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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
117/374

箱庭の外はかきわりがありました

 行動は迅速に。素早く時間を使わず、丁寧に。


 ジルさんとアニーさんにシェスタさんを任せ、決して逃げないようにと言い含めました。

 これから行うことの中で、少しでもシェスタさんの心証を下げる行為に走らせるわけにはいきません。

 お願いだから妙な考えを持たないでくださいと念を押している自分は悪役のようでした。


 まずは自宅です。


 二階の寝室から新しい教師のローブを取り出し、着込む。

 常時、肉体強化を保つための【源素結晶】をありったけ持ってきてローブの隠しポケットに放りこみます。

 さらに緊急事態にと備えてあった術式具数点、全て移動の補助となるものをチョイスし、ブレスレット、アンクレット、指輪と身につけていきます。


 窓に映った自分の姿を少しだけ見た時、性質の悪そうな女衒みたく見えたのは見て見ぬフリです。


 スティック型に切った携帯食料を全て表ポケットへ。

 さらにリィティカ先生に頂いておいた疲労回復用の薬剤、数点もローブのポケットの中です。


 そして、方位磁石。

 これで大丈夫か不安ですが、これしかないので持っていきます。


 最後に今回のキャラバンで贈ろうと思っていたものを胸ポケットに入れて、社宅を出ました。


 これで準備完了。


 次は生首を持って学園長室へと駆け込みました。非常識ですが非常時なので非情的に我慢してください。


 荒々しく開けたドアの向こうでは、やはりいつものように学園長が待っていました。


「お急ぎですか? ヨシュアン先生」

「大急ぎです。まず、これが今回の首謀者です」


 生首の入った布袋を掲げてみせます。

 もちろん、中身はぶちまけません。

 学園長は淑女で熟女でありますが、女性なのです。


 生首を女性に見せるものではありませんね。当然です。

 メルサラ? あれは女の皮をかぶったメルサラです。


「で、放火の件と帝国からのちょっかいの件をキャラバンの運行に関わる上位の商人たちのみに公開、事件として扱います。犯人は帝国のアサッシンだとハッキリ言ってもらえると助かります。ただし、学園内部に協力者がいたことを隠しておいてもらえますか? 内外に影響、与えすぎます」

「それはまた、納得のできない話ですね。少し詳しく話を聞く必要がありそうですね」

「一つ。その協力者は情状酌量の余地があり、これより先はほぼ無力化しているのと同義だからです。様々な理由から今度は裏切れないでしょう。二つ、その上で放火の件を今回の事件だけ保証をつける形にし、次回からは自腹を切ってもらう形にします」

「なるほど。よくわかりました。また面倒なことを考えていますね」


 学園長は穏やかに紅茶を飲んでいます。

 自分の目の前にも紅茶がトレーに乗ったまま、突き出されました。


 学園長は座っていますが、自分は立っている。

 だからテーレさんはわざわざトレーごと、自分の前に出したのでしょう。


 ちょうどいいので今のうちに水分補給しておきましょう。

 今からちょっと走り回り――いえ、走るハメになりますから。

 ただ、アレを走ると表現できるかは謎です。


「貴方はその協力者を助けようとしているのですね。それも誰一人、悲しませないような形で」

「そんな良いものではありません。意地とか根性です」

「そうやって貴方は内紛をくぐり抜けてきたのでしょう? リスリア王国に蝕む毒虫、その毒を一身に浴びながら、それでもまた、今も同じことをしようとしています。励むのは構いませんがほどほどに。学園にとって、そして人としても貴方は必要とされているのですから」

