思うて想うて
ふと気配を感じてドアを開けたらモフモフが帰ってきました。
モフモフは一度だけアレフレットを見て、そこからいつもの場所で寝転がりました。
「すみません。続けてどうぞ」
「あぁ……。どう説明するか少し迷っていた」
眉の皺がさらに深くなっていたところを見ると本当に言いづらいことのようですね。
もうモフモフに反応する余裕もありませんでした。
「そうだな、アルバニア湖と同じだ」
魔獣を捨て続けたことで上級魔獣の温床となり、後に多くの犠牲を生んだ名もない村々。
彼らに悪気があったかと問われたら、自分は『いいえ』と答えます。
彼らは何も知らず、何も考えず、代々続いた掟に従い続けただけです。
どんな結果を生むのか疑問すら持たずに、ただ惰性のように暮らしていました。
「すると、つまりアレフレット先生の領も」
「あぁ。フランクハイン領にも『秘された祭事』があった。僕があの本を見て覚えていた理由は僕の故郷と同じようだと思ったからだ」
フランクハイン領にも上級魔獣の温床ができていた、と考えるのは早合点すぎですね。
先にアレフレットの話を聞いた方が良さそうです。
「もっともアルバニア湖ほど酷いものじゃ……、いや、当時の僕からすれば衝撃的だったか」
顎を引き、机の中央を睨むアレフレット。
「言っておくが僕の生家周辺じゃないぞ。領地内の片隅にある複数の村だけだ」
こっちが口を挟む前に言い訳されました。
いえ、そんなことは聞いてません。
しかし、まぁ、黙って聞いておくべきですね。
いつものようにからかって話を長くするわけにもいきません。
「父は領民の様子を見るために年に何度も巡察に行っていた。『そのこと』を知ったのはまだ僕が十代の……、まだ生徒たちと同じくらいだったか。当時は第一大寒波が過ぎた頃だ」
【十年地獄】でも比較的、初期の頃ですね。
自分はまだギリギリこっちに来てない頃でしょうか。
多くの犠牲はありましたが、まだ耐えれた頃です。
「心配でいつも以上に領地を見回る父を心配し、僕は着いていった。兄が着いていかなかったのはもう領主の仕事ができたからと代替わりまで危険な真似をさせないためだ。作物の様子が芳しくなくて盗賊も増えていたからな、わざわざ兄が行く必要もない」
いつかを思い出すような遠い目。
そこには懐かしさ以上に険しさが表に立っていました。
「行く先々で揉めたっけか。どこも税を支払えないくらいに厳しくて、いや、リスリアだけじゃなく大陸中がそうか」
そういえば法国と帝国はどうやってあの寒波を凌いだんでしょうね。
ふと意味のないことを考えて止めました。
少なくとも内紛が起こっていないだけ十分、マシだったのでしょう。
「最終的にその年はなんとかなった。父の人徳もあったのだろうさ。だがお前も知っているだろう。その年から酷くなっていったことを」
「【大寒波】ですか」
第一大寒波は経験していないとは言えませんね。
鷹揚に頷いておくだけに留めました。
【大寒波】。
【十年地獄】を開始させた天災です。
第一大寒波。続く第二大寒波、そして、第三大寒波。
今では、この三つを統合して【大寒波】と呼んでいます。
まるで大陸中の人間を試すように訪れた冬の時代。
自分は第二大寒波前にリスリアに来て、極寒の夏という非情な経験をしました。特に戦時中だった第三大寒波は秋から冬場に起きたせいもあって弱者の生命を刈り取る死神のようでした。
あの時代は自然すらも本当に殺しにかかっていましたね。
当然のように作物は採れず、蓄えも少なくなった時に畳み掛けるようにですからね。
厄介だったのはギリギリ生き残れる計らいでもしているかのように小さなインターバルを挟んできたことです。
いっそ一気に殺してくれ、と言いたくなるような長い冬でした。
