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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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キャラバンデートの銀細工

 二日後、応接室ではぐったりとしたキースレイト君の姿がありました。

 一方、エリエス君は普通の表情をしています。


「キースレイト君。臨時教師はどうでしたか?」


 この二日で自分は体育の補習を担当しました。

 生徒たちの体力を考慮して、あまり厳しい運動はさせず素振りのフォームを確認するだけに留めました。

 生徒がヘタレたら注意するを繰り返しただけですね。


 苦しくなると息を吸いたくて、つい顎を上げてしまうのですが引くように言ったりです。

 顎をあげると肩に力が入るので余計に体力を使うんですよね。

 疲れた時ほど顎を引く、その意識を身につけさせました。


 これで少しはパフォーマンスがあがると思います。


 正しいフォームが一番、疲れないんです。

 心構えでより良いパフォーマンスを実現できるのなら、するに越したことはないでしょう。


 効果のほどは【試練】で確認するしかないのが不安なところです。


「正直……、教師という職業を見誤っていました」


 キースレイト君の声はかつてないくらい深く、静かでした。

 何かを言いたくてたまらない、そんな声です。


「聞きましょう」

「フリドが全然、理解してくれません」


 フリド君は言えばちゃんとするのですが、すぐに忘れるので何度も注意し身体で覚えさせなければなりません。

 それを知らないキースレイト君はさぞ心と身体に疲労が溜まったでしょうね。


「何度も、何度も、何度も、何度も、同じことを言ってどうして理解できないのかわかりません。どうして解答欄に『燃焼』が二つもある! 埋めれば正解という理屈などない! 正解は一つしかないのにどうして……」


 正解率を上げたくて、同じ答えを書くんですよね。

 アレをやると今度は見直そうという気がなくなります。

 これ以上、取れる手段がない、と思ってしまうので考えようとしなくなるのです。


 ちゃんと指摘して治さないといけないクセですね。

 

「生徒会の連携だと一回で覚えるくせにあいつの頭は一体、どうなっているのですか!」

「筋肉で覚える形ですから、下手なことを教えずに反復させると良いですよ」

「最後にはそう気づき、同じ文章を何度も書かせました……羊皮紙10枚も使って基本項目を教えることになるなんて……、資材の無駄がすぎる」


 目に見えるようです。

 一度目は丁寧に教え、二度目は我慢して教え、三度目は怒りながら教え、四度目になって殴るのを我慢するキースレイト君の姿が。


「そのくせレギンヒルト試練官が教えたらどうして一発で覚える!」

「動機と質問が頭の中で混在して、関連付けられたのでしょう」


 プライミング効果ですね。

 美人教師のレギィと授業内容が関連づいて、頭にすんなり入ったのでしょう。

 あのムッツリは女性と認めた相手にあがるクセに、年相応に異性に興味がありますからね。


「悪い一面も認めて、なお友人でいられるのが友人の証拠ですよ。こう考えるといいでしょう。別の視点から友人の悪い部分をあらかじめ知っておけた、と」

「……そう、思うことにします。でないと生徒会で一緒になったときに後ろから撃ってしまいそうです」


 相手が何も知らず、理解していない。

 無知であると真正面から受け入れないと『どうしてこんなことすらわからないんだ』という視点で教えてしまうんです。


 正直、前向きに考えないと殺意が湧きます。


「さて、エリエス君はどうでしたか?」

「特筆すべきことはありませんでした」


 エリエス君はどうやら良い生徒に恵まれたようです。


「マッフルが相手でしたが、クリスティーナがいない分、邪魔が入らずに教えることができました」

「あの二人は『混ぜるな危険』ですからね」


 何かを教えるとき並行して教えてはいけない二人です。

 すぐに対抗意識が集中の邪魔をするので、ひどくなる前に殴ってリセットしていたんですが、あの二人は気づいていないでしょうね。


「いっそのこと二人を別のクラスにすべきだと思います」

「それは穿った意見ですよ、エリエス君」


 しかし、この対抗心がうまく働くと通常以上の成果を出します。

 良くも悪くもクリスティーナ君とマッフル君は対抗心で今の知識と強さを手に入れたところがありますからね。


「良きライバルというのは自身を磨く、とても良い材料なのです。なんでも効率だけではうまくいかないと教えたはずです」

「はい」


 その分、授業がいちいち止まるのは頭が痛い話ですがね。


「キースレイト君は苦労したみたいですが、君たちのおかげでヘグマント先生が荷受けに集中できたのでなんとか荷を搬入できたそうです。おおよそ目処が立った形です。二人共、よく頑張ってくれました。エリエス君もキースレイト君も今日はゆっくり休みなさい」