「肝に銘じます。あ、それと二日、いえ、キャラバンが帰るまで有給ください」


 学園長の動きが止まりました。

 好々爺としたお顔も呼吸が止まったかのような、停止っぷりでした。ちょーこえぇです。


「えーっと、アレです。今回の保証の分のお金を調達してきますので、それで許して頂けませんか?」

「そうですね。予算の穴を開けたのはヨシュアン先生でしたね」


 グサリと心に剣が刺さりました。


「算段を聞きましょう」


 狡猾なキツネの瞳がものすごく、心臓に悪いです。


 とりあえず要点だけ語ると、学園長はため息をつきました。


「危険ですよ。それも国際問題を起こす規模の」

「大丈夫です。顔さえ分からなければなんとか。久しぶりにローブを着ますし」


 自分がローブを着ない理由は、内紛時にローブのフードで顔を隠していたことに起因します。

 つまり、自分の体格とローブ、顔を隠す行為は【タクティクス・ブロンド】が一人、【輝く青銅】として動くという意味なのです。


 というか、いつの間にかそういう風になっていました。

 画策したのはバカ王です。あの野郎。おかげで自分は無意味にローブを持って歩くことを強いられています。

 夏場はいいですが、冬場なんかはローブを片手にローブ以外の上着を着なければいけないのです。


「それに向こうにとっても奇襲ですからね。行って帰ってくるだけなら問題ありません」

「最悪の場合、自害も考えなさい。それだけの大事ですよ」

「とりあえず最悪の場合は、相手の半分を道連れにして自害します」


 本気だというのも理解されたようです。

 それでも学園長から滲みでる策謀の香りは消えません。

 何か考えているのでしょうね。そりゃそうでしょう。考えずにはいられないでしょう。


 今から帝国に乗りこむんですから。


「相手はどうやら【タクティクス・ブロンド】というものを理解していないようですし、これもいい機会です。教師らしく帝国相手に教鞭を振るってきます。全力で物理的な方向に」

「おゆきなさい。この二日を学園は臨時休校としておきましょう。理由はテロの件で問題ないでしょう。生徒たちにはこの二日の外出禁止と、宿題を提出しておくように」

「宿題は机の上に置いてあるので、誰かに配ってもらってください。あ、最後に。マッフル君に少し説明しておいてもらえますか? マッフル君がこの件で大人のいじめにあいまして。商人を納得させるためにちょっと秘境に宝石でも取りに行ったとかそんな安心できる感じでお願いします。あと、なるべく説明はリィティカ先生かピットラット先生が適任だと思います。今回はシャルティア先生だと逆に良くないと思われます」

「良いでしょう。それでは二日後に、元気な姿で会えることを祈りますよ」


 学園長の頭の中でこの件をどう処理するかは知りませんが、たぶん、学園にとって悪いほうには転がらないでしょう。

 本当は自分がいない間、ものすごく心配なのですが二日くらいなら大丈夫なはずです。


 自分はそのまま学園長室の窓から部屋を抜けます。一階だから安心ですね。

 一拍の溜めを全て術式構築に使い切ります。


 もしも、この瞬間を誰かが見ていたとしても知覚できた者はいないでしょう。

 学園だとメルサラくらいですかね?