「まだ第二大寒波が来る前か。今年こそはと細々としながらも頑張っていたよ。だからこそ父が来た時に彼らは『アレ』をやったんだろうな」
思い浮かぶイメージは寒村。
馬車に乗ってやってくるアレフレットと父御さん。
小さな草花は寒波の影響で育ちにくく、生えては枯れていたので草原の色は小麦色と緑色が斑に混じった色でした。
まるで土地に栄養がないように見え、だからこそ村は寒村のような雰囲気に見えてしまいます。
「祭りさ。ただの祭りだった。食事はいつもと変わらない内容だったよ。ただ皆が集まり、大きな火を炊いて、その周囲で食べるだけの祭りさ。父は主賓として中央に座らされ、僕は隣だった。山でほんの少しだけ採れる原生生物を捌き、その火で焼くのさ。そして、最後に運ばれてきた獲物は――」
馬車から降りた領主を歓迎する村長や村人。
そして、彼らはきっと生活が辛くて頬が痩けていても喜んだのでしょう。
明日はきっと今よりもう少し、マシになっているだろう。
そんな根拠もない空想を信じなければ今の暮らしに耐えられなかったのです。
その思いが無理な祭りへと繋がったのでしょう。
領主や村民のため。ただそれだけのか細い思いです。
「――魔獣だった」
魔獣と聞いた瞬間、イメージは断ち切れました。
「……食べられるんですか?」
内容を吟味するより先に自分は思ったことを口にしていました。
「なんでも食べなきゃ生きていけない時代だったろ」
たしかにそのとおりです。
何かの本で知った昆虫食もあの時は役に立ちましたね。
行軍中は支給されたご飯だけではお腹が膨れず、不満を言う隊員に「じゃぁこれでも食ってろ」とイモムシをあげたりしました。
あの時の隊員の顔は微妙でしたが、もう色んなプライドを捨てて、もそもそと食べていましたね。もちろん半泣きでした。
あの時、生き残ろうと思ったらプライドは邪魔だということを学びました。
「でもな、僕は食べられなかった」
でしょうね。魔獣に関しては別です。
昆虫食なんて目じゃないですよ。
どれだけ飢えていても魔獣を食べることだけはありませんでした。
飢えに血迷った隊員が魔獣を食べようとしたとき、肩を叩いたら正気に戻りましたしね。
飢えていても躊躇する。それが魔獣です。
「彼らよりも明日の食事に不安はなかった。だからこその慢心だと言っても構わない。僕は気持ち悪くて食べられなかった。お前だって内紛時に考えなかったか?」
考えなかったのか、と問われたのならハッキリ答えましょう。
魔獣が食べられたらいいのに。そう言葉にしたことがありました。
しかし、食べたいとは思いませんでした。
腐ったような体液を撒き散らして、人の神経を逆撫でするような外見ですよ? 生理的に食えません。そうでなくても明らかに毒を持った生き物を食べるようなものです。
無色の源素を身体に入れるなんて自殺と変わりません。
極限まで餓えて嫌悪も毒も関係なくなったら手が出せる……、それくらいでないと無理ですね。
ですが、あの時は『それができた時代』です。血迷うくらいの時代でした。
「せめて食べられたら食糧事情は解決するのではないか。そう何度か考えました」
最悪、身は少なくても無毒化できればと真剣に考えました。
イグレシオならもしかして知っているかもしれませんね。
何せ【魔薬】を調味料に使うようなイカれた料理人だったのですから。
「食べたら、どうなります?」
「決まってるだろ。そのまま食べたら間違いなく死ぬ」
一応、聞いてみました。
経験者ではないので答えられませんよね。当たり前ですよね。
「……なんらかの調理法があったんだろうな。僕は調理まで見ていなかったがそうでなければあの場で父が死んで大問題に発展していただろう」
この場合、どこに驚くべきでしょうね。
振舞われた魔獣を食べたお父さんでしょうか?
魔獣が食べられると思っていた村人でしょうか?
