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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
261/374

凍れる炎

 殺害に必要な行為以外は全てが無駄です。


 『敵』は眷属鬼とローブを着た人物。

 メルサラが眷属鬼を相手取っているのなら自分の敵はローブの人物です。


「あはっ! なんだかすごい顔をしているけれど大丈夫かい?」


 己のしでかしたことすら意に介さず、歪んだ唇から底抜けに明るい、場違いな声をかけられました。

 それがなお、内臓を煮えたぎらせます。


 こいつのせいで生徒たちが死にかけたんです。


 殺すには十分な理由でしょう。


「お前の理由も存在もどうでもいい。が、一つだけ聞かせろ」

「んー? 何かな?」


 爆音の中でも会話は成り立っていました。


 ある程度まで研ぎ澄まされた神経は音をもっと明確に識別します。

 害のある音、ない音を無意識でより分けて表意識を脳の演算に割く。

 もちろん空いた演算力は全て術式構築に使います。


 この会話はリソース以上に重要な、ただの時間稼ぎです。


 どんな術式であれ構築という手順を行う以上、多少の時間が必要です。

 そして、この思考時間内でどのように術式を選択するか、どのような条件が前提としてあるか、予め決めておくことで最適な手段になります。


 敵がどのような手段を持つか。

 敵が術式か武術か、どちらを得意とするかを相手の全体像、動き、筋肉の動き、全てから情報を得て分析し、最適な処分方法を構築。

 怒りを原動力に、ただ氷のように冷徹に相手を殺害する術式を積み上げていきます。


 相手は余裕なのか枯れ木の上で足をブラブラさせていました。


 自分より頭上に位置されていることはマイナス要素でしょう。

 体格から推測した結果、ローブの人物は術式師かあるいは遠距離の攻撃手段も持ち合わせているのでしょう。


 だから、こんなにイカレた戦場であっても余裕でいられるのです。

 敵との距離が離れているということは、それだけ逃げる時間があります。


 もっとも逃がすつもりはありません。


 彼我距離はそれほど離れていません。

 せいぜい三十歩、十分、術式の射程距離です。


 いざとなれば回避することも撃退することもできる、そんな距離。


 面倒な問題はその三十歩の間でメルサラと眷属鬼が派手にやりあっていることです。


 眷属鬼の鞭が枯れ木をなぎ倒しながら振るわれ、メルサラはそれらに掠めることなく、地を低く這いながら眷属鬼に食らいつこうとしています。


 今も自分の隣で地面が爆発したように弾け、メルサラの術式が耳元を通り過ぎていきます。

 巻きこまれるだけで人が死ぬ空間です。


 つまり、それらを掻い潜り、対象を攻撃範囲に収めるだけの仕事です。


「――どうやって死にたい?」


 だから掻い潜り、ローブの人物の顔面を掴み、枯れ木の足場ごと地面に叩きつけました。


 ノーモーション、相手の気づかない速度での攻性だったはずが、ローブの人物は着弾する瞬間に両手両足を地面に突き立てました。

 ですが、生き残ろうが死のうがどちらでも構いません。


 どちらかの心の臓が止まるまで『殺戮の理論』を止める気はありません。


「――圧殺か」


 もっとも避けにくい面単位の術式を『すでに選択し終えて』います。

 レギィから習った荷重干渉と風圧縮の術式を両方、発動させ、追撃します。


 荷重干渉で鈍った身体のまま、ローブの人物は術式の範囲から逃げ、数瞬遅れて地面が一段、沈みました。

 その結果を見る必要はありません。


「――殴殺か」


 無様に転がるヤツの首を折るために、カカトを落としました。

 寸でで上体をひねり、回避したようです。

 空ぶったカカトが地面を砕き、遅れて衝撃波が土を叩き、舞い散った土埃を四散させました。


 相手も攻撃されるだけだと危険だと悟ったのでしょう。


「ひはっ」


 体をねじりながら起き上がり、猿のように甲高い呼気と共に手刀が自分の顔面に迫りました。

 自分はカカト落としした残心のせいで、手刀を受けざるをえません。


 迫る手刀の先から赤い刀身が飛び出してこようとも、避ける気になりません。


 何故なら、エス・ブレドの切っ先が自分の鼻先でピタリと止まるとわかっていました。


「――焼殺か?」


 ゆっくりとローブの人物の目の前に手のひらを差し出しました。


 ローブの人物が足元を凍てつかせる氷の縄に気づくよりも先に、ベルガ・エス・ウォハルクを放ちました。

 攻城槌のように穿たれる光熱が頭に直撃し、きりもみしながら吹き飛びました。


 内心、舌打ちしました。

 仕留めきれませんでしたか。


 カカト落としが失敗しても、地面の中を伝って氷が相手の足元を捕まえるように罠を仕掛けていましたが相手の抗術式能力のせいか、それとも無駄に頑丈な身体をしているのかベルガ・エス・ウォハルクを片手だけで防ぎきったようです。


