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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
163/374

理屈で理解できない夏の空

 自分もこの【貴賓館】を見たのは二回目です。


 いわばリーングラードに訪れるVIPのための宿泊施設。

 【宿泊施設】の中で正しい意味での宿泊施設です。


 その大きさは学園施設群を除けば、もっとも大きいのではないかと思います。

 何せ内部が男子女子館で分たれている寮とほぼ同じくらいなのですから、当然と言えば当然でしょう。


 貴族の邸宅、カントリーハウスのようにブロック単位で構成されている、学園とそっくりな建築様式。

 ただし、白を基調にした学園と違って、落ち着く琥珀のような色をした石造りです。


 石材はモザイクのように荒い色合いのくせに、遠くから見るとベージュに近くなる。

 これは近くの山で岩を削り出して、焼入れしてからレンガ状に形を整えたのでしょう。


 この石材、間違いなく【宿泊施設】のド・ヴェルグ族ことドワーフのヴァーギンさんが技術を提供していますね。

 鉱石だけではなく、建材にもドワーフは精通していたはずです。


「ふわぁ……、おおきいですねぇ」


 リィティカ先生のその感想も頷けます。


 先月、帝国貴族の館を襲撃しましたが貴族というのはどうしても『一目で権威がわかる形』にしたがります。

 これは文字で見せるより絵を見せたほうがわかるという理由と同じですね。


 どんな種族で、どんな知性を持っていても『ここに住む者はとても偉い』と分からせることが重要なのです。

 VIPがいる。

 そう思わせることが重要なのです。


 もっとも襲撃者からすれば簡単に重要人物がいるとわかる目印にもなります。

 自分がファーバート卿の館をすぐに見つけたのと同じ理由です。


 こうした危惧もあるので【宿泊施設】から見えて、学園正面からは見えないこの位置。

 リーングラード北西に建てられました。


「大きい家ってぇ素敵ですけどぉ、お手入れが大変そうですよねぇ。内装も凝らないといけませんしぃ」


 言うほど嬉しそうな御顔でした。

 いつまでもリィティカ先生を見ていたかったですが、そうも言ってられません。

 待っているのはレギィ、そして、この時刻に自分たちが来ることくらい予測しているでしょう。


 しかし、ここまで来るのになんとなく違和感を覚えていましたが、両開きのドアの前に立った時にようやく思い出しました。

 塀が出来ていないのでドアまで素通りだったのですね。


 建材不足。【貴賓館】でこれなのですから、新しく建てている館も材料不足でしょう。生徒会で対応しているので即座に困る事態にはならないでしょうが、避暑にやってきた貴族のバカが興味本位で立ち寄られると現状、どう対処もできません。


 空気を読まないバカが来ないことを祈りましょう。

 もしくは来た場合、学園長に対応してもらうかですね。


「家の維持も結構、バカになりませんしね。使用人を雇うのもそれなりの年収がいるので苦労するでしょうし」

「そうなんですよぅ。でもぉいいですよねぇ、お金持ちぃ」

「お金持ちにはお金持ちの苦労とかありそうですが、自分たちにとっては突っ立てた堀に絵でも書いているようなものですよ」


 カツンカツンカツン、と、真鍮のドアノッカーを三度叩き、屋敷の住人たちに自分たちの来訪を知らせました。


 ドアから二歩、離れて待っていると玄関先で動いている人の気配がわかります。

 この注意力散漫そうな気配は……、プルミエールですね。


 思ったとおり、プルミエールがそーっと扉を開いて顔だけ出してきました。


 この子は本当にレギィから礼儀作法を学んでいるのでしょうか?

 来客の報せは前もって届いているのですから、そんな仕草で覗き見る必要もないでしょうに。

 あと、覗き窓があるからそこから確認してください。


 極めつきは自分と判断した瞬間、ドアを閉めたことです。

 迎える気がないメイド・サーヴァントの価値ってなんでしょうね?