大問題が前提という恐ろしい所業ですよ。自分風に言うならシャルティア先生に睨まれるのを覚悟で問題を起こす様に似ています。寒気が走りますね。
「別に父を殺そうとして彼らは魔獣を振舞ったわけじゃないぞ。彼らは良かれと思って差し出したんだ。村の特別な食べ物だった素材――魔獣を。どうしてだと思う?」
どうしてと言われても頭がイカれているとしか答えられません。
ですが、ここが重要な部分です。
思考を広げて、想像を広げ、村人の気持ちを考えました。
「彼らにとって魔獣を食すことは神聖な儀式だったのさ。普通の人間が特別な人間へと変わるためのな」
通過儀礼。
そんな言葉が頭に浮かびました。
「彼らはこう思った。領主という存在は私たちよりも神に近しいのだから食べられるだろう」
王は神の代理人です。
神から土地の管理を任されたとされています。
真実かどうかは別にどうでもいいんですよ。そう信じられていることが問題です。
そして、王から領を任された領主は選ばれた存在です。
実際はただの下請け業者とは言え、それを知らなければ神に近いと思ってもおかしくないでしょう。
敬意を持ち、尊敬し、特別扱いをする。
一点の疑問の余地もなく、です。
「一族郎党、皆殺しにされてもおかしくないと思いますが」
しかし、どんな気持ちであれ村ぐるみで領主を殺そうとしたのと同じですよ。
普通なら殺されてもおかしくない行為です。
良かれであっても許されない行為というのもあります。
「……父は、領主として優しすぎたんだろうな」
しみじみと、苦いものを含ませながらアレフレットは言いました。
「彼らの好意を無碍にできなかった。人としては正しいが領主としては失格だ」
膝の上で組まれていた手が強く、握り締められました。
きっとアレフレットは悔いているのかもしれません。
無茶でも怒られても良かったから父が魔獣を食そうとするのを止められなかったことを。
「父は彼らの前で『特別な料理』を食べた。彼らの好意を無碍にできなかった。それが原因だったかどうかはわからない。ただ一つの原因になったはずだ」
ここからの話の流れはもう想像がついていました。
ですが、ただ黙ってアレフレットの懺悔のような言葉を聞いていました。
「父は内紛が終わる頃には息を引き取ったよ。最後まで領民が悪いわけではないと言い続けていた」
カチャリと音を立てて、カップが音を立てました。
噛み砕くように飲む様にアレフレットの心情が表れていました。
「何が問題だったと思う? 無知な領民か? それとも優しすぎる領主か? 厳しすぎた時代か? それとも魔獣の存在か?」
問題だったのでしょう。
どれもが原因で要因で遠因で、そして、連鎖する因果のような組み合わさり方をしていました。
「僕は何を憎んだら良かったんだ?」
安易な慰めも、幼稚な解決方法も自分は口にはしませんでした。
誰を、ではなく、何を、ですか。
憎しみだけで止まれたアレフレットは正しく優しすぎた領主の息子でした。
父の遺言を守って、アレフレットは憎まなかった。
その、なんとも羨ましい強さです。
正しい人の強さです。フィヨやバカ王に通じる、善へと行こうとする意思。
自分とは正反対の形なのでしょう。
「結局、答えは出ていない」
心の中でくすぶり続けたものを吐き出さずに固めて、何か別の解決方法を探しつづけたのでしょう。
彼にとって憎しみは、間違いをなくし、誰かを救うための手段だったのです。
計画的に培われた憎しみの手段を幸せの形に変えようとしたのです。
司書になったのも、上を目指そうとしたのも、アレフレットなりに解決方法を探すための手段だったのです。
しかし、羨ましさだけはありませんでした。
あるのは仄暗い泥沼から固められた足場を歩く者を眺めるような、曰く言い難い感情。
そうですか。この感情がアレフレットをからかう原因でしたか。
「もうわかったと思うが一部の領民の『魔獣を食す』という儀式が風の噂か何かで他領にも流れていたんだ。ずいぶん歪曲して伝わっていたがな。彼らの忌避感もよくわかるよ」
今度は自分が眉間に皺を寄せる番でした。
「誰も『魔獣を食う』ような蛮族を囲う領主となんて、付き合いたくないはずさ」
今までのアレフレットと違い、この部分だけは自虐だったからです。
「見下し、忌避されて当然だ。実際に見たことがないヤツらの妄言であっても事実の面もあるんだ」
足場の上から泥沼に沈む者を見て羨望を向けられたら堪りません。
一瞬だけ殴りたくなりましたが、我慢しました。
