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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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今、貴方は重要なフラグを踏みました

「今日は予定にあった【健康診断】の日です」


 朝礼会議で学園長が口火を切りました。

 何故かレギィもいましたが、あの件絡みで様子見なのでしょう。


「すでに皆さんは【健康診断】の時間割、行動予定をご存じでしょうが、改めて説明しましょう」


 学び舎で実施される【健康診断】は大きく二種に分かれています。

 一つは女医さん(36)による身体測定です。

 リィティカ先生の血液検査もこの時、行われます。


 もう一つは性教育の座学です。

 レギィにはまだ性教育の分野を確立し、学問として取り扱う旨、第一人者として施行してもらうことを了承してもらっていませんが、資料はすでに集まっています。

 アレフレットが地味に資料集めしていましたからね。

 教会からの見地と王国が推奨する健全な在り方、世間一般の性知識を混ぜたものを資料に座学をする予定です。


 さて、この二つの項目を正しく、生徒に不安を与えないように行うためにリィティカ先生の妙なる知恵から生まれた男女別行動が素晴らしい効果を得ると確信しています。


 博愛と知恵の女神リィティカ先生なら当然のごとく、差し出される愛です。

 生徒たちは甘んじて信仰すべきでしょう。


「学徒は元より好奇心旺盛なもの。興味のつきない年頃の少年たちなら少女の姿を見ようと覗きなどの不埒な行動に走ることもあるでしょう。男女別はそうした時の対処の一面を持ちますが、良からぬ企みなどの不測の事態となった場合、先生方に対処してもらうことになります」

「ちゃんと、きつぅく叱りつけるのですねぇ」

「甘い。鞭打ち後に塩漬けだ」

「そんなの死んじゃいますぅ!」


 覗き行為に厳しい処罰は確定のようです。

 そうでなくとも女性陣の冷たい眼差しを受けたいのなら止めようがありませんね。

 少年たちのトラウマになりかねませんので、止めてあげるのが優しさだと思います。

 見える地雷を踏むのは先生、感心しませんよ?


「俺のクラスはそれでいいが、他のクラスはちと厳しかないか?」

「世間では少年に対する暴行は普通に犯罪ですからね」


 ヘグマントクラスの生徒たちのタフネスがそろそろカンストしそうなんですが、どうしましょう?

 放置一択ですね。


 午前授業は女子が身体測定を、男子が座学を行います。

 午後授業からは逆ですね。


 どう影響するかはまだわからない部分も多いはずです。

 初の試みですから、慎重にならねばなりません。


 ……考えてみれば最初っから初の試みでしたね、この学園。


「【適性判断】は次の日に持ち越される予定ですが、これはヨシュアン先生?」

「えぇ。レギンヒルト試験官からの了承を得て、明日の午前授業一杯を【適性判断】に使う予定です。同時に適性の説明をそれぞれの生徒にしていきます」


 呼ばれてようやくレギィは一歩前に出ました。


「【適性判断】は諸生徒の内源素の偏り、精神の形と源素が繋がる波形を観る術式と神により作られた『十二の寓意』から性質を象ります。これらの説明はまた明日に諸生徒を含め、説明させていただきます。」


 『十二の寓意』。

 対象者が触るとその人の心の形が砂に描かれるというマジカル術式具です。


 原理はさっぱりわかりません。

 まさしくマジカルでした。


 神により作られたかどうかは定かではありませんが、刻まれている術陣は確かに神代のものだったと思います。

 何せ、どこぞの遺跡の石碑に刻まれていた術陣を刻んだだけのものですからね。

 おかげで現在ある術式具の理屈や方式がまったく通用しません。


 教会が保管さえしてなければ……、あの『量産型【神話級】術式具』はオーパーツから脱出できるというのに。

 権威だの神威だのが技術を阻害する良い例ですね。


 できれば一つ、借りておきたい術式具です。


 そして『十二の寓意』という術式具。

 その効果は先ほど述べましたが、言ってしまえば『図像学イコノロジア』ですね。


 比喩や象徴と言い換えたほうがわかりやすいでしょうか。

 図形が色んな意味を持つとか曖昧不確かなことを平気でいう星詠みさんとかの必須道具ですね、あの野郎。


 あぁ、思い出したらアレのせいで自分、こんなところに居たんですよね?