 おそらく瞬時に赤属性の結界を張ったのでしょう。


 それでも完全に威力を消しきれなかったようで、身にまとうローブだけは燃やし尽くせました。


「……ふぅ。やっぱり、女騎士さんよりもずっと容赦がないや」


 まだ体についていた燃えるローブを手一本、払うだけで消し去り、立ち上がった相手を見て自分は心臓が止まりました。


 十四、いえ、もう少し上ですね。

 フリド君よりも少し上となるとギリギリ成人しているかどうかの年頃です。

 ですが顔つきだけなら――まだ十分、少年と言ってもいい幼さでした。

 

 平凡な、どこにでも居そうな少年。

 ですが、両目は黒々とした隠しきれない、ドロドロの悪意が渦巻いていました。


 この世の地獄に浸り、心を砕かれ、やがて地獄と同化した者特有の壊れ方です。


 本人はその形が悪意と呼ばれると理解していないのでしょう。


 罪の意識などまったく感じていません。

 罰なんて後先をこれっぽっちも考えていません。

 上級魔獣の味方をし、自分の邪魔をし、生徒たちを殺そうとしたことすら痛痒に感じていないその瞳と、歪んだ口元。


 『玩具を楽しそうに壊す子供の怖さ』を形にした歪さを自分はよく知っていました。


「あれから五年と考えると確かにそれくらいか」


 心臓は意識した瞬間、再び運動を再開しました。


 もう少し躊躇するかと思いましたが、まったくもって殺意は変わりません。

 殺すことは決定済みで、行わない理由がないのですから当然でしょう。


 少年のローブを焼き払ったことでハッキリと見える右腕の刺青。

 烙印というべきでしょうか?


 いえ、刺青ではなく烙印でもなく、個体識別番号でしょうか。


 『番号ヌンマーノイン』と刻まれた文字と、文字の下に這う蛇のような紋章。

 それだけが殺意に別の色を加えました。


 だからか、口を開いてしまったんでしょう。


「『遺恨児』……、復讐のつもりならちょうどいい。受けて立ってやる」

「え?」


 『遺恨児』はわざとらしいくらいに目を開き、驚いていました。


「何を言ってるの? 復讐って何?」


 理解していないことに理解できませんでした。


 『遺恨児』にとっての母であったアルベルタを殺したのは自分です。

 そして、誰も手のつけようもなかった『遺恨児』をことごとく処分したのも自分です。


 あの当時、『遺恨児』を救うなんて選択肢はありませんでした。


 放置しておくには危険すぎ、殺されてやるわけにもいかず、なら捕まえようとしても自爆する。

 そんなものをどう矯正しろというのですか。


 見知らぬ敵の子供を救うような余裕があの時の自分に、革命軍にはありませんでした。


 唯一、『遺恨児』を単身で殺すことができた自分と黄色いのに白羽の矢が立ち、殲滅戦が行われました。

 もっとも黄色いのを参加させませんでした。


 黄色いのなら苦悩してようが敵なら倒し、殺すことができます。

 自分のように今になって悔いるような精神性もないでしょう。

 ですが、そんな理由で黄色いのをかばった訳ではありません。


 子供すら兵器にするアルベルタをこの手で殺すためだけに。

 子供たちをくびり殺して、アルベルタを殺しに向かったんですよ。


「皆、生き返るんだよ。『お父さん』も『お母様』を引き継いでいるんなら知ってるよね」


 不愉快なビープ音が思考に空白を作りました。


「ふざけてるのか」

「心外だなぁ! 僕は知ってるんだよ」


 理解がまったくできません。


 飛んできた火炎の塊を片腕で弾き飛ばしながら、しかし、『遺恨児』は喜ばしげに目を細めました。


「『お父さん』と『お母様』は一緒じゃないか。ここで『お母様』と同じことをしてるんでしょ? だったら僕たちの『お父さん』だ!」


 確かに自分とアルベルタは【旅人】なんでしょう。

 何故、こいつがソレを知っているかどうかは問題ではありません。


 自分がアルベルタと同じことをしているとはどういうことですか?


