失礼。キレました。
調査隊。
これだけ聞くと冒険者の密偵隊か軍の偵察部隊のように聞こえますが、文官や政務に携わる者が言う調査隊は別の意味も含まれます。
いわゆる三国協定によって結ばれた上級魔獣調査隊です。
今回は法国の国境が近いということもあって法国だけで構成された調査隊です。
彼らが来ることに異存はありません。
問題はここが義務教育計画の場であることです。
まずは良い話からしましょうか。
調査隊が入る、ということで周辺貴族は黙ります。
本当に遺跡が壊されたという証明を調査隊がしてくれます。
シャルティア先生は手紙を書く毎日から解放されますね。
「あまりに早い話にこちら側の調査隊が慌てて準備を始めたくらいです。王国側の調査隊も学園に訪れるとのことですが、法国の調査隊が訪れてから一週間後になります。つまり、王国の調査隊が訪れるまでの一週間は我々が法国の調査隊を歓待しなければなりません」
ここからが悪い話です。
調査隊は上級魔獣の発生で起こった事柄を周辺国並びに所属貴族に求められた場合、情報を提供する義務があります。
はい、簡単に言うと義務教育計画のことも各国に知れ渡るということです。精度の高い情報として知れ渡るという意味ですね。
帝国も法国も今まで半信半疑だったり、こそこそしていた部分があります。
裏側ではもう学園が行われていると知っていますが、表側に正式に広がれば頭のおかしい誰かが表立って文句を言うこともあります。
何よりも比較的、簡単に。それこそ書類一枚でポンと情報提供してしまう気軽さこそが問題ですね。
事が事なだけに情報は広がりやすいように三国協定で結ばれているのでどうしようもありません。
さすがに学園の内容――ノウハウまでは知れ渡りませんが、義務教育計画の目指すところや有用性に目をつける国がいるかもしれません。
例えば教育の側面。
洗脳という部分です。
悪用すれば、国にとって都合のいい思想を持つ生徒を生み出す、いわゆる選民思想系の学園が完成します。
教える側にリテラシーがあればいいですね。
もっとも国にとってリテラシーなんて利益が出るか出ないかで容易に捨てられる鼻紙でしかありません。
そして、周辺国との思想の違いは差が開けば開くほど危険を帯びます。
帝国と法国の関係性がまさにその通りですね。
帝国は人間至上主義。
法国は共栄共存主義。若干、ヒト種蔑視もあるそうですが、これは帝国との関係で培った憎悪の結果でしょう。
帝国や法国で選民思想系の学園なんて建てられた日には法国帝国間の緊張が高まるのが目に見えています。
リスリア王国はお互いに挟まれる状態にもなりかねません。
「我々はこの調査隊を受け入れないわけには行きません。少なくともリスリア王国がこれを受理した以上、我々に拒否権はありません」
「何故、王国は法国の提案を受けたのですか? なんだかんだで引っ張れば義務教育計画終了後に調査させることもできたはずです」
「今回の外交を担当したのはヴォーダン卿です」
その名前を聞いた瞬間、机を叩き割りました。
丸テーブルが綺麗に真っ二つになり、打ち据えた拳も痛かったです。
無意識に強化術式まで使ってしまっています。
ですが、そんなものはどうでもいいくらいに頭が灼熱しています。
そんな自分を全員が信じがたいものを見るような目をしていました。あ、まずい。
「……失礼。キレました」
「き……、キレましたじゃないだろ! 何をしているんだ!」
アレフレットが果敢に文句を言っています。
「すみません。アレフレット先生。ヘグマント先生。テーブルを支えてもらっていいですか」
取り合わず、とりあえず復元術式で机を直しておきました。
高級品だったみたいで不純物は少なく、簡単に復元できました。
壊れた香茶セットまでは直せませんので、これは後々、弁償ですかね。
テーレさんが厳しい目つきで床に落ちた破片を拾っていました。途中、ちらっと睨まれたすんません。
「知り合いかヨシュアン」
「机を割るくらいには」
「なるほど。一応、言っておくが心は沈めておけ。お得意だろう」
「心得ています。ついカッとなりました。申し訳ありません」
「なら、いい」
シャルティア先生の探る目に対して、自分は憎悪を隠しませんでした。
結局、ため息と共に納得したような目をしていましたから、たぶん、伝わったでしょう。
口に出したくもありませんしね。察してもらえるのならそれで十分です。
ジグマルド・ヴォーダン……、あの黒色ゴキブリが。
居ても居なくても邪魔ばかりしやがります。
「ヴォーダン卿の対応は国の意思を反映したものです。彼は反対派の人間ですが義務教育計画に悪意や害意を持っているというわけではありません。よろしいですかヨシュアン先生」
「えぇ、問題ありません」
知っています。
どうせアレのことです。
意思なく意味なく価値なく、それこそこちらの問題など虫けら程度にしか思っていません。
「今回の上級魔獣の出現に法国も過敏な反応を示しています。彼らの不安を和らげると同時に国として潔癖であると証明するには『どこを探っても痛くない』と示さなければなりません。ちょうど法国の王女がこちらに出向く時期だったのも判断の理由でしょう」
それこそ、この程度の問題は『末端の人間が勝手に解決していればいい』とさえ考えているでしょうね。クビにしろ、そんな外交官。
そもそも王の意思ではなく国の意思を反映しているところが、黒色ゴキブリたる所以です。
国の意思とは何か。
ヤツはこう答えるでしょうね。
貴族の意見が国の意思であり、王は国をまとめる存在だと。
最終的には王の判断すら貴族の総意であるとか言い出す始末です。
これ以上、ヤツについて考えるとまた机を割りそうになります。
考えないでおきましょう。
「協定に基づいて、我々には調査隊に協力する義務があります。彼らが滞在する二週間、授業が滞る可能性があります」
ところで悪い話が終わったと思いますか?