「ベルガウム・エス・ウォルルム、【源素融合】、ベルガンド・リューム・ウォルルム」


 赤と緑の最上位の強化術式を二つ、【源素融合】する。

 それはもはや加速というには生ぬるい結果を生み出す。


 空気の膜で空気をブチ破るという推進力で一気にリーングラードから脱出しました。


 たぶん、加速の初衝撃で学園長室の窓下にはクレーターができていることでしょう。

 後で怒られますね。


 放物線を描くというよりもほぼ一直線に飛ぶような形です。

 実際、飛んでいるのではなく跳ねているのですが、稼ぐ距離が尋常ではないので飛んでいるようにしか見えないでしょう。


 というか、普通、最上位の肉体強化を二つも融合させようとは思わないと思います。


 反発力はハンパなく、肉体を内源素で最大強化してもバラバラになりそうな加速を術式具でなんとか繋ぎとめているのですから。

 無茶苦茶な上、この状態で虫に当たるだけで自分の体は衝撃で弾け飛ぶでしょう。

 その前に空気の膜が防御壁の代わりになりますから、そんなスプラッタなことは起こりません。


 起こったとしても血煙が空に箒雲を作るだけです。こえぇです。


 さて、この術式はただの初動作に過ぎません。

 音速まで近づくために、極限まで術式で加速しただけです。


 ここから別の術式を発動させます。


 それは【獣の鎧】の術式を改造し、主となる源素を赤より緑に変化させた術式。


 近接格闘を主眼に置いた【赤の獣の鎧】と違い、加速域を踏破するためだけに徹底的にコストを削減し、長時間維持を主眼に置いた【緑の獣の鎧】。


 超音速気流に真正面からぶち当たっていくわけですし、空気の膜も前方に円錐状にしなければなりません。これをしないと無駄に緑属性の術式に負担をかけますし、引いては構築する自分にも負担になるわけです。


 呼吸なんてできませんから酸素はもう、術式で肺の中に貯めておくしかありません。


 これにて完成。


 音速の加速域で発動した術式の効果により、更なる加速を実現させる。


「うぐぐ……ッ!」


 知らず、呻いてました。


 て、呻いている場合じゃない。


 かかる自重が体をギシギシと圧迫させます。


 失神する前に着地のことを考えないと。

 着地と同時にまた最上位を使うわけで、つまり、加速のための最上位術式→【緑の獣の鎧】→着地のための最上位術式という風に、連続で使い続けるという暴挙です。


 そして、マッハで着地すれば、当然、こっちの被害は甚大ではないので、着地するときにはなんとか最上位術式の我慢できる範囲まで速度を殺さなければなりません。


 防御壁に術式をぶつける方法や、黒の術式による慣性をゆるやかに殺す方法とかありますが……。

 

