朝も早から怒られるスタイル
義務教育は社会が基本になります。
社会的な営みを基本にするということですね。
人は必ず人に育てられなければ人にはなりません。
人でなくても人に近しい知能があれば問題はないと思われます。例えばモフモフに育てられたヒト種の子供がいて、その子が人のいる街で暮らしていけるか、という仮定です。補助こそ必要でしょうが立派に生きていけるでしょう。
この辺は実験するわけにもいきませんが、人にも詳しいモフモフの教育なら概ね良しとしましょう。
ある程度の水準があるということです。
この水準に専門的な知識や鍛冶師のような職人的な知識は範囲に入らないものとします。
教育はどんな場所でも行われています。
村だろうが街だろうが、少数民族であろうが、です。それどころか動物の中にすらあります。
その全ては彼らの作る社会に参加させるために行われます。
次代のない集団は滅びて当然です。
だからこそ子供は貴重であり、次に繋げてくれる者であり、次の何十年を支える新しい労働力でもあります。
村の子供たちはこの水準で育てられ、同じように貴族の子は貴族たちの社会の基準で育てられます。
では、貴族社会で社会的な基本とは何か。
それは王と貴族の作り出した法律をよく守り、働くことができる健全な肉体を持った人間のことです。
いわば今の社会秩序を守れる人間ですね。
実のところ、義務教育と貴族社会は相容れないわけではないのです。
ですが、義務教育と貴族社会は反発します。
矛盾ですが事実です。
貴族社会が知識の差を利用して構築されている面があるせいです。
簡単に言えば資産の差がそっくりそのまま教育の練度になります。
リリーナ君のトンデモを抜かせば現在、キースレイト君が学園一位と言えます。
一方、普通の村で育ったフリド君の成績は同年代では一番、下くらいですかね。
ティッド君は頑張っているようで同年代だとセロ君に並ぶくらいです。
才能や頭の良さもあるのでしょうが、たかが三ヶ月でフリド君が……、あ、いえ、この喩えは止めましょう。ティッド君にします。
三ヶ月でティッド君がキースレイト君の成績を抜くのは難しいですね。
開始の時点でキースレイト君に高いレベルの教育を施されていたからです。
一方、ティッド君はただの子供でした。文字すら書けなかったんですよ。
むしろ三ヶ月で文字を読み書きできるようになっただけでも十分な成果です。
専門制に移行してから、ほとんどが口頭の授業だけだったのはこのせいですね。
最近では読み書きで教えています。
フリド君は特に書かせています。
話が逸れましたね。
キースレイト君とティッド君の差は育った環境や資産が大きく関わっているということです。
富める者が上にいて最高の教育を受け、貧しい者は生のまま育てられます。
そして、高い教育を施された者が統治し、貧しい者を支配します。
何が悪いとは言いません。
個人的には腹立たしいのですが、まごうことない現状です。
しかし、義務教育はこの貧富の差関係なく、均一の教育を施します。
水準を貴族と平民、両方の社会から取った教育を施すからですね。
義務教育を進めるとどうなるか。
言わずとも教育の差はなくなります。
貴族社会があえて教育に差を生み出しているのに対して、真逆のことをしていますね。
流石に開始時点では差がついたままですが長く続ければ長く続けるほど、この差は本人の努力や才能によって縮まるか広がるかしていきます。
キースレイト君は勤勉ですから安々と差を埋めさせはしませんが、例えば四バカのリーダー……、名前、なんでしたっけ?