まだ続きます。
それが学園長の言った協力義務です。
上級魔獣が発生した地域の住人は調査隊が要請したら、直ちに協力しなければなりません。
流石に地域住民の生活に悪影響を及ぼすような命令には拒否権がありますが、可能な限り協力しなければなりません。
そうでなくとも社会から見て異質な学園の姿を法国から見てどう思われるか、なんて問題もあります。
下手をすると生徒や教師に何か言い出すかもしれませんね。
あの国はどうにも内政干渉に対する忌避感が少なすぎます。
「皆さん、学習要綱の進みはどうですか? 先月は予定された目的を達成できていない方もいらっしゃったようですが」
自分とアレフレット、そしてヘグマントです。
男衆だけではありませんよ? シャルティア先生とリィティカ先生も貯金を使っています。
要するに先月のノルマは赤字だった、ということです。
教師のストレスや遺跡事件、騎芸のせいでかなり遅れが生じていましたからね。
そういう月くらいあってもおかしくないのでしょうが、挽回しようと思った矢先にこれですからね。
「私とリィティカはまだ余裕があると見てもらっても構いません。向こうの出方次第でしょうが一つ、予想できる動きがあります」
「遺跡の調査か。わざわざ教師がついていく必要もないだろ。冒険者たちに場所を案内させていればいい」
「忘れたのか? 我々の中で実際にその場で関わった者がいるんだぞ」
その言葉に全員が自分を見ました。
「……そうですね。上級魔獣を見たのは生徒たちとメルサラ、そして自分です」
メルサラは法国の調査隊相手でもあの調子でしょうから、証言者として前に出るのは自分か生徒たちかのどちらかになります。
あ、メルサラに口封じ――ではなく、口止めしておかないといけませんね。
酒でも飲ませてれば調査隊の質疑応答も適当にこなすかもしれません。
「生徒たちには授業がありますし、なるべく事情聴取だけで済ませてもらって自分が遺跡に案内し、何が起きたか説明するのが一番でしょう」
「貴様の不在の間、術学の授業はどうするつもりだ。貯金を使い果たしたと言っていなかったか」
シャルティア先生の目つきがつららのように冷たく刺さります。
そうなんですよね。
おおよそ四ヶ月、ちまちまと稼いできた学習要綱の日数は先月で使い果たしました。
幸い、ウォルルムに代表される強化術式は半数の生徒が成功しています。
これと上級術韻と合成術式をクリアさえできれば、なんとか今月のノルマは達成できます。
一気に無理臭くなりました。
せめてウォルルムと上級術韻の暗記だけでも今月中に終わらせてやりたいですね。そうすれば来月はなんとかしてみます。徹夜でもなんでもします。
「遺跡までの往路を一日と計算し、そこでどれだけ調査するかの日程にもよりますが、三日ほど調査すると仮定して総日数は四日。調査隊の質の悪さを期待するしかありませんね。ある程度、不測の事態を想定しても五日の不在です。参礼日前に調整できれば、実質、授業は四日ないし三日の不在で済むはずです」
「ヨシュアン先生、忘れていませんか?」
学園長が厳かに横合いから口を出してきました。
なんでしょう。非常にイヤな予感しかしません。
「私は法国の王女が訪ねるのと合わせて、と、言いました」
その瞬間に固まったのはリィティカ先生を除く全教師でした。
「まさか学園長……、王女も?」
「そうなりますね。法国の血脈は代々、浄化術式の専門家です。今回、これほど早く調査隊が出たのは国境の緊張だけならず、王女が国境沿いまで足を運んでいたのも原因です」
「いえ、それはわかりました。問題は一、二、三、どの王女ですか」
「三女のアルファスリン姫です」
なんというか、これほどまでに教師たちの息が揃ったことはあったでしょうか。物理的な意味のです。
「あのぉ……、アルファスリン姫ってぇ、どういう方なんですかぁ?」
リィティカ先生の無知が今、とても羨ましく思えます。
そもそも隣国とはいえ外国、それも王女の情報なんてそう広がったりしません。
街中で噂される領主の放蕩とはワケが違います。
なので、そっち方面に疎いリィティカ先生が知らないのは仕方ありません。
自分も【タクティクス・ブロンド】でなければ知ることはなかったでしょうし、シャルティア先生とアレフレットは立場上、ヘグマントは軍事的な理由、ピットラット先生は……、やはり執事という職業上、面識すらあるかもしれません。もっとも向こうは一地方の領主の執事なんて覚えていないでしょうが。
