エリエスのアトリエ~お留守番編~
裁判に続いて尋問とは、順序が逆のような気がしますが、まぁいいでしょう。
とりあえず陽も落ちましたし、場を自分の社宅に移して尋問タイムです。
もちろん相手は生徒たちです。
エリエス君が作ったと思われる術式具。
その当の本人がいるのはまぁ、いいでしょう。
しかし、クリスティーナ君、マッフル君、セロ君、リリーナ君は一体、何故いるんでしょうね?
ついでとばかりにティッド君までいます。
そこに裁判長ではなく尋問官に嫌なクラスチェンジをしたシャルティア先生とヘグマント、そして自分を含めて計九名がこの場にいます。
はっきり言うと狭いです。
さすがにこの人数は厳しいものがあります。
生徒たちは正座ですが、教師の立ち位置はかなり限定されますね。
自分は作業用のイスに座り、シャルティア先生は生徒たちの前、一番、置き所に困るヘグマントは玄関に待機してもらっています。
声は届きますので内容は聞き取れますし口出しすることも可能です。
アレフレットやピットラット先生はとりあえず近辺に自分たちの所有物が落ちていないかの確認に行き、リィティカ先生は夕食の準備ができない自分たちに代わり、夕食を作ってくれています。
やった、リィティカ先生の手料理を合法的に食べられる!
これはもう、今日一日の苦労をいたわるためのものですよね? 間違いない。
さすが女神リィティカは迷える子羊を救うのに定評があります。
「で、一体、何がどうしてあんな術式具が完成したんですか? できなくはないでしょうがエリエス君、先生は人に危害が加わる術式具は嫌いです。なので返答次第ではエリエス君に以前、言ったことを取り消すかもしれません」
正式に術式具元師の後継者として育てる、というお話ですね。
「困ります」
困っているのは自分たちです。
「なら、ちゃんと詳しく聞かせてもらえますね」
「はい」
こうして訥々(とつとつ)と喋りだす生徒たちの話をまとめてみました。
自分たち教師陣がレギィを迎えていた頃ですね。
エリエス君は一人で自分が出した課題に取り掛かっていたようです。
シャルティア先生の依頼によって、作るハメになった室温調整器。
空調を調節する術式具を作ろうと思ったら、何が必要なのかを考えなければなりません。
エリエス君に出した課題で、エリエス君が気づくべき問題でもあります。
「部屋の温度を下げたり、上げたり……」
エリエス君も最初はこのことに悩んでいました。
単純に赤と青の属性を使って温度自体を上げ下げしたりするものではない、と思っていたから悩んでいたんでしょうね。
しかし、炎天下の中でジッとし続けていると、当然、暑さで思考が麻痺してきます。
次第に不明瞭になる思考が暑さのせいと気づいて、エリエス君は木陰に入りました。
エリエス君が気づくべき問題。
それは『空調というものが何から構成されているか』です。
温度、湿度、気流、清浄さ、窓からの太陽光の反射、熱伝導。
人が快適に暮らせるという、空気の調和こそが空調と呼ばれるものです。
そのどれを人が快適だと思うものにできるか。
目的を分析して、目的を達成するための必要条件を割り出すこと。
そうした過程にたどり着く力を見ることが、この問題を出した意味です。
太陽の熱から少しだけヒントを得た聡明な頭脳は、少しずつ、少しずつ、問題の意味に気づき始めました。
ちょうどそんな頃だったようです。
「こんなところで何をしてる。リリーナ」
「エリリンは時々、ヨシュアン先生みたいに鋭いでありますね」
気配を感じ取っていたわけではないそうです。
ただ揺れる梢の影で、揺れない部分が多すぎると疑問に覚えたから、でしょう。
それも誰かが木の上に居ると考えれば、謎は解けます。
後は誰か、という問題ですが、木の上からエリエスを眺めるなんて趣味を持つのはエリエス君の知る限り、リリーナ君しかいなかっただけでしょう。
あっさりエリエス君の目の前に着地したリリーナは、エリエス君の様子を見て首を傾げます。