どうせアレフレットの気の迷い、ただの気のせいです。
「だけどな、だからといってそのままにしておくつもりなんてないぞ。どうにかする方法はいくらでもあった。魔獣を食することを禁止すればいい。魔獣がどんなものなのか理屈で説明してもいい。父の意向を無視して武力で全滅させる手もあった」
「もしかしてですが、神官位を取ったのは」
「彼らを説得するときに神官だったら説得力があるだろう。幸い、僕には術式の才能があった。暦学の知識もある。伝承師のように伝え歩くのも悪くなかった」
アレフレットの人生はきっと、父の行動と死、そして、領民の無知から始まったのでしょう。
そこから彼は人生の歩く道を見出し、今に至るのです。
もっと偉くなろうとする意思は父の行動をバカにされないためです。
自分を大きく見せようとする行動は己を貶められたら父も貶められたように感じるからです。
貴族であろうとするのは、何も知らない貴族に何一つ言わせたくないからでしょう。
なるほど。つくづく思うほど貴族嫌いが出にくいわけです。
「神話や伝承、そして、【図書院】で見てきた本の知識、それらを統括して僕は一つの答えを得た」
だからこそアレフレットは貴族院の影響を受けやすいのです。
貴族院の権威はなくても影響力はまだあります。
チビ・デブ・ヘビは個人の資産も多く、領地も豊かですからね。
アレフレットが簡単に上に行こうと思ったのなら、貴族院の加護はもっとも力になりやすい力です。
どうせ貴族院もアレフレットの過去くらい掴んでいるでしょう。
「答えを聞かせる前にどうしてお前は彼らを『敵』だと思った。これに答えてもらうぞ」
「答える前に一つ、聞かせてもらっていいですか」
「何か疑問点でもあったのか?」
さて、以前、リィティカ先生の時と違って自分には有用な手段があります。
この家の中、いえ、モフモフがいるからこそできる手段です。
「えぇ。少し関係ない話に聞こえるかもしれませんが細かいことです。アレフレット先生が領地の地位向上を狙っている動機は理解できました。そして、『敵』に対して十分な理由もあります。ですが、もしも『貴族院みたいな立場の人から融資するから今の仕事を放棄してもいい』と言われたらどうします?」
「お前、ふざけているのか」
あ、本気で怒ってますね。
眉間の皺どころではなく、目つきが剣呑です。
「バカにするな! どうしてお前がそんなことを言い出したのか知らないが己の仕事も全うできない人間が誰に誇れるっていうんだ!」
根っこが生真面目すぎたのが自分も測りそこねた部分ですね。
本気の激怒がここにありました。
「いえ、言い方が悪かったですね。今回の『敵』は形がないでしょう? イマイチ実感のない仕事になります。美味しい話を聞かされた程度で止められても困るわけです」
「覚悟のほどを聞きたいってわけか。あるさ」
「相手は生徒かもしれませんよ」
「なおさらだろう。生徒が無知によって『誤ち』を犯しているのなら止めるのは僕たちの役目だ」
それでもまだ怒っているようで、妙に居丈高な振る舞いをしていました。
そういえば小さな獣ほど身体を大きくしましたね。
「それにしてもどうしてわざわざ貴族院を引き合いに……、まさかこの件に貴族院が」
「いえ、それはただの引き合いです。他意はありませんよ」
ただの嘘です。ですがアレフレットは得心が行ったような顔をしました。
「……そうか。お前は国政に絡んでなかったとレギンヒルト試練官も言っていたな」
どうやって宥めようかと考えていたら、まさかレギィに助けられるとは思いませんでした。
レギィの影響力はハンパないですね、本当に。
「なら有名なところを選んだだけか。言っておくが貴族院はもう、泥の船だぞ。ランスバール王も何故か貴族院に対して容赦のない姿勢を取っている。そのせいで貴族院に力を貸す貴族は少ない。もっともまだまだ力のある勢力だ。僕も以前、貴族院絡みの仕事をしたことがある。話が通りやすいからな、彼らの仕事は。大なり小なり貴族なら関わりを持つ相手だ」
自分にとってはあまりよろしくない情報です。
なるほど、未だに影響力を失っていないのはこうしたアレフレットのような小さな貴族に仕事を回すことで人心を掴んでいるわけですか。
相変わらず無駄に細かいところまで手が回る相手です。
さて、自分は少しモフモフに目を向けました。
モフモフは大きくあくびをして、腕に顔を沈めました。
『嘘の匂いはない。貴族院とやらを言葉にした時も緊張していない』