「『お母様』のように子供を集め、一緒に遊んでて、どこが違うの?」


 こうまで噛み合わないと逆に決意が強くなります。


 理解しています。

 プルミエールはレギィに狂っていても、まだ反省の余地があったように見え、手心も加えましたがコレは違います。

 すでにコレは取り返しがつかない生物になってしまっています。


「んー、なんか違うなぁ。もっと『お父さん』は自分のことを知ってると思ったのに……」


 大仰に首を傾げ、腕組みする姿に危機感なんてものはありませんでした。


「『妹』も聞いてくれなかったし、何か忘れてることがあるのかな?」

「もういい。喋るなクソガキ」


 冷気が枯れ草を飲みこんでいきました。

 【断凍台】によって開いた源理世界の扉は青の源素を排出し、それらを自らに取りこんでいきます。


 取りこめなかった青の源素は戦場の半分を凍てつかせました。


「お前を殺す断頭台だ」


 氷の鎖が『遺恨児』を決して逃がさないように網目のように囲います。

 その全てが擦れ合う不協和音を響かせます。


 触れたら、触れた部分を根こそぎ削ぎ落とす氷の檻です。


 檻を狭めるだけで殺せるでしょうが、相手は意味不明の何かです。


「ベルガ・リオ・ガルプリム」


 指先より構築された弾丸は真っ直ぐに『遺恨児』へと放たれました。


 見た目は小さな青い弾丸です。

 しかし、徹底的に威力を封じたその弾が着弾した瞬間、四方に渡り衝撃波と渦巻く氷山を生み出す『氷の爆弾』です。


 さすがにメルサラごと吹き飛ばすので檻の中だけで弾けるよう調整していますが、威力は落としていません。


 鎖の隙間を縫って、対象だけを殺す術式でした。


「うん。決めた」


 『遺恨児』が懐から取り出した小瓶の中身を振りまいた瞬間、高速回転していた鎖が解れて、周囲に飛び散りました。

 壊れた術陣が波動を撒き散らし、一瞬、自分の足を封じました。


 致死の弾丸が届くより先に『遺恨児』はその場から飛び跳ねると、宙を舞ってメルサラとやりあっている眷属鬼の上に立ちました。


 二つの意味で目を見張りました。


 一つはあんなに接近している生物を上級魔獣が敵と見倣していないこと。

 そして、もう一つはまた取り出した小瓶。

 ドス黒い液体を足元に、眷属鬼の『人なら頭皮と呼べる部分』に零したのです。


 途端、プルプルと震えだす眷属鬼。


「ぬらぁ!」


 一瞬の停滞すら命取りだと言わんばかりにメルサラが飛び上がりました。


 異様な気配を放つ眷属鬼に、自分の頭の中では最大限の警戒アラームが鳴り響いていました。


 まずい。

 自分は横から攻撃途中のメルサラに飛びかかりました。

 メルサラの胴に手を回し、その勢いのまま眷属鬼から距離を取りました。


「てんめぇ!」


 着地と同時に、メルサラが耳元で叫びました。


「何、邪魔しくさってんだ! オレのお楽しみを邪魔してまで盛ってんじゃねぇよ!」

「様子がおかしい。気配が一気に密になった」

「わかってんだよそんくらいよーぅ! 母親みてぇに口うるさくすんじゃねぇ!」


 父とか母とかもう聞きたくねぇんですよ。

 助け甲斐のないメルサラから手を離した瞬間、異変が起きました。


 メキメキと骨を折るような異音と共にイモムシみたいな足が伸び、巨体を支え始めました。

 奇っ怪なことに足がこよりのようにねじれて混ざり、六本足になりました気持ち悪い。

 さらに頭の側面からも触手が生えて、より気持ち悪くなりました。


「もう少し様子を見ることにするよ。せっかく見つけたのに自覚がないんじゃ意味ないしさ」


 そう言うと、『遺恨児』が眷属鬼から飛び跳ねて森の闇に消えていきました。

 即座に追おうとしましたが、眷属鬼が邪魔で追うに追えません。


 追ったとしても、あの奇妙な魔薬があります。

 術式を溶かす魔薬なんて内紛の時にもありませんでした。


 明らかにアルベルタの技術を進めている節があります。

 また潜伏されるのも面倒ですが、目の前のコレも面倒です。


 確実に目の前の脅威を排除したほうがいいでしょう。


「メルサラ。アレは再生持ちか」

「んぁ? 見りゃわかんだろ」


