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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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術式騎士の作り方

 ヨシュアンクラスの少女たちは平均14歳です。

 国によれば結婚も可能かもしれませんが、だいたいはまだ成人していないと見做されている歳です。


 思春期真っ只中の多感な時期ですね。

 この頃、男の子も女の子も自分たちが社会において、どういう立場にいるか自覚していると思います。


 そんな彼女たちですが、条件さえあれば大人を驚かせるくらいの何かを秘めていると仮定してみましょう。


 そのうえで武力的に大人に勝てるか否か。


 自分はNOと答えましょう。


「学園というのは不思議なところでしてね」


 ジルさんは静かに自分の言葉を聞いていました。


 四バカたちは弱く、技量も低い大人でした。


 それでも一般的な大人よりも荒くれに分類される冒険者で、それなりの暴力行為が身近にある人種です。

 普通の一般人より強いと言ってもいいでしょう。


 ますます生徒たちに勝てる要素はありません。


「同年代で同じ技量の子供達が集まり、切磋琢磨します。それもほぼ毎日です。こうした環境は他にほとんどないんじゃないでしょうか」


 同じような環境といえば兵士、騎士などの武力が挙げられます。


 兵士たちが軍で訓練を受けますが、兵士たちの訓練はある一定の規格に兵士を押上げます。

 その理由は規格を統一することで作戦行動を取りやすくするためです。

 役割分担を徹底した没個性が好まれるのですね。


 もっとも没個性では隠しきれない腕前や体格差なんかは、相応の役割に回されますけれどね。

 クライヴさんやベルリヒンゲン老のように。


 一方、学園はその逆です。

 学習要綱などの一定の規格こそあれ、伸ばせる部分はどこまでも伸ばせられます。

 本人のやる気や自分たち教師の手腕も関係ありますが、基本は個性です。


 短所を埋め、長所を伸ばすことに向いている環境なのです。


「環境が一つ、次に技能です」


 これはもう、ひたすら修練することでしか手に入らない力です。

 基本的に長くやればやるほど身につきます。

 よほど運動神経が悪く、才能がないようなことがない限り、犠牲にした時間の分だけ上昇していくものです。


「どんなものにもコツがあり、教育者はこのコツをどうやって分からせてやれば、生徒がうまく再現するか。まるで武術のように、そうした再現を生徒に行わせています」


 自分たちが人生で得た理合。

 効率的な運用を生徒たちに教えることで、生徒たちは無駄なことをしない分だけステップアップしやすいなどの利点があります。


「良い環境に良い師か。それはわかっている」


 ジルさんは学園の様子を見て「羨ましい限り」と呟いたことがあります。

 誰も聞いてなかったかもしれませんが、自分はちゃんと聞いていましたよ。


 ジルさんが羨ましがるのもわかります。

 こうした環境や師がそろう場所なんて、無いと言ってもいいでしょう。


 剣術や冒険に必要な知識。

 それらを教えてくれる存在はいたでしょう。

 しかし、そのほとんどを実地で、危険と隣り合わせで得たはずです。


「才能豊かだったとしても、それだけで片付く問題じゃない」

「えぇ。あとは得物の違いですね」

「見た限り、二人は素手。二人の剣は良い物に見えたぞ。だからと言って実力差を埋める要素にはならないな」

「いいえ、そうですね。だからこそ、それぞれが補うように使っていましたね」


 もしも相手を一撃で倒すことができるのなら、大人と子供の差はありません。

 そして、自分は彼女たちにそんな技能を学ばせています。


「得物の名前は術式です。術式の威力は大人と子供の差くらい、簡単に埋められる技術です」

「そこまではわかっている。現に三人が術式を使っていたな」


 クリスティーナ君、マッフル君、エリエス君ですね。


 見た感じ、ジルさんは『眼』持ちではないようですが、経験則ですかね?