白ですか。
貴族院から密命を受けていたと仮定するなら、言及すれば緊張の一つはするでしょう。
しかし、嘘も誇張も緊張もしなかった。
となると、もしもアレフレットが犯人だったとしても己の行動が貴族院の得になるとは知らないような、そんな無意識なものになります。
そうなると防ぎようも調べようもないのですが、確率は薄いわけですからリィティカ先生と同じく白と言い切ってもいいでしょう。
もっともリィティカ先生も同じ立場ですがね。
女神を疑うような真似をして慙愧の念に押しつぶされそうですが、拳を握り締めて我慢です。
そう、このために社宅に連れてきました。
実際はアレフレットの家でも良かったんですから。
『まがい物は森にない。自然の中に不自然があれば容易に見つけられる』
とはモフモフの言です。
モフモフは人の嘘やごまかしに敏感です。
アレフレットが嘘をついていてもモフモフの前なら嘘をつけない。
そして、嘘をついているのなら信用することはないでしょう。
以前、モフモフと再会したときフィヨのことを正直に話したのもコレが原因です。
『同胞のほうが嘘だらけだ』
……最後の一言が余計です。
そんな非難めいた目で見ないでください。
「わかりました。妙な話をしてすみません。信用してお話しましょう」
「初めから信用しろ!」
モフモフ風に言うのなら、さもありなん、ですね。
しかし、調べなければならない以上、少しは目を瞑って欲しいところです。
自分はアレフレットに事の始まりから話しました。
と言ってもあくまで第一試練の裏であったプルミエールの盗難騒ぎだけですね。
「第一試練で盗難騒ぎがあったでしょう? 学園長曰く『彼ら』が絡んでいるそうです」
「聞いてないぞ! そんな話! 会議で報告しろよ!」
魔獣信仰組織の名前を出さずにあえて『彼ら』と呼びました。
『潜在的協力者』と言っても良かったのですが、アレフレットの話を聞いた後ですからね。
少しだけ配慮しました。
「あの時、対処したのは自分でしたから。レギィの心情も慮って秘密にしておいただけです。わざわざ言い広めるのも趣味が悪いでしょうに」
解決するのならレギィには我慢してもらいます。
「……だがな、いや、もういい」
アレフレットもそうした些事には目を瞑るようです。
いちいち怒ってられないと言わんばかりにため息をつかれましたが。
「いいのか? 僕も貴族だ。この事実を利用してレギンヒルト試練官から利益を得る方法くらい思いつく。そして、その手段だってある」
止めておくべきですね。
レギィも【タクティクス・ブロンド】で領主です。
アレフレットが欲を出した瞬間、動けないようにするくらいやってのけます。
特にレギィは領主の仕事に関しても防性に優れていますからね。
何もできずに小銭だけもらっておしまいになるのが目に見えています。
「それを言ったら、ただの平民の自分に自領のいわくつきを話して良かったんですか?」
「……さてな。下心がなかったわけじゃない。お前は否定しているが『王とは幼馴染なことは否定できない』んだろう。もしかしたらお前が王に言って、こうした『秘された祭事』を王命で止めさせられるんじゃないかってな」
「国政に関わっていませんよ」
『嘘だ』
いえ、もういいんですよモフモフ。
わざわざ自分の嘘まで拾わなくていいんですよ。
「今の立場でよくそういうことを堂々と言えるな」
たしかに『義務教育計画』は立派な国政ですね。
関わりがないとは言い切れません。表も裏も。
「自分が教師になれと言われたのは開園式の一ヶ月前ですからね」
「……お前と王の関係が本当にわからなくなる」
さすがに予想外の返答だったようでアレフレットは目元を指で揉んでいました。
「だが大体わかったぞ。『敵』か。確かに学園に対して害を及ぼすなら僕たちの立場だと『敵』だろう。だが実際、ここまでの話を聞いてどうするつもりだ。相手は『悪意がない』んだぞ。メイドのプルミエールを唆したにしても『唆しを唆した者がいた』という話になれば、もう犯人探しも難しいぞ」
難しいどころか不可能に近いと思いますよ。
「生徒や【宿泊施設】住人の中にもいるかもしれない『彼ら』をまず封じこめようと思います」
犯人がいるという話ですが、これは半分、勘です。
学園開始時点に潜伏しているような類でもありません。
学園式が始まる前に自分が周囲を調べていますからね。
不自然な部分は出てこなかったところを見ると途中から、レギィがやって来た頃くらいに潜伏していたんじゃないでしょうか。
