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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
244/374

この手を取って踊りましょう。

 会議室に入れば一番、最後でした。

 どうやら自分の到着を待っていたようで頭が下がりますね。


「シャワー室は無事に建て終わったのかね?」

「まぁ、お陰様で使えるようになりました」


 ヘグマントが気にしてくれたようです。

 軽く返事をして席に座り、机の上の羊皮紙を目を通しました。


 その全ての案件に自分が関わった形跡がありました。めまいがしそうです。


「シャワーができたとなれば早速、検分してやらねばならん。仕事の帰りが楽しみだな、リィティカ」


 シャルティア先生がいけしゃあしゃあと言い放ちました。

 リィティカ先生と一緒にシャワーを浴びるつもりですかちくしょうッ!


「残念ながら今回はアレフレット先生と約束していまして、先に男性陣からなんですよ」

「……何?」


 その瞬間、冷たいものが背中を伝いました。ちょーこえぇです。


「神代の時代、ヒト種がこの地に育まれてより入浴は女性の特権だろう。どうしてそんな先約を済ませている」

「そんな神話は欠片も聞いたことがないのですが、まぁ、成り行きというか、必要経費と言いますか」

「わかった。払おう。いくら欲しい」


 学園長が、学園長がニコニコしていて怖いのでその話題は止めてもらえませんか?

 予算の配分はシャルティア先生も噛んでいるんでしょうけど決定権は学園長って知っているでしょうに。

 というか学園長の前でよく言い切れましたね、それ。


 さて、どういう言い訳をしましょうか。

 シャルティア先生からの口撃が始まる前に考えを巡らせ、さぁ答えようとした時に鼻で笑う音がしました。


「そうそう思い通りにいくと思うなよ、バカ女」

「なるほど、貴様のはかりごとか図書院の愚者」


 あー、もしかしてアレフレットこの野郎。

 シャルティア先生に嫌がらせするためだけにシャワー室の一番乗りを報酬にしたんですか。てっきり自分への嫌がらせだと思っていましたが、やりますね。


 バチバチと火花散る、目視に耐えない会議室。

 ため息をついて、リィティカ先生を見て癒されようと思ったらピットラット先生と目が合いました。


 そういえば生徒たちの『施設使用許可証』を出したのはピットラット先生でしたね。


「それで生徒たちはどう言っておりましたのかな? ヨシュアン先生の事です。先に生徒たちに体験させてあげたのでしょう」


 案の定、全てを悟った賢者のごとき穏やかな声で話を促してきました。

 これは賢者ピットラットの助け舟でしょう。


「えぇ、そうですね――」

 

 今日あったことを振り返りながら、自分は生徒たちの感想を代弁しました。


 建築作業に生徒たちを手伝わせた理由は経験を積ませるためでした。

 もしかしたら建材を運ぶくらいの仕事をしたこともあるのでは、と思いましたが建築作業までは経験していないと予測していました。


 では何故、建築だったかという理由ですが術学を教えているからです。


 術式師の大半が施工業に携わる者です。

 術学を教えている以上、一度くらいは建築経験があってもいいと考えたのですが自分の至らなさも痛感しました。

 なんとか完成まで漕ぎつけました時は安心感の方が強かったくらいですからね。


 【大食堂】で昼食をとり、昼休みを挟んでからセメントの乾き具合を確認し、十分だと判断してから生徒たちにGOサインを出しました。


 シャワー室の実体験です。


 ですが女の子七名に男の子三名だと、どうしても三組に分けざるを得ませんでした。

 女の子四人、三人、男の子三人で分けて入ってもらいましたが待ち時間がどうしても暇になり、とうとうマッフル君とフリド君が剣術の試合をしていましたね。

 クリスティーナ君とキースレイト君という貴族対決もありましたが乱入したリリーナ君がクリスティーナ君に抱きつき、木剣を奪うとキースレイト君と勝負したりと拳の奮いどころはたくさんありましたね。もちろん自分のです。


