいいんだろう! 学園長に許可をもらってくる!」
そう言って青筋を額に貼りつけて学園長室に入っていきました。
やっすい挑発に乗って……、そんなの痛い腹だったと言っているようなものじゃないですか。
「なるほど。これはいじり甲斐のある情報だ」
シャルティア先生の横顔がまるで猛禽類のように見えたのは気のせいではありません。
間違いなく獲物を見定めた目です。
もしかしてアレフレットは恐妻家だったりするんでしょうか?
流石に同僚の妻について、いじるつもりはありませんがシャルティア先生はやるんでしょうね。流石は学園一、弱味を見せてはいけない邪神です。
「で、どうして【宿泊施設】について来たがる?」
主旨を覚えてもらっていたようです。
「遺跡事件や調査隊にも関わります。というのも魔獣についての授業を生徒たちより先に【宿泊施設】の住人にしようと考えています」
遺跡事件を省みて最後に一つ、事件が起きました。
それがヘグマントクラスの子が魔薬を持っていた件です。
すでにその子には魔獣について色々と説明しました。
村で聞いた魔獣と教師が言う魔獣。
どちらが正しいのかわからなくなって困惑した顔をしていました。
あの様子だと理屈だけでは納得しませんね。
体験させるか、もっと多くの人が常識だと知る――つまり周囲の思想を変えるくらいでしょうか。
子供は大人を見て育ちます。
今、一番、子供に影響力を持つ大人は教師です。次点は寮の管理人さん、そして、【宿泊施設】の住人です。
ですが大人が全て正しいとも思っていません。
その証拠に生徒たちは質問してきます。
『もしも先生の言っていることが正しいのなら、何故、自分は先生の言うことがわからないのだろう』という意識していない根本的な疑問から始まり、質問として形づけられています。
周囲が『確固とした常識』として魔獣の在り方を知っていれば迷うこともないでしょう。
ただ少し、気になることもあります。
この方法は果たしてヘグマントクラスの子の故郷とどう違うのか、という疑問です。
学園長にも言われましたが思想の操作は非常に危険です。
魔獣に対する知識も時代によって変わるでしょうし、今が最新だというだけでいずれ、また生徒の故郷のように間違った思想に変わってしまいます。
そこまで考える必要があるのかという根本的なところにまで頭を巡らせてしまい、しかし、放置できない問題として在る以上、対処をしなければなりません。
「自分も何度か戦っている相手ですから、よく知っていると言えば知っています。しかし、魔獣について本当に知っているのか、と聞かれると少し自信がありません」
「危険だと伝えるだけではダメか。どう危険なのか。何故、危険なのか。理論がなければ思想にもならない、いや、最初に理屈を理念に持っていくからこそ思想になるか」
リリーナ君の浮きこぼれ問題に少し似ていますね。
自主訓練に対して、リリーナ君が『人の物を盗む』という行動で示したのは周囲を説得するだけの理屈がなかったからです。
本当は共有したい気持ちを理屈として共有する手段がありませんでした。
表現手段が乏しかった、というべきですか。
もちろん、その解決方法は今日にでもリリーナ君に教える予定です。
「本当に魔獣を知る、か。専門家なんて王都にしか……、いや、待て」
シャルティア先生は顎に手を当て、一息してピンと指を弾きました。
「いるじゃないか。うってつけの人材が」
「そんな人材、どこに居るんですか。対処法に詳しい人物なら色々と思いつきますが」
メルサラや守衛たち、つまり冒険者ですね。
彼らは下手をすると専門家より魔獣について詳しい職業です。
ですが彼らは基本、アラクレです。
理屈をすっ飛ばして教えることが多いんですよね。
アレフレットも魔獣について詳しいでしょう。しかし、アレフレットは魔獣と戦った経験がほとんどありません。
その知識のほとんどが本からの知識で実戦経験がない分だけ説得力に欠けます。
ようするに『魔獣との戦闘経験が多く、理屈として彼らの生態をうまく説明できる人間』が必要なんですよ。
辛うじて及第点を挙げられるのはもう自分しかいません。
歓待の準備もありますし、リリーナ君のこともあって自分より適役がいるのなら、そちらにお任せしたいくらいです。
「これから来る。喉が枯れるまで同じことを言い、靴ばかり替える羊飼いが群れを為してな。退屈と頭が固いことが欠点だが、お望みの人材じゃないか?」
まさか調査隊に【宿泊施設】の住人への授業をお願いするつもりですか?
「さすがにそれはまずくないですか? 思想の排除による公平な立場が学園の基本だったはずです。【宿泊施設】はそこまで厳密に決められていませんがそれでも影響はあります。宗教家に喋る機会を与えたら最後には鶏までヒュティパへの賛辞を語りますよ。それも毎朝。夢に出そうです」
嫌ですよ。朝一から神様へのお褒めの言葉から始まるなんて。
女神リィティカは別として、他の神は信用できません。何せ選択肢を出しませんからねあいつらは。
「ルーカンよりマシだぞ?」
筋肉神の朝は高血圧そうで嫌ですね。
「目的は一緒だ。向こうも魔獣は敵だと考えればできなくないはずだ。ただ向こうも宗教を売りたいはずだ。教義抜きで魔獣への危険性を教えろと言って出来ないかどうかは相手の出方次第だな」
宗教を売りたい、ですか。
結構、面白い表現です。
「また綱渡りですね」
名案もないことですし交渉してみてからでも遅くはない、のでしょうか?
「最悪、失礼だったとしても『本当は教義で教えて欲しいけれど政教分離に触れてしまう』と言えば向こうも怒りはしないだろう」
「文句を言う場所が学園から王に向く以外は変わりませんね」
すでに外交で決定した政教分離を盾にすれば、向こうも強くは言えないと考えると間違いはないんでしょうが。
ますますベルベールさんが大変になります。
今日のところはこの話を【宿泊施設】にして、調査隊が来てから着手しましょうか。
「話はまとまったが護衛はどうする」
「知恵と叡智と引き換えに続行で」
「なら良く励めよ。岩の騎士のように」
唇だけ曲げて、シャルティア先生は楽しそうに言いました。
自分は肩をすくめ、ふとリィティカ先生が何も発言していないことに気づきました。
リィティカ先生を見ると羊皮紙の前で「う~ん……、う~ん……」と唸っていました。
なんだか先月のヘグマントを思い出しますね。
「調査隊の分の傷薬や疲労回復薬が足りないから授業で集めさせろと言ったのだが、学習要綱を圧迫してしまってあの有様だ」
リィティカ先生に何をしてるんですか、この邪神は。
「なんとかしてやったらどうだ?」
「自分の分の依頼枠と冒険者から融通してもらう分でどうにかします。あとは自分のために用意してもらった薬関係も使って欲しいと伝えます」
花を持たせてくれたようですが一体、何の花なんでしょうね。
毒がありそうで怖いんですがリィティカ先生が困っている以上、拒否権はありません。
授業の予鈴が鳴ったので自分たちは教本を持って職員室を出ました。
教室までの短い道中も調査隊の話で持ちきりでした。
どれもこれも調査隊絡みとなると、だんだん腹が立ってきますね。
黒色ゴキブリの件もありますし、出会って即殴り倒さないように注意しましょう。
調査隊は悪くないとわかっていますが、それはそれ、これはこれ。
せいぜい、猫かぶり相手に猫かぶっておくことにしましょう。