 無責任なこと言い腐りやがって……。

 このツケはバカ王につけておきましょう。自分、直に見たことないので。


 出る結果は十二どころではありません。

 ほぼ無限にあるはずです。

 ですが傾向は偏るものです。


 その大きな傾向が確か十二だか十三だかあって、だから『十二の寓意』と呼ばれています。


「レギィ、いえ、レギンヒルト試験官。『十二の寓意』なんてどこから調達したのですか。そんなもの、持ってくる予定もなかったでしょうし、予測もできなかったはずです」

「そうですね。ヨシュアンが無茶なことを言って私を困らせるのはいつものことですから」


 それはこっちの台詞です。

 いつも訳のわからない無茶な理屈を突きつけられているのは自分ですよ。


「だから前もって何かがあった時は最寄りの教会から『十二の寓意』を借り受けられるように手配をしていました」

「『十二の寓意』だけを?」

「……疑わないでください」


 自分にしかわからないくらい小さく、睫毛を伏せるようにしゅん、とされました。


「いえ、すみません。気になっただけですよ」

「『十二の寓意』だけではなく、教会員の手配も調達が必要なものも含めてです。地方都市から三日ほど離れた寒村に教会の者を置いておきました。おかげで『十二の寓意』の手配はすぐでした。もっとも到着は今日の夜になるようです」


 連絡用の小型飛竜か鳩を使えば、日数は行きだけで済むので、時間的な矛盾はありません。

 むしろ、『時間的矛盾をどうにかしようとした』その姿勢に引っかかりを覚えなくはないですね。

 ですが、まぁ、この辺はどうとでも言い訳が立ちそうなので問題にできません。


 しかし、いえ、ちょうどいい強請り……、もといお願いチャンスです。


「わかりました。レギィのことを信じます」

「ヨシュアン!」


 パァーっと花開くのを止めてくださいませんか?


「ところで源素結晶、余ってません? 以前、色々と使ってちょうど切らしてるんですよ。術式具や錬成の材料にもなりますし、シャルティア先生の持つ術式具を動かすのにも使いますし、それぞれ10……いえ、属性別に20個、計120個くらい融通してください。お金はちゃんと払います。教会でいくらか保管してますよね?」

「……ヨシュアン」


 レギィが両手で顔を隠してしまいました。

 あぁ、シャルティア先生の目つきが怖いですね。

 「こいつはどこまでバカなんだ」という感じの目でした。


 アレフレットなんか「よくもあんなことを平気な顔で言えるもんだな」という顔ですよ。


「ヨシュアン先生ぃ! 今のはいくらなんでも酷いですよぅ!」


 おまけにリィティカ先生の教鞭でペチペチされました。

 あれ? これは言っても良かったんじゃないでしょうか?

