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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
115/374

痛いから生きている

 目指す方角は学園の外。

 ちょうど【宿泊施設】の南側、キャラバンから見れば西、学舎からすれば南西の方角です。


 直線コースでいくとキャラバンから自分の姿が見えてしまうので、あえて学舎に入りました。


 右目にツィム・リム・フラァウォルで映る光景を見ながら、屋上目がけて走り抜けます。


 右目の光景はお世辞にも気分の良いものではありませんでした。

 唇を読んで、ある程度、会話こそわかるもののほとんどが想像で補完されたものです。


 森の中、まるで木がそこに根を張れなかったようにポツンと広がったデッドスペース。

 シェスタさんが持っていた術式ランプの光源にうっすらと照らされた男。

 

 その男はシェスタさんが何かを言った瞬間、容赦なくシェスタさんの腹部に蹴りをぶちこみました。


 かなり強打されたのでしょう。

 一瞬で崩れ落ちてお腹を押さえるシェスタさん。

 男はその髪を掴んで、口を動かしました。


「は? 誰がキャラバンを燃やせっつったよ。ちゃぁんと、言われた仕事くらいしろよ使えねぇ女だな?」


 玄関を開けて一階へ。

 そのまま中央の階段を昇る。


「学園! 学園教師をやれっての。あのクソくだらねぇ、養豚場の豚をよ、育ててるヤツらを燃やせっつったんだよ? 意味わかんねぇならわかりやすくぶちまけてやろうか? あちこちに火ぃつけろよド低脳がぁ!」


 二階、三階。

 一気に駆け上る。


「信じらんねぇなぁ、ったく、よぅ?」


 屋上への扉。

 でも鍵がかかっていました。

 あ、鍵は職員室です。


「おっと、おっと、紳士たれっだっけか? あぁ、そうだったそうだった、紳士で思い出したわ。お前、帝国に帰るために金集めしてたんだっけ? 母親が病気になったから、帰ろうとしたんだったな? あと少しだったんだろう? この仕事でおしまいだった、だけど一年も拘束されたくないから俺の話に乗った。健気だよなぁご苦労さん、でも良かったな。もう帰る必要ないぜ?」


 崩れ落ちるシェスタさんの足にグチュリと音を立てて、男の大剣が突き刺さる。

 痛みと衝撃でシェスタさんの喉が大きく引き攣る。

 

 血を浴びて光るその大剣は奇妙な紋様が描かれていて、刻術武器だということがわかります。


「お前の親父、死んじまったよ。残念だったなぁ、内紛に巻き込まれた娘を助けるためにあっちこっちに走り回ってよ。それが利敵行為扱いになっちまうなんて悲しいよなぁ。帝国はこっちよりスパイに厳しいからな、お前のお母様も家族ってことで処分されたぜ。いつの話だと思う?」


 屋上の鍵を取りに行っているヒマはなさそうですね。

 蹴りで扉ごと吹き飛ばしました。


「4年前――つまり! 内紛終わった頃にゃあもう、手遅れだったってことだなぁ! そんなことも知らずに帝国に戻ろうって躍起になって今の今まで金集めしていたってーのに、冒険者になってまで働いてたっていうのに報われないよなぁ、悲しいよなぁ?」


