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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
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怠慢気質で怒気愛々なテーブル

 話が始まる前からグロッキーな自分は、テーブルに額をつけて仲良くなっていました。


 一方、リィティカ先生とレギィの会話は弾んでいるようで、楽しそうですね。

 最初の方は貴族ということでリィティカ先生が遠慮していましたが歳も近いということで、レギィが「遠慮しないでください」と言ってからは早かったですね。


 すぐに二人は仲良くなりました。

 【吸素原理】も女神リィティカの発せられる神気に比べたら意味はなかったようです。


 しかし、話の内容を聞いていると何故か説明の入らない単語が飛び交います。

 まるで秘密の暗号文のように、ところどころ話の脈絡が飛んでいるのに分かり合っている二人は自分の理解を超えていました。


 というか、なんでわかりあえるんでしょうね?


 女性のトークで一番、わからない部分です。


「えー、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうかお嬢様方」


 リィティカ先生がきょとんとされました。

 レギィもレギィで小さなため息とかやめてくれませんか?

 心が痛いです。


「ヨシュアン、反省しましたか?」


 何を反省しろというのですか。

 ノーヒントでレギィの機嫌を直せとかもう止めてくださいね。


「……ヨシュアンは本当にデリカシーが足りませんね」

「どこで収穫できるか教えてください」

「知りません。自分で考えてください」


 つん、と、そっぽ向かれました。

 徒労感だけはハンパないですね、本当に。


 で、またこっちをチラ見する癖、なんとかしてください。


「わかりました、わかりましたよ。誤解を生むような言い方をしてすみませんでした」

「……そういうのはずるいです」


 だから、何がですか?

 理解不能すぎて、もう何がどうなのかツッコミもできませんよ。


「乙女のぉ、キュンキュンポイントですよぅ」

「すみません。自分、これ以上、訳と理屈がわからないと職務を放棄してどこかのお空の下で新しい人生を生きたくなるので本当に本題に入らせてもらいます」


 もしくはどこかのお空の下でそこらの貴族を嬲り殺したくなります。

 

「全生徒の体調を管理し、整調するために【健康診断】を実施したいと思います。これは学園で正式に決められた体調管理案の一つで女医さん(36)も同意してもらいました。具体的に体重、身長、視力、骨格の歪みの精査、ノミやシラミなどの確認のための頭髪検査、虫歯の有無、皮膚から麻疹の確認、成長痛の確認、栄養の偏り、現在の自覚症状・他覚症状の有無、アルコール耐性、反応薬を用いた複数種の病気耐性ですね。使用される薬物は採血した血と混ぜて診断するので副作用等はありません。実際に使われる薬剤は……、リィティカ先生、お願いします」


 リィティカ先生が取り出したのは三つの小瓶でした。

 それぞれ薬瓶の真横に赤、青、黄のラインが入っています。


「血の中から良くない力を見つけ出す薬ですぅ。赤は赤痢痘を見つけ出す薬でぇ、青は水痘、黄色は百日熱にかかっていたら反応しますぅ」


 赤痢痘も水痘も百日熱も、それぞれリスリアで猛威をふるった疫病です。

 どれも危険な病で一人が感染した場合、誰かに殺されることすらあるほどの悪疫。


「これらは発症すれば素人でも危険とわかるものばかりですが、発症するまでの期間があることを知っていますか?」


 レギィはゆっくり首を振りました。


 さて、レギィにもわかりやすく説明できないと生徒にも説明できません。

 どうやって罹患期間について、うまく言いましょうか。


「病は、病にかかる道があるのです。これを感染源といいます。生の魚を食べたらお腹を壊すでしょう? この場合、病は魚、調理もせずに身体の中に入れるから腹痛を起こす。でも食べてすぐにお腹は痛くならないでしょう? あれと同じで病も同じような段階を踏みます」