 肝心のシャワーの感想ですが概ね好評でした。


「お湯を浴びるだけに突出したお風呂とは斬新ですわね」


 とはドリルを諦め、頭の後ろでまとめたクリスティーナ君のセリフでした。


「この乙女は誰だ?」


 フリド君の無神経な言葉にクリスティーナ君の怒りの肘が炸裂したのは言うまでもありません。

 突っ伏したフリド君は自業自得です。


「ヨシュアン先生、クリスティーナさんの髪型、どう思います? あっちのほうが大人っぽくていいと思いませんか?」


 どうやら一緒に入ったマウリィ君の作品みたいですね。

 ここらでフリド君には模範解答を見せてあげましょう。


「そうですね。印象が変わりますね。普段の姿は活発な印象がありますが、そうしていると湖畔の屋敷に住んでそうですね」

「余命幾許もない系の?」


 マウリィ君はクリスティーナ君に容赦ないですね。


「あの手の類は結構、しぶとく生きますよ」

「言いたいことがあるのならハッキリとおっしゃったらどうですの! 先生と愚民!」


 マウリィ君と一緒になって茶化したら怒られました。


「後半は冗談ですが、いつもより大人っぽく見えるのは本当ですよ。体育の授業の時だけでもその髪型にしたらどうです?」


 ドリルとフリルが邪魔でしょう?

 とは口が裂けても言いませんでした。


「……まぁ、先生がそこまでおっしゃるのなら考えないわけでもありませんわ」


 ちょっと恥ずかしそうに身を背けるあたり、クリスティーナ君もちゃんとした女の子でした。

 そして、女の子を隠れた一面をプロデュースして喜びを感じるマウリィ君も女の子していますね。


 ティルレッタ君は……、『うふふ、うふふ』と意味なく笑っているだけでしたが上機嫌なように見えたので問題ありません。ちょーこえぇです。


 一方、男の子の意見ですが、


「素早く身を整えられるところがとても良かったです!」

「入浴としては物足りないですが、確かに体育の後などに入るのであれば効率良く、汚れを落とせるのでしょう。自分で作ったという面も含め愛着もあります」


 と、若干、入浴場への感想かと首を傾げるものでした。

 ですが好意的に取られている分、作った者として喜ばしい限りでしょう。


「温かい雨みたいで気持ちよかったです」


 ティッド君の感想が素直な分、救われますね。

 つい愛おしくなって頭を撫でてたら、腰辺りに引っ付いていたセロ君が妙な気配を出してきました。


 ティッド君の顔がこわばったので何事かと思ったら、セロ君の眼が暗闇の猫のように輝いていました。

 セロ君も撫でるといつもどおりの気持ちよさそうな顔をしましたが、どっと疲れました。ティッド君も心臓に悪かったでしょうね。

 悪気はないんで許してあげてください。たぶん、何かが暴走しているだけです。


 シャワーの体験が終われば依頼組に達成のサインを入れて、あとはダラダラと生徒たちと過ごしました。


「今日は会議なので遅くなりますがエリエス君はどうしますか?」

「待っています」

「お腹が空いたら好きに食べてしまって構いませんから」

「料理します」

「マウリィ君、ちょっと監督をお願いしていいですか?」


 不満そうな瞳で見られましたが、また創作料理に走られると色んな意味で堪りません。

 面倒をかけてしまいますねマウリィ君。

 いつかベーレと桃のジュースでも作ってあげましょう。


 最終日だから早く帰って授業再開に備えなさい、というつもりでしたがエリエス君には報いなければならない事がありました。

 それに『眼』の調子もちゃんと確認しなければなりませんしね。


 アレフレットとの話し合いがあるのでそう時間は取れませんが、社宅で待ってもらうつもりで鍵を渡しました。

 もうエリエス君に鍵を渡しても抵抗もありません。


 それだけ連日、社宅にいましたからね。


 身体を湯気でホクホクさせていた生徒たちも陽の色に橙が混じり始めた頃にはすっかり乾いていました。

 生徒たちの帰る姿を見送り、一息つけばすぐにまた仕事です。


「私の許可なく予算を使った施設を私物化するとはいい度胸だな」

「はん! 施設を作ったのはヨシュアン・グラムだろう。僕は当然の代価を要求しただけだ。それにこれは僕たちのためでもある。大人しく順番待ちをしていろ」

「形だけの紳士も文字通り形無しだな。その上にまるで自分の論が世界の全てのような調子だ、語るに落ちる。先に浴場の話を持ち出されたのは私だ。そして、予算を工面したのもな。そして、女性に先を譲るのは男性の義務だろう。様々な面から見ても貴様の優先順位は低い」

