表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
PR
116/374

身の潔白は行動で証明しましょう

 低体温症に悩まされて死にそうなシェスタさんを助けるために、焚き火を起こし、ローブをかぶせ、赤の源素を活発化するように頑張ってみたりしました。


 したのはいいけれど、なんだろうか?

 この無常感。


 現在、氷で輝く死体が見下ろす広場で要救助者を助けてます。

 自分が助けて欲しいところです。


 それだけではありませんでした。


 【断凍台】で雪国みたいな光景になってしまった森を元に戻すことも重要ですし、何よりも首を持って帰る作業があるのです。


 この生首を素手で持って帰ると次の日に自分のあだ名は『虐殺先生』か『生首先生』ですよ? まるで自分が虐殺されていたり、生首みたいじゃないですか。


「袋の一つでも持ってくれば良かった……」


 テンションダウンのまま、とりあえず死体は放置の方向で。


 というわけでシェスタさんを見守るくらいしかやることなくなったわけです。

 早く目覚めてください。このままだと自分の思考は妙な方向へと旅たちそうです。


 だってこういう何もしない時間ほど、色々と考えてしまうじゃないですか。


 例えば、あの死体云々です。


 殺したことはいいんです。納得してますし、理屈でも説明できます。

 むしろ殺さない理由のほうがなかったのです。


「無意味でも考えてしまうから、厄介なわけで」


 誰に言うでもなくつぶやいてしまいました。

 奇妙な倦怠感、というかなんというか。


 学園内で人を殺したことに後ろめたさでもあるのでしょうか? たぶん、そんな気分です。生徒には絶対、見つからないようにしましょう。

 内紛に参加していたと口では言ってますが、それでもです。


「まぁ、それはいいとして」


 死体男の顔は20代以上、自分以下とは思えない形相をしています。

 なんというか『苦痛の果て』という題名をつけたい気分です。


 ずっと見ていると気持ち悪いので、そっと草葉をかけてあげましょう。


 そのあとはまんじりとしないまま、ずっとシェスタさんが起きるのを待ってました。

 しかし、シェスタさんが起きるより早く、誰かが近づいてきました。


 この気配は、ジルさんとアニーさんですか?


「先生さんにシェスタ! 本当にいたなんて」


 アニーさんが自分たちを見て驚いています。

 ジルさんは、ようやく顔に赤みさしてきたシェスタさんを流し見てから自分を見ました。


 一方、自分は大喜びです。

 ようやく話が進めることができるのですから。


「何があったか聞いてもいいか」


 ズドン、と焚き火の前に座ったジルさん。

 あちゃー、警戒するより先に火の前に座ったということは色んな覚悟をしてきていたというわけですか。

 アニーさんはすぐにシェスタさんの元へ。

 容態を看てくれているのなら、こっちも少し気を楽にしましょうか。


「そうですね。そう長い話ではありませんね」


 事を簡略すれば、割と言うことはないですね。


「シェスタさんは帝国の依頼を受けて、義務教育計画の妨害に加担しました」

「――どういうこと」


 アニーさんの声は鋭い。

 ジルさんの眼も鋭くなりました。

 そして、自分は鋭利な何かで突きつけられて脅されている気分です。


「リスリア王国に弓を引いたと同じことです」

「んな! 何を根拠に!」

「シェスタさんに聞けばいいと思いますよ。たぶん、心が折れてますからペラペラ喋ってくれます」


 そうでなくても、すでに自分に見られています。

 好きな人に犯罪者と共に居るところを見られたあげく、犯罪者に半殺しにされて、好きな人は立場上、敵にあたるのですから。


 逃げることも言い訳することもできないと思うでしょう。


 自分なら首を吊るレベルです。

 ましてや丁寧に心の希望まで奪われているのですから、罪悪感や後悔の念で喋ってくれるでしょう。


「ならシェスタをこんなにしたのは、先生さんか?」

「いいえ。そこの草葉に隠れているヤツですよ」


 隠したのは自分です。


 ジルさんは少しギョっとした顔をし、おもむろに立ち上がって草葉を払います。

 そこから出てきた首にまた目を見開き、動きを止めました。


 草葉を払ったせいでバランスが崩れた生首は、無機質に地面を転がります。

 夢に出そう。


「な、何をすればこんな状態になるっていうのよ」


 信じられないものを見たかのように戦慄いているアニーさんの視線は、生首にありませんでした。

 見ているのはその向こう側。


 ひたすら続く、無数の氷の刃跡です。


「一撃、か。しかも、最大限に苦痛を与える方法で」


 圧迫による内臓破裂は瞬間的に与える苦痛の中でも、まぁそれなりに痛みますね。

 一瞬で気絶するくらい。


「わかった」


 言葉短く、ジルさんは再び焚き火の前に座ります。


「夏前なのにこの寒さも、先生さんのアレが原因ってわけか」


 アレとは氷のオブジェについてでしょうか?