「病の元凶が体の中に隠れていて、伏せるまでに時間のズレがあると?」

「正確には感染してから発症後までと考えてください」

「ヨシュアン、それは……」


 その知識はどこから学んだのか。

 あるいはその知識をリィティカ先生の前で語るなと言いたいのでしょうね。


 レギィに真実を語ったことはありませんが、もしかしたらフィヨから聞いている可能性があります。

 もっともフィヨから聞いた場合、完全な真実とは言い難いでしょうが。


 少なくとも自分がどんな経緯で『現れた』かを知ってはいないでしょう。

 自分だって半分は知らないのですから。


「いえ、元々、この考えは錬成師のものですよ」


 リスリアに蔓延した病。その悪疫に挑んだのは薬剤師ではなく医師でもなく、錬成師でした。

 治る見込みも、治す方法もなく対処的に死体を焼くか発症者を殺すことでしか病を防ぎきれなかった過去。


 それらの過去を踏まえ、何度となく流行病の研究は続けられました。

 医療薬学から環境学の見地、錬成師でしかできない発想で高明な錬成師から弟子へと受け継がれ、成功と失敗を繰り返しながら進められました。


「都市部の生活水路はともかくとして、比較的に綺麗に整え、排泄物や竜糞が一所に固められているのは病を防ぐために錬成師たちが思索した知恵の一つなんですよ」


 今では法的にも、生活で出た残飯や排泄物は所定の場所に持っていくようにとされています。

 景観的にも最悪ですからね、排泄物があったら。

 特にリスリア城は綺麗さが売りというか、美を追求している部分がありますから王都周辺は嫌悪感を抱くようなものは徹底的に撤廃されています。


 でもって、そんな王都を見た貴族は自領を見て辟易するわけです。

 リスリア全体が自然と感染源を隔離する政策になっていたのです。


 不浄から距離を取る。

 もっとも原始的な予防医学です。


「罹患した患者の瀉血した血液に薬剤を混ぜて、おかしな反応があったのが最初。その後、血液反応を起こす薬物を割り出して作り出されたのがこの三つの薬品です。もちろん、それぞれ医学会でも認可され研究目的に使われています」


 実はこの三つは魔薬です。

 これを直接、身体に入れると苦しみもがいて死にますからね? 劇薬です。


 ただし劇薬も使いよう、こうして血液の中の成分に対する反応薬としての側面もあります。


 【源理世界】の理を使って作られた反応薬は、前からちょっと興味がありましたね。

 どういう源素の特性が作用して、どうして血中反応薬に変化したのか。

 おそらく成分が持つ細かな源素に反応しているか、あるいは毒素か。それだけを特定して反応する仕組みがわかれば術毒にも応用できそうです。


 さすがに調べている時間も資料もありませんので棚に置いて、時期を見て調べてみます。


「わかりました。流行病を特定できる薬があったなんて初耳でしたが、二人の言うことなら間違いないのでしょう」


 まぁ、流行病にかかった人の血を使うせいで、作られた当時は色々と悶着があったようですがね。

 いわば周囲に感染するかもしれない毒を扱っているわけですから、血を持っていることが見つかって火炙りとかがあったようです。

 領地によっては研究目的ですら所持を禁止されたのではないでしょうか?