 心に深刻なダメージを受けたキースレイト君を少しでもいたわるために、さっそく報酬を渡すとしましょう。

 簡単な木箱の中にはキースレイト君が望んだ『第三のランプ』が入っています。


 キースレイト君は抱きつくように木箱を受け取ると、よろよろとふらつきながら一礼して、応接室から出て行きました。


「エリエス君は今回も後回しになってしまいましたね」

「待てます」


 頭を撫でようとすると、その手をじっと見つめていました。

 もしかするともしかして、撫でさせてくれるんですか?


 ゆっくりと頭に近づく自分の手。


 しかし、触れるか触れないかの直前でエリエス君は手を両手で拒みました。

 その瞳は拒絶しながらも、小さく左右に揺れていました。


 まだ頭を撫でるのは難しいみたいですね。

 仕方ないので諦めるとエリエス君の瞳が残念そうな、名残惜しいような色になったのは気のせいでしょうか?


「失礼しました」


 そして、すぐに応接室から出ていってしまいました。


 エリエス君の気配を感じられなくなるまで待ち、自分はため息をつきました。


「難しいですね」


 ちょっとずつエリエス君に触れられるようにはなっているようです。

 たぶん【適性判断】の時に少しだけ、心を開いてくれたのでしょう。


 手を伸ばしたら逃げていた今までを考えると、『両手で自分の手に触れ、拒む』ことができるようになったのですから。


 ただ拒む理由がわかりません。

 恥ずかしいからとか、そんな安直な理由ではなく、エリエス君の過去に関係してそうですね。


 触られたくないのか、触らせたくないのか。


 そんな小さな差で、おそらく決定的に変わります。

 そして、そのどちらかなのかすら自分はまだわかっていません。


 ただ少しだけ進んでいることを喜びましょう。


「ヨシュアン」


 顔をあげるとレギィがいました。

 ソファーに座ったままの自分に目線を合わせてきます。

 神様のような穏やかな瞳で見ても何も面白くないと思うんですが。


 ともあれ、レギィも補習授業を頑張ってくれました。

 ここらでお礼の言葉を言わないといけません。


「補習授業、ありがとうございました。助かりましたよ」

「いいえ。今回の件はメルサラさんも関わっていると聞きました。それに嬉しかったのです」


 レギィの後ろでホワホワと小さな花が浮いているところを見ると上機嫌ですね。


「ヨシュアンが真っ先に私に頼ってくれたことが、とても嬉しかった」

「生徒たちにも好評だったようですね」


 自分よりわかりやすいという意見もあって、ちょっと思うところがあったり、なかったり……ちくしょう。


 ジェラシっているとレギィの唇が尖っていました。

 上機嫌は一気に下降したようです。天気雨にでも会ったんですかと尋ねたいくらい、急でした。

 あの短いやりとりに何があったし。


「しかし、夜分に女性の部屋に訪れるなんてヨシュアンは誤解されても仕方ないことをしている自覚はありますか? 私は構いませんが、だからと言って風聞に任せただけの事実で二人の関係を語れば、女性側が穿った眼で見られるということをヨシュアンは理解しておくべきではありませんか?」

「え、はい。すみませんでした」

「くれぐれも言いますが私は構いません。でも私が肯定してもヨシュアンは否定するでしょう。そしたらどうなりますか? まるで頭の中でヨシュアンの妻を自称しているだけの危ない女性にしか見られないではありませんか。教養の授業で最初に見られることの重要さを語ったと資料に書いてありましたが間違いですか?」

