表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
194/374

星降る子山羊の大麦畑

 セロ君が写し出した『十二の寓意』の砂絵は目が醒めるような白い礼拝堂でした。

 眩い太陽の光がステンドグラスから漏れ、きっと色鮮やかなのでしょうが全体が白いせいで、ステンドグラスの美しさまではわかりません。


 明るい、とても明るい絵です。

 しかし、心なしかどこか影が濃く見えます。

 明るさと寂しさを綯い交ぜにした礼拝堂は手入れが届いているのにどうしてか、無人でした。


 しかし、その砂絵の内容よりも『白の源素に【適性】がある』ということに自分は内心で苦虫を噛み潰していました。


「白ですか、セロ君。レギィと同じでとても珍しい【適性】ですよ」

「そぅなのですか?」

「えぇ、もちろん」


 セロ君を褒めながらも自分の頭は別のことを考えていました。


 エリエス君が作った室温器――竜巻発生器が何故、暴走したのか。

 レギィの力を借りて『感情が高ぶった時に臨界状態の白属性の術式に反応する』ことはわかりました。

 原因らしきものがわかっても『誰が直接的に作用させた』かまではわかりませんでした。


 何故なら生徒の誰にも白属性の術式を教えていないからです。

 原因がわからず、そのまま【健康診断】や【適性判断】、レギィとのことがあって棚上げしたままにしていたものが、まさかの事態になって落ちてきました。


 あの時、竜巻発生器に触れたのはセロ君です。

 ティッド君に追われ、感情が高ぶっていたセロ君です。

 そのセロ君に白属性への【適性】があった。


 となればセロ君が犯人と見て間違いないでしょう。


 上記の理由を除けば、ですが。


 セロ君は術式を使っていません。

 そして白の術式は少々、特殊で自分でもレギィに教わらないと行使する方法がわからないのです。


 なのに何故、暴走したか。

 その真実はどうでもいいのです。

 ここまで揃っていて無関係とは言い切れないでしょう。


 問題は学園長が正式にその事実を調べろと言ったことにあります。

 自分は術式具の暴走の真相を学園長に話し、再発防止に努めなければなりません。


 そして、その事実を説明すれば必然、セロ君は矢面にたちます。

 事情を詳しく聞かれるでしょう。

 セロ君に配慮してリィティカ先生が優しく問いただすでしょう。

 