「目的は生徒たちの健康を脅かすかもしれない何かの早期発見。後は資料用ですね」

「【健康診断】が何のために行われるのかはよくわかりました」


 レギィも【健康診断】の有用性や有効性は一先ず認めたようです。


 すんなり認めたのも前例を知っていたからでしょう。


 病にかかる前に診断するなんて、ありえない高待遇の身にしか起こりえませんからね。

 王族や貴族ならありえる話です。

 他にも医師などの家族は図らずとも定期検診みたいなことをしているようですが。


 それらを学園でも実施しようとしているだけ、と考えれば納得もしやすいでしょう。


「本当なら毎週頭にしてもいいくらいなのですが、それだと学習要綱を圧迫しますし、すぐに身体を壊すような劣悪な環境でもないので問題ないでしょう」

「そ、それはその、まるでば、ばい」

「売春宿のようですか? あー、確かにアレは知らないと病の巣窟になりますからね」


 病と関わり合いの深い売春宿は、一時期、差別されるくらい酷い扱いでした。

 それも定期検診をすることで、性病や流行病の広がりを抑える役目を果たしました。


 もっとも定期検診に引っかかった売春婦がどう扱われるかは……、聞かない方が良いでしょう。


 レギィは【健康診断】を売春宿の定期検診のようだと思ったのでしょう。


「ヨシュアン!」

「どうしました? 何か変なことを言いましたか」

「ふ、婦女子の前でなんてことをいうのですか! だからデリカシーが足りないのです!」


 普通に怒られました。

 頬が真っ赤ですよレギィ。


「リィティカ先生、大丈夫ですか?」

「慣れてますよぅ。錬成師ですからぁ」


 リィティカ先生は医学の心得、薬学、思想と修めていますし実施の治療も行っているのでしょう。

 特に性病関連は医師が女性でないと恥ずかしいでしょうし。


 恥ずかしがっては錬成師は務まりません。

 

「そ、そうやって私を遠まわしに辱めようとする……」

「恨みがましい目で見られても困りますよ」


 そもそも売春宿での定期診断と学園の【健康診断】はコンセプトが違いますからね。

 

「日常的にそうした感染源に接する形となる売春婦と、心身共に健康さを保つべき学園生徒。比べれば診断を受ける頻度が違います。学園生徒なら半年に一回、長くても一年に一回くらいでいいんじゃないでしょうか?」

「……むぅ」


 連想しただけでここまで理詰めで返されると思わなかったようですね。


「話はよくわかりました。健全であることを保つためというのなら神官としての立場、そして、試験官としても特に目くじらを立てるつもりはありませんっ」


 でも感情は納得してくれませんでした。

 語尾が強い、つよいです。


「診断の後は病気予防の説明、ちゃんと身体を洗って身奇麗にしているように等々、生徒に伝えることはありますが……、レギィ。ここからがレギィに関わることです。これは正式な学園からの依頼だと思ってください」


 ようやく本題に入れます。

 レギィも身を正して、真剣な顔つきですね。

 さっきまでの恥ずかしさを耐える顔をしていた人とは思えません。

 

「生徒たちに【適性判断】をしてもらえませんか」


 レギィは少しだけ目を瞑り、口を開きました。


「子供たちは教会から祝福を受けています。それはどんな小さな村でも同じではありませんか。今、【適性判断】をする理由はないはずです」

「レギィ。理想だけを語るな」


 反射的に言ってしまいました。


 レギィの言った言葉はあくまで教会がそうあるべきとしているガイドラインだからです。

 それを神官が口にしたのなら、自分は何も言いませんでした。


 ですが、口に出したのはレギィです。

 貴族がその言葉を出したというのなら話は別です。


「あの子たちが十何年前に生まれたのなら、その時代。どうだったか理解していますか? いくらあの子たちが【十年地獄】が始まる前の、少しマシだった時代に生まれたとしても今ほどではないはずです。【十年地獄】は十年間だけだったと思い込むのは止めろ。地獄の温床は三十年前から続いていたはずです」


 より劣悪だった十年が【十年地獄】です。

 ただその兆候は三十年前からずっと続いていたのです。


「三十年前の帝国との暫定的な停戦条約を期に広がり、十四年前の大寒波で表面化しただけに過ぎない。教会の毒にも薬にもならない祝福すら受けられない人間が今、どれだけいると思っている」


 知らないとは言わせませんよ。


「当事者が知らん顔するな。地獄を作ったのは先代だが関わったのは『俺』たちだ」

「ヨシュアン先生ぃ、言い過ぎですよぅ……」

「すみません、ですがこれだけは見過ごせません。他の誰が何を言おうともレギィがその認識でいることだけは許しません」


 何故、【十年地獄】が起きた?

 何故、三十年前から続いている?