「エリリンこそどうしたでありますか? ここは先生たちの住んでる場所であります。ずっとボーッとヘンテコな術式具ばかり眺めておかしいであります」
「……いつから?」
「先生が遠くに行ってからであります?」
この時点で自分はリリーナ君にゲンコツしました。
理由は簡単です。
この森で生まれた秘されるべきバカは自分たちが試練官を出迎えるとわかって、『ウィンスラット私性露本』を奪い返すつもりで社宅に訪れたのでしょう。
ところが誰もいないはずの社宅の前にエリエス君がいる。
そのエリエス君が炎天下なのに奇妙な道具の前で、じっと体育座りしていれば不可思議生命体でも不思議に思うのでしょう。
なので様子を見ることにしたのです。
「先生に特別授業をしてもらっている」
「先生の気配はないでありますが?」
「宿題。仕事が終わったら帰ってくる」
「ふぇん? 宿題ってそれでありますか?」
「そう。職員室の温度を下げる術式具を作る」
この時点でシャルティア先生が自分を一睨みしてきました。
えぇ、言いたいことはわかっています。
その目は雄弁にこう語っていました。
『なるほど、お前が元凶か』と。
まぁ、それは後でいいんですよ、後で。
今は生徒のお話です。
「先生の家の鍵は預かってるでありますか?」
「どうして」
じっと眺めてくるエリエス君に、リリーナ君は悪そうな顔をしているんでしょうね。
目に浮かびます。
「もちろん、奪われものを取り返しにいくであります」
何がもちろん、ですか。
それによってセロ君は気絶したんですよ?
つまり、凶器です。
凶器は即座に没収です。
しかし、まったく関係ないことですがエリエス君とリリーナ君は妙な噛み合い方をしますね。
エリエス君はエルフだろうがなんだろうが、あのローテンションでひたすら短く答えますし、リリーナ君はリリーナ君で物怖じせずに突っ走る変な子です。
「ダメ」
「なんででありますか?」
「先生ならすぐ気づく」
ここはエリエス君が正解です。
なくなったとわかった瞬間、犯人を一瞬で特定してみせます。
というか自分の部屋に果敢に盗みに入る子はリリーナ君ぐらいしかいません。
「そしたら、特別授業してもらえなくなる」
見事なまでの味方っぷりにちょっと泣きそうですね。
例え、そこに下心があったとしても、こうして裏で味方してくれる生徒がいることに予想外の驚きがありました。
「ぶー。エリリンはわからんちんのぷっくぷー、であります」
いや、リリーナ君が一番、意味がわかりません。
「エリリンは興味ないでありますか? 男のこと」
「興味ない」
それはそれでどうかと思いますよ。
もっと拓いていきましょう頑なな思春期。
もっと恋とかしたらどうですか?
いたわりあう関係なんて理想的で、満足感がありますよ?
断じて脅迫もどきの告白で幸せを強要することもありませんし。
「エリリンはどんな人族がタイプでありますか?」
「謎が尽きない人」
今、エリエス君の目の前にいるのがソレです。
是非、気づくといいですよ。
「リリーナはどうして」
「リリーナは一緒に居て楽しいのがタイプであります」
きっとリリーナ君は無味乾燥な瞳で見られたと思いますよ。
その瞳に言葉をつけるのなら『聞いてない』だと思います。
なんというか片栗粉もかくやな女の子同士のお話です。
リリーナ君はともかくエリエス君は研究者肌ですものね。
この子が一番、恋とか愛とかに縁遠い感じがしています。
それとも現れるんですかね?
そういう、エリエス君にもその人じゃなければいけないと思うような人が。
リリーナ君式家族観を採用したら、自分はその人にベルゼルガ・リオフラムをぶちこめばいいんですね、わかります。
「というわけで……とりゃぁ! であります」
突然、飛びかかってきたリリーナ君にエリエス君は反射的に飛び跳ねました。
体育座りは意外と次の行動に素早く動ける形ですからね。
リリーナ君の第一撃を避けて、すぐに距離を取るエリエス君。
「何?」
「大人しく鍵を渡すであります。アレはリリーナの銀貨七枚がかかっているであります」
あの本、十名くらいで宴会できる程度の金額だったんですか?