 暴走した理由が不明でもセロ君の関わりを否定できない限り、最低でも術式具への接触は禁じられるでしょう。

 元々規定で生徒は術式具を持ってはいけないということになっていますが、術式ランプなどの日常品は結構、甘く見られている部分があります。

 それすらもセロ君だけ規制されます。


 自分が術式具をエリエス君に教えている間も、セロ君は仲間に入れない。

 セロ君一人が周りから扱いに差を受ける。


 戦闘で皆の役に立てないことすら気に病む子が、そんな扱いを受けて平然といられるわけないじゃないですか。

 そしたら、セロ君は心に辛いことを溜めこみます。

 吐き出させるのに苦労するんですよ、セロ君の場合。


 学園長に『わかりませんでした』と言うのは簡単です。

 そしたら学園長のことです。


 術式具の製作に生徒を関わらせないくらいのことは言い出します。

 原因がわからないなら元から正せ、もっとも効率的な手法です。


 しかし、その場合、エリエス君はどうするんですか。

 エリエス君の興味は完全に術式具に向いています。

 術式具作りはエリエス君の起伏の乏しい感情を豊かにするのに、ちょっとずつですが一役買っています。

 エリエス君の感受性を鍛える方法は、今のところこれくらいしかないんですよ。


 セロ君を犠牲にするか。

 エリエス君を犠牲にするか。


 そんな選択肢なんて絶対に認められません。

 こんな場合は選択肢そのものが間違えています。


 答えの出ない質問の答えを出す方法は一つ。

 質問を答えが出るように変えるしかありません。


「おそろぃなのです」

「お揃いですね。セロさんと私はたくさんお揃いがありますね。同じヒュティパの教えを守る教会員で、知っていますか? 私も修道院に居たことがあるのです」

「そうなのですか? 白……試験官さまも」

「レギィでいいですよ。ヨシュアンもそう呼んでいます」


 とても仲のいい姉妹……下手をすれば母娘のようにセロ君に接しているレギィですが、ちょっと心配です。

 何が心配かってセロ君ですよ。

 レギィは誰かを大事にすればするほど常識が狂っていきますからねダメな方向に。証拠は自分です。


 もっとも、何か優先順位みたいなものが見え隠れしているので、ひとまずは大丈夫でしょう。大丈夫でも心配なんですよ、コレばかりは。


 それでもこの瞬間。

 セロ君を愛おしげに、優しく腕を首に回して抱くレギィの姿と。

 そんなレギィを受け入れて嬉しそうにするセロ君の姿が。


「レギィ、さま?」

「様までつけなくても……、いえ、慣れるまでそうしましょうか。ではセロさん。貴方の【適性】は【城塞の白】です。白亜の城塞のように硬く、閉ざされた門。しかし、一度開けばたくさんの人を受け入れ、雨風や敵から守る盾となります。今はまだ弱々しく、多くの人を受け入れられないでしょうが、貴方にも誰かを守れる力がある。そのことをよく覚えていてください」

「はぃ、なのです」


 十分、守るに値するものだと教えてくれます。

 なら自分はできることを考え動くだけです。


 明確に暴走を阻止できる理由と理屈。

 それを探して、再び実験するにはもうあまり時間がありません。

 【模擬試練】製作の期限はもう次週まで近づいてきています。

 自分だってあまり時間がありません。

 生徒たちの調整はまだまだ足りません。

 学園長相手に引き伸ばせる時間があるのなら【試練】までです。


 どうする?

 どうすれば、丸く収められる?


 どうやれば生徒たちを傷つけずに――悟られることなく事を収められる?


「貴方の心の寓意は『星降る夜の子山羊』です。粗食に耐え、険しい道すらもものともせずその身を捧げる殉教者にも例えられる動物です。とても耐え難いものすらも耐えられる貴方はだからこそ心を委ねられる人を捜しなさい。遠く離れていてもその人はきっと貴方を助けてくれるでしょう」

「……ゆだねられる、人なのですか?」


 じぃ、と自分を見る期待の眼差し。


「ヨシュアンはダメですよ。ヨシュアンは私の……」


 ふと何かを考えて、レギィは閃いたように笑顔を深めました。


「半分こしましょうか」

「何を勝手に拾得物みたいな扱いをしているんですか」

「あの森の湖でヨシュアンを拾いました」

「時効です。手当もせずに放置した人が何を言うか」

「見守っていたのですっ」


 いけしゃぁしゃぁと言い切りやがりましたね。


 袖を引っ張られ、気づいたら真ん中にセロ君がいました。

 片手に自分の袖を、もう片方の手はレギィの手を握っていました。


 驚く自分とレギィ。

 その間には恥ずかしそうに二つを抱いて、『幸せに浸る少女』の姿がありました。


 あぁ――どうすれば?

 どうやれば? どのように動けば?


 自分はなんて程度の低いことで悩んでいたのでしょう。


 そんなものはどうとでもなる、違うか?


