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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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それじゃ冗談にならないだろう

「……未だかつて、これほど屈辱的な格好させられたことはありませんわ!」

「なんで被害者のあたしらが正座させられなきゃなんないし!」


 何気に制圧が面倒でした。

 クリスティーナ君の【幽歩】と合わせて真正面から自分に向かってくるマッフル君。

 マッフル君が注意を引きつけている間に中近距離と縦横無尽に走り回るクリスティーナ君。

 お互いがお互いの欠点を補い合っている、いい連携行動でした。


 まるで一つの生き物のように呼吸を合わせてくるのですから、君たち絶対に仲良いでしょう?


 素早く制圧するために強化術式も使いましたが、言い替えれば『強化術式を使わないと制圧しづらい』くらいに強くなっているんですよね。

 成長してきてますね。

 ですが、まだまだ初級を修めた程度です。

 マッフル君を掴んで、クリスティーナ君へと投げたらそれで終了でした。もちろん怪我しないようにエアクッションで衝撃を殺してあげました。

 目を回している間にゲンコツして、正座させました。


 ここまでは良いのですが、その顔は反省とは程遠いものでした。

 野獣が裸足で逃げ出しそうような目つきです。

 女の子なのになんて顔してるんでしょうね。

 その両手は後ろに隠されていますが、別に拘束したわけではありません。


 下着を返したら必死に背で隠したから、今の状態があります。


「君たちの言うことはもっともですが、だからと言って襲いかかってこないように」

「先生が下着を盗るからでしょう! 信じられませんわ!」

「この変態! 鬼畜先生! 下着泥棒!」


 リリーナ君が犯人だとわかっている癖に言うんですね。


「先生が言って盗らせたと考えればリリーナさんの凶行も辻褄はありますわ!」

「合いません。リリーナ君にそんなことを言うほど、先生、暇ではありませんよ」

「絵書いてたじゃん! 暇じゃん!」

「仕事の一環です」


 嘘です。ただの趣味です。

 

 どうにも疑いの目が消えてくれません。

 下着だって、ちゃんと返したでしょうに。

 気持ちが感情に偏りすぎていて理屈が通用していない状態なだけなのでしょうが、時間と共に気持ちが落ち着ちつくのを待つしかありません。


「大体、子供の下着なんて盗って何をするんですか」


 小声で本音をぶちまけました。


「汚らわしい何かに決まっていますわ!」

「そりゃ決まってんじゃん。下着を――」


 それ以上、言わせるつもりはありませんよマッフル君。

 ひとまずゲンコツで黙ってもらいました。


「マッフル君。女の子なんですから言葉は慎みましょう」


 今更な気もしますがマッフル君のためです。

 クリスティーナ君は本気でわからない顔をしていました。この子は妙なところで純粋な……、性教育していても変態性欲については語りませんでしたしね。それに教えるようなことでもありません。


「今回はリリーナ君にしてやられましたが、まぁ、それは後でオシオキしましょう。何故、リリーナ君は下着を盗んだのでしょうね」


 獣のように唸る二人は放置して、少し考えてみました。

 全然、わかりません。いや、どう考えてもリリーナ君が下着泥棒する理由が『ノリ』以外思いつきません。


 真面目に考えるのもイヤなんですが、それでもエリエス君の一件があります。

 先月のエリエス君だけでなく、今まで生徒たちは変調を起こしたり、良からぬことを企む時には色んなサインを出してきました。

 今回も同じようにリリーナ君からのサインだと思う……、いや、無理です。信じられません。


 動機面よりも行動面がもう悪趣味としか言い様がありません。


 いつも何をしているかと聞いたときにリリーナ君は『鬼ごっこ』と言いました。

 クリスティーナ君とマッフル君の下着を盗り、鬼と見立てた追いかけっこのことを指すのでしょう。

 こんな行動面から動機を推理するのはほぼ不可能です。


「リリーナ君は頻繁にこんなことを?」

「……本当に先生じゃないわけ?」

「当たり前です。下着を盗ったところでその人をモノにはできませんしね。バレたら確実に悪印象です。そんな危ない橋を渡るくらいなら毎日、欠かさず猛攻撃です」

「ごめん、先生。全然、説得力ないし色んな意味で」


 リィティカ先生へのお誘いは未だ成功していません。

 もう五ヶ月ですよ?

 こうなってくるとどうやれば成功なのかリィティカ先生に問い詰めたい気持ちです。


 まるで前提条件が間違っているような気すらするのは気のせいでしょうか?