「―――ッ!」


 あー、確か、内紛の影響で2年くらい外部の情報があまり入ってこない時期がありましたね。

 もちろん民間レベルだけでした。復興で忙しかったというのもあるでしょうね。

 外敵よりも内部の立て直しが急務でしたから王国自体、警戒と威嚇にのみ努めたところがあります。


 個人の情報程度は切って捨てられるか見捨てられて当たり前の状況でしたから。

 国としての判断は正しかったと思います。


 結果、シェスタさんは王国内部で帝国の両親の情報を知らされることなく、今まで過ごしてきたようです。

 後の2年は帝国との間でも限定的な物流が再開していたと思いますが、調べなかったのでしょ――て、無理ですね。


 自分ならともかく、一冒険者が帝国の情報を知ろうとするのがそもそも困難です。

 帝国商人と取引する特別な商人たちに親のことを訊ねることくらいしか、シェスタさんにはできなかったはずです。


 きっと、それは蜘蛛の糸を掴むような話だったでしょう。

 商人に頼みこんでも、絶対とは言えない。お金を払って依頼しても同じです。


 となれば、そこを帝国がつけこんだのでしょう。


 おそらく判断は帝国の諜報部隊が行なったと思いますよ。たぶん。

 向こうも国である以上、一国民に気を向けることはないでしょうし、リスリアとの諜報合戦で忙しいでしょうに。


 利用されたのも、目をつけられたのもシェスタさんである必要はなかった。

 そこに居て、理由があったから体よく利用した、だけです。

 使える駒ならなんだって良かっただけでしょう。


 義務教育計画を狙ったのも、ほとんど理由らしきものはないはずです。

 単純にリスリア王国が極秘で行っているなら邪魔の理由になりますし。


 ヘグマントが言ったように、どこぞの帝国貴族が手柄欲しさに手を伸ばしたと考えてもいい。


 そして、シェスタさんを利用したのがこの男だった、ちょうどいい位置にいて動く理由もあってやりやすかった、と。


 さて、屋上の隅っこまで到着しました。


 ここからだとキャラバンが焚く篝火がよく見えます。

 以前、ここに立ったときはエリエス君がクライヴとの戦いで感じた疑問を携えてのことでした。


 今度は、生徒の信を守るためです。


 そして――


「さぁ、どうした? 術式を使ってみろ。この【ウートガンド】にゃお前ら術式師にとって、もっともきつい毒が塗ってある。ほら、抵抗してみろ冒険者。いや、共犯者か? 違うな――」


 ニタニタと浮かべる笑み。

 その笑みは弱者を踏みつけることに躊躇しない、下種の顔です。


「ただの道具だ!」


 剣を足から抜き放ち、わざわざ苦しめるためだけに踏みつける。


 人の、弱者の苦しみをお前は喜びに変えるのなら。

 それはもう、自分の『敵』と変わらない。


「いいや、要らない道具だなッ!」


 シェスタさんは困った人です。


 好きな人がいると言ってもアプローチを止めないし、策謀入りのプレゼント一つで神に祈るような思いこみの激しい人でもあります。

 仕事を犠牲にしてまで愛に生きる人なんでしょう。アニーさんは怒りっぱなしでしたよ。


 でも、そうでなければ、あそこまで頑張って何年もお金溜めなんかしないでしょう。

 再発行にお金がかかる理由はイリーガルや細君、スパイ、アサッシン封じの一環でもありました。

 一般市民からすれば高い金額を要求されるというのに。


 あきらめはしなかった。

 今の、今まで。


 もうしばらくすれば、敷居も下がる予定だったのに。

 そんなことも知らずにただ親元に帰るためだけに汚い仕事にも手を出した。


 自業自得です。


 覚悟だってあったでしょう。

 迷うこともあったでしょう。


 それはあの諦めた瞳からわかります。

 だから、そのことについて自分は何も思いません。


 しかし。

 運が悪かったとはいえ、タイミングが悪かったとはいえ、何も知らなかったとはいえ。


 誰かの都合が良かったから、誰かの手柄のためだからとか、動かしやすかったから。


 そんな理由で踏みつけられていいものでは、断じてない。


 その頑張りが潰えてしまったとしても。

 バカの食い物にされていい理由はまったくない。


「エス・ウォルルム」


 メルサラもよく使う術式、エス・ウォルルム。

 その効果は単純です。


 対象――つまり自分を爆発の威力で遠くに跳ねあげるというもの。

 推進力だけならリューム・ウォルルム以上でしょう。

 着地には別の術式が必要なことを除けば、もっとも距離を稼げる術式です。


 爆発音と共に、月が照らす夜を飛ぶ。

 無理矢理、風を突き抜ける音を聞きながら、おおよその位置へと上昇していく。


 このリーングラードに来て、もっとも天上大陸に近づいた瞬間でもあります。


 まぁ、どうでもいいことですね。


 今、必要な気持ちは一つです。


 空をゆく爽快感すら氷結させるような、殺意のみです。

 空中である程度、落下地点を術式で調整し、森へと一直線に突っ込んでいきました。

 

 着地の衝撃を【獣の鎧】の部分発動ver.足モード、【獣のグリーヴ】で拡散させます。

 元々足首にエアクッションの術式もありますしね。着地なんて余裕です。


 腰まで到達した衝撃は決して顔には出しませんでした。


 やべぇです。メルサラ、毎回、こんな衝撃を受けていたのでしょうか?