 心底、面倒です。

 ていうか今、ガタン、という音がしましたね。扉を閉めるための鉄の錠前の音です。意外と音が大きいんですよね、アレ。


「どうかしたんですかぁ?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 しばらく待ちましょう。

 大体、このあとの展開は予想できます。


 待っているともう一人の気配がします。

 レギィではありませんね。プルミエールでもない気配。

 何か言っている声もしますが、このタイミングなら申し分ないでしょう。


 再び、三回、ドアノッカーを叩きました。

 やがて予想通りドアが開き、頭を下げた老メイドさんが姿を現しました。


「申し訳ありませんでしたお客様。ワタクシどもの侍従がご無礼を働いたようで」

「いいえ、気にしていません。すでに報せが届いているでしょうが、学園教師のヨシュアン・グラムとリィティカ・シューリン・シュヴァルエです」

「……お伺いしております。どうぞこちらへ」


 今、少し間が空きましたね。

 何か想定外のことが起きたのでしょうか?


「ご丁寧にどうも。では参りましょうリィティカ先生」

「はいぃ」


 多分、こうなるとは思っていました。

 レギィがやってきた時、『リーングラードの洗礼』を受けた時です。

 はまった車輪を浮かせるために従者が何人かいました。


 従者はプルミエールだけではなかったのです。


 玄関先でプルミエールが何かしている。

 来客の予定があるのに錠前をかけている。音もしたので近くに人が居たら気づくでしょう。そして不思議に思うでしょう。


 そうなればプルミエールに問いかけるでしょう。

 近くにいるなら当然です。


 プルミエールは当然、しらばっくれるでしょうから新しい気配がしたと同時にノックしたわけです。

 プルミエールはもう言い訳できません。


 全てを悟った老メイドさんが謝罪してくれたわけです。

 一方、とても礼儀のなっていないプルミエールですが、


「……がるるぅ」


 プルプル震えながら、上目遣いで睨みつけてきました。

 怒られたんでしょうね、でも、懲りていないようです。


「お止めなさい! 見苦しい!」

「きゃぅん!?」


 老メイドの一喝で一瞬にして尻尾を下げました。


「プルミエール。後でお話があります。レギンヒルトお嬢様にも同じようにお話することになるでしょう。分かりましたか?」

「……うぅ、でも」

「分かりましたか?」

「……はい」

「お客様方に不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


 老メイドさんが再び頭を下げました。

 文句なしの侍従の対応です。プルミエールにも見習って欲しいですね。


 さて、隅っこでしゅんとしている犬娘はともかく、内装はとてもよくできていると思います。


 特に入ってすぐの大型術式ランプ。

 シャンデリアのように天井にぶら下がっています。

 鋼の支柱を中心に円状に配置されたランプ筒。

 それが三重に環を描き、それぞれを支える管には細かな装飾が刻まれていました。


 あのランプ、一つ一つが中央の支柱の根元に取り付けられた金属板からの出力で火を灯します。

 ランプをつなぐ管も術陣が刻まれているのですが、そこを装飾カバーで覆い、綺麗なシャンデリアとして作っているのでしょう。


 良い装飾技師に無駄のない術陣配列。

 いい仕事していますね。


「あの様式は西岸部でよく見かける装飾模様ですね。最近の流行りじゃないですか。王都からの搬入物でしょうか」

「はい。王都の職人がこのためにとお作りになられたと耳にしました」

「西岸部ってぇことはぁわたしのぉ地元ですねぇ」

「西岸部は優れた錬成師とその流れを汲んだ装飾技師、術式具元師が多いと聞きます」

「あとシラスです、シラス漁」

「なんだかぁ一気に格が下がったような気がしますぅ」


 西岸部と言えばこんなイメージですからね。


 老メイドさんに導かれるまま玄関すぐの階段に……、階段?


「二階に上がるのですか?」

「お嬢様から応接室ではなく私室に向わせるよう仰せつかっております」


 客を応接室やサロンに呼ばず、いきなり私室?