「わかりました、わかりましたから。以後気をつけますから」

「から、なんでしょうか」

「二度と致しません」

「……ダメです」


 どうしろというのですか、このレギィは。

 矛盾なんか余裕でぶっちぎってます。


「ヨシュアン。生徒たちにご褒美をあげて私にないのはずるいと思いませんか」


 プイ、と横顔を見せられても。


「で、食事の次は火遊びですか?」

「ヨシュアンとのことは火遊びではありません! 真剣です!」


 てっきり『そんなことばかり言ってどうして私を辱めるのですか』的な返答を期待したのですが、別の角度から怒られました。


 さすがにこれには驚きましたね。

 そこにムキになっちゃうのか……。


「生命を賭けています!」

「そこまでしなくていいんですよ」


 レギィの場合、賭けるな危険です。

 どこまで高倍率に大金をつぎこんでいるんですか。

 本気だから、なおのこと性質が悪いんですよね。


「で、ご褒美って何をあげたらいいんですか」


 改めてそう聞くと、レギィはくるりと後ろを向いて胸に手を当て深呼吸し始めました。


「……キャラバンを一緒に回ってくれますか。もしも受けてくれない場合は」


 とうとう受けない場合の先回りをして潰すようになりましたか。

 いいでしょう。いくらでも言うと良いですよ。

 レギィの脅迫なんてちょっと病んでる程度です。ちょーこえぇです。


「リィティカさんと一緒に回ります」

「喜んでエスコートしま、させてくださいお願いします」


 背中に花を背負いながらこの人、自分が望んでやまない夢を平然と口にしやがりましたよ。

 リィティカ先生とはシフトの関係上、噛み合うことのほうが少ないというのに……、ちくしょう……、でもレギィなら平然と叶えられるんでしょうね!

 リィティカ先生とふたりっきりとか! 御飯とか! 羨ましいです!


 断じてその夢を叶えさせるわけにはいかない。

 まずは自分がリィティカ先生とデートしてからです。

 他の人には絶対にさせません。女性でもです。


 懇願する自分に何故かレギィはため息をつきました。

 どうしたんでしょうか? 泣く一歩前みたいな複雑な顔をしていました。

 それもすぐに笑顔の裏に消えてなくなります。


 ……わかってます。

 わかっています、しかし。あぁ、もう。


 こういう甘さは戦場に置いてきたつもりなんですがね。

 

「さて、前みたいに気合の入ったドレスで現れないでくださいね。気軽に楽しみましょう。それにせっかくリスリアの美華を連れ立って歩ける名誉をいただけたのですから、つまらない顔をされたらエスコート役がつまらないからと思われるじゃないですか。実際、泣かせてばかりのイヤな男でしょうが、ここは自分の面子に免じて許してください」


 ハンカチをローブのポケットから取り出し、そっとレギィに差し出します。

 別に泣いているわけではありませんが、ちょっとした戯曲のモノマネです。


 レギィはハンカチを手のひらで包むように添え、でもハンカチは受け取りませんでした。


「ヨシュアンはバカです」


 困ったように笑われてしまいました。

 でも、これでいいと思います。


 こんな二枚目の役どころを三枚目が演じても滑稽なだけですし、教養がないとわかってもらえません。

 幸い、レギィは理解してくれたようです。


 見回り時間をアレフレットと代わってもらい、自分はレギィをエスコートしながら学園から出ました。


 すでにキャラバンは二日目ということもあって、売り切れているものもあるでしょう。

 ですが依然、快活な客寄せの声は響いています。夕方から夜までの短い時間が一番、【宿泊施設】の住人もキャラバンの人間も活発に動き回りますね、やっぱり。


 校門を貫いて続く屋台をいちいち冷やかして歩きました。


 こうして屋台を回るなんて、レギィなんか特になかなか出来ない立場です。


 むしろ店に顔を出す方が失礼とされるくらいです。


 はっきり言うと店が来い、そんな感じです。


「ヨシュアン、あの防具はどうして食器店で扱われているのですか?」


 レギィはこれで色々と常識が抜けていますから、知らないものが多かったりします。


「あれは防具ではなく立派な食事の道具です」


 指差す先は食器を扱う屋台です。


 食事用のガントレットとか一般家庭はおろか領主は使わないので当然、レギィは知りません。

 冒険者が酒場で御飯を食べるとき、大皿に乗せられた肉を奪い合う荒々しい形が普通です。


 勢い余って誰かの腕を突き刺して喧嘩になるんですよね。

 それで盛り上がって、また荒々しく食べるわけです。

 そうした事態を防ぐための布のガントレットなのです。


「食事の時も身の守護を欠かさないのですね、騎士は」

「違いますよ。冒険者です。騎士……、そういえばクライヴさんと食事したりしないんですか?」


 これにレギィは髪の毛をぼわっと膨らませていました。


「なんてことをいうのですか! ヨシュアンは!」

「え!? 怒られるところなんですか!?」


 意味がわかりません。

 ついでにその背景の雷はなんですか? 怒ってるという意味ですか?


