石は重いが鉄はもっと重い、空気は気分で重さが変わる
昼に入るまで人力の採掘だけで進める予定でした。
鉄が多く含まれた石、鉄鉱石は非常に割れにくく、鉄の匂いもかすかにしかしません。
割れた石の断面をよく見るように言いましたが、不慣れだとどの石も同じようにしか見えないのも理由でしょう。
しかし、生徒が不慣れという理由を除いても、ここの石は妙です。
尖った斑紋を持つ石。
火口や火山帯の川下に流れてくるような石に代表される雲母や片岩、珪岩が多く見られる一方で変成岩の種類が少なく、大理石や石灰岩みたいなものは一つもありません。
大半が泥質部を含んだスレート帯、堆積岩がほとんどです。
ほとんどが時間の流れと共に固まった石ばかりなのに、高熱に晒された特徴を持つ石が含まれているということです。
ここは火口ではありません。火山帯でもなく、山なので別の火口部から石が川に流れてやってくることもありません。
近くに火口もないのに変成岩と堆積岩の二種類以上の特徴を持った石がある。
これは自然ではあまり見ない特色ですが、絶対にないというわけでもありません。
完全に停止した火口なら、まぁ、なくはないでしょう。
遥か昔はすべからく溶岩の海だったわけですから。
もっとも、元火口だったとしても石灰岩が見つかるはずなのですが、それもない。
だからこそ、自分が考えた結論。
推測を言うなら、『ここには昔、山がなく山ができた。それも一夜のうちに』です。
それこそ筋肉神ルーカンが発奮した結果、山が生まれちゃった、という発想。
あながち間違いでもないのです。
「ただし、それは空から落ちてきたもののせいですね」
ポツリとつぶやきました。
シェスタさんは不思議そうな顔をして自分を見ましたが今回は不干渉みたいで、自分は思考に没頭できます。
隕鉄。
元来、空の向こう側、星間宇宙の果てから飛んでくる鉄の塊。
しかし、世の中にとって隕鉄とはあの空に浮かぶ大陸。
天上大陸からの落し物とされている。
もしも、高速で落ちてきた物質が熱を帯びたまま、このリーングラードに落ちてきた結果、この地形が生まれたというのなら上記の不自然な石の特徴を完全に満たせるでしょう。
「きっと誰もがあの大陸にあるもの全てが隕鉄で作られていると思っているでしょうね」
隕鉄製の建物とか胸が熱くなりますね。
回路のように走る術陣が全て効率のために動いていると考えると、よくできた美術の絵画を見ているような気分になるでしょう。
実際が、どんなものなのか知る人はいない。
何故なら誰一人としてあの大陸に登った者はいないのですから。
それは『間違いなく自分も含まれています』。
「さて、生徒たちはどうなってるでしょうか」
ひとしきり考察を終えて満足いった自分は、生徒たちの様子を見ることにしました。
どうやら上手くいってないようです。
言われたとおりに岩壁を削り、破片を砕いて、目当てとなりそうな石を見つけだそうとしていますがまったく見つからないようです。
あ、クリスティーナ君がキレて石を虚空に向けて放り投げました。
それが他の岩にあたって、微振動を繰り返し――
「全員! 避難しなさーい!」
――術式で拡大させた声が山に響き渡りました。
同時に、人くらいある岩がゴロゴロと転がっていきます。
生徒たちも慌てて周囲を見渡し、安全地帯へと避難し危険に備えました。
いや、落石なんて珍しいことじゃないんですが、なんでそんな事態が起こりうるんですか?
クリスティーナ君は何かの神に愛されているとしか思えません。
おそらく邪神の類です。
自分の近くまで転がってくる岩を、誰もが呆然と眺めていました。
「クリスティーナ君。ちょっとあとで職員室にきなさい」
「私のせいですの!?」
あとでオシオキです。
とびきりイタイのをお見舞いする予定です。
ついでなので、生徒全員を呼び戻しました。
全員、無意味な行為の繰り返しで疲れが見えますね。
ともかく仕切りなおしましょう。
予定より早いですが術式を使った鉄鉱石の探し方に進みましょう。
「進捗は芳しくないようですね。まぁ、素人が知識を得ただけで採掘出来たら誰も苦労しません」
「わかってて教えたんかい!」
マッフル君からの盛大なツッコミが入りました。
無知なまま、採掘に乗りこもうとした君には言われたくなかったのですが、言わぬが花です。海菊の花は喋ったりしませんし。
無力なことも痛感したようですし、次のステージへの切り口にしてはまずまずです。
「では当初、もう少し先に予定していた術式での採掘、鉱石の探索を教えましょう」
幸い、転がってきた岩石が良い教材になりそうです。
「鉄鉱石は黄の源素が多く含まれた鉱石です。術式具を見つけた時のように、黄属性の源素を限定してヨム・トララムを使えば、岩の中に隠された鉄鉱石が発光して見つけやすくなります」
まずはこの岩石を割ってしまわなければなりません。
生徒たちを避難させてから、岩石に向き直ります。
「リューム・エゾフラム」
無数の小さな空気の弾が岩石へと殺到していきます。
ドスドスと岩石が出すとは思えない音が響きます。
穿たれた穴がまだら模様に見えて気持ち悪いですが、まぁ我慢しましょう。
さらに緑属性の上級術式で粉砕してみましょう。
ダメ押しのリューム・フラムで爆砕です。
舞い上がった小石や砂がパラパラと落ちてきるのが収まったら、次のステップへ。
「この破片の中に鉄鉱石があるのなら、ヨム・トララムで見つけることができます」
とりあえず無詠唱でヨム・トララムを使ってみました。
「はい、使いました」
足元でいくつかの破片が黄緑色に発光しているので拾います。
ザラザラした黒い石は見た目よりズシリとした重量があります。
「これが鉄鉱石です」
生徒たちが興味深そうに手元の鉄鉱石を眺めています。
「赤錆色か金属の光沢があると仰っていたのでは?」
「錆の具合によっては黒くなるものもありますよ」
むしろ黒色のほうが多いですね。
砂鉄も集めれば鉄になりますし、アレの色は黒