 一発で術式を使ったと見抜いたようです。


「ならあのエルフ娘の説明がつかないだろう」

「リリーナ君の身体能力と体術は大人顔負けですからね」

「あぁ、あの見たことのない武術か」

「軍用格闘術ですね」

「軍用? 騎士がそんな武装格闘術を使っていたか?」


 武装格闘術はヘグマントが使う武術です。

 主に組み伏せてダガーでトドメを刺す理合で動いています。

 ですが自分の軍用格闘術は用法も用途も、そして源流も違います。


「以前、ジルさんたち『ナハティガル』との模擬戦で一番、最初に使ったと思いますが」

「あぁ……、あの体崩しか」


 ジルさんが剣を抜こうとした直後に、剣を持つ手を押し、足を引っ掛けたアレです。


「術式を撃てない近距離において、相手を無力に追い込むための様々な格闘術を総合して積み上げた格闘術です。武装格闘術は組み敷いてダガーをつかうため、押さえ込みの技術が発達していますが、自分は立ちの位置において一瞬で相手の体勢を崩すことを主眼に置いてます」

「まるで南方の武術のようだな」


 ジルさんもフリューゲル蹴術を知っていたようです。

 いえ、冒険者ならリスリアの基本的な武術とは違う流れで作られた武術を見る機会も多かったでしょう。


「リリーナ君は術式の代わりに自分の軍用格闘術を用いました。あの『伽藍崩し』はフリューゲル蹴術の大技を変化させ、取り入れたものです。大人でもまともに受けたら死にますよ、アレ」


 立ちからの流れはともかく、足と地面で首を挟む動きは威力をあげるために別の技から組み入れました。

 結果、正式には『伽藍崩し改』というべきでしょう。


「なるほど、威力か」

「ナイフで戦えば大人も子供も関係ない、ということですね」

「……待て。術式は集中しないとできない。動き回りながら術式を編もうとすれば不発に終わる。そうでないのなら術式騎士のような特殊な――」


 ジルさんはようやくその答えに行き着きました。

 一瞬の忘我、まるで図ったようにフォークに突き刺した肉が皿に落ちました。


 テーブルの外へと転がっていく肉。

 その肉を地面に落ちる前に口でキャッチしたモフモフ……、何してんですか。

 狙ってたでしょう、テーブルの肉。


 我に返ったジルさんは汚れをテーブル拭きで、サッと片付けてしまいます。


「ジルさんは『原生生物などの人より丈夫な生物を狩るために強力な威力を持つ大剣使いになることを選んだ』のでしょう?」


 ジルさんも考えたでしょう。

 強くなるために何をしなければならないのか。

 その結果が今のスタイルです。


 ですが自分は生徒を術式騎士に見立て、個別のスタイルを用意しました。

 その結果、彼女たちは大人を倒すほどになりました。


「術式という威力を十全に発揮するために、術式騎士と同じことをさせていたのか。土台というのは術式を使うための体力と精神の両方のことか」

「えぇ。最近は特に」


 術式に慣れさせることから始めて、体育の授業と連動するように連携に必要な術式を教え、オシオキもとっさの判断で術式が使えたり回避が取れるように慣れさせながらも徐々に鋭くしていき、最近では並行思考法を学ばせることで動きながらも術式が使えるという先入観と思考を教えました。


「三ヶ月では粗も多く、動きと同時に術式を編めるのはエリエス君くらいでしょうね。あの子もあの子でまだ及第点ですが」


 ようやく芽が出てきて、嬉しい限りです。

 エリエス君は別格として置いておくとして、クリスティーナ君とマッフル君は術式騎士に必要な才能がそろっていたようですね。


「固定矢台のような術式師も必要でしょう。ですがあの子たちが本当に力を必要としているのなら術式騎士の戦い方は学んで損はありません。【結界殺し】の研鑽の過程で生まれた術式騎士は生存率も高いですしね」