リャナシーンのバカ息子ですね。
彼がティッド君と同じ教育を受けたのなら、必ずティッド君の成績が上に行きます。
それだけ、才能よりも本人の努力や性格がものを言うんですよ。
「社会的水準というのは色々とあるでしょうが、例えば『根拠のない間違った盲信』や『何故、間違っているか』も含まれていると思うんですよ。それをこちらが作った水準で覆い被せてしまう。魔獣信仰組織に対する方法はもうコレしかありません」
昨日、アレフレットと話し合った悪事――もとい教育方針を学園長に報告しました。
「軍は上の者に絶対的支配を教育されますね。それは軍としての機能を十分に活かすため。その際に余計なものは排除されます……、さて、ヨシュアン先生」
学園長の表情はいつものニコニコ顔ですが、一瞬だけ鋭い目をしました。こえぇです。
「我々がこの僻地リーングラードに招聘された意味を理解していますか?」
「各派閥の思想に影響を受けないように、ですね」
「貴方が六人の教育理念を一つにする学園六訓を勧めたのは派閥の思想を封じこめるのが目論見だったのではありませんか」
う。さすがに言わなくても察していましたか。
学園長の言う通り、元々、学園六訓は派閥色を消すためのものです。
貴族院のスパイに貴族院側の思想教育を行わせないためです。
同時に学園として理念を欲した気持ちもあります。
何よりも生徒がグレーゾーンに足を踏み入れた時に不公平に扱わないためでもありました。
「なのにあえて貴方は貴方の思想を広げようとしています。矛盾していることを指摘しているわけではないと理解していますね」
学園長が言いたいのは教師という『立場』です。
教師が生徒に対して『軍のような思想』を広めたら当然、生徒もそうなるでしょう。
ヘグマントクラスがまさしくそうです。
あれは恐ろしさもありますが、まだまだ常識的に納得できる部分もあります。
「昔のお話をしましょうか? 例えばそう――」
教育は一種の洗脳でもあるのです。
社会に準ずるように教えれば、その通りに。
反社会に準ずるように謳えば、同じように謳います。
もちろん生徒にも意思があり単純には行きません。ですが、そこに生徒の意思を込めないやり方なら、どうなるか。
「――【イコンの子供たち】。サヴァルシュバルツの『遺恨児』たちを覚えていますね」
的確で嫌な言い方でした。
奥歯がすこしメリッと音を立てましたが問題ありません。
学園長が当然のように自分とアレらの関係性を知っていることにも、もう驚きはしません。
「彼女の子供達の話を聞いたときに私が一番、恐ろしかったのは途方もない強さでも高い戦術効果でもありませんでした」
学園長はそっと立ち上がり、ゆっくりと窓の前に立ちました。
登校してくる生徒たちの様子を微笑ましく見ているのでしょう。
「その思想。善悪なく母に尽くそうとする狂気じみた子供心こそが私にとっては恐ろしく感じました」
微笑みながらも語る言葉は穏やかさから程遠くありました。
「例え人にとって地獄でも、子供たちは母のためとわかれば喜び、そして、笑いながら人を殺すのです」
アルベルタはその辺、徹底していました。
どのような方法で行われたかまでは知りませんが、容易に想像はつきます。
人としての心を壊し、一切の容赦なく学習させ、愛するように徹底した。
その手段は薬や痛み、そして、選択肢の剥奪でしょう。ありとあらゆるを奪い、たった一つだけを与えてきたのでしょう。
その様はまるで自分自身が内紛で奪われたような形とよく似ています。
「母が一言、『さぁ、皆さんで殺し合いましょう』と言うだけであの子たちはきっと、喜んで苦楽を共にした仲間を殺すのでしょうね」
見覚えのある光景でした。
一様に頬を緩めて、人の脳髄を手に取リ、無邪気にささやきあう少年少女たち。
しかし、子供たちにとって、その忌まわしい行為は砂遊びで砂を掬うのと同じ感覚で行われることでもありました。
自分はアレを見て、あの子供たちは救いようがないことを悟りました。
何の変哲もない学園長室に血の匂いが立ち込めたような気がして、自分は大きく息を吐きだしました。
「考えても見てください。貴方の教えた生徒たちがもし誰かを殺すようなことがあれば」
「そんなことはさせませんし、教えません。アレと一緒にしないでください。いくら学園長でも言っていいことと悪いことがあります」
「ですが、貴方がやろうとしていることは同じ手段ですよ」
アルベルタがやった一種の偏向教育……、いえ、洗脳教育ですか。
思想を扱うのであれば、たしかに自分は同じことをしようとしているのでしょう。