 ここは超音速気流そのものを取り込んでしまいましょう。


 円錐状の術式の壁はそのままに、空気を固めて半円形の空気穴をセットします。その中に流線状の空気塊を設置することで完成です。

 さすがに空気穴が近すぎると空気の暴力に自分がさらされるので、左右に少し離しています。


 普段は構築せずに減衰を免れ、減衰するときだけ構築して減速させる。

 インテークによる流体操作。

 これは天上大陸に目指す一環で研究していたものです。


「うぐぐぐぐ……ッ!」


 その――【緑の獣の鎧】はさながら奇妙な形態だったでしょう。


 身にまとう術陣は自分を中心に破城槌のように伸び、短い丸太を二つ、左右にくっつけたような、緑と赤色で作られた針金細工の翼竜です。


 空を往く、異形の翼竜の術式。


 名前をつけるのなら――空を浮かぶ大陸に手を伸ばし、そして、落ちていった男の名前から頂戴しましょう。


 【ウルクリウスの翼】。


 実験もしましたが、【愚剣】もなく、補助なしでどこかまでやれるかは実証不足ですし、どうして、もう少し詰めて考えておかなかったのかと、今、後悔してます。


 音速領域でどこまで意識を保っていられるかどうかは……謎です。


 そんな謎よりも、どちらかというと構築するたびに吹き飛んでしまう源素の維持のほうが重要でした。

 これは……、一度、体の中に源素を取り込むことでなんとかしました。


 まぁ、速度はともかく、跳ねて滑空するだけの術式なので空を自由に飛び回れるわけでもなく、かといって、あまり高度を下げると山や木にぶつかって自分が死ぬ。


 つまり、最低でも山の中で着地すると自分が死ぬわけです。笑えませんね。

 平原まで頑張って移動しないと。


「ぐ――、きっついな、ちくしょう」


 漏れた言葉も音速の向こう側に置き去りにしてしまいます。


 正直に言いましょう。


 これら全てをこなすだけで、人の意識は吹き飛びます。


 術式が意識にかける負担に、脳が勝手に意識をカットするのです。

 そうして術式師本人を守るように出来ています。


 しかし、自分の術式はそうではありません。

 命を失うまでノーカットです。

 意識防衛のリミッターを解除しているからこそ、【戦略級】と呼ばれる領域までたどり着けているのです。


 メルサラも似たような感じで意識のリミッターをカットしているので、【戦略級】には必須の技能なのでしょう。笑えませんね。


 こうまでして目指す目的地は帝国ではありません。


 まずは王都。

 リスリア王国首都です。


 何度目かの着地と再加速を繰り返し、赤みがかった朝日の中を音速の翼竜が飛び貫く。


 ときどき方角を微調整し、王都への方角を間違えないようにしないとこれだけの速度で行動すると王都を通り越す可能性があります。


 そして、完全に陽が登りきって頂点に差し掛かり、夕陽へと変わる頃。


 竜車で一ヶ月の距離をわずか半日強で踏破するに至りました。


 さすがにこんな低高度でマッハを超えると衝撃波によって人死が出ますので、王都が見えた瞬間、手前で着地、術式をエス・ウォルルムに切り替える予定でした。


「……あ」


 そう、でした、です。


 自分はリーングラードから現在まで、段々飛びで移動しているわけです。

 ところが王都との距離が近い位置で初加速を――つまり加速域に到達するための最上位術式を使ってしまっていました。加速は急には止まれません。


 王都までの距離を見誤ったのでした。


 ここで無理な感じで止まろうとすると、超音速気流によって体がバラバラになります。

 それだけは避けたい。


 なので、もう、突っ込むしかない。


 二つの円を縦に重ねたような形状をした王城はもう目の前です。

 城下町はとうに過ぎてます。

 たぶん、変な噂になっている可能性もありますが無視です。


 可能な限り減速し、滑空したまま、王城の一室にダイブしました。


 窓を蹴破り、威力と速度を部屋の中に入っても無理矢理殺し続け、最終的にはブッ飛ぶ勢いで部屋の隅の本棚にぶち当たって壊しました。


 この速度なら衝撃波は発生しないので、中に居る人たちは無事でした。よかったよかった、でも体がちょーいてぇです。


 えぇ、見慣れた二人です。


 一人は豪華な机に座って偉そうにハンコなんか持ってます。

 もう一人はそいつを補助するために机の前に立ち、甲斐甲斐しく羊皮紙を開いてあげたりしています。


 何一つ、おかしな光景などありませんでした。


 ただ一つ、おかしいのは。


 自分が窓からものすご勢いで突っ込んできたのに、まったく動じてなかったことです。


「おう! なんか元気のいい燕が飛んできたぞベルベール」

「最近の燕は窓を蹴破るようなので、次の窓はもっと頑丈な鉄柵にしましょう陛下」

「待て、それをやられるとオレが軟禁されてるみたく見えね?」