「確約を取り付けなかったお前が悪いに決まっているだろ。それに何が語るに落ちるだ! お前の方こそ己の都合の良い風に持っていきたいだけだろう」


 つまり、自分にとっては断頭台のような会議の時間です。


 自分が原因で同僚が喧嘩している、というのは非常に心が痛み……、針のむしろを痛むというのなら痛みますね。心は出血多量です。

 本来なら自分がどちらかを決めたら片がつくのですが、今回はどちらにしてもどちらかに恨まれます。


 シャルティア先生には恨まれたくないですが、全力でご遠慮願いますが。

 かといってアレフレットには生徒のためにも協力してもらわなければなりません。

 

「大体、僕に言うだけでなくヨシュアン・グラムにも聞いてみたらどうだ」

「そういう説もあります」

「何がだ!」


 つい反射的に答えてしまいました。

 ともあれ喧嘩されると会議が進みません。もはや他人事ですが問題ありません。

 この二人の喧嘩には割って入らないのが吉です。


「お二人とも」


 パン、と乾いた音が会議室に広がりました。


「言い争いは会議が終わった後でゆっくりと。まずは案件を片付けてしまいましょう。いいですね?」


 学園長の一言でシャルティア先生もアレフレットも口論を止めました。たぶん苦虫を噛み潰したせいですね。

 でも二人してこっち見ないでください。目で語らないでください、非常にうるさいです。


「ではまず、騎芸の授業割りでしたがヘグマント先生。困難だったようで」

「ぬぅん! 言われるとおり苦労をさせられたがヨシュアン先生の助言もあってうまく短縮することができた! 改めて礼を言おう!」


 相変わらず義理硬いことですね。


「いいえ、騎芸の授業は生徒たちにとっても覚えて損はない技術だと思っていましたから」

「うむ! 時間割りは提出資料の通りだ」


 資料は昨日の夜に解消した通りに、生徒会活動を補助に当てた時間割りでした。


「問題点はアレだ! 生徒会活動で遠出をしないと授業についていけない可能性だな!」

「その問題は授業中にどれだけ補助してやれるかにかかっていますね。ヘグマント先生の発奮に期待しましょう」


 学園長の見事な丸投げにさすがのヘグマントも呻きました。


「依頼の遠征制限を解除しましょう。シェスタは【宿泊施設】の各職人への通達をお願いしますね」

「……はい」


 うお、いつの間にか部屋の隅にシェスタさんがいました。

 円卓から離れて一人、机に座っていたので気づかなかったようです。

 いえ、本当は気づきたくなかっただけでしょうね。


 なんか、目が潤んでいますし。


「……長期休暇中はヨシュアン様が生徒と一緒で寂しかった」


 自分の視線に気づいてボソリ、ボソリと呟かないでください。

 でもってクネクネしないでください。

 放置されても喜ぶとか、もうなんですか? なんなんですか? この軟体生物。


「……すでに文面は考えています。後は【宿泊施設】の告知板に張るだけ」


 当たり前のように仕事の話に戻る、その精神性は何事ですか。


「よくご存知でしょうが生徒会への依頼には様々な制限があります。生徒たちがまだ力不足と考えての措置ですが、その一つが解かれます。同時に生徒たちの及びつかない危険もあります。生徒会の依頼で外に出る時は今以上の警戒を促してくださいね」


