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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
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思い出は戸惑い隠れるスタンレー

 朝一で職員室に出勤した瞬間、やはり一番乗りなシャルティア先生にこう言われました。


「昨日の晩、妙に煙臭かったぞ」


 シャルティア先生のあのジト目は原因が自分だと疑っている証拠です。

 お隣さんですものね、気づかないわけないですよね。


 怒鳴りこんでこなかっただけマシだと思いましょう。


「どこかで焚き火でもしてたんじゃないですか。湿気た枝でも放りこんだりして」

「ほう。夜も近い夕方に火な。殺人犯でも探していたのか」


 また黒い冗談を。

 夕方の火からこの話を引っ張り出すシャルティア先生に苦笑いでした。


 ある冒険者の団がありました。

 何気ない冒険の途中、一人の冒険者が死んでしまったのですがどうやら誰かに刺されたようなのです。

 凶器は見つからず、しかし、誰もが凶器を持っている。


 夕方から焚き火を囲んで、誰が犯人かお互いを責め、そして監視しました。


 一夜明け、次の日。

 また誰かが死んでいました。

 こうして犯人が見つかるまで同じことを繰り返し、最後は誰もいなくなってしまった。


 疑心暗鬼が仲間を殺す。

 そうした話だったのと同時にちょっとした遊戯です。


 知的遊戯ですね。

 もっと細かい取り決めと法則を変更すれば誰が犯人なのかを探す卓上遊戯になります。

 このとき、進行役を置けばストレスなく話を進められますが、血の気が多い連中がやればすぐに喧嘩になるゲームでもあります。


「仲間内に犯人がいないと成り立ちませんよ」

「そうだな。十中八九、お前以外いないがな」

「自分ではありませんよ?」

「生徒がやった、という言い訳ならこう答えてやろう。お前の監督責任だ」


 降参しました。

 監督責任には勝てません。

 【戦略級】術式師でもちょっと無理です。無理なことくらいあります。


「おはようございますぅ。ヨシュアン先生ぃ、シャルティア先生ぃ」

「おはようございます、リィティカ先生」


 輝かしい朝よりも明るいリィティカ先生の御姿が目に眩しいですね!

 よし、今日こそお持ち帰りましょう。

 幸い、夏季休暇中なら生徒に邪魔される心配もありません。


「そういえばお風呂を作るってぇ、聞きましたよぅ」

「なるほど、二人きりのお風呂が良いというわけですか、深いですね」

「そんな二人だけよりもぉ、もっと大きなお風呂のほうがいいと思うんですよぉ、あまり深すぎると足がつかなくなるとも思いますぅ」


 さすがリィティカ先生は御心は大海のごとく広いですね。

 大は小を兼ねるといいます。狭いお風呂で致すより大きなお風呂のほうがいろんなことができる、と。大人のロマンですね。


「わかりました。リィティカ先生の意見を参考にさせていただきます」


 結婚するときはお風呂を改築しないといけませんね。

 王都に帰ったら早速、大工さんと語り合う――いえ、これだけでは情熱と愛は伝わりません。拳も交えてじっくり清潔感あふれる素敵なハウジングを提供してもらいましょう。


 ふと気づくとシャルティア先生が再びジト目をしていました。


「どうしました?」

「いや、お前はどこまで突っ走るんだろうな、と思っただけだ」


 リィティカ先生のためなら世界の果てまで突っ走りますよ?

 

「あとリィティカの意見は我々の社宅付近に作られる入浴場のことだ」

「……ピットラット先生にも聞きましたが、いつの間にそんな話になったんですか?」

「私が決めた。さて、リィティカの要望を聞いたのなら当然、私の要望は叶えてくれるだろうな」


 何が当然、ですか。

 作り手に話が通っていない施工なんて訴訟ものですよ。

 依頼と施工が食い違っていると問題の元なんですよ?


「なんだ、まだ渋るのか。私が言った言葉は業務命令だろうが。素直にハイと言えないヤツは上には立てないぞ」

「何時から上司になったんですか同僚」


 学園長だけで精一杯なんですよ、上司は。

 何せ何を考えているのかさっぱりわかりませんからね、あの老婆は。

 

「そうだな。世の中には風呂に入らない風呂があるそうだ」

「今から作るシャワー室のことですか?」

「なんだ、それは。そんな名前ではなかったと思うが……」


 とりあえずシャワー室について軽く説明してみました。


 シャルティア先生には言っておかないと後で風呂場がないと怒り出すかもしれませんしね。


「疲れを取ることを目的とせず、汚れを落とすための風呂か。王都にあったか?」

「いいえ。どちらかというと冒険者が屋外で汚れを落とすための手段ですね」


 山裾へと向かう途中に小川があったと思います。

 あそこのように水量が少ない川は結構あります。


 十分に水を得ることが出来ても汲むのに時間がかかる、そうした時に簡易シャワーを作って身奇麗にするわけです。


「なんでも早く済ませればいいというわけでもないだろう。これだから男は……、風呂というのはな、身奇麗のためだけでなく疲れを取るために入るものだろう。身体の芯まで暖まらないヤツは死ぬべきだ。動物の行水と一緒にするなよ」