「先生がおかしいのはいつものことですわ。それにしても、あの子はどうして先生に下着を託していったのかしら。こちらが恥ずかしいとわかってやってますわね!」

「二人とも、心当たりはありませんか?」

「ん~、リリーナかぁ」


 何かを思い出すような二人の顔。

 というよりも『心当たりがありすぎる顔』というべきでしょうか。


「最近、妙にリリーナが絡んでくる、くらい?」

「そうですわね。セロさんにはいつも通りですけれど、私やこの愚民、エリエスさん、あとはマウリィさんかしら。何かしていると、ふっと現れて色々と言ってきますわね」

「剣の訓練してきたら邪魔したり、裁縫やってたら巻きついてきたり、まぁ色々?」

「そういえばエリエスさんの時は術式の邪魔もしてましたわね。あの時のエリエスさんの無表情にリリーナさんも驚いていたようですけれど」


 そのエリエス君は普通に怒っているので触らない方がいいですよ。

 話を聞く限りだと術式の訓練をしていたところ邪魔されて、普通に怒ったみたいですけどね。


 最近、生徒たちの間では自主訓練が流行っています。

 今日みたいな参礼日だと寮は木剣の音や術式の音で騒がしいことになっているそうですね。

 中には学園施設を利用している子も居て、【屋外儀式場】と【室内運動場】は生徒たちの姿がよく見れます。


 勤勉で結構、と言いたいところですが施設を使うとなると教師が足を運び、何度か様子を見ないといけないので地味に仕事の負担だったりします。

 とはいえ向上心のある子供を叱るわけも行かず、自分たちも文句を言うべきでないと思っていますから問題には上がっていません。


 せいぜい、愚痴混じりに話題にする程度でしょうか。


 自分も絵を書き終わったら儀式場に顔を見せに行くつもりでしたしね。


「リリーナ君は自主訓練していましたか?」

「え? ん~、どうだっけ? そもそも一人の時は何してるかわかんないしさ」

「私も見たことがありませんわ。きっといつもの調子でサボっているのですわ。最近、あの子は調子に乗っていますわね。ちょっと強くなったくらいで高みに立っていると思っているのですわ!」


 ぷんすか、と頭から煙を出しているクリスティーナ君ですが、言うほど悪意を感じられません。

 マッフル君にしても下着を取られたことに怒っていても、リリーナ君への害意はあまりないようです。

 腹いせの愚痴、と言ったところでしょう。


 こうなってくるとちゃんと頭が働き始めた証拠です。

 少なくとも現状を理解して、傾いた心を元に戻そうとしているのですから。


「どうにかなりませんの! あの子は!」


 どうにかしたいのですが、今のリリーナ君は絶好調です。

 ヘグマン卜から一本取ったらしいですからね。


 クリスティーナ君とマッフル君は強化術式さえあれば制圧できますが、リリーナ君の場合、そこに攻撃術式を加える必要があります。

 明らかに他の生徒より頭一つ分、抜きん出ています。


 これはあまりよろしくない傾向ですね。

 前々から懸念していた事項にトップとボトムの格差が挙げられていました。

 いわゆる成績優秀者と成績不振者を同時に教える場合ですね。


 リリーナ君とセロ君の戦闘行使力を比べるとわかりやすいと思います。


 授業の、特に実技を伴う授業だと、どうしても成績の低い子に合わせなければなりません。

 そうなると成績優秀者は身の丈に合わない授業を受けることになります。

 その対処として自分たち教師はよく『この課題をやっておきなさい』と言いつけて放置します。


 生徒にとってはつまらないと思うんですよね。


 生徒だって見て欲しいと思っているでしょうし、もっと向上したいのに助言ももらえない。かと言って自分たち教師はできない子を放置してできる子だけ優遇できませんし、ジレンマみたいな状態です。


 出来る子はなるべく教師役に回したり、ちょっと難易度の高い質問をぶつけさせ悩ませている間に取り掛かるなど、なんとかごまかしていますが根本的な解決方法がない以上、こっちは頭を悩ませっぱなしです。

 というよりも出尽くした話題です。

 すでに対処はなく、その場で気を遣うくらいしかやることがない、という投げっぱなしな解決案しかありません。


「そうですね。ひとまずリリーナ君を一緒に捕まえましょうか」

「こんなところに居たのか! ヨシュアン・グラム!」


 遠くからアレフレットが肩を怒らせて、どしどしとやってきます。

 クリスティーナ君とマッフル君もいきなり怒っているアレフレットを見て、不思議そうな顔をしています。


「先生、またアレフレット先生を怒らせたわけ?」

「いえ? しかし、珍しいですね。アレフレット先生があそこまで慌てているのは」

「え? 慌ててんの?」

「怒っているようにしか見えませんわ」


 最近、わかるようになってきました。

 生徒たちはまだわからないでしょう。

 アレフレットが本当に怒っているときは額に青筋が張りついていますからね。


「なんだ、また説教中か。今度は……、あぁ、言わなくていい。どうせ真剣で決闘していたんだろう。いい加減、規則を守れ二人とも」

「違いますよ。二人が剣を持っているのは下着を盗んだリリーナ君を追いかけているからです」

「なお悪いだろう! どうなったらそんな訳のわからないことになる!」


 それはこっちのセリフです。

 