 遠征制限は特別、言うまでもないでしょう。

 必然、森の中腹よりも先にある植物や原生生物は【宿泊施設】の住人が採りに行っていました。

 こうした日数がかかるような仕事も、騎芸を覚える生徒たちのおかげで少しは【宿泊施設】住人の仕事効率も上がるでしょう。


「では次に……、ヨシュアン先生?」

「えぇ、わかっています」


 言わなければいけないことは多いですが、まずは一つずつ処理していきましょう。


「まず清掃月間についてです。今回、新しく作った施設。シャワー室の清掃を生徒たちに行ってもらいます。水場は汚れやすく、汚れは病気の元にもなります。なので生徒たちには自身を病気から守るためにも、また気持ちよくシャワーを使ってもらうためにも施設の清掃を行ってもらいます。他にも自らで使うものは自分で綺麗にするという、きちんとした衛生観念を持ってもらう事も目的にしたいと思っています」


 学活後の時間を使って、各教室で持ち回り掃除をしてもらおう考えています。

 参礼日に関しては使用した者が掃除する流れで問題ないでしょう。


「次いで騎芸の授業にも関係します。病気には感染源があると先月、リィティカ先生にもお話しました。病気の元があり、そこから手足、そして食事を通して体内に入るというのが自分が学んだ感染経路という概念です。動物の糞や水垢、土、埃、それらは身体の中に入ると正常な働きを阻害するとされています。つまり病気です」

「うむ。動物の糞か! だがそれと騎芸と何か関係あったかね!」


 それ、一緒に馬と騎竜を見て帰った時に話したでしょう学園長室で。


「臭いだけでなく動物そのものも感染源になる、ということです」

「ぬん、なるほど。それであれほど入浴場にこだわっていたのか!」


 どうやら理解されていなかったようです。

 この筋肉勇者にどうやれば覚えてもらえるのか、果てしない難題です。


「告知方法はどうされましたか?」

「お手元の資料に文面がありますのでそのまま、あるいは理解しやすいように生徒たちに伝えてください。掃除の件と一緒にですね。後は理解できない生徒もいるかもしれませんので大事なことだから何度も教えるように心掛けてもらえたらと」

「わかりましたぁ」


 リィティカ先生は錬成師なだけあって、すぐに衛生の重要性を理解してくれましたね。

 その調子で自分を理解してもらえると幸せです。

 もっと理解してもらうためにはどうしたらいいんでしょうか? これも難題ですね。


「えぇ~っとぉ、同じように鞍や手綱はどうしましょぅ?」

「リィティカ先生の言うように革製品も同じく感染源になりがちですが、これの手入れは?」


 ここは自分の領分でないのでヘグマントに聞くしかありません。


「鞍や手綱は牧場主の倉庫に保管してもらっている! だが、手入れか……、特に手綱やあぶみはよく調べておかんと事故の原因にもなりかねん!」

「授業を初めてすぐに手入れと整備を教える予定ですよね?」

「うむ!」

「なら、使用後に軽く手入れする、ではどうです?」

「む! 呼吸するように手入れしていたからな。忘れていた! ますます騎芸の授業時間が減るが……、安全には変えられん。少し授業密度を濃くすることで対処しよう」

「お願いします。転落は死に繋がりますから」


 ヘグマントも今回は苦労していますからね。

 こうして言わなくても当日に思い出しそうですが、これで良しですね。


 革は放置するよりもよく使い、よく手入れしたほうが汚れたり硬くならなかったりなど、長持ちしやすい傾向にあります。

 もっとも革によって様々でしょうが、そこは手入れもこなせるヘグマントの手腕ですね。


「最後に掲示板に清掃月間の告知を張っておきます。生徒会活動の依頼選択時に見るでしょうから再確認させていこうと考えています」


 人は一度に多くを聞くよりも、軽い内容を短く何度も繰り返したほうが印象に残ると言います。

 さかな、さかな、さかなー、ってどこからか聞こえてくるとつい口にしそうになりません?