 幾百、幾千、幾万の難題ですら相手にならない。


「セロ君。次のクラスの人に言付けをお願いできますか?」


 この程度の問題を片付けられないで――何が教師か。


 不思議がるセロ君の頭を宥めるように撫で、暗にケンカしてるわけでないと伝えます。

 言葉にしないけれど、態度で大丈夫だと伝えましょう。

 それだけでわかってくれると信じています。


「はぃ、なのです」


 ゆっくりと引かれる腕。

 セロ君の小さな指が離れ、そっと扉に近づき、こちらを向いてカーテシーをしました。


 そして、顔を真っ赤にして扉を抜けていきました。

 トコトコと遠ざかる気配。十分に距離が離れた時に自分は口を開きました。


「レギィ、お願いがあります」

「はい。聞きます」

「白の術式を描いた教本をください」

「はい」


 素直になんの躊躇いもなく、レギィは自分のお願いを受け入れました。

 昨日、レギィが言ったことは本心だったみたいですね。


「明日にでもお渡しします」

「明後日でいいです。【適性判断】が終わったら、まず寝てください」


 時間はあったほうがいいでしょう。

 それこそ一日でも多く。


 だからと言ってレギィに無理をさせてはいけません。

 それに一日くらいなら、自分が使える白の術式で十分です。


 ふと視線を感じて横を見るとレギィが眩しいものでも見るように目を細めていました。

 なんでしょう? その表情。

 今まで見たことないレギィです。


「なんです?」

「いいえ。ただ――」


 いえ、その表情を別の誰かがしていただけでした。

 レギィがするとは思っていなかった、疑いも持たなかった、考えてもいなかっただけです。



「――ヨシュアンを好きになって良かった。そう思っていました」



 メリットよりもデメリットが多い恋愛対象を想って、なんでそんな感想が持てるのか不思議でなりません。いやいや、まったくいきなり何を言い出すんですかこのレギィは。大体、そんな言葉で自分が何かを想うと思いましたか? いい加減、諦めたらいいのに諦めきれない理由がわかりません。恋愛だって一種の利益計算なんですよ? 精神的なものだってそうですが、むしろそれが主題でしょうけど年収や社会的地位や甲斐性やら、そう言った何某なにがしが利益になるからすることでしょう? この人と一緒になれば将来、安定だーって思うでしょう女性なら? そういう気持ちも一面なんですよ。現在、自分はレギィより全部、劣ってるんですけどね。あ、男って社会的な責任にしがみつくところってあるじゃないですか、金銭よりも責任だー、なんてね。こう、女性の方が収入が高いと居る意味ないんじゃないかなー、この女性が自分に惚れてる意味ってあるのかなーなんて思ったりするんですよ、ぶっちゃけヒモが情けないとか言う人のほとんどがそういう感性でモノを言ったりしませんか?

 いえ、ヒモが悪いというわけではありませんよ? 社会的な価値よりも重要な何かってありますよね、あると思うんですよきっと。自分ではどうにも論破ができませんけど、ほら、男娼っていうジャンルがあります。自分は生理的にあぁいうのは受け付けられませんが、一定の需要があるのなら、シンクレティズム的な試みとしてはアリだと思います。他にも何らかの都合があってそうすべきだと思ったらその限りではありません、絶対、自分は関わりたくないですけどね、つまりその、なんというかアレです。

 

「……この部屋、暑くないですか?」


 冷気の術式具が効いてないんじゃないですか、コレ。

 おかしい……、ちゃんと設計して今まで稼働していたのに。


「いいえ。でもそろそろお昼ですからそのせいかもしれません。ところでヨシュアン」


 ニコニコとしているレギィから余裕が感じられるせいで、落ち着きません。


「教本の内容について、詳しくお話したいと思います。【適性判断】の後はここでお昼を一緒に取りましょう」

「ここって【教養実習室】でですか? 自分はいつも【大食堂】なんですが」

「そう思って、実はお弁当を用意してきてます」


 逃げ場……、あ、いえ、なんでもありません。

 そうですね、女性に恥をかかせるわけにはいきませんよね。


「大丈夫です。ちゃんとヨシュアンの好きなものにしてきてます」


 なら魚と鶏肉……持ち運びしやすいものというのなら魚は薄い衣にして揚げ物、鶏肉は茹でても揚げても両方できますね。

 その二つのサンドイッチくらいなら十分なものだと思います。

 ちょうど胃もたれしない系のものが欲しかったところです。主に徹夜のせいで。


 この予測はある意味、当たっていました。

 次の生徒が来て、自分たちは【適性判断】を続け――この内容を忘れていました。


 それを確かめられた時に、自分は頭を抱えてしまいました。


 あぁ、確かに言った記憶があります。

 でも、これは予測できないでしょう? まさに予想外でした。


 【適性判断】が全て終わった、そのお昼。

 職員室に帰る前にレギィのお弁当を食べようと思った時のことです。


「ヨシュアンも変わったものが好きなのですね。すこしサンドイッチにするのが難しかったのですが、うまくいったと思います」


 本くらいの厚さのパンに挟んだ魚や鶏肉に文句はありません。


 パンというにはあまりにも茶色い、ソレ。

 ゴツゴツとしたクルミの殻のような表面。

 ただ、持つと硬質的な手触りがするパンは間違いなく――


「……大麦パン」


 ――サンドイッチにするには不似合いなパン種でした。

 何故、こんな机を殴ったらちょっとパンらしくない音がするものを選んだのか、問いただそうとして思い出しました。


 あの七不思議花畑で自分はレギィに言いました。


『レギィ。実は自分、好きな――』

『好きな……、なんでしょう?』

『――食べ物は大麦パンです!』


 こんなやりとり、してしまいました。

 バカ野郎……、過去の自分。


 後悔しか浮かびません。


「……レギィさん、ありがとうございます」

「どういたしまして」

「ですが、パンは普通のでも良いんですよ、ほら、パンにも相性がありますから」


 そう言うのが精一杯でした。

 どうしたらこの誤解を解けるのか少し、考えて。

 それから目の前のサンドイッチをどう処理するかも考えて。


 覚悟を決めるしか方法がないとわかりました。


 最後にちょっと言いたいことがあるのなら、なんでレギィのサンドイッチは普通の小麦パンなんでしょうね?

 そこのところ、くわしく聞きたいんですが?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