「城に閉じ込められる王というのも格好良く見えませんか?」

「む? つまり、俺、薄幸! みたいな感じか?」

「はい。そして鉄柵を削りつつ脱出するのです。主に政務から」

「かっけーな! 脱獄囚みてぇだ!?」


 なぁんか懐かしい掛け合いが聞こえてきます。

 ていうか久しぶりに見る顔たちです。


 片一方はもう二度と見たくなかった顔です。


「そんなわけでヨシュアン。いい鉄柵を作る職人、教えてくれ今すぐにだ」

「死ね、バカ王」

「おま!? 久しぶりに顔見た途端、辛辣すぎんだろ」


 自分は本を崩しながら、立ち上がります。

 すでに体はギシギシと嫌な感じで軋んでます。頑張りすぎです自分。


 意識ギリギリの状態での半日かけての強行軍。

 さすがの自分も疲れや意識の圧迫で、余裕こそあれ弱っています。


「ベルベールさん、このバカの政務の邪魔をするような案を考えるとロクなことになりませんよ?」

「重々、承知です。ですからこうして遊びを取り入れないと通常政務もおろそかにされますので、つまり必要な仕事にあたります」


 うわお、あいかわらずのベルベールさんだー。


「それほどでも」


 掛け合いしながらも、ベルベールさんは自分の体についた埃を落としてくれます。

 肌に刺さったガラス片も抜いてくれてます。痛みはありませんでした。

 術式を使い続けてズッシリと肩に来る疲労を慮って、肩も貸してくれています。


 究極のメイドはその名に恥じない献身を見せてくれました。


 ベルベールさん、ちょー愛してます。


「ありがとうございます」


 いい笑顔で返されました。

 この奇妙な安堵はなんでしょうね。


 バカ王はともかくとして、ベルベールさんがいる安心感は異常です。


 そんな心中も読まれているので、ベルベールさんはクスリと笑いました。

 そして、ソファーへと促されます。


「さて、有給とってまでやってきた理由はベルベールさん、読んでもらえますか? あと、これはプレゼントです」


 胸ポケットにしまっていたアレを取り出します。


「包装する時間がなくて裸ですが」

「いいえ。とても嬉しいです」


 金色の青銅細工で作られた髪飾りです。

 色こそ金色ですが、メイドがつけていても目立たないように小さなものを選びました。


 小さな指が青銅細工を受け取り、胸元へと寄せていきます。

 そして微笑む姿はパーフェクトです。


「似合いますか?」

「えぇ、もちろん」


 さっそくホワイトプリムを外して、つけてくれました。


 ベルベールさんには情報の件でお世話になってますからね。

 日頃の感謝の気持ちです。


「あれ? 俺にはなんもねぇのかよ。お土産とかどうしたよ。ベルベールにやって俺にはないってどんなフェミニストだ」


 少なくても正常なフェミニストですよ。


「生首でいいならくれてやるぞ」

「いらねぇー!? もっとマシなもん持ってこいや。おら、そんなんだからモテねーんだよ」


 うるさいよ。


 仕方ないので社宅から持ってきた携帯食料を投げつけてあげました。


「おー、ちょうど小腹が空いてたところだ。良きに計らえたな!」


 そのままスティック型の携帯食料をバリバリ食べていました。

 バカ王の舌に、ダメージすら与えられませんか。

 酢酸にでも漬けてきたら良かった。


「んで、どーして帰ってきたよ。俺が恋しくなったか? ん?」

「死ね。帰ってきたら悪いか」

「恥ずかしがんなよ……、と、言いたいところだが」

「あぁ、言わなくてもわかってる」


 自分はいそいそとローブを目深にかぶりました。

 ちゃんとデザインしてくれたデザイナーには感謝ですね。

 フードに余裕を持たせてあります。


「陛下! 今の物音は!」


 そして、同時にドアが荒々しく開け放たれ、そこから近衛の連中が武器を携えて入ってきました。


 自分が窓を蹴破ってから一分以上経っているのに、この登場の遅さ。

 ドアの前に人がいるのが嫌で人払いしてやがったな。


 何のための近衛だよ、と、心の中で毒づきました。


「陛下なら一分くらい大丈夫でしょう。無駄に頑丈にできていますので」


 心の中の疑問にベルベールさんが答えてくれました。

 素晴らしい解答なんですが、王としては根本から間違っています。

 近衛の存在価値がまったくありません。


「無駄とかいうなよ。国王だぞ」

「では無意味に、ではどうですか?」

「変わってねー!?」

「文字数が多くなりました。その結果、意味も強く豪華に変わりました」

「む? マジか。それなら仕方ないな」


 何も仕方ないことなんてありません。

 一国の王にこんな態度が取れるメイドはいないでしょうね。


 しかし、ベルベールさんの働きを見れば、それを許されるくらいに有能だということです。