 もちろんこうした邸宅なら客間があり、最初に通される部屋は客間になります。

 その歩く過程で玄関のシャンデリアや内装の凝ったホール、サロン、中庭やギャラリーといった目を楽しませるための部屋や通路があったりします。


 歓迎の意思があると遠まわしに伝えるのです。


 それらをすっ飛ばすということは、よほど屋敷に訪れているか親しい人か。

 あるいは密談の類になります。

 しかし、自分は【貴賓館】に入るのは初めてです。

 親しい間柄と言えばそうですが、レギィからすれば手順を飛ばすほど急ぐ必要もないでしょう。

 もちろん今回の話は学園からの要請ですので、密談ですらありません。


 リィティカ先生は気づいていないようですが、いきなり私室に呼ぼうとしているレギィの思惑がよくわかりません。

 敵対の意思はないでしょうが、警戒しておいて損はないでしょう。


「それと関係ない話ですが、あのヴェーア種のメイドですが」

「お恥ずかしい限りです」

「いえ、責め立てるつもりはありません。誰だって未熟な時期があります。ましてや自分たち教師は未熟な者を教え導く立場の者です。お手の物ですよ。ですが、レギィ……失礼、レギンヒルト試験官が目をかけているにしてはあまりに礼節の場の心得が不足しているように見えます。自分たちはまだしも『あまりよろしくないお相手』もいらっしゃるでしょうに。もちろん、ソレを見越して『あえて』というのも考えました」

「仰られるとおりにございます。ですが『あえて』というわけではありません。アレも屋敷ではまだ見られる程度には礼節を教育しておりました」


 老メイドさんの口調も態度も変わりません。

 ただ単に事実を語っているように見えます。


「アレは少々こじれた出自の身。だからと言ってお客様に迷惑をかけるなどとは侍従の名折れ。そして主たるレギンヒルトお嬢様の御顔に泥を塗るような行為。ヨシュアン様の寛大な『お心配り』に感謝の気持ちしか浮かびません」


 さすがはプロ。こちらの言いたいことは十二分に伝わりましたか。


 裏向きに『あまり怒らないでやってくれ』と言ったのですが、簡単に理解されてしまいましたね。

 もっとも表向きも重要なお話でしたけどね。


 正直、プルミエールはレギィの弱点にしかなりません。

 あんなに文句を言われるような行動をしてしまえば、最悪、それを理由に不利な条件を飲まされる可能性があります。

 自分の立場ならプルミエールを理由に試練の内容をリークしてもらうことも可能です。


 ですが、そんな悪辣な行為をするつもりはありません。

 なので注意するだけに留まりました。


 どちらにしても自分が首を突っ込む問題ではありません。

 事はレギィの問題なのですから。


 ちなみに老メイドさんは裏向きに『気持ちは嬉しいのですがちゃんと怒ります。他の貴族連中には足を払わせるような行為をさせません』と言いました。

 メイドの鑑ですね。


 そうこうしている内に奥の一室に案内されました。


「お嬢様。お客様をお連れしました」

「入ってもらって」


 ……なんだ、この違和感。

 一瞬、何かがおかしかったです。


 あの短いやり取りに違和感を覚えるような部分なんて……、と、考える間もなく老メイドさんがドアを開けてくださいました。


「ありがとうございます」


 老メイドさんに感謝し、ドアを開けるとそこにはレギィがいました。


「ヨシュアン、待っていました」

「……あ、はい」


 なんというか、天井を見上げてしまいます。


 レギィの服装が珍しく清楚系のドレスではなく、肩まで出した露出の高いものを選んでいたからです。

 それでも色までは派手なものにしたくなかったのか白と青色のドレスでした。

 腰辺りに飾り付けしたフリルの花のような装飾。

 肘まであるガン。手の甲の刺繍を見せるようにお腹に手を添えています。


 にっこり微笑んでいる様はまるでウェディングドレスを着たようにすら見えます。

 というか、なんで室内でそんなに気合の入った服装をしているのでしょうか?


 まさかお気に入りの服を見せたいから私室に呼んだ、とか言わないでしょうね?