 メルサラがバカスカ術式を撃っているのにも関わらず、眷属鬼はまだ原型をとどめています。

 蓄積されたダメージもさっきの魔薬でなくなったも同然です。


 再生持ちだというのなら、ちまちまやっている時間もありません。


「【戦略級】で消し飛ばします」


 そう告げたと同時に眷属鬼が視界から消えました。


 背後。危機を認識した瞬間、自分は地面を這うように横へと跳ねました。

 メルサラは反対側です。


 一拍遅れて地面を粉砕する触手。

 あの足の変化は高機動化するためですか。


 八つの大きな筋が爪痕のように残されているのを眺めながら、強化術式と同時に【獣のガントレット】を両腕に発動。【戦略級】の準備に入ります。


「メルサラ! アレを空に打ち上げろ!」

「カハハッ! 楽しそうなこと考えてんじゃねぇか! こっちゃ五本までしか溜まってねぇぜぇ!」

「十分だ」


 メルサラが持つ【十本指】はメルサラの火力を底上げするためだけに作られています。

 無駄に拡散させる赤の源素と術式を収縮させる機能ともう一つ、凶悪な機能を持ちます。


 戦闘中、メルサラが放つ赤の源素を吸収し、蓄積し、それが完全に溜まりきった時に放出するという単純な、しかし、途方もない機能です。


 普通の術式師が装備しても一本指も貯められないでしょう。

 メルサラの規格外の『源素放出量』と『容量』と、常時、【ザ・プール】状態という特異な体質があって初めて起動する術式具は単純火力という面だけ見れば自分の【愚剣】や【樫の乙女】すら超えます。


 五本でも十分、【戦略級】とも言えます。


「不完全燃焼だがしゃぁねぇなぁ! えぇ、おい!」


 叫び、大地に足をつけ、メルサラが片手の【十本指】を起動させました。


 瞬間、甲がスライドして赤金に輝く輝石が姿を表します。

 放出され始めた赤の源素が熱となって周囲に撒き散らし、空間が歪みました。


 あまりの熱量に背景が歪んで見えているのでしょう。


「ぶちかますぞ! 【十本指】よーぅ!」


 眷属鬼は全身を使って触手を振り回します。

 怒り、暴れ狂ったように迫る触手はメルサラだけでなく、範囲外の自分にまで襲いかかってきます。

 それらを間髪いれずに最小の動きで避け、自分は好機を待ちます。


 気を抜けば触手に身体のどこかを持っていかれそうな乱撃の渦。


 その中でメルサラは狂気じみた笑みを浮かべたまま、猟犬のごとく眷属鬼へと間合いを詰めていきます。


 当たりそうな触手は【十本指】を無造作に奮うだけで溶け落ち、自らの速度で後方へと弾け飛んでいきます。


 迫るメルサラに対して、眷属鬼は足を駆使して逃げ回ります。

 逃げながらも触手を繰り出し、しかし、それら全ては【十本指】の熱量に溶け落ちていきます。


 触手が効かない以上、眷属鬼に手は出せません。

 一方、メルサラはあいてを追い詰めるだけで良いのです。


 追いかけっこが終わる前に自分も用意しましょう。


 眷属鬼がメルサラに気が向いている今しかありません。


「『ブラオガントレット』『ロートガントレット』、【源素融合】」


 青のブラオガントレットと赤のロートガントレットを融合させようとすると反発して、お互いを消滅させようとします。それらを無理矢理、意思の力で同居させた新しい【獣のガントレット】。


「【獣のレヴォルテアルム】」


 混じり合う炎と氷の複合反発属性。

 少しでも気を抜けば両腕ごと消滅しそうな源素を操作しながら次の手順に入ります。


 空中の水分をダイヤモンドダストに変え、両手の間に生まれた反発力場の中に封じます。

 徹底的に、どこまでも容赦なく、かき集められるだけかき集め、力技で閉じこめていきます。


 極限まで圧縮したダイヤモンドダストは『自らの圧力』で高熱体へと変化していきます。

 その変化を【獣のレヴォルテアルム】で凍結させ、さらに圧縮を続けます。

 プラズマ化するほどの圧縮を固形化するという矛盾の果てに生まれた親指の先ほどの球体。


 圧縮に巻きこまれた空気が台風のように球体に吸い込まれてもなお、止めません。

 逆にさらに加速を伴ってダイヤモンドダストを吸収していきます。


 低くなりすぎた気圧が耳を圧迫しようとも、ひたすらに固めて凍結させていく。

 