 ダメ出しされましたが知っています。

 あと、その極論はお風呂にも滅多に入れない貧民層からすれば総自決を促しているようなものなので止めてください。


「その極論はともかく、もしかして蒸し風呂のことですか」

「そうだ。よくわかっているじゃないか」


 サウナ風呂ですか。

 色々と整備が大変なんですよね、アレも。


 作り方自体は簡単です。

 密閉された小屋を作って室内を木材で作り、囲炉裏を真ん中に置いて焼けた石でも用意すれば、それで出来上がりです。


 一人用のものくらいなら、まぁ一日もかかりません。


「ただ何度も使用するとなると問題が山積みですよ?」


 まずは湿気。

 簡易型のサウナは湿式、つまり焼石に水をかけ、蒸気で身体を蒸す……料理みたいな話ですね。

 ともあれサウナの必然となる湿気が部屋に満ちます。

 

 石造りだと入るときに地獄を見るので、当然、木材を床や壁に敷き詰めますがその木材が曲者です。


 湿気で腐るんですよ。

 腐るだけならいいんですが、そんな室内に裸で入るわけですから汚くなります。

 こまめに床と壁をひっぺがすのはちょっと……。一応、壁はもたれなければ問題ないのでいいとして床だけは木製にしていないとまずいですね。

 すのこにすれば大丈夫でしょうが、毎度、すのこを変えるのも手間です。


 サウナには壁も床も石製のものがありますが花崗岩や大理石などの熱に強い石材を使うか湿気を使わない乾式が基本です。


 なら乾式で作れと言いますが、これまた難題です。

 主な問題は技術と資材です。


 部屋そのものを高温で熱し、乾燥させておかねばなりません。

 熱源である術式具も自身の熱で耐久面に不安が残りますし、ちゃんと湿気をなくさないと火傷を負います。

 さすがに湿気をどうにかする術陣はありませんので、これはもう湿気をなくす機構が必要です。

 そうなるとにわか知識の自分だと作れそうにありません。


 自分は術式具元師であって浴場建築士ではありません。


 乾式は身体に負担をかけますし、やるなら作りやすく資材も多い湿式サウナですが正直、湿式の問題点を解消できる自信がありません。


「以上の理由からサウナは諦めてください」

「本当にどうにもできないのか?」

「これ以上は本職でないと難しいですね」

「シャルティア先生のぉ、お気持ちはわかりますがぁサウナはちゃんと湿気を抜かないと変な匂いがしますしぃ、管理する人がいりますよぅ」

「詳しいなリィティカ」

「錬成師ならちょっとは知っていますよぉ。人の身体を純粋にするためにぃサウナを使ったりしますからぁ」


 身体を純粋に?

 健康になるということでしょうか。


「錬成の項目に腐敗、洗浄除去、分離、固定がありますぅ。人の身体に汚れが貯まるのはぁ老いて腐敗するからだとぉされていますぅ。その身体を洗浄してぇ汚れを除去してぇ、心と身体を一度、分離させるんですよぅ。そして、二つをお互いにキレイにした後、固定するんですぅ」

「ようするに浴場がフラスコで我々は薬草のごとく、煮込められているわけか」

「見立てられているってぇことですよぅ」


 そういえばリィティカ先生がいるのなら、ちょっと聞きたいことがあったんでした。

 いつまでも立ち話させるわけにもいかないので、椅子を勧めると微笑まれました。


 ……結婚したい。


「リィティカ先生。話は変わるんですが『原初のヒト』ってわかりますか?」

「『原初のヒト』ってぇ、神話に出てくる神々が連れてきたっていうヒトたちのことですかぁ?」

「いえ、そういうのも含めて錬成師の立場から『原初のヒト』にまつわる何かってありますか?」


 リィティカ先生が小首をかしげて、頬に手を添えていました。なにこれ、かわいい。

 

「さきほどのぉ話に戻りますがぁ、『ヒトの純化』というのがぁまさに『原初のヒト』になるための階梯と言われているんですよぅ」


 『純化』?

 どこかで同じ言葉を聞いたことがあります。

 最近ではありません。ずっと前に……そう、もっと前にです。


「言い伝え通りなら『原初のヒト』はぁ、自由に空を飛びぃ、形あるものならなんでも作れたそうですよぅ?」


 物質創造系の術式ですかね?