メルサラという網を掻い潜る方法はなくもありません。
少なくとも【戦術級】で隠密行動できる相手ならメルサラをも出し抜けるでしょう。
そうでない場合は『潜在的協力者』がネックになります。
どうにかして入り込んだと仮定しましょう。
そして、見つからないところを見るに今まで森のどこかに潜んでいたとして、食糧などは『潜在的協力者』に用意させていたのでしょう。
犯人にとって『潜在的協力者』を封じられた場合、自らで行動しなければならなくなり、結果、暗殺者事件の時のように顔を出してくるでしょう。
森の中でずっと生き続けられるのはエルフか森に詳しいものだけです。
これらはあくまで推測。
そして、無数の穴があります。
一つはプルミエールが前もって唆されていた場合はこの仮定が使えません。
一つは前提条件を間違っているパターンです。
唆しが生徒によって行われていたのなら、犯人がいる説は意味を持ちません。
ですが、それも『潜在的協力者』を押さえれば、いえ、抑えれば解決です。
プルミエールが前もって唆されていたとしても、唆されていた理由を考えればいいのです。
唆しが何故、行われたか。
あくまで本筋ではなかったと考えれば良かったのです。
これはシャルティア先生の『うまく犯人にとって転がった云々』がきっかけになりました。
唆すためだけに侵入したと考えるとあまりにリスクが大きすぎます。
しかし、唆すことで侵入の糸口にしたのならリスクとリターンは天秤に測れるはずです。
なら、犯人はリーングラードの何かを調べるために、あるいは潜伏が目的でプルミエールの事件を引き起こし、自分たちが忙殺されている間にまんまと忍び込んだと考えるのが自然でしょう。
ですが、これら全て、実はどちらでもいいのです。
「アルバニア湖の話を聞いた時から取っ掛りはありました。今回のアレフレット先生のお話は理屈を強化する上で非常に助かりました」
「何をどうすればいいか、お前には見えているってわけか。僕が何年もかけた問題だぞ。いいだろう。答え合わせしてやる」
「アルバニア湖の魔獣捨てとフランクハイン領の魔獣食。魔獣くらいしか共通点はなく、誰もが特に疑いもなく誤ちを犯しています」
イグレシオの話はおそらく、この二つの話の上位互換か、あるいは同じ性質を意味しているのでしょう。
どちらの事件も村に行って魔獣の素材を求めたら、軽く渡してくれるんじゃないかと推測しています。
どうして誰も誤ちに気づけなかったんでしょうね。
いえ、そもそも誤ちだという認識がないのでしょう。
まるで答えを知らないまま奇妙な答えを書く生徒のようにも見えます。
ときおりマッフル君がわからないまま足掻いて、面白い答えを書くのと同じですね。
「『敵』は広範囲かつ無秩序、それでいてどこにいるかわからない。本当にいるのかすら定かではなく、そして、当の本人たちも自覚がありません」
いわゆる無知です。
無知であるがゆえに正誤の判断がありません。
それは生徒たちとあまり変わりません。
「普通なら探し出すことは不可能です。何せ実体がありません」
過去を完全に調べる手段がないのなら、『潜在的協力者』探しもできません。
ですが『潜在的協力者』の炙り出しは可能です。
どうやって出すかまではまだですが、いずれ尻尾を出すでしょう。
「どうやら自分たちもまた同じだったようですよ?」
というとアレフレットの顔に疑問が浮かびました。
「自分たちはすでに対処法を行っていました。今までは意図してそうしていなかっただけです」
グレーな行動を抑制するために理念を作り上げたように。
生徒が教師を見て、成長していくように。
「意図的に行えば必ず、なんらかの行動をとります。無知な行動が正誤の判断を得たらどう変わるか。案外、自分たちに聞きに来たりするかもしれませんよ?」
全ての人間が何かを見て育ち、影響を受けるというのなら。
「そう、『敵』の正体は思想です」
影響を影響で、思想を思想で塗りつぶすことは可能です。
現にヘグマントの教育はフリド君たちに影響を及ぼしまくっています。人格自体が変わっているようにすら感じられます。
「そして、思想が相手なら教師が負けるはずがありません」
意図してできるかどうかはわかりません。
そこはアレフレットの力が必要でしょう。
ですが、負ける気もしません。
「何せ、教師は勉強と共に思想を教えているのですから」
魔獣への信仰を教育で塗りつぶす。
それが今回の『敵』への攻撃方法です。