 市などで店員さんが何度も繰り返して声を張り上げているのはその原理を元にしているわけですね。

 印象づけて覚えてもらう、それは興味を持ってもらうことと同じです。


 告知も簡単な図解――絵でわかりやすいように描いておきました。

 最近では建築の完成予想図にも腕を奮いました。

 術式具作りで培った技術がこんなところで役に立つのだから人生は侮れませんね。


「次に守衛の冒険者たちから娼館の施設を作ってもらいたいという要求がありました」

「娼館だと? やれば確かに利益は出るが……、問題が多いな」


 シャルティア先生は一瞬で娼館のメリットとデメリットを理解したようです。

 さすがは先々月の売上競争の一番を仕留めた女傑です。


「守衛さん方には、キャラバンから月一で娼婦を買う方式がもっとも適切だと言っておきましたが、どうです?」

「学園に入る利益が少ないな。取り締まるのが一番、金になるが……、学園長。人の誘致は可能ですか?」

「良くて三ヶ月後。時間がかかるのは仕方ない部分でしょう。棄却される可能性が高い案件ですね」

「ヨシュアン。現状、不満を出しているのは冒険者だけか?」

「後は一人暮らしの【宿泊施設】住人くらいですね」


 その全てが男だとはあえて言いませんが。


「我慢しろ、とは言えんな。従軍慰安婦という商売もある」

「ぬぅん! 正規の軍人ですら欲求不満は規律を破らせる原因となる! 対欲訓練を積んでいない一般人ならなおさらだろう!」

「一番、妥当なのはやはりヨシュアンの案か……。キャラバンに話を通せばすぐに用意させられる面、誘致しなくていい面、時間がかからない面、良案ではあるな。だが他にも問題がある。これが一番の問題だ」

「一番の問題ですか」


 以前、考えた予算、時間、規律、三拍子揃った上に政敵や宗教を加えた五拍子の他に何かありましたっけ?


「娼婦の副業は情報集めだぞ。せっかく外へと漏れる情報をメルサラ・ヴァリルフーガで遮断しているというのに、これでは意味がなくなる」


 政敵絡みでした。


「そこまで漏れるものですか?」

「ベッドの上では男の口は紙より軽い。男色の加虐性癖者でもない限りはな」

「その最悪の組み合わせ、なんとかなりません?」


 吐き気がしそうです。


「どうでしょう? こればかりはロラン商人と話してみないことには。信頼できる筋に任せてもらうのが一番でしょう」

「最悪の事態を想定して、教師陣は娼婦を抱くのを禁止しよう」


 男性陣の誰一人として、ピクリともしませんでした。

 動いたら死ぬ、そんな言葉が脳裏をかすめました。


「えっとぉ、この際ですからご結婚されている方はぁリーングラードに来ていただくのはどうでしょう?」


 さすが女神リィティカは絶望に光を差し希望に変えるプロフェッショナルです。


「うぅむ……、妻か。アレなら別に呼んでも構わんがアレフレット先生はどうかね?」

「仕事場に妻を連れてくるような真似はできるか!」

「だが残り七ヶ月はあるぞ?」

「……考えておく」

「ピットラット老の奥方には少し厳しい旅になるが」

「あぁ、それならばご心配ありません。この年ですし、何より妻はもう他界しております」

「む。すまない。無神経なことを聞いた」

「いえいえ。もうずいぶん前になりますから」


 なんでしょう、この疎外感。

 家庭持ちの会話に入っていけません。


「ヨシュアン先生は問題ないようだが、どうかね?」


 この筋肉を心の底からぶっ殺したいです。

 何を見て、何を考えての発言だコラ!


「……がんばる」


 うるせぇです。隅っこからここぞとばかりに聞こえるように喋るんじゃありません。


「さて、俺は妻の同居を申請したいと思っている!」


 男らしいな、おい。

 つい素に戻るほどの潔さでした。


「僕は……、考えておこう」

「では、誘致枠の申請をしておきましょう。アレフレット先生は考えがまとまってからお知らせください」

「……はい」


 アレフレットのテンションがダダ下がりです。

 そこまで妻を人前に見せるのが嫌か、爆発しろ。


「えー、話を戻します。ロラン商人なら連絡用の小型飛竜なら今月からでも用意できるとは見込んでいます」

「……ヨシュアン。術式具で水を作れたな? ついでに温めることもできるはずだ」


 シャルティア先生が何か悪企みを思いついたようです。


「水源を使わない簡易シャワーを作って、それを娼婦に貸し出そうというわけですか? 技術的には可能ですが安定して水を出すには周囲の青の源素だけでは無理です。源素結晶は必要ですね。そして原価を考えるなら水源を使ったほうが安上がりです」

