エリエスのアトリエⅡ ~実行編~
まだまだ生徒たちへの尋問は続きます。
クリスティーナ君、マッフル君、リリーナ君とヨシュアンクラスが誇る問題児たちが増えた社宅前で、エリエス君は事の次第を話したようです。
「ようするにリリーナがまた何かをやらかしたわけですのね」
「あんたがやらかすくらいには、やったんでしょうよ」
「品行方正かつ文武両道でクラスリーダーの私が問題なんて起こすわけがありませんわ」
この学園が始まってすぐに問題を起こしたのは君ですよね? クリスティーナ君。
「そういやウチのリーダーってさ。エリエスでよくね?」
「私がリーダーだと言っているでしょうに! 一体、私の何が不満だというのです!」
「いちいち口に出して欲しいんだ? 不満の数々」
「僻みや妬みしか口にできない貴方の不満なんて聞いていても、なぁんの得にもなりませんわ」
「へーへー、確かにクリスティーナの不満なんて口にしてたら、夕方になっちゃうもんな!」
「なんですって?」
「なんだよ?」
「没収されたら取り戻すのが人情だと思うのであります」
「ダメ」
いつものいがみ合いにも慣れたのか、エリエス君もリリーナ君も何も感じなくなってますね。
「エリリンは頑固であります。ちょっとくらいリリーナの言うこと聞いてくれてもいいであります」
「ダメ」
取り付く島もありませんね。
もちろん、自分はエリエス君に全面的に賛成の意を評したいですね。
口をへの字に曲げて、珍しくリリーナ君が不満たらたらですね。
対するエリエス君も全身でそっぽ向いています。
この喧嘩に喧嘩常習犯の二人は目をまん丸にしていたそうです。
「あのさー、エリエスさ。どうしてダメなのか説明してくんない? 先生だってリリーナだと思わないかもしれないじゃん」
自分を甘く見すぎですよ、マッフル君。
先生は一両日中に犯人を屋上から吊るしてみせます。
エリエス君も言葉が足りないと悟ったのか、全員に向き直りました。
「盗ったら先生は必ずリリーナにたどり着く。鍵を渡したら私も同罪。あと、先生の家の一階はともかく二階はたぶん、危ない」
「……あー、アレがあるもんなー」
マッフル君が同意しているようですが、ちょっと待ってください。
二階には普通に何もありませんよ?
確かに二階に没収した色本を隠してありますが、ベッドとテーブル、クローゼットくらいしか……あぁ、後、王都から持ってきたものが少しありますね。
社宅のキッチンボックスに入りきれなかった調理器具やら、あまり使わない調整用の工具等々しか置いてません。
その前に誰も二階に上げたことはなかったはずです。
「拷問部屋には罠くらいある」
ちょっと待て、待ってください。本気で待ってください。
シャルティア先生の目つきが怖いです。
『お前、とうとう……』という顔はなんですか?
『ヨシュアン先生も勤勉だな!』とか、玄関から言わなくていいですよヘグマント。
とりあえず上には何もないと言っておきました。
実際にシャルティア先生に上がってもらって確かめてもらったりした時間もありましたが、余談でしょう。
一体、どういう勘違いをしたら拷問部屋なんて発想が出てくるんでしょうか。
まさか調理具や工具を見て、拷問部屋だと思ったとか言わないでくださいよ?
確かにちょっと普通では使わないような料理具を鍛冶屋さんに特注してもらったりしてますが、それだけで、まさか……ねぇ?