 全ては簡単な言葉で言い換えられます。


 怠慢です。


 上に立つべき人間が現実を直視せずに欲望の限りを尽くしたからです。

 上に立つ者にも責任や果たすべき義務もあるでしょう。

 しかし、数多の問題から目を逸してきたから結果として【十年地獄】は引き起こされた。


 誰かが死んだから責任はなくなるわけではないんです。

 ただツケになって他の誰かに回りまわって、より酷く帰ってくるだけです。


 貴族をぶち殺したって人は飢えて死ぬんだよ。


「年間の祝福数は? 子供の出産率は? 死亡率、調査方法は?」


 怠慢。


「何を思い込んだ。何を根拠に口にした。何が必要ないはずだ!」


 傲慢。


「貴族が『はず』だなんて見たこともない癖に口にするな」


 自分の言葉に震え、胸を押さえるレギィ。

 うなだれ、それでも小さく口を開きました。


「ごめんなさい、ヨシュアン」


 その言葉と態度に自分は苦虫を数匹、まとめて噛み潰しました。

 苦すぎます。焦がしすぎた焙煎豆のように苦いです。


 レギィが【適性判断】をしたくない、というよりも本当にしなくてはいけないのかと聞いてきた理由は一日で三十名もの生徒を相手に【適性判断】をすることにあります。


 いくらレギィが【タクティクス・ブロンド】だったとしても負担は大きいはずです。

 体力的に倦厭しただけだったかもしれないのに言葉尻を捕まえてマジキレとか……、自己嫌悪で凹みますね。


「……十全に十全を重ねて試練に挑ませてやりたいだけです。また生徒たちに自分たちの素質というものを術式適性の形で見せてやりたいのです。自分たちに何ができ、どの項目を鍛え、長所や短所を知ってもらいたい。リーングラードに【適性判断】ができる高位神官はレギィしかいません」


 沈黙が痛かったです。

 思った以上にレギィが凹んでしまいました。


「え、えーっとぉ、突然ですけどぉ、話も関係ないんですけどぉ、レギンヒルトさんとぉヨシュアン先生のなりそめが聞きたいなぁなんてぇっ!」


 ああああ、すみませんリィティカ先生!

 ものすごく気を使ってもらって申し訳ありません! 変な空気を作ってすみません!


「え、えぇ、はい。あれは神官として位を戴く日。森の湖で身を清めていたら――」


 ……え?

 身を清めて? え?


「――突然、藪の中からヨシュアンが」


 その時のことを思い出したのかレギィの顔は真っ赤でした。

 いや、ちょっと待ってください。何それ、初めて聞きますけど?


「身を清めてるときぃ、ですかぁ?」


 あぁ! リィティカ先生がすごく冷たい目をしています。


「違います。レギィ、適当なことを言わないでください」

「適当なんかではありません。あの時、ものすごく怖かったのですからよく覚えてます」


 自分の記憶では湖前で気絶しているところをレギィに覗き込まれたのが最初ですよ?


「急に焦点の合わない目でフラフラと歩いてくるのでびっくりして、術式も使えなかったのですから」


 そんな記憶、一切、ないんですけど。


「ヨシュアン先生ぃ……」


 というかリィティカ先生が、リィティカ先生の好感度がガンガン下がっていく音が聞こえます。


「えっと、アレです。自分、記憶にないんデスけど」


 思い出せ。証拠は過去の中です。

 それにこの前、夢で見たはずです。

 確か遊撃に組みこまれて狙撃で大将を殺って、森に逃げ込んだ後です。

 チラリと若レギィの生足が見えた気がしますが、それまでです。


「あんな恥ずかしい姿を見られたのに記憶にないなんて……」


 フルフル震えないでください。

 なんかちょっと涙を溜めて、恨みがましい目をしないでください。


「ヨシュアン先生ぃ! 女の人の裸を見たのにぃ責任を取らないなんてぇいけませんよぅ」

「誤解です。自分側の視点からも聞いてください、お願いします!」


 切々と語りましたよ。

 自分がいかに九死に一生を得るか否かの瀬戸際だったかを。

 そんな中で記憶があるほうがおかしい、と力説しました。


 ですが、何故か力説すればするほどレギィの機嫌は悪くなる一方で、リィティカ先生にも納得してもらえたのに冷たい瞳のままでした。


 自分、悪くないですよね?

 間が悪いと言われればそれまでですが。


 苦々しい空気が吹き飛んだのはいいのですが、理不尽の袋小路に立たされました。

 何について謝るべきかすらわからないまま頭を抱え――まだ話は続くのでした。


 もうこの会談、終わって欲しい……。


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