 一人勝ちじゃないですか。色んな意味で。


「人のぉ、ましてやレギンヒルトさんのぉ、弱みにつけこむってぇいうんですよぅ、そういうのぉ!」

「正しい取引ですよ、ただちょっと前後の話がアレだっただけです。他意はありません」

「だったら今、言わなくてぇいいじゃありませんかぁ!」


 リィティカ先生の博愛さはわかりますが、レギィ側に味方してる節があるんですよねー。いと哀し。


「さて、ヨシュアン先生。若い二人には色々と私事もあるでしょうが、朝礼の場で行われては時間も押します。できれば配慮を願えますか?」

「あ、はい。すみません」


 学園長に怒られました。


 自分一人、フルボッコでした。


 でも、必要なんですよ。

 以前、騎士オルナと戦ったせいで源素結晶もわずかになってしまいました。

 一応、自宅でコツコツと作っていましたが、それでも結晶の数は偏ります。主に青に。


 レギィにも白色結晶を作ってもらいながら、別注分も含め、さらにベルベールさんにお願いした分が届けば、在庫分はかなりのものです。

 【愚剣】があれば、結晶を使わずに済むのですけどね。やっぱり王都に置いてきたままです。


 そうそう戦闘なんて起こらないはずですが、起こらないはずの戦闘が頻繁に起きてるという不条理に対抗すべく、ここは結晶が必要です。

 要は保険です、保険。


「予定通り、男子生徒には男性教師、女子生徒には女性教師が担当します。レギンヒルト試験官も見学を希望しているとのことなので、女子生徒側についてもらいます」

「はい、わかりました」


 覆っていた手を降ろし、少し身支度をしてレギィは頷きました。


「それではそれぞれのクラスへ事前説明と終わり次第、クラスで【室内運動場】に集合するように。では早速、取り掛かってください」


 学園長が締め、朝礼が終わり、それぞれの準備が始まりました。


 【健康診断】に必要なものは性教育の資料でしたね。

 適当に机に置いておいた資料を手に取ると、天井を見上げていたシャルティア先生がこちらに向き直りました。


「うむ。心地良い。よくやったヨシュアン。ここから外に出るとなると憂鬱だが仕方ないな」


 天井の室温器がちゃんと稼働しているので、職員室は別世界のような涼しさです。


「快適そうで何よりです」

「しかし、奇抜な形にしたものだ。何故、円を重ねるような形にした?」

「面白いからですよ。目を引くでしょう? レギィすら入った瞬間、目線が天井に行きましたよ」

「まぁ、他の館にはないものだと言えるな。奇抜ではあるが洗練されていると言える」

「鳥の翼、その骨格の断面形状を利用しています。温められた室温を巻き込み、冷気を広げるための方法として採用してます」

「鳥の骨格! そうは見えないが、形の違いか。確かに断面を円状にすれば、あの円筒状の表面の滑らかな曲がりも頷ける。そういえば王の持つ術式ランプに棒の型の奇抜なものがあると聞くが、まさか」

「あぁ、アレは反射光を利用した室内ランプです。光源を土台に設置し、硝子の光を通す性質を利用してあるんですよ。王はあぁした奇抜で実用性のあるものを好みますからね」

「今までにない戦術と戦略で内紛を制した王の趣味か。本当に王室御用達だったのか」

「一応、製作者が自分だということは伏せてありますから公言しないでくださいね」

「妙なところで欲のない話だ」


 シャルティア先生と話していると、そそーっと自分に近づく影が。


「不思議な形をしていますね。ヨシュアンが作った術式具ですか?」

「えぇ、まぁ」

「先に行くぞ。レギンヒルト試験官も一段落されたら【室内運動場】に来てもらいたい」


 レギィが近づくとシャルティア先生は逃げるように先に行ってしまいました。

 本当に苦手なんでしょうが、別の理由があります。


「レギィ。周囲の源素が集まっていますよ?」

「涼しかったので体が強ばったのでしょう。だから無意識に源素を集めてしまったのです」

「強ばったのはシャルティア先生ですよ。源素で威嚇するのは止めてください。同僚との関係にヒビが入ったらどうするつもりです」


 シャルティア先生に限って、気にはしないでしょうが念のためです。

 人が源素に反応する部分を理解して、源素の圧力を高めれば、それは立派な威嚇です。


 メルサラや自分が出す殺気も、源素の圧力を高めているからこそできる威嚇なのです。


 一瞬、レギィは何か言いたげでしたが口にするのを諦めたようです。

 どうせ本当の同僚は私なんです、的なことを言いたかったのでしょうがそんなこと言ったら一巻の終わりですからね。


「ヨシュアン。結晶は用意しておきますが、来週以降です。それと……」


 やっぱり何かを避けましたね。

 言及しておきたいところですが、何を言及すべきかわかりませんね。

 やはり、ヒントがないとレギィは難しい。


「例え、誰が貴方の傍から離れようとも私は決して離れたりしません」


 教師陣が居る前で言わないでくれませんか!