大体、誰が侵入したんでしょうね。
ざらっと眺めていて、妙に震えて下を向いているセロ君を見つけました。
うん、わかりました。理解しました。
そういえばバーベキューの時に竃を作るために外に出ました。
その時、セロ君が何かの弾みで二階に上がったのでしょう。
コツン、と一発、セロ君にゲンコツを落としておきました。
セロ君には、これが初ゲンコツですね。
コシコシと頭をさするセロ君がちょっと可愛かったです。
あと、『不公平だ!』『セロに甘すぎる!』との声を上げたクリス&マッフルは、キッチンボックスから鱗剥ぎを取り出すと静かになりました。
ともあれ、拷問部屋なんてありません。
あってもこんな場所につくりません。
「本一つでリリーナの身を危険にさらせない」
というエリエス君の非常に仲間想いな言葉に、さすがのリリーナ君もショボンとしていました。
「命は銀貨七枚より重い」
「ま、少なくとも仲間の命より軽いし。リリーナが悪い」
「むむ……、仕方ないであります」
ちゃんとごめんなさいしなさい。
エリエス君のおかげで命拾いしたことについてです。
しかし、マッフル君は意外でしたね。
リーングラードの外の常識を知っているマッフル君なら銀貨七枚の価値の意味くらい、分かっていそうなのに。
正直に言いますと、銀貨七枚の価値は命より重いのが尖った世間様での一般常識です。
主に冒険者や商人の間に有効なローカルルールですね。
天秤にかけてお金より仲間を選んだ。
冷静に判断している中でマッフル君の中でクラスメイトの価値が上がってきていることを意味しています。
もしも以前のままだと、少しは口篭っていたかもしれませんね。
なのにあっさりとエリエス君の味方をしました。
先の事件で信用というものを見直して、何か思うことがあったのかもしれません。
大人を疑い、疑われ、少しだけ変わったのかもしれません。
わかりづらい変化でしょうが、悪い変化ではないと信じたいですね。
「授業の様子から、先生はうまくできた場合に何かを渡すという形式を好む。だから、この術式具がうまく出来たら先生も考え直す」
頭と語尾に『もしかして~~かも』、というのが抜けていますね。
実際、どうするかはその場の自分の気分次第ですから。
「やるであります」
即答でした。
「術式ランプの次かぁ。術式ランプもいい感じに売れたしさ。ランプを定番に置いて、新しい何かを作るってのは美味しそうな話じゃん。どんなの作るわけ?」
マッフル君も食いついてきましたね。
自分が作った術式具――アーキタイプは非常に簡単なものです。
使う場所が牛舎だったので、そう凝ったものを作らなかったのも理由ですが、もう一つは術式具は術陣が複雑になるほど耐久力が下がるということです。
さらにはどこにでも取り付けが出来、多少の汚れをものともしない。
そういう術式具を想定しています。
そうなると、単純な構成がもっとも耐久力が高く、コンパクトであることが求められます。
その結果、出来上がったのが円盤に固定台というシンプルな構造。
送風の術式具です。
「これを人間用にする」
「人間用って……、人間には使えないわけ?」
マッフル君の疑問はもっともです。
というか説明不足すぎます。
まずはコンセプト面が違うということを伝えなさいな。
「先生は職員室の空調に使うと言ってた」
ここで珍しくピンときたのは鈍感で鳴るクリスティーナ君です。
「もしかして先生は客間や執政室で使う室温器を作れと言っているのかしら?」
「室温器って……、何?」
「愚民は見たことがないでしょうけれど、貴族の部屋には部屋を温めたり涼しくしたりする術式具が使われているのですわ」
「へぇー。一言多いけど、それってつまり、今の季節ならバカ売れじゃん。部屋の中で沢にいるような感じになるってことでしょ。てかそんな商品見たことないんだけど?」
「有名な術式具元師やお抱えの職人にオーダーメイドで作らせているのですわ。愚民に出回るわけないじゃない。大体、使われる金属は高額で希少金属ばかりだと聞きますわ。使う貴族もそうそういませんわ。王城か、もっとも勢力のある貴族くらいですわ」
「マジ? じゃぁ、ここにも希少金属があるわけ?」
目の色、変えてきましたね。
「ちょっとくらい盗ってもバレないよね?」
とりあえずマッフル君はリリーナ君に謝んなさい。
どの口が悪いとほざいたのか、覚えていますか?