 クライヴはあんなにレギィのことを気にかけていたというのに、この対応。

 もしかしてクライヴ、レギィに嫌われているんでしょうか? イケメンなのに。


 そういえばクライヴとレギィが一緒に居るところをあまり見ませんね。


「夫婦なら縁が切れるほど失礼な話ですっ」

「……そ、そうですか」


 自分も時々、リスリアの文化に戸惑います。

 七年近く住んでいるのに知らないことも多いですね。


 また、こんなこともありました。


「ねぇねぇ、そこのすっごい綺麗なお姉さ――」


 三人の男がレギィに目をつけ話しかけてきたので間合いに入った瞬間、すかさず真ん中のリーダー格っぽい男にアイアンクローをしてあげました。


「最後まで言わせるつもりもなく、おおよその見当はつきますが一応、聞いておきましょう。何か御用ですか? なるべく簡潔にお願いします。ほら、人を待たせるのは失礼と言いますからね。お互い失礼がないようにしましょう顔が潰れる前に」


 アイアンクローを外すと同時に痛みと驚愕と恐れが入り混じった顔の男は、連れと一緒にあっさり逃げていきました。


「まだリリーナ君のほうが根性が座ってますね」

「座ってますね、ではありませんっ! いきなりなんてことをするのです!」


 レギィからしたら、いきなり自分が無辜の民に襲いかかったように見えたんでしょうね。

 普通に往来で怒られました。


 あの男性三名がレギィを口説こうとしていたと説明するのに少し時間がかかりました。

 自分、無意味に人を殴ったりしてないつもりなんですが。


 信用性ゼロですか、そうですか。


 それでもレギィは嬉しそうでした。

 貞淑な女性然を崩さないまま、足取りは軽く、あちらこちらへと屋台によっては色んなことを話したと思います。


 そろそろ屋台の片付けが目立ってきた頃。

 レギィが一つの屋台を見つけ、足を止めました。


 視線の先は術式ランプの光を反射しキラキラとした銀細工店です。

 

 この手の銀細工は銀粘土みたいな手頃な技術で作られているものではありません。

 銀をインゴットにして、そこから整形するという根気のいる作業から作られます。

 一般的には細工業者が宝石店に売るのが当たり前なんですが……、よくもまぁ銀細工を屋台でやろうと思いましたね。


 屋台主は見た感じ、若いですね。

 ガッシリした体格の女性です。十分に日焼けした身体は健康そうに見えます。


 自分も最近、ちょっと焼けてきたような気がします。

 生徒も同じですね。もう少ししたら焦げ茶色になるかもしれません。


 レギィは自分の隣にやってきて、銀細工を眺めていました。


「やぁ、いらっしゃい! どうぞ見てやってくれ!」

「売れるんですか?」

「いきなり無粋なことを聞く兄さんだね。まぁ、でも見た通りさ」


 赤い布が敷かれた売り棚の上にはまだ多くの銀細工が残されていました。

 売れてないんですね、わかります。


「皆、見ていってはくれるんだろうけどね。どうも手持ちが足りないとボヤく人ばかりでさ。ちょっとこの辺じゃ、売れが悪いみたいだよ」


 そりゃぁ農村近くで銀細工を買うような人はいないでしょう。

 しかし、冠婚葬祭では必ず使うものなので一定以上の需要はあります。


「キャラバンに参加したということは見聞を広めるためですか。まぁ、一品単価が高い商材ですから一つでも売れたら数日は食べていけそうですね」

「ん? ただの売りじゃないってどこで気づいたんだい?」

「指先の横にタコができていますよ。ポンチをよく使う証拠です。後は右手のひらにもタコがあるところからよくよくハンマーを使っている証拠です。そうした証がある者は売り子ではなく職人と見るべきでしょう」

「兄さん、よく見てるじゃないかい! そういう兄さんも職人かい?」

「今はこのとおりです」


 手に持った学園教師のローブを見せると、屋台主さんも納得したように「うんうん」と頷いていました。


「職人で教師さんったぁ、インテリじゃないかい。そんな兄さんにはこれはどうだい? 髪の色が黒に近いんなら十分、銀は映えるよ。そっちの彼女さんは肌が白くて良い御髪をしている! なら黒銀を使った髪留めなんかかなり似合うと思うよ!」

「彼女さん、だなんて、そんな……」


 顔を赤らめて恥じるのはいいのですがレギィさん?