 残ってるのはアレフレットとリィティカ先生だけですけどね!

 でもリィティカ先生が居る前で言わないでくれませんか!


 好感度が下がったらどうするんですか!


「……そんなに見られても困ります」


 じっとり睨んでるんですよ、俗称はジト目ですよ。


「あとは、【適性判断】のことですが約束を覚えていますか?」

「えぇ、まぁ。確か今週、【適性判断】の時、教師の誰かを借り受けたいということですね」

「覚えているのなら良いのです。放課後は少し、明日のことでお話があるので勝手に帰らないでくださいね」


 もちろん。帰ったら説教されるので残ります。

 選択肢はそれしかありません。


 話が終わったのにレギィは動きませんでした。

 何をしているのかと思ったら、ため息をつかれました。


「ヨシュアン。わかりませんか?」


 これはアレですね。

 エスコートしろということですね。


「自分、二階なんですが」

「途中、正面玄関に行くでしょう?」


 さいですか。

 関係ないことですが、レギィの白肌がちょっと粟立っていますね。


「あ、ちょっと待ってください」


 この室温器、涼しいことは涼しいのですが運動しないでずっと座りっぱなしだと足が冷えます。

 そう思って用意していたブランケットを引き出しから出して、レギィに渡しました。


「少しですが待ってもらえると助かります。その間、我慢もできるでしょうが我慢する必要もありませんしね」


 レギィはブランケットをぎゅっと抱きしめてから、ふっと肩にかけました。


「ありがとう、ヨシュアン」

「いえいえ」


 冷やすと良くないと聞きますからね。

 女の人って男より筋肉が少ないから冷えやすいんですよね。


 で、冷えたら風邪を引くのはもちろん、同じように筋肉の薄さが原因で肩こりや腰痛が起きやすいわけです。

 なおかつ、生理不順にもなりますから、なるべく気にかけなければならないのです。


 妹からの情報ですけどね。


 でもね、その教わり方が「冷えたら老ける」だったのでお兄ちゃん、不思議に思って昔、調べちゃったですよ?


「そういえば妊娠中も体を冷やしたらいけないんでしたっけ?」

「どうしてヨシュアンがそんなことを知っているのですか?」


 室温器の冷気とはまた別の冷気がレギィから漂ってきました。

 冷やしてはいけない関連で偶然、知っていただけですよ。


「……隠し子がいる、なんてことはありませんよね」

「いくらレギィでも、さすがに怒りますよ? その勘違い」


 というか隠し子が居たとして何時、仕込むというのです。

 こっちは内紛の時も内紛直後も、今に至るまで働きづくめでしたよ、色んなところで。


 幸いなのかどうか知りませんが、内紛の途中からは性欲関係の完全制御ができるようになってしまったのが悩みというか、理性が強くなりすぎたんではないかと思っています。特定の人にしか向けませんよ、えぇ。


 生物として何かに負けたような気がしているのはこっそり秘密です。


 男性だってその辺、繊細なんですよ?


「それでは準備もできましたし、行きましょう」

「隠し子……、大丈夫です。私、誰かの子でも愛せる気がします」

「ぶん殴りますよ? 黙ってエスコートされろ」


 今、本気で殴りたくなりました。


 隅っこでシェスタさんが「そんなの当然」みたいな顔してました。

 こっちもこっちでぶん殴りたいですね。


 職員室から出てすぐブランケットを回収しましたが……、ブランケット、暑いですね。

 手に持っているだけでも、体を冷やす術式具があっても暑いです。


 早く教室のどこかに置いてしまいましょう。


 なんで朝からこんな会話しなきゃいけないのか。

 とめどないため息は心の淵から溢れていました。


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