 あるいはもっと別の衝撃を吸収するような術式を使っているのでしょうね。

 【獣のグリーヴ】でも問題ないでしょうが、ちょっと改良の余地がありますね。


 さて、呆然としたまま、こちらを見ているバカ一名。

 標的は自分から見て、十数歩の距離。

 苦痛の顔を歪めて、自分の姿を見たシェスタさんはゆっくり手を伸ばしてきます。


「ヨシュアン……様?」


 しかし、伸ばされた手は男の足に踏みつけられました。


「逃げて――この人は」

「あー、思い出した、思い出した。なんだよ、メルサラ・ヴァリルフーガじゃねぇよ! 模擬戦やってた酔狂なバカだった!」


 思いのほか、屈辱でした。

 バカにバカと言われるのが。

 バカはバカ王とお前で十分です。


「そうそう紳士たれ、だ。あのようなお腕で俺様と一戦、交えようとお思いですか? なんてなぁ!」


 シェスタさんの状態はよろしくないですね。

 白く、血の気の引いた顔。緩慢な動作。


 たぶん、術式を編めないように意識を朦朧とさせる毒か、あるいは内源素に干渉するウィルスのような術式が込められているのでしょう。


 たしか術毒とかいうものでしたね。


「まぁ、お前でいいや。お前も教師だったよな? どーやってここを見つけたのかは知らないけーれーど、これでこんな僻地での任務を終えて、帝国で一杯やれるってもんだ」


 足に受けた傷は今も血を流しているところを見ると動脈をやられてますね。

 失血死か、あるいは毒の影響で死ぬまであと少し……2分もかからないでしょう。


 虫の息というわけですね。


「つーわけでご苦労さん。その首、この俺――」

「結構です」

「は?」


 このバカはどうやらものすごい勘違いをしているようです。

 程度の差こそあれ、ジルさんと同じ種類の勘違いですよ。


「下種の名前を聞く趣味はない」


 その瞬間、男の形相は醜悪そのものでした。

 性根のように歪みきった眉と口元、爛々と燃える怒りの火。

 プライド高いんでしょうね、きっと。


「そうかよ!」


 大剣を抱え、数十歩の距離を一飛びで詰める脚力。

 振るわれた大剣の速度もジルさんたちとは比較にならないほど速く、鋭い。

 下種でも比較的、強い下種のようです。


 ですが。


 振り下ろされる大剣よりも速く、距離を詰めて【獣のガントレット】でぶん殴りました。


 下顎の砕ける感触が拳に伝わる。

 男はその衝撃のまま、すっ飛んで行きました。


 そして、そこらにあった木に、強かに背中をぶつけました。


「がは――ッ!」


 ですが、こっちも思ったより相手の動きが速かったようで、少しだけ肩口を斬られてしまいました。

 かすり傷程度の薄い傷です。


 くそ、服が台無しです。

 このデザインワイシャツ、王都の知り合いしか作ってくれないというのに。


 はぁ、服を斬られるとか、凹みますね。

 これは予想以上に体が鈍っている可能性がありますね。


 最近、デスクワークばかりでしたから。

 生徒の面倒ばかりでしたから。

 殺しあいもご無沙汰ですしね。


 明日からヘグマントと一緒になって鍛えなおそうか?