 背景に大きな花がグルグル回っているんですよ。

 めちゃくちゃ嬉しいんじゃないですか。


 売り子さんの目が光ったのを自分は見逃しませんでした。


「髪留めよりこっちの方がいいかい?」


 カモる気満々ですね、この屋台主さん。


 出してきたのは髪留めより若干、お高い銀のアンクレットでした。

 それを見た瞬間、レギィは自分を見て、すぐにアンクレットに目を向けました。


「ん……? あぁ、こりゃ失礼。もうすでに」

「待ってくださいっ」


 レギィが待ったをかけました。

 レギィの足元にアンクレットがあることに気づいたから屋台主さんも無理に勧めなかったんでしょうけど、レギィはあのアンクレットが気に入ったのか、手に取ってじっくり眺めています。


 ときどきこっちを見る視線はやはり、アレですか? 買えと。


 考えてみれば二日も放課後に拘束していたのですから、少しばかり色をつけてもレギィは怒らないはずです。


「このアンクレット、いただいてよろしいですか」


 アンクレットを指差すと何故か屋台主さんが眉を顰めたのですが、あまり気にしないのかすぐに笑顔になりました。

 銀貨20枚で銀細工を買う、というのはなんだか変な話ですね。


「レギィにプレゼントしますよ。昨日と今日のお礼ということで」


 そう言ってアンクレットを手渡すとレギィが固まりました。

 微動だにしないのに目から涙が……え?


「……ありがとうございますっ」


 溢れる涙を手のひらに掬いながら笑みを浮かべるレギィ。

 その背景には大小様々な鐘がゴンゴンと鳴り響いていますうるせぇです。


 アンクレット、そんなに欲しかったんですか。

 なら自分もアンクレット型の術式具を作ったほうが売れますかね?


「そんじゃぁ、彼女さんはこっちだね」


 鎖を何重にも巻いたブレスレットをレギィに渡していました。

 屋台主さんに金貨を手渡すレギィ……、ちょ!?


「彼女さん、これ、もらいすぎ!? 金貨とかお釣りを渡せないよ!」

「いいんです! もらってください!」


 屋台主さんを手で制し、レギィがブレスレットを手に、こちらを見ています。

 え、いやブレスレットとか『びりびりハリセン』の邪魔なんで要らないんですけどね。


 でも、ひたすら見ています。

 期待と共に見られています。


 仕方ないので腕を出すと、


「左です」


 と言われたので左手を出しました。

 だから左には『びりびりハリセン』が……、もういいです。

 粛々と自分の手にブレスレットを巻きつけていくレギィ。


「ヨシュアン、私にアンクレットをつけてください」


 何か途方もない邪悪な奸計に巻き込まれているようなのですが、期待に胸を膨らませているレギィには逆らえません。


「アンクレット、ついてますけど……」

「捨ててください!」


 そんなわけにもいかないので元々つけていたアンクレットを外して、代わりに新しいアンクレットをつけてあげました。


「これで満足ですか?」

「今日は人生、最良の日ですっ」


 よくわかりませんが、レギィが良いならそれで良いとしましょう。

 金貨をもらって呆然としている屋台主さんに別れを告げ、自分とレギィは屋台巡りを終えました。


 レギィは最後の屋台で買ったアンクレットが気に入ったのか、しきりに足元を見ては嬉しそうでした。

 【貴賓館】に着くまで、ずっと踊りそうな機嫌のままでした。


 この前、人形を送った時も嬉しそうでしたから、もしかしてレギィはプレゼントに弱いようですね。


 これから怒らせてしまったらプレゼントで機嫌を直してもらいましょう。


 こうして今日が終わり、【試練】まで後二日。

 もう本格的に目の前です。


ヨシュアン先生はいちたりなかったようです。

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[気になる点] レギンヒルトが癪に触って仕方ない理由が理解できた。しゃしゃり出てきていらんことをして主人公の足を引っ張るくそヒロインかつ暴力ヒロインだ
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