 ついでにベルベールさんとバカ王は長い付き合いでもありますし、ちゃんと場はわきまえて喋っているので王権に傷がつかない仕様です。


 何せ、さっきまでの会話はすべて抑音発声法ですから近衛には聞こえません。


「この男は!?」


 何もわかっていない近衛たちは合計5人。その全員が自分に向けて槍や剣を構えています。

 少数で来たのは室内で立ち回れる人数を考えてのことでしょう。


「お下がりください! 陛下!」


 お下がりもクソも、バカ王は一歩も動いていないのですよ。

 自分が入ってきてからね。動じろよ、と思わなくもないですが、これで平常運行なのです。


「見てわかんねーか? 俺がここにいて、相手がソファーに座ってんだぞ」

「で、ですが……、窓が」

「んでもって、俺の前で失礼にもローブを外さない男っつったら、一人しかいねーだろ。察しろ」


 そこでようやく合点いったのでしょう。

 近衛の連中は一斉に身じろぎし始めました。


「まさか……、この男は、いえ、この方は」


 自分は鷹揚に肩をすくめました。

 あえて一言も喋らない。


「か……、【輝く青銅】!?」


 近衛たちの悲鳴の声は、当然です。

 かつての近衛たちからすれば自分は敵の中でも最悪の部類でしたから。

 過去、内紛に参加していて近衛をやっている者なら落ち着かなくなるだけの存在でした。


 警戒とは別の心によって、近衛たちの動きが悪いですね。

 そこまで怯えなくても。とって食いなんかしませんよ。


「胡乱な兵隊だな。半分くらいに減らしたほうがいいんじゃないか? 予算もバカにはなるまい」


 なんか芝居ちっくに言ってやりました。


「王よ。命じればすぐだぞ?」


 近衛たちの顔色は優れません。

 それでも戦意を欠片も落とさなかったのは、よく訓練されているのでしょう。

 ちゃんと武器を構え直し、死ぬ覚悟もしています。


 バカ王への忠誠心がよく出ていますね。

 コレに忠誠を誓うとか……、人生を捨てたのと等しいというのに。


 バカ王は小さく笑うと、全ての人間に聞こえるように、それでいて落ち着いた声色で語りだす。


「掃いて捨てるってわけにはいかねーんだよ。人件費以上に経験値ってもんがあんだよ。それをハナっから捨てるってーことはだな、4年頑張ってきたこいつらの努力を踏みにじるってことだぞ。命じられるか」


 なんかマトモなことを言っているようですが、2年前、財政がカツカツだった頃、大幅リストラしようとしたとき、自分が蹴りを入れながら言った言葉、そのままでした。


 昔っからこいつは、こう、要領がいいというか、人生を弁えているというか、とにかく如才がないのです。


 ほら、こんなことを言い始めるから逆に近衛の連中の顔も冷静に、しかも重い覚悟を漂わせ始めたではないですか。

 何、焚きつけると同時に人心掌握してんだ、このバカ。


 こんな小芝居を挟むから、国民に賢王とか言われるのです。

 裏方の自分からすれば、何を言っているんだ、と頭を抱えるわけですよ。


「そうか。なら、いつもどおり貴族どもの首でも狙っておくか」


 そして自分もノリノリで芝居とかしちゃうんですよ。

 大仰にソファーに体重を預けて、態度が悪いったらありゃしません。


 こうして自分は周囲から悪感情を持たれるわけです。


 この役割は内紛時代からの分担作業みたいなものです。


 自暴自棄に近かった自分は非常に周囲への態度が悪く、革命軍の支柱だったバカ王は信頼を得ていたので更に信頼を得る結果に。

 自分とバカ王の対比は深まり、それでいてバカ王は自分を重宝するので対立以上の繋がりと謎を見せつける。


 訳がわからない策ではありますが、『これが王の切り札だ』と思わせる程度には役にたってきました。

 その関係は今も変わらない。


 そして、この関係を裏側にして、表側は自分、ヨシュアン・グラムとバカ王は幼馴染だということになっています。

 周囲にそう喧伝しています。


 こうして【輝く青銅】と自分は切り離され、小芝居もエスカレートした結果。


 こうした緊急事態であっても諳んじてしまえるほどになってしまったとさ。


 自分たちはどこのサーカス団なのでしょうか?


 近衛の険悪感は消えることはなく、それでいてバカ王は問題ないというので、行き場をなくした近衛は槍や剣を構えたまま、どうすることもできず往生していました。

 正直、どっかいってほしいので、そろそろ退場を促す芝居をバカ王に目線で送ると――


「陛下、失礼する」


 重い金属音と共に、近衛たちの背後のドアが白を基調にした赤で埋め尽くされていました。


 あー、あの人が騒動に駆けつけたようです。

 クライヴでないことに若干、ホッとしつつ、次の芝居を脳内に描いていました。


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