「夜間だけの開放にしておくか。いや、それは……」


 精液やら何やらをお湯で流すのは構いませんが、何も知らない生徒が普通に昼間にシャワーを使っていると考えたら微妙な顔になりました。

 別に娼婦が悪いわけではありません。

 清掃月間で掃除しますから問題もありません。


「どちらにしてもキャラバンに開放すればその手の客も来るか。キャラバンが来た時だけは清掃をキャラバン側に任せるとしよう。授業時間中とその前後は使用許可を出さないように徹底する。これでどうだ」

「それしかありませんね」


 シャワー室も清潔に保っていないと感染源になりますからね。

 大丈夫だとは思いますが念には念を入れておいて損はないはずです。


「キャラバンとの交渉は……」

「それは私がやる。学園長と一緒にな」


 学園長とシャルティア先生の二人がかりですか。

 ロラン商人が青ざめて縄を探さないか心配です。


「最後に……、生徒会規則に穴が見つかりました」


 もっとも今、縄が必要なのは自分なのかもしれませんが。


「正確には自分が穴を作ってしまいました。すでに学園長にも報告済みで先日の議題にも登りましたがそれとは別件も含まれます」

「別件、ですかぁ? 依頼人は連名式にするという話だったとはぁ思いますがぁ」

「今日、別の形で規則の不備を見つけました」


 連名式は複数名の依頼や団体からの依頼を受けるために制定された冒険者ギルドの規律です。

 代表者以外の協力者がいた場合、その人の名前も書いておかなければならないといったものです。


 依頼の最中に連名者を増やせず、増やした場合はギルドにお金を払わなければならないというものです。

 これをそっくりそのまま学園の生徒会システムに起用しようと思っていました。


 ほとんど決まりかかっていた規則の補完案です。


 今回、マッフル君が起こした規則ではグレーな行動。

 規則ではどうしようもない、こんな出来事はどこにでもあります。


 マッフルの件を話し終えた時、教師陣は二つの意見に別れました。


「そのくらいは許すべきでしょうな。ダメならばダメだと言う、許せると思うのなら許す」

「ちょっとくらいはぁ、大丈夫だと思うんですよぅ。マッフルさんだってぇ悪気があったわけじゃなくってぇ皆と楽しみたかったからですよぅ」


 という博愛と寛容の精神に彩られた意見です。

 女神と賢者が協力したら世界が光に満ちてしまいます。


「どんな事情があろうとも不公平だろ、そんなものは。ヨシュアン・グラムもそうした甘い部分を生徒に見せるからそうなる。自重くらいしろ」

「うむ。規律は守られるべきだろう。今回は仕方ない面もあろうが、だからといって許していては同じことの繰り返しだ。二度とできないように新しい規律を作るべきだ」


 筋肉勇者とアレフレットの規律重視派は慎重な意見でした。


「シャルティア先生はどう思います?」

「個人的になら答えてやろう。マッフルの行動は中々面白い。そうした行動を取れるのなら一廉の商人になるだろうな。だが教師としての意見なら、どちらでもいい、と言っておこう」


 これは興味がない、というわけではありませんね。

 六人居て、三人対三人で討論になれば時間が長引く可能性があります。

 明日以降の持ち越しを嫌ったと見るべき……、いえ、違いますね。


 この場合、自分に決めろと言っているのでしょう。


 今回の件の尻拭いはしない。

 だから、同票決着のような真似はせず、自分が決めてしまえと言っているのです。


 なら、答えは一つです。


「【教育の骨組み】――教育理念のお話を覚えていますか?」


 教師に許された『細かい出来事』への判断権。

 各個人が許せる範囲。言ってしまえば個人の性格で結果が変わるということです。


 よく言えば柔軟な対応、悪く言えば不公平。

 それが判断権の良し悪しです。


「自分はそろそろこの教育理念を固める時かと思います」


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