 しかし、それ以上は怒らずに『早く来い』という仕草をしました。

 別の場所からも問題が立ち上がったようですね。どうなっているんでしょう厄日か。

 ついさっきまで呑気に絵を描いていたとは思えない急展開っぷりです。


「どうやら先生は急用のようです。クリスティーナ君とマッフル君はセロ君とエリエス君を呼んで、リリーナ君を捕まえてください。必勝法を教えておきます」

「必勝法? そんなものがありますの?」

「セロ君をうまく使いなさい。エリエス君ならそれだけでわかると思います」


 不思議そうな顔をした二人を置いて、画材道具をまとめてアレフレットについていきました。

 少し早足で隣へ行き、


「生徒の前では話しづらいことですか?」


 話を促すことにしました。

 アレフレットの表情は変わっていません。

 固いというか、緊迫しているというか、どうにも表情に変化がありません。


「学園長がお前……、だけじゃない。教師全員を呼んでいる。間違いなく厄介事だ」

「学園長、という単語だけでイヤな予感しかしませんよ。で、その口調だと概要だけは聞いていますね」

「無駄に察しがいいな。心臓は叩いておけ」

「わかりました。覚悟はいいですか?」

「僕を叩こうとするな! 拳を握るな! ふざけてる場合か!」


 こっちはアレフレットがそこまで焦っている理由がわからないんですよ。


「遺跡の事件で進展があった」


 短い言葉でしたが自分も冗談を言えなくなりました。


 学園での遺跡事件の扱いはすでに終わっているものでした。

 後は周辺貴族への説得と国の判断を待つばかりです。


 終わっていない部分と言えば自分絡みだけでしょう。

 首謀者のクリック・クラック。そして、リーングラードの森について。

 そして、この地に眠る魔獣の卵。


 どれも頭の痛い問題ですが、差し迫った問題はクリック・クラックだけです。

 逆転、クリック・クラックさえ仕留められたなら事件の半分は片付いたも同じです。

 現在、クリック・クラックはポルルン・ポッカがリーングラードから追い払ったらしいのですが、モフモフ曰くトドメは刺していないそうです。


 あの手の類は諦めることを知りません。

 またこちらにちょっかいをかけてくるでしょう。


 相手の目的を知っていたところで手段が分からなければ防ぐこともできません。

 なので一番の方法は相手を見つけたと同時に殺すことです。

 背後組織が魔獣信仰ならクリック・クラックは単独犯みたいなものですしね。


 本当なら身柄を拘束し、拷問してでも目的と手段、所属組織と関係者を割り出すのですが、聞き出したいことと生徒たちの身の安全を天秤にかければ、生徒たちに傾きます。


 自分も今度は躊躇しません。

 元々、躊躇していませんが子供であるという理由で手を止めません。

 生徒を言い訳にするつもりはありませんがあの子たちの身の安全のため、殺意を固め、確殺の覚悟で向かいます。


「進展と言ってもまだ調査は始まっていなかったはずです。となると遺跡に興味を持つ周辺貴族がやってくるくらいの話しか思いつきませんね」

「もっと厄介だ」


 これ以上となると遺跡を壊した責任追及をリスリア王国からされる、くらいしか思いつきません。

 しかし、バカ王とベルベールさんがその手の行動を許すとは思えませんし、考えつきませんね。


 話している内に学び舎につきました。


「だが、的を射ている。ただし来るのはこっちじゃない」

「まさか法国から調査隊が来る、とか言うんじゃありませんよね」


 遺跡事件で一番、面倒な部分はクリック・クラックではなく上級魔獣という存在です。

 通常、上級魔獣が出現した場合、三国協定に則って三国共同の軍が発足されます。

 上級魔獣が出現した国が対応できれば干渉も強制力もありません。

 せいぜい、僻地なら後日に調査隊が出るか、国の公式発表を暫定的に信じる程度でしょう。

 それだって事前調整された後の話なので半年後か一年後か、長いプランで動くのが慣例です。


 調査隊が入るにしても義務教育計画が終わった後。それが自分たちが出した結論です。


「もっとうまい冗談を思いつかなかったのか?」

「ですよね。流石に法国に動かれると面倒しか思いつかないんですが」

「それじゃ冗談にならないだろう」


 一瞬、アレフレットの言っている意味が理解できませんでした。

 そして意味を理解した瞬間、顔が引き吊りました。


「お前でもそんな顔をするんだな。珍しいものを見た」

「生徒の前だとよくやってますよ」


 職員室の扉の前で天井を仰いでしまいました。

 どうやら簡単に折り返し地点には行かせてもらえないようですよ?


「全員が同じ気持ちだということを忘れるなよ。僕だって社宅に戻って本に没頭したいくらいなんだ」


 黄昏ているとアレフレットが急かしてきます。

 わかっていますよ、足を止めたって何も意味はないことくらい。


 扉を開いて会議室に入ればいつもと同じ姿勢の学園長。

 そして、参礼日にも関わらず教師陣全員が揃っていました。

 アレフレットと同じで概要を聞いていたリィティカ先生の表情は固く、どことなく困った風にも見えます。


 自分とアレフレットが自らの席につくと学園長が口を開きました。


「皆さん、揃いましたね。参礼日に出勤する形ですが今回、皆さんをお呼びしたのは火急の要件です。先ほど飛竜が重要な案件を記した伝書を持って帰ってきました」


 学園長の前口上はのんびりとしていましたが、内容は非常によろしくない案件を含んでいるのがよくわかります。

 

「今から一週間後。法国の調査隊がリーングラードを訪れるそうです」


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