 周囲はもう、霜やら何やらを解除してますから冷気の原因に見られたのでしょうか。

 焚き火の周囲は赤の源素を活発化させてますから、夏場より暖かい状態です。


「シェスタをどうする?」

「キャラバン放火の犯人、その共犯者として突き出します」

「………」


 この言葉にジルさんは無言でした。


「学園は予算に穴があいてしまっていますからね。ここでキャラバンへの補償でお金を使うわけにはいきません。キャラバンの放火を事故で片付けられるより事件として処理してもらいます。事故だと学園が補償しないといけません。そうしないとキャラバンは納得しないでしょうし、禍根が残ります。その犯人はここで死んで、実行犯はシェスタさん。彼女が犯人になれば『国政のテロに巻き込まれたキャラバン』としても、キャラバン側の防犯意識が低かったという理由で学園からの補償は最低限のものになり、キャラバンは自己負担額が増える……」


 そこまで言い切って、ジルさんの目つきに剣呑なものが混じってきました。

 まぁ、そうでしょうね。


 いわば、ここまでの話はジルさんの仲間を生贄にするような話ですもの。


「ところで、ここまで聞いてジルさんはどうします」

「……シェスタが国に弓を引いた理由は親だ。親恋しさにバカな真似をした以上、俺はこいつを庇えない」

「ジル!」


 アニーさんの怒る声も、この場では弱々しく聞こえます。


「あんただって知ってるでしょ! この子がどんなに頑張ってきたか! 食べ物は最小限、毎日、毎日、依頼板に貼り付いて!」

「あぁ。しかし、自分のことは自分でやるのが冒険者だ」

「ジル!!」

「先生さんよ」


 ジルさんは膝に手を置き、地面にくっつくほど頭を下げました。


「このとおりだ。見逃してくれ」


 髪の毛が長かったら焚き火に引火してしまっていたでしょう。

 たぶん、もし引火しても気にも止めなかったはずです。


「キャラバンの損害補填分は俺が出す。何年かかっても出す。だから、こいつを」


 竜車三台分に全商品、儲かるはずだったキャラバンの利益も含めるとちょっとした借金ですよ?

 それこそ人が首を吊る、そんな金額です。


「こいつの甘ちゃんな夢を、俺に守らせてくれ」


 それは仲間思いから来る、重い言葉でした。

 国政の計画協力者である自分に言うには、あまりに重い。


「先生さん!」


 アニーさんもまた、頭を下げてきました。


「あたしも出すよ! 確かにこの子はバカをやった! でも! それでも親に合わせてやりたいんだよ! 頼むよ!」


 ……ものすごい罪悪感です。

 でも、言わないとダメですよね。


「残念ですが、突き出す決定は変わりません」


 この言葉を聞いても、頭をあげたりしません。

 どこまで愛されているというのでしょうか、シェスタさんは。


「事故を事件にしないと、やはりキャラバンのためになりませんからね。この計画、一番、狙いやすいのはキャラバンです。アサッシンにしても、そう。金の力や政治力、現在、学園の物流を一手に担うキャラバンは弱点でもあるのです。危機意識はちゃんと持ってもらわないと同じようなことがまた起こってしまいます」


 ため息しか出ません。

 今回の件、学舎でなくキャラバンが狙われたのはシェスタさんの力量では学舎を攻められなかったからです。


 あそこは冒険者のシフトでも重要拠点として設定されてますから。

 学生寮もそうです。教師陣の宿泊施設が手薄なのがたぶん自分がいるせいでしょう。


 ここからはシェスタさんの話をちゃんと聞かないとわからないですが、たぶん、おおよその流れは自分の考え通りだと思います。


「それにシェスタさんの太ももの怪我。あれはかなり深いですよ。全治したとしましょう、しかし、後遺症が残るくらいのものです。おそらくもう冒険者として生きていくのは不可能でしょう」