 実戦でいきなり新しい術式を試す胆力。

 瞬間的にとはいえ、本能をねじ伏せた意志力。

 何より、あの二人は戦闘意欲が豊富です。


 というか戦闘したがる子たちなので、早急に生存率の高い戦い方を教えておきました。


「先生さんは生徒に何をさせたいんだ」


 言われ、一瞬、思考が止まりました。


 思えばジルさんのその疑問はもっともな疑問です。


「生き残る技術を教えているのはわかるが、それ以上のことを教えているように見える」


 少しだけ、考えました。


 何をさせたいかなんて考えてはいませんでした。

 自分は生徒に手段を与えているつもりでした。


 いつかそういうことを生徒にも言いました。


「健やかであることを願っていますよ」

「それだけか」

「それほど難しいものはないでしょう」


 戦闘技術は相手を殺すための技術です。

 少なくとも自分にとってはそうでした。


 でも、それを生徒に教えるのはやっぱり願っているからでしょう。


「外は魔獣がいて、危ない原生生物がいる。世情は安定していてもまだ野盗は居て、少し路地に行けば小銭を稼ぐ暴力家がいる。殺人はおおっぴらでなくとも当たり前にある。そんな世の中で」


 相手を殺す戦闘技術で、相手を殺さず身を守ってもらいたいという矛盾にも似た気持ちです。


「力はいるでしょう? やっぱり」

「俺は冒険者だ。だから、先生さんの言わんとしていることに納得できる」


 一気に酒を飲み干したジルさん。

 自分はシチューが冷めていることに気づきました。


「温めたほうがいいですか?」

「そうだな。ついでだからもう一杯、もらおう」


 ジルさんのシチューはすでになくなっていました。


 結局、ジルさんは言いませんでした。


 『生徒が本当は何を望んでいるか』を聞いてみたことがあるのか?


 そんな言葉をジルさんは避けました。

 きっとジルさんは一から十まで答えが用意された学園のような教わり方ではなく、自分から答えを探しに行かなければならない教わり方をしてきたのでしょう。


 ただの用意した手段を教えるのではなく、望みに即した手段を用意する。

 生徒のために、そこまでしなければならない。


 そう考えると果てしないですね。

 あの生徒たちと面と向かって、彼女たちの明確ではない答えを形にするのですから。


 やはり、問い続けていくしかないのでしょう。


 過去も今も未来も関係なく、彼女たちの一秒ごとに変わる、その考えを問い続け、答えを出し続け、最善を尽くしていくしかないのです。


「うまいシチューは時間がかかる」

「誰の言葉ですか?」

「一度、シェスタの料理を食べてみろ」


 鼻から息を吐き出す笑い方でした。


「アレには諦めろとは言ってるが、それでもな。あぁも懸命だとな」

「ジレンマですね、それは」

「他人事のように言うな。あとジレンマというはなんだ?」

「葛藤って意味ですよ」


 温めたシチューの匂いに一瞬、部屋の隅のモフモフが反応しました。

 耳を動かし、しかし、そのまま瞳を閉じてしまいました。


 もうお腹いっぱいなんでしょうか?


 これ以上、食べるつもりはないようです。


「明日は生徒の【健康診断】でしてね。どんなものかちょっと興味がありますよ」

「【健康診断】か。噂には聞いていたが次から次へと面白い試みばかりだな、この学園は」

「考え、実行する身にもなってください」


 適度に談笑し、やがてジルさんが帰るまで自分は答えを考えないでおきました。


 特に【適性判断】は生徒たち自身にも影響を与えるでしょう。

 どうなるかまでは予測がつきませんが、考えることばかりは多い。


 そんな毎日に慣れてきたのも事実です。


 まだ教師生活の答えを出すには時期尚早です。

 生徒たちもまだ教わることに夢中です。


 【試練】も【模擬試練】も目の前であっても、何もかも早い夏の夜は過ぎていきました。


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