「先生が置いていった金属は青銅と鉄、銀、鉛と真鍮の部品だけ」
「……希少金属でしか作れないって話なのに、そんな金属でどうやって作るわけ? 銀ぐらいじゃん、価値ありそうなの」
マッフル君が露骨に肩を落としました。
君の価値観は金額だけですか?
できないと考えて、すぐにマッフル君は木陰で寝転びました。
マッフル君からすれば、完成品にだけ用があるので仕方ないことかもしれませんね。
この辺が技術や過程に興味を示すエリエス君との違いです。
「クリスティーナは?」
「え? 私ですの?」
「何か思うこと」
言え、ということです。
クリスティーナ君もまさかエリエス君から話を聞かれるとは思っていなかったのでしょう。
そして、自分も少々、予想外な事態に意外な思いを隠せません。
要所要所でクリスティーナ君を突き落としてきたエリエス君が、クリスティーナ君に意見を求めるくらい、困っているのでしょうか?
それとも、エリエス君の中で何か、別の変化でも起きたのでしょうか。
「ま、まぁ、貴女がそういうなら? 話して差し上げても構いませんわよ」
「早く」
「貴女ね……、まぁいいわ。希少金属にはオリハルコンやミスリルを使われるということだけは聞いたことがありますわ」
「ない場合は?」
「そんなこと私が知るわけないでしょう。それこそ先生の分野ですわ」
「役立た――なんでもない」
「今、何か言いかけましたわね? そうですわね?」
もしかして、エリエス君はクリスティーナ君が嫌いなんですか?
とにかくクリスティーナ君に冷たいですね。
いずれ、知っておかなければならない事ですが、今はそれどころではありません。
オリハルコンやミスリルを使う理由はですね。
回路の通行と遮断を意味するのです。
ON/OFF機能を更に細分化させる役割ですね。
ようするに入出力を複雑化し、多様化させる働きと言えばわかりやすいと思います。
というか術式具の金属選びのほとんどがこの部分に集約すると言ってもいいでしょう。
コンパクトにしようと思うと絶対的な遮断力と通行力を持つ希少金属を使うことを頭に浮かべます。
青と赤の源素を使えば、確かに室温は下がりますし上がります。
室温を上げ下げする術陣といくつかの金属、それらに対応するために希少金属を組み合わせれば、室温器の完成です。
ですが、今回はそういうことではありません。
もっと単純な話です。
室温を上げ下げするのに希少金属は必ずしも必要ではないということ。
室温を上げ下げするのに必要な現象は何か、ということです。
簡単な話、熱を逃がすだけでも室温は下がります。
風で部屋にこもった熱気を外に追い出すことや、熱の発生源たる直射日光を遮る等々ですね。
別に間違ってもいいんですよ。
これらの発想を元にエリエス君がどんな術式具を作るか。
これが自分がエリエス君に出した問題の本質です。
自分は元々、気化熱を利用した室温器を作ろうと思っていました。
周囲の湿気を集めて冷やし、水にする機能と周囲の熱や赤の源素を集め、水を蒸発させて熱を奪うわけです。
実質、使用者の青の源素だけで動く代物ですね。
後は冷やされた空気を対流させる機構さえあれば、簡単な冷房器の出来上がりです。
完成品は天井扇――シーリングファンの形状を思い浮かべていました。
温められた空気は上に逃げますからね。
この上昇気流に追われて、空には緑や青の源素が貯まるわけです。室内なら天井です。
このシステムだと設置は天井にあったほうが効率がいいわけです。
使用金属は鉄に銅、そして鉛です。
システムとは関係しませんが表面を真鍮にすれば、かなり雰囲気でませんか?