 本気で考えてしまった瞬間でした。


「チ゛クジョウッ!? デメェッ!」


 ボコボコと泡のような音をさせながら喋る男。

 顎砕けてるのに喋ってどうするのでしょうか? 聞き難い。


 しかし、そんな男も自分を見て、目を喜びに歪めます。


「バガめぇ!! キズが、ヒハッ! 毒がおばえのがらだを――」


 大きく息を吸いこんで、吐き出しました。

 こいつはどこまでアホなんでしょうか。


 術毒なら昔、一度、受けたことがあるんですよ。

 そのせいで解除の仕方くらい知っているんですよね。


 大体、術毒ですが内源素の操作力が高い相手には通用しません。

 黄色いのなんか毒を飲んでも平気でしたからね。


 キズを受けた瞬間には肩から全身に広がろうとして走る奇妙な術式を捕まえて解除してしまっています。

 ハッキング技術があるなら当然、内源素操作くらいできますよ。


 そんなことを相手に言ってやるつもりもありません。


 ただ、まだ気づいていないのか喜んだまま、無理矢理、立ち上がろうとしてます。

 滑稽ですね。


「ヒハッ! 毒で体がグラづいでぎでるんじゃ……?」


 あぁ、無理に喋らないで欲しい。聞きにくいったらありゃしない。

 白い吐息を上げながら再び大剣を構えている男が憐れにしか思えません。同情なんてまったくしませんけどね。


「あ、あ゛? なんで?」


 ようやく気づいたようです。

 察しが悪すぎる。


「なんで――息がじろいんだぁ?」


 それはお前を、完膚なきまでに叩きのめすためです。


 自分を中心に徐々に下がっていく気温。

 その気温に惹かれた青の源素たちが集まってきます。


 それは可視化するほど集まり、周囲の気温を一方的に下げていく。

 やがて地面の水分は凍りつき、カチカチと音を立てて霜が降りてゆく。


 緑色だった周囲は一変して、白く移り変わっていく。


「【ザ・プール】……ッ!?」


 上位以上となった術式師はやがてあることに気づきます。

 術式師は【源理世界】に影響を与え、術式の元となる術陣を源素で組み上げることで【現理世界】を変貌させる。基本中の基本です。


 ですが、もしも【源理世界】そのものを変えてしまえばどうなるでしょうか?

 そんなことできるはずがない、と、言うかもしれません。

 

 しかし【源理世界】に影響を及ぼすほどの巨大な意思があれば、可能なのです。


 現にメルサラはよくよく、コレをやってます。


 メルサラが引き連れている赤の源素は、メルサラの激しすぎる感情そのものが【源理世界】に流出し続けている結果なのです。


 【源理世界】そのものを変えるということは、リソースの奪い合いは終わり、次はリソースを生み出すための陣地争いとなる。

 この前のメルサラとの勝負はそこまで至らなかった、というより、行く前に終わらせたかったので見せることはなかったのです。


 簡単に行ってしまうと、自分の有利な状況を【源理世界】に作り出す技術。

 これが【ザ・プール】です。


 戦術級術式師なら、普通に使えるものですよ。

 戦略級なら当然です。


 瞬く間に氷結してしまった森は、一歩、足を進めればバリバリと音を立てる。

 グシャグシャに踏みにじられた霜は次の瞬間には元に戻り、白い光景に溶けこむ。


 そんな中を必殺の意思を持ったまま自分は足を進めます。


「確かテーレさんは自らを形作る【神話級】に名前をつけていた。正直、【ザ・プール】は技術であって能力ではないので名前をつけるような理由はないんだろう。だが――」


 この【ザ・プール】にも名前をつけてやれば、少しはわかりやすくなったり、理解しやすくなったりしますかね?