色々言いたいことがありますが、一つだけ言うならアホですね。
「ダメ」
「なら仕方ないであります。お互い妥協できないのなら戦い合う哀しい宿命であります」
さて、いきなり始まったエリエス君とリリーナ君の勝負。
勝利条件は簡単です。
リリーナ君はエリエス君より鍵を奪い、エリエス君を無力化すること。
エリエス君はリリーナ君に鍵を諦めさせるか無力化することです。
こうして並べるとエリエス君が勝利条件では有利です。
肝心な戦闘能力はどうでしょう?
まずエリエス君は小柄ですが、土台となる運動能力は高いほうです。
剣才を持つマッフル君には負け越しが続いているようですが、クリスティーナ君とは同等以上の訓練結果を出しています。
余談ですがクリスティーナ君とマッフル君の戦績は等号記号がつきます。
これによって何がわかるかというと、基本的な運動能力はクリスティーナ君と同じくらい、剣術はマッフル君に負けるということです。
一方、リリーナ君はクリスティーナ君とマッフル君を両方、コンスタントに打ち負かしています。
これだけ見るとエリエス君はリリーナ君に負けますね、間違いなく。
しかし、術式を組み入れた戦いとなれば話は違います。
マッフル君を押さえ、クリスティーナ君も凌ぎます。
総合力はリリーナ君を凌駕するのですが、世の中にはそれで片付いたら兵法や戦術なんていらないのです。
つまり、こういうことです。
単純な剣術や体術の場合、リリーナ君>マッフル君>クリスティーナ君=エリエス君。
術式を含めた場合、エリエス君>クリスティーナ君=リリーナ君>マッフル君ですね。
ちなみにセロ君は……、言うまでもないでしょう。
相性や体調、戦術的ひらめきや成長過程ということもあるので確実ではありませんが、勝率を見るとこんな感じでしょう。
「うにー、いくであります!」
リリーナ君はまっすぐ、最速でエリエス君との距離を詰めました。
エリエス君はまったくその動きに反応できませんでした。
まずエリエス君とリリーナ君は土台の性能が違いすぎるということ。
強化術式をまだ教えていないので、彼女たちは純粋な肉体性能で勝負しなければならない点です。
伸ばした右腕、掌は握っていません。
リリーナ君の目的はエリエス君の鍵を奪うことですから傷つけるつもりはないのでしょう。
あと姉が妹に手を出すのも憚られたのでしょうね。
奇妙なところで優しい子ですから。
初動に遅れてもエリエス君はリリーナ君の手が迫ってきたと認識してから、すぐに迎撃の体勢に入りました。
エリエス君はリリーナ君の腕を受け流すように片足を引いて上体をそらし、わざと胸元を掴ませようとしました。
冷静な反応だったと思いますよ。
リリーナ君はエリエス君より上背で体重も重いのです。
当然、繰り出される打撃は重たく、エリエス君が同じことをしてもあっけなく弾かれます。
だからこそ、掴ませる。
後ろ足を引くのは相手の突進力に負けないためです。
捕まれば、相手は一瞬、動きを止めます。
それは突進力をゼロにする攻性防御と言ってもいいでしょう。
エリエス君がしたかったことは、右方上部から向かってくる掴む手を掴み、時計回りに足を運ぶと同時にリリーナ君の肘関節を打ち、関節技に持ちこむことです。
軍用格闘術の一つ、肘打ちです。
良い判断だったと思います。
しかし、リリーナ君が近接型の【支配】を使っていたのなら、逆にカウンターをもらうところでした。
そうでなくともうまくいかなかったでしょうね。
「……な」
「にひ、であります」
掴もうとして、ピタリと動きを止めたリリーナ君。
掴まれると思って身構えていたエリエス君が硬直してしまうのも無理ないことですね。
リリーナ君は己の行動を利用して、エリエス君の行動を誘発しました。
くるりと体をひねりながらエリエス君の背後に回ると、そのまま胴に抱きつきました。
バックを取りましたね。これでリリーナ君はやりたい放題です。
リスリアの型で主流は剛剣。
近接型の【支配】――【剛支配】が基本なのですから。
以前、ジルさんたちとの模擬戦で使ったものが【剛支配】に当たります。
これとは違う遠距離型の【支配】の形を【軟支配】と呼びます。
【支配域】を大きく広げ、相手の初期行動を正確かつ精密に予測するタイプです。