 ム・リオクルなんかは修復していますが、アレも創造系だったと思います。

 創造系の陣と術韻は秘術の類ですので自分もあまり詳しくは知りません。


 使い勝手が悪いのも理由の一つでしょうか。


「原初の旅人スィ・ムーランは常に歩いているように描写されていましたが、スィ・ムーランは『原初のヒト』ではなかった、と?」

「そこまではちょっとぉ……、そこまでの話になるとアレフレット先生のほうがくわしいかもしれませぇん」

「あ、いえ、ちょっと聞いてみたかっただけです。機会があればアレフレット先生にも聞いてみます。ありがとうございましたリィティカ先生」


 と、ここで感謝の言葉を告げるだけではいけません。

 次につなげるためにそう、約束。

 食事の約束でも……、いえ、まだです。リィティカ先生は清廉な女神なのでここはもっと難易度を低くして策を練るべきです。


「また何か疑問があれば聞いてよろしいですか?」

「はいぃ。私で良ければぁ」

 

 これは重要な情報です。

 一緒の食事はダメでも二人っきりの図書室とかならアリなんですね。


 ん? これってまだ同僚の関係から足を進めていないだけでは……?


「もういいからとっととシャワー室とやらを作ってこい!」


 シャルティア先生に何故か怒られました。

 渋々、職員室を出ましたよ。ちょーこえぇです。


 出る間際のリィティカ先生の困ったような笑みを目に焼きつけました。

 これで今日一日、心安らかに居られそうです。


 廊下を歩きながらリィティカ先生のおっしゃった『純化』という言葉を思い出そうとしていました。


「『純化』、そう、たしか『生命の純化』?」


 なんの変哲もない、ただの廊下が真っ赤に染まりました。

 熱すら感じられるこの光景は現実の光景ではなく――思い出です。


『話を聞かないガキだ――お前は』


 そいつは『俺』と炎を隔てて、向こう側に立っていました。


『お前は誰よりも人が愚かだと思いこんでいる』


 そいつは忌々しいほど凛と立ち、それでいて妄執を宿した濁った眼を動かしもしませんでした。

 固定したように弧月に曲がる口元。

 黒い、自分によく似た髪色。

 赤い、腐った血を染みこませた白衣。


 頭で一つに束ねた髪型を赤の源素で燃やしながらも何一つ、動じていませんでした。

 己の命を狙ってやってきた『俺』を前にしても、


『自らが愚かだと思っている』


 『俺』と同じようなイカレた眼でこちらを見下ろしていました。

 相手の方が身長が高かったんですから、仕方ありませんね。

 というかアレは女の割に身長が高すぎるんですよ。


 アルベルタ・サヴァルシュバルツ。


 そいつがアルベルタ・サヴァルシュバルツでした。


『そんな曇った眼で見たところで何を灯火とし、何を教えられる』


 爆炎が『俺』とアルベルタの肌を舐めましたが、お互い意に介するつもりはありません。

 

『命の純化。その意味すらも理解していまい』

「黙れ。てめぇになんも口にする権利はねぇよ」


 アレが対峙した瞬間、何を言おうとしたのかまでは知りません。

 聞く耳なんて最初からありませんでした。


「救いも助けも与えやしねぇよ」


 一切合切の可能性すら考慮に入れず、『俺』はこの人の形をしたバケモノを赦す気なんてありませんでした。


「死ね。惨たらしく死ね。てめぇの創ったガキみてぇにな!」


 あぁ、思い出しましたよ。

 自分とアルベルタ。


 どちらが血で汚れていたなんて対峙しなくてもわかっていました。


 なぜなら、この対峙の前に自分は。

 それ以上は考えず、思い出は封じました。


 目の前は間違いなく暑くなっていく前の、静かな熱だけがある、ただの廊下です。

 そこには憎しみに狂った復讐鬼も愛ゆえに狂った錬成師もいません。


「命の純化。純化された生命が原初のヒトに近づくと仮定して、それがどうして」


 そんなわけのわからないものがどうしてアルベルタの目的に叶うのか。

 生命とやらを純化して、そこから何が生まれるのか。

 いえ、もしもリィティカ先生の言った『形あるモノは全て作れる』という言葉が正しいものだったのなら。


 何よりも理解できる手段だったのかもしれません。


 しかし、結局、本当にそうだったかなんて誰にもわかりません。

 いえ、アルベルタをわかるつもりなんて今でもありません。

 

 自分は違いますよ。

 同じであろうが違うと言い張ります。


 【遺恨児】を捨て駒にして革命軍の一部を潰したアルベルタとは違います。

 子供を歪ませ、狂わせ、殺しの道具にしたアルベルタとは違います。


 【遺恨児】の体内に術式具を埋めこみ、死と同時に爆破するように仕向けた畜生とは違うんですよ。


『目的のために子供を使おうとするお前と何が違う――』


 そんな幻聴が聞こえようとも、振り向きはしませんでした。


 それでもこの廊下を歩く後ろで、アルベルタの亡霊が灯台守のように火を灯しているような。

 イヤな、粘つく道筋にイラつきながら、夜鷹のような哄笑を背に学び舎を出ました。


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