 学ぶべきものたちのために、名前をつけてやるのも教師の努めでしょう。


「――この光景から名づけてやるとするか」


 凍りついた森のオブジェが立ち並ぶ光景に、哀れな下種がいる。


 氷の檻にでも閉じ込められたかのように、ひっきりなしに足掻こうとする相手に自分はなんの感慨も持ちませんでした。

 怒りも悲しみも、憎悪もなく、先ほどまであった、確かにあった情動は失せてしまっていた。


 その原因が【ザ・プール】にあることも承知です。


 しかし、それでいい。


 機械のごとく容赦も、躊躇いもなく、ただ相手を殺すための凍結の檻をこう表現しましょう。


「【断凍台】」


 お前を殺す、断頭台です。


 【獣のガントレット】&【獣のグリーヴ】を発動させたまま、今度は自分が男相手に距離を詰めました。


 自分が攻めてくると気づいて、あの状態から咄嗟に大剣を盾にしたのはいい判断ですが、無意味です。


 黒鋼の大剣の腹に強化された左拳を撃ちこむ。

 鋼がたわみ、重さを支えきられる前に、さらにもう一撃。沈みこむ右の崩拳。


 鋼鉄が鋼鉄に叩きつけられたような異音の二重奏。


 結果、あっさり男の体に大剣が押しつけられる。

 その衝撃で男は再び木に体をめりこむハメになった。


 大剣が砕ける前に、男の腕力のほうがダメになってしまったようです。


 しかし、ここで終わるほど甘くありません。

 相手が立ち直る前に開いた距離を更に詰め、右足で鋼の大剣ごと相手の体を蹴りました。


「―――ッ!」


 男の喉から何かが潰れた音がします。

 壊れた口から、さらに血が溢れて、白い景色に赤色を彩る。

 それもすぐに【断凍台】の効果で結晶化してしまう。


 口から血を吐いたとなると内臓破裂でもしたんでしょうね。

 でも、これで終わらせるとは誰も言ってません。


 右足は未だ、男を木に貼り付けたままです。


 【ザ・プール】で集めに集めた青の源素を【獣のグリーヴ】に集めます。

 【源素融合】によって融合した青の源素が【獣のグリーヴ】を変質させていく。


「【獣のグリーヴ】改め――」


 こめる術式はベルガ・リオ・フラァート。

 クライヴを一撃で気絶させた上級術式。

 今回は正しい意味で使います。


 量にして、おおよそ一軒家をすっぽり覆いつくせるだけの水。

 それを拳大にまで圧縮された水弾を用いて、超高速度で射出する。


 ただそれだけの術式は、しかし、どんな鉱物であろうと破壊する槌に変わる。

 打ち出すためのスイッチを口にすれば、槌は放たれるでしょう。


「――【獣のブラオグリーヴ】」


 炭酸が抜けたシャンパンのような、マヌケな音でした。


 結果はじろじろ見なくてもわかりきっています。


 男は大剣ごと胸に大穴を開けて、そこから飛び出した無数の氷の刃に原型すら留めぬほど貫かれ果てた姿ですから。

 それどころか男を拘束していた木を飛び越えて、さらに森の向こう側まで続いているでしょう。


 月夜の下、下種とは思えないほどキラキラと輝くソレを無視して、シェスタさんの元に向かいました。


 動機やら背後関係やら、色々聞きたかったのですが、もう聞く気も失せてしまっていました。

 まぁ、首だけあれば十分ですよ。


「大丈夫ですか?」


 シェスタさんの眼は茫洋としていました。

 すでに自分を認識しているかどうか怪しい。

 さっさと術毒を解いてしまわないと。


 【獣のガントレット】で反対側の手のひらに一本線の斬り傷を入れます。

 そして、だらだらと流れる血液をシェスタさんの太ももに押しつけました。


 さすがに術式師の内源素だけあって、掴みにくい。

 ピンセットで銀細工するような気分で内源素の一端を掴み取り、術毒を解除するためのワクチン術式を走らせます。


 その効果が現れる前にローブの袖を千切る……後で学園長に何か言われそうですが人命第一と考えましょう。


 ローブを簡易包帯にして、傷口を止血しました。


 これであとは意識を取り戻すだけ――


「……あれ?」


 シェスタさんの唇がカサカサしていて、真っ青なんですけど?


 ただ、術毒の効果でジワジワと意識を失われた結果だったはずが、妙に脈拍が遅く、震えすら起こしていないことに焦りました。


 これ、低体温症じゃないですか?


 もしかして術毒を受けている時に、【断凍台】の効果をモロに浴びていた、とか?

 抵抗しようにも内源素も練れないから、一気に体温を奪われていたようです。そのうえ血も失っているから通常より体温が低かったとなれば、可能性、濃厚です。


 ぎゃーす! これはもしかして自分の責任ですか?

 ヤバい、何がヤバいかって勢い余って男を殺してしまったので関係者はシェスタさんしかいません。容疑者不在で事件に幕を降ろしてしまえば、必然、生徒に類が及ぶじゃないですか。


 どうする? とりあえずシェスタさんを抱きかかえ、必死で体を温めるような術式を編み始めます。


 呼吸が浅い!? お願いですから帰ってきて色んな意味で。


 心の底から焦りながら、ローブを被せたり焚き火したりとシェスタさんを温める努力をさせていただきました。


 裸で抱きあう、なんて案もありましたが却下です。


 アレは実はそんなに合理的な方法じゃないですからね。

 決して羞恥心とか後顧の憂いだとか、そういうのではないです。


 ともあれ、シェスタさんが目を覚ますまで自分は真っ青になりながら術式を使い続けましたとさ。


名前すら言わせてもらえない男でした。

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