 吸引の術式が大気圧にすら影響し、ポツリ、ポツリと雨が降ってきました。

 その雨もまた自分に近づけば凝固し、『凍てつく炉』に放りこまれます。


 ここまで来ると『その重さ』に両腕が震え、鋭い痛みが両腕に入ります。

 圧力に皮膚が耐えかね、ちぎれて行っているのでしょう。

 飛び散る血もまた『凍てつく炉』に吸収されました。


 さすがにもう、限界です。


「メルサラ! とっととぶち上げろ!」

「つぅ~かまえ~たぁぜぇッ!」


 タイミング良く、メルサラが眷属鬼の身体に【十本指】をめりこませていました。


「おおおおおおぉぉおお!」


 全力の強化術式と腕の力で眷属鬼を持ち上げていました。

 人が竜車より数倍、大きな巨体を持ち上げるという不可思議な光景もメルサラなら不自然ではありません。


 赤は力。

 もっとも激しく、もっとも力強い破壊の力です。


 眷属鬼はメルサラの四肢や胴に触手を巻きつけます。

 ゴキゴキと音がしているのは骨が砕けているのでしょう。


 ですが、メルサラの本能を甘く見てはいけません。


 たとえ骨が砕けようが気絶するまで相手に食らいついて離れません。

 だから、メルサラを封じようと思ったのなら一撃で意識を刈り取らねばなりません。


 眷属鬼は最後の最後で、獣として落第でした。


「天上大陸までぶっ飛びやがれイソギンチャク!」


 【十本指】を全開放した瞬間、身体を縛る触手は焼滅し、間欠泉のように吹き上がった熱量が眷属鬼を撃ち上げました。

 皮膚が炭化し、新しい皮膚を生み出し、また炭化する。

 そうした回復力が即死を免れると同時に、灼熱地獄を味わい続けさせる原因になっています。


「『凍る炎』――エンブレリオ・プリム」


 空高く舞う眷属鬼めがけ、『凍る炎』を解き放ちました。


 推進用に力場を緩めただけで両手を弾き、巨人に叩かれたような衝撃を受けて腰を落としました。

 発射の反動だけで消し飛びそうです。


 『凍る炎』が眷属鬼に着弾した瞬間、劇的な反応が起きました。


 青白い破滅の光が夜空を照らし、リーングラード中を昼に変えてしまっているでしょう。

 地上に影響がないように破壊力は全て空に向けていましたが、それでも巨大すぎる威力が地上を圧迫し、爆風が森を駆け抜けます。


 もはや眩しすぎて何も見えません。

 おそらく生成された雨雲を蹴散らし、成層圏の彼方まで貫いているでしょう。

 恐ろしい風の巻く音だけが聞こえてきます。


 当然、眷属鬼は生きていません。


「上級魔獣だろうがなんだろうが、純粋な破壊力なら源素を食っている暇もないでしょう」


 無色の源素ごと世界の外に追い出してやりました。


 ボタボタと流れる両腕の血をそのままに『遺恨児』が消えた森を見つめます。

 どうやらもう気配はありません。


 完全に戦闘区域外に出てしまったようです。


 トドメを刺せませんでした。


 子供を育てる教師でありながら、子供を殺す。

 いえ、殺したことがあった。


 その矛盾が胸を軋ませ、一瞬でも会話しようと思ってしまったせいで取り逃がしたとなると、苦虫が歯の隙間に忍びこんできます。


「カハハッ! こいつぁなんだ! こんなもん隠してやがったのかヨシュアンよーぅ! とんでもねぇ! 楽しくなってきやがったぜぇ概念ですらねぇ破壊力だけでこれほどかよ!」


 楽しそうに両手を広げて空を見上げて笑っているメルサラ。

 悩みがなくていいですね。


 こっちは、どこかホッとした部分もありました。

 眷属鬼を倒したからではありません。


 子供の形をしたものを殺さなくてすんだという、悔いるしかない感情を持て余していたのです。

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