 この瞬間だけ、ジルさんの頭がビクリと動きました。


「先生さん――」

「そして、シェスタさんの両親ですが帝国法で利敵行為の結果、処罰されたそうですね」


 あまりの事実にジルさんとアニーさんは頭を上げてしまいました。


 これは本当かどうかわからないので、後でベルベールさんに手紙を出しておきます。

 キャラバンが来ているので、すぐに出すことができるのが今回の救いの一つでした。


「シェスタさんの夢は叶いません」

「だからって……ッ!」


 全てが丸く収まる方法なんて、そうあるはずがない。

 現実は何時だって厳しくて、どうにもならないことがあれば、どうにもならない。


 運良く、全てが好転するチャンスなんてどこにもない。


 だが、しかし――


「もう止めて――」


 かぼそい声にジルさんとアニーさんは反応しました。


「ヨシュアン様……、どうか」


 ゆっくりと二人がシェスタさんを見ている中、彼女は震える瞳のまま小さな口を動かしています。


「私の身で償えるのなら、どうかこの身をヨシュアン様の思う通りにしてください」

「シェスタ! あんた、バカ……、この特上バカ」


 諦めた瞳のまま空を見続けるシェスタさん。

 溢れ出す感情を必死で抑え続けているジルさん。

 アニーさんもまた感情を殺しながら、悔しそうに歯噛みしている。


「もう、何も。親も何もなくなったのなら。最後はヨシュアン様の思うとおりに生きたいから。だって、私の罪は」

「利敵行為、王国反逆罪、冒険者の身分で考えると……死刑ですね」

「先生さん!」


 批難されました。


「良かった……」


 まだ体力が回復しきっていないというのに、シェスタさんは。


「良かった……。これでもう」


 残酷な現実を口にする、つもりですか?


「思い残すことは何もない、とかふざけたことをぬかすつもりでしょうか?」


 貴方が原因でもあるんですよ?


 生徒の信を、マッフル君を傷つけた分際でそのまますんなりと死ねると思っているのでしょうか?


 ふざけすぎてます。

 何もかも叶わないから逃げ出す?

 舐めるにもほどがある。


「貴女は何も果たしていない。敵に手を貸しても中途半端、冒険者としての仕事も中途半端、何もかも引っ掻き回しただけで死んで、ハイ、サヨウナラ?」


 ここにいるのは他の誰でもない。


「この程度の現実で屈服するようなら」


 ここにいるのは現実を認められないからこそ、現実を認めた――ダブルスタンダートの典型みたいな男ですよ?


 国を救うために国を滅ぼし。

 人を救うために人を殺し。

 生徒のいつかを守るためにオシオキする。


 そんな矛盾の一つや二つ、飲み込み続けて今日まで生き続け、【戦略級】まで登り詰めた、諦めの悪い男です。


「日々、生徒を生かさず殺さずなオシオキ術式具を考え続けているわけがありません!」


 ジルさんとアニーさんの目線が厳しかったです。はい。


「まずシェスタさんにはきっちり罰を受けてもらいます。それから生徒たちの信用も守り、学園の予算を守り、キャラバンだって守ってやろうじゃないですか。えぇ、それだけの手札はそろっているんですよ」


 かなり際どい上に学園長の許可が要り、なおかつ屁理屈で曲芸みたいな話をキャラバンに通すことになります。

 納得されて利益を明確にして、八方を納得させてやりますよ。


 大体、この程度の危機なんてひっくり返せないようでは。


 【戦略級】術式師とは言えません。


 言えませんよ、本当、ちくしょう!

 やってやればいいんでしょうよー!


 そうしたら皆、幸せなんでしょう?


「ヨシュアン様……?」

「先生、さん?」


 立ち上がりました。

 もう行動するしかない。


「まず手始めにジルさん」

「あぁ?」


 いきなりヒートアップし始めた自分に戸惑いを隠せていないようです。

 しかし、そんなもの、これから起こることに比べたら些細なことですよ。


「あの首を包めるような布、袋か何かをください」


 こうして、自分の地獄のような行脚が始まるのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