「もしも取り返しのつかないことになった時に貴方はあの子たちの責任を肩代わりできますか?」
責任問題を出すのは卑怯だと思います。
ですが、逃げ出すことだけはできません。
「誰にもできないはずです。その頃にはあの子たちはあの子たち自身で責任を取らねばならなくなっているのですから」
前提条件を覆す方法はいくらでもありました。
無茶なことをすれば生徒を背負うことくらい、できるという自負も。
ですが、そんなことはできません。
自分の生活もありますが、何より生徒が何一つ成長しないからです。
結局、学園長の仮定のまま考え、そして、悩んだ末に出た答えは一つでした。
「できません」
「そうですね。できないはずです」
何も考えずにやれると言うことこそ、もっとも責任感がない答えでしょう。
「貴方のやろうとしている『特定の思想を思想で消す方法』はそんな危ない面もあると自覚していますね」
「……ですが、だからといって、このまま黙っているわけにもいきません」
「うまくいく保証は?」
「少なくとも害はないはずです。いえ、一部の思想だけを変えるのなら生徒の根本を変えずに変えることも可能だと思います。ヘグマント先生のやり方も一つの偏向教育ですがフリド君自身の良さは変わっていませんでした」
原始宗教を形成する最大の要因は無知な経験則です。
検証や実験などをせずに思い込みや偶然、物事の良い部分だけを抜き取った取捨選択。
共同体を形成する上で相互関係や間接的な互恵関係――わかりやすく言えば偏った利益不利益ですね。
魔獣関係はこの不利益を最小限にすることを元に考えられている節があります。
湖に捨てたのは魔獣を手っ取り早く処理して増やさないため。
食べるのも毒素を最小限にして内源素を使って処理するためです。
魔獣の素材を誰かに与えるのも同じことでしょうね。
素材をどこかの誰かが処理してくれるのなら、それに越したことがないという消極的な解決手段です。
どれも小さな村単位で処理することを主眼に置けば、納得の方法です。
ですが大きな視点でみた場合、アルバニア湖の事件がもっとも結果を出した形になりますか。
魔獣を上級魔獣に進化させたのですから。
「生徒たちの中にいると仮定しましょう。今まで信じていたことを失う生徒にはどのような配慮を?」
『潜在的協力者』はそれが正しいと教えられてきたわけですからね。
そして、間違いだと気づけば今度は家族の教えが間違いだと知り、悩むと思います。
家族や周囲の信じてきたものと教師が教えることが一致せずに、どちらを信じるべきかで苦しむかもしれません。
「……彼らの疑問に対して真摯に答えるくらいしか思い浮かびません。答えがでない場合は一緒に悩んで、答えを導き出します」
結局、残り七ヶ月の間に何度も話し合って、心を固めてやるしかできません。
学園長は窓から戻ってきて、いつものイスにゆっくり座りました。
そして、やはり何も変わらない微笑みを浮かべたまま両手を組み合わせ、小さく顎に触れました。
「若者は時に難題を一つの方法で救おうとしがちです。ですが、本当に大切なことや難題にこそ、もっと長く粘り強く向き合っていかねばなりません」
静かでもよく聞こえる声。
まるで自分を諭すように、教えるように語りかけていました。
「その意思と答えがあるのなら、好きになさい。相談にならいつでも乗りますよヨシュアン先生」
どうやら学園長が折れてくれたようです。
おそらく学園長は反対だったのではないかと思います。
いえ、もしかしたら賛成だったのかもしれません。
どちらにしても正反対の答えと問いを言って、自分を立ち止まらせたかったのでしょう。
性急に事を進めるでなく、覚悟と意思を持ってゆっくりでも正していけと。
そう言われているようでした。
自分は小さく頷いて、頭を下げました。
また面倒をかけてしまうのでしょう。
その面倒はきっと、自分の預かり知らない場所で行われているのでしょう。
「最後に」
自分は職員室への取っ手に触れたと同時に、学園長に振り向きました。
学園長に対して一つだけ訂正させたいところがあります。
「教師全員の意見と協力を得られたら、自分だけの思想ではないですよね」
学園長は笑みを深めて、頷きました。
「よく話し合いなさい。ヨシュアン先生」
あるいはこの答えを聞きたかったのでしょうか。
学園長の考えまでは読みきれませんが、正解だと信じたいですね。
こうして自分は学園長から思想教育の許可を得ました。
朝から厳しい話でしたが、疲れている暇はありません。
今日から生徒たちの授業が再開します。
予定どおり、まず、難題の騎芸を教師全員で教えていきますか。