騎士オルナ相手に自分が使った【支配】ですね。
リリーナ君のスタイルはどちらかというと後者のほうです。
直接的に組合わず、弓矢での狙撃や素早く相手に止めを刺すために駆け抜け斬りなどを多用したスタイルのせいでしょう。
元々、エルフの体術は体術というよりも、弓術の延長にあるような形でしたからね。
ヘグマントがリリーナ君の【軟支配】に気づかなかった最大の理由は、元々身体能力がズバ抜けて高かったので授業では【軟支配】を使わずに済んでいたということでしょうね。
あとでヘグマントに伝えておきましょう。
リリーナ君は実力を隠してます、と。
ちなみに自分が気づけた理由は、リリーナ君が妙に自分のオシオキ術式を避けるからです。
【支配域】に近い気配も出していたので、それでわかりました。
エリエス君よりも先にリリーナ君は【軟支配】を展開していました。
つまり、リリーナ君はエリエス君の行動を予測済みだったのです。
「大人しく鍵を渡さないとくすぐり地獄の刑でありま……?」
この時、このことを喋っていたリリーナ君の表情は少し困惑しているようでした。
掴まれたことのせいなのか、それ以外が理由だったのかは定かではありません。
突然、危険を感じたリリーナ君はエリエス君を放り投げました。
猫のように半回転して着地したエリエス君の表情は見えなかったそうです。
これは後でリリーナ君が不思議そうな顔で言ったことです。
『あの時のエリリン、殺気を出してたであります』と。
……思うことはありますが、この件は後でエリエス君に聞くとして話を続けましょう。
すぐに正気に戻ったように立ち上がり、今度は術式の構えに入りました。
「ウル・プリム」
指先から放たれた黄属性の電撃。
それもあっさりリリーナ君はピンポイントの黄属性の結界で防ぎきりました。
リリーナ君の言葉のせいか、それともエリエス君らしからぬせいでしょうか?
教師がいないのに、術式を生徒に向けるのは御法度です。
とりあえず、エリエス君にはゲンコツしておきました。
大事に至らなかったのは、リリーナ君の【軟支配】のおかげだったのでしょう。
夏場なら赤属性が一番、使いやすいでしょうが被害と威力を考えるとダメです。下手したらリリーナ君が死にますからね?
特に赤属性に弱いんですから。
緑属性を使うとリリーナ君に簡単に見破られてしまいます。
当然、白と黒の源素を使う方法なんて教えてませんし、なかなか使い手はいません。源素の中でも操作は最難関に挙げられる二属性ですからね。
となれば青か黄属性に縛られます。
このうち決定打を決めるほどの力があり、危なくない術式は黄属性しかありません。
青は水弾しか教えてませんしね。威力がありません。
そう分かってしまえば、属性結界で簡単に術式を阻まれます。
属性結界だけは最初に全生徒に教えたので、怖がりさえしなければ簡単に使えます。
こうやってリリーナ君に遅れを取る理由は、エリエス君が素直すぎるせいですね。
リリーナ君は悪知恵と悪戯を駆使して、相手の虚を突こうとしますから。
まずはリリーナ君の狙いを【支配】で予測することが肝心です。
このまま術式戦に入るかと思われたとき――
「貴方たちは何をしていますの!」
――クリスティーナ君が登場したのでした。
ツカツカと社宅の広場入口から現れる薄着になったフリルの塊を、二人は呆然と眺めていました。
「このような場所で術式を使って何を考えているおつもり! 術式は先生方の前でないと使ってはいけないと知っているでしょうに!」
この時、エリエス君もリリーナ君も同じことを考えました。
もちろん、この話を聞いている自分もです。
「クリスティーナが言っても説得力ない」
「クリクリは自分のことを棚上げしすぎであります」
「なんですって!」
「なになに? 模擬戦でもやってんの?」
素早く二人の間に割りこんできたクリスティーナ君と違い、のんびりと己の後頭部に手を回してやってきたのはマッフル君でした。
こうして問題の四人がそろったわけですね。
なんというか、大体、先が読めてきました。
しかし、セロ君とティッド君だけは読めません。
この二人がどう絡むかで頭の痛い問題に発展するのでしょう。
いや、もう、頭の痛い問題ばかり集まっているんですがね?
もちろん問題と書いて生徒と読みます。