そういう立場だと悪い噂は隠しきれません。
いえ、例えそうでも他国の姫の悪い噂なんて聞けませんよ。
つまり、聞こえてくるくらい大きな声だということです。
「端的に言いましょう。『自儘、気儘、我が儘、あるがまま』です」
「ついでに付け足してやろう。『癇癪持ちの猫かぶり』だな」
「もっと分かりやすく言うとリリーナ君を元にティルレッタ君とマウリィ君を二乗して三で割った数字が法国の第三王位継承者にして第三王女、アルファスリン姫です」
「ちゃんと足せ。希望的観測に身を任せると痛い目に合うぞ」
細かい冗談を拾ってくれるところが、さすがのシャルティア先生です。
正確には(リリーナ君+ティルレッタ君^2+マウリィ君^2)÷3=アルファスリン姫ですね。もちろん、この方程式に当てはまる人物の悪い部分だけが抽出されています。
「御年十三歳になられる、法国の巨大な爆弾だな!」
ヘグマントの比喩が一番、的確ですね。
十三年も爆弾を育てていた法国の王族もまた、ちょっと頭がおかしいですね。
「そんな爆弾を送りつけるなんて法国は何を考えているんでしょうね」
「自覚はあったはずだぞ。今まで外交に関する事柄に顔を出していなかったはずだ」
アレフレットがポツリと追加情報を漏らしました。
すでにイヤなビジョンしか浮かんでいないんですよ。
まさかあの黒色ゴキブリ野郎……、こっちにアルファスリン姫を押しつける気ですか!
やっぱり内紛の時に殺しておくべきでした。
「逆に言えば外交に出せるほど王族としての自覚を持ったんだろう。噂で聞くほどの溌剌っぷりもないかもしれないな。もしかするとランスバール王との出会いをきっかけに大きく変わると期待したとも考えられる」
すみません、不安しか残らない出会いです。
バカ王も素くらいは隠すでしょうし、ベルベールさんも居るので大丈夫でしょう。大丈夫だと信じています。主にベルベールさんを。
「希望的観測は無意味だと言っただろう。上級魔獣はもういない。その事実だけ確認してもらい、早めに帰ってもらうよう仕向けるしかないな」
つまり、また自分ですか。
調査隊へ積極的に協力し、授業の遅れを可能な限り減らし、なおかつ自分が【タクティクス・ブロンド】だとバレないようにしつつ、生徒たちが余計なことをしないように取り計らう、ということですね。
「我々にも都合があるからな。ヨシュアン、やれるか?」
「オシオキがどれだけ許されるかによりますね」
「国際問題になるので、できるだけ穏便に済ませてくださいね」
学園長からお叱りを受けました。
それ以上にシャルティア先生の目が厳しいままですね。
「机の時みたいになるなよ」という意味でしょう。
「リスリア王国一、温厚だというところを法国に見せつけてやりますよ」
「……ピットラット老。できる範囲で良いからヨシュアンの補佐を頼みたい」
「承りましょう」
全然、信用されていないのでした。
「ヨシュアン不在の間は術学を減らすか、合同授業で人数を調整することになる。今日の内に時間割を調整するか。他にも考えられる問題点に【宿泊施設】住人への不安などもあるが、こちらは代表者何名かに事情を通しておくべきだろう。これは私がやる。そういえば学園長、滞在費は慣例に倣ってこちらが受け持つと見てよろしいですか?」
「えぇ。シャルティア先生のおっしゃる通り、費用は我々持ちですが、これについては後日、王国から学園へと事業外予算として追加されます」
「ふむ。うまくすれば、こちら側のいらないものを処分してもらえるかもな」
またシャルティア先生が良からぬことを企て始めましたね。
たぶん調査隊をある種の需要に見立てて、学園経済を活性させるつもりでしょう。
そっちはシャルティア先生に任せるとして、こっちは暗雲立ちこめる未来を思い、憂鬱になりそうです。
わがまま姫のお守りですか。
どうしてでしょう。普段と変わらないと思ってしまうのは。
リリーナ君の下着泥棒の件もなんとかしないといけませんし、できればリリーナ君の問題は調査隊が来るまでに片付けたいところです。
それにそろそろ生徒たちがリリーナ君を捕まえている頃でしょう。
主な問題点よりも細々とした問題点の多さに嫌気が差しながらも、なるべく早く会議を終えるために集中するのでした。