「わぁ、きれいですねぇ」


 自分の後ろにいたリィティカ先生が部屋の中を覗いていたようです。


「あ、すみません」


 自分が邪魔で部屋に入れなかったんですね。

 とりあえず部屋の中に入り、リィティカ先生のための道を譲りました。


 一方、リィティカ先生を見たレギィは……、にっこりした笑顔が固まっていました。

 あれ? なんでしょう背筋が寒いです。


「ヨシュアン?」


 ギギギ、とでもなりそうなぎこちない動き。


「どうかしましたか?」


 自分は引きつった顔で内心の悪寒を隠しました。

 あれぇ? なんでしょうね、この歯車が噛み合っていない感じのやりとり。


「大事な話があるのですよね?」

「大事な話があってきましたよ? レギィが来いと言ったので」

「その方は?」

「リィティカ先生です。知っているでしょうに」


 だんだん笑顔の奥に妙な迫力が見えてきました。

 微笑む大魔王みたいに見えたのは気のせいでしょうか?


 リィティカ先生も不思議そうな顔をしています。


「レギィさん? どうして術陣を構築しているのか聞きたいんですけど」

「皆まで言うつもりですか?」


 ため息しかつけませんね。

 どうやらというか、やっぱりというか、やはり勘違いしていましたか。


「怒るのはわかりますが説明を途中で切ったのはレギィですよ?」

「わかっています」


 限界近くまで膨張した術陣に影響されてか、術式ランプが明暗していました。

 さすがに結界を張る必要がありそうですね。

 リィティカ先生を巻きこむような真似はしないでしょうが、一応、この場にある術式を吹き飛ばすためのリオ・ウーラプリムを構築しておきましょう。


「わかっていますが、そういうことではありません」


 え? ではアレですか?


「ちゃんと話を聞かないから変な期待をして、ガッカリした分を怒ってらっしゃいますか?」

「………」


 迫力の威力が目に見えて増しました。

 不正解のようです。


「リィティカ先生を連れてきたからですか?」

「………ッ!」


 発動一歩手前まで進みました。

 後でみっちり怒られてもいいから、もう吹き飛ばしてしまいましょう。


「ヨシュアン先生ぃ?」

「リィティカ先生、自分の後ろに隠れてください早く」

「えぃ」


 教鞭でぺちりとやられました。


「ヨシュアン先生、ちゃんと言わなきゃいけませんよぅ」

「いや、言ってますよ爆発前に一体、他に何を言えと? まさか愛してるとか言わせないでくださいよ?」

「ちーがーいーまーすぅ! それはそれで素敵ですけどぉそうじゃないですよぅ」


 いやいや、こんな急場に謎かけしている場合じゃないですってば。


「レギンヒルトさんを見てぇ、どう思いますかぁ?」

「確かに青と白のドレスはレギィによく似合っていますし目のやりどころに困りますが、そういう話ではなくってですね」


 しゅるしゅると擬音が入りそうなほど、あっけなく術陣は引っ込みました。

 え、正解? どういうことです?


「ダメですよぅ、どんな事情があってもぉ女の人が着飾っているんですからぁ、ちゃんと褒めないとぉ。頑張ってるんですよぅ」

「……あ、はい」


 何? レギィの頭の中では『期待させたガッカリ感を謝る』よりも『服を褒めること』のほうが重要なんですか?


 わ……、わからねぇです。

 理不尽にも程があります。


「ヨシュアン先生はちゃぁんと女の子の心がわからないとダメですぅ。生徒は皆ぁ、女の子なんですからぁ。同じようなことを前にも言いましたよぅ」


 学園長にも同じこと言われた記憶がありますね。

 

「じゃぁ、とりあえず謝って下さいねぇ」


 なんでですか?

 しかし、リィティカ先生のおかげで危難を避けれたと考えると間違いではないのでしょう。

 それ以上に女神の神託が間違っているはずがないので謝罪します。


「すみませんでした」

「ちゃんとぉ何について謝っているかぁ、口にしないとダメですよぅ?」


 謎かけ再びです。

 正解を出すまで本題に入れませんでした。

 理不尽すぎる問題すぎて泣けてきます。自分だって生徒にこんな問題を作ったことありませんよ。

 なんとか正解する頃にはもう窓の向こうは真っ暗でした。


 話だって長くなるというのに、どうしてこんな時間を無駄にしなければならないのでしょうか。

 至急、女心を優しく教えてくれる教師、募集中です。



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