後は対流が強すぎて書類が飛ばないように調整するくらいでしょう。
既に設計図は頭の中にあります。
「――木陰はどうして、涼しい?」
エリエス君の一言に全員が首を傾げました。
言っている意味がわからないのではありません。
当たり前すぎて、言われた疑問に疑問を浮かべたのです。
そして、エリエス君。
よく気づきましたね。その考え方、正解です。
「それは影になっているからに決まってますわ」
「日光が当たっていないから涼しい?」
「そりゃ、そうでしょ? 暑いのは太陽が頑張ってるからじゃん」
エリエス君は木陰から手のひらで日光を受け止めるように手を出しました。
ジリジリと肌を焼く暑さ。
一方、木陰になる部分はまったくの刺激がない。
「部屋の中に木陰は作れない?」
それでいいんですよ。
当たり前を叩きなさい。
当たり前に受け入れている出来事を叩き、問いかけ、現実に疑問を抱きなさい。
正しいと思う全てを間違えていると思い直して、もう一度、正しく並べ直しなさい。
普遍と非常の差を意識し、そこから解答を導き出しなさい。
意識のギャップが、差異が、誤差が、差別区別の隙間にこそブレイクスルーは存在するのです。
「部屋の中は元々、影であります」
「熱はこもるけどねー。外のほうが涼しく感じるのは風があるせいかな?」
「床が木材ではなく大理石でしたら涼しいのに。どうして学び舎の床は木材なのかしら」
「石だと転ぶと痛いであります」
「セロが毎回、血だらけになるよなー」
「こっちは暑い。日陰は涼しい。石は熱される。木陰の石は冷たい」
とうとうブツブツ言い出したエリエス君に生徒たちは、不思議なものを見る顔をし始めました。
「外に出した『あーきたいぷ』は熱風が出る。木陰に置いたら?」
エリエス君が外に出していたアーキタイプを抱えて、木陰のクリスティーナ君たちの前に置きます。
「おー、涼しい。もっと強くでもいいんじゃね?」
「エリエスさんにしては気が利きますわね。それが例の室温器? 不格好ですわね。優雅さや瀟洒さが足りませんわ」
いちいち文句言うんじゃありません。
「リリーナ、邪魔」
「あ~、であります」
「耳ひっぱるかんな」
「涼しさは譲れないであります」
リリーナ君なんか文句を言う前に風の当たる場所に陣取りましたからね。
「術式具の風は外気に影響される。室内の熱を逃がして、冷やされた空気を部屋に流し込むことができれば」
エリエス君が閃いたようです。
ここからは術式具製作のお時間です。
エリエス君が考えたのは室内の熱された空気を吸引し、外に出す構想でした。
そして、青の源素を利用し、冷やされた空気を対流させるものです。
気化熱を利用しなくても十分、木陰の涼しさを室温に提供できる術式具でしょう。
発想は良かったと思います。
吸引器と排出器、送風器の三種類で生み出される気流は間違いなく、送風器を一つではなく三つにすることで室内全体に空気の流れを作ろうとする試みも間違いはありません。
問題は吸引器と排出器ですね。
単純にホースみたいなものを送風器の下に取り付けただけの、あまり効果があるとは思えない代物になってしまいました。
このあたりは風車の形を利用すれば良かったかもしれませんが、そこまで発想が追いつかなかったと見るべきでしょう。
他にも流体力学からなる鳥の翼の形状から、空気の渦が周囲の空気を巻きこむ等の原理を利用すれば、もっとコンパクトにできますし風車もいりません。
自分ならどういう形状にしましょうか?
円盤が円筒状になるくらいですかね? まぁ、近未来的。
でも難易度的にはファンのほうが簡単ですね。
必要そうな術陣を選び、設計図を引き、クラスメイトを使ってでも術式具を製作しました。
それが件の竜巻発生器ですね。
どうしてこうなった。
何がおかしかったんでしょうね。
発想は悪くなかったはずです。
問題は術陣の選び方か使用金属ですかね?
後でじっくり調べてみましょう。
汗だくになりながらも作った室温器。
それなりの満足感はあったはずです。
成功すればもっとでしょう。
しかし、この時の生徒たちの頭に失敗の文字なんてなかったでしょうね。
四人はドキドキしながら試運転を始めようとしたその時でした。
「ぁぅー……」
と、小さな叫び声が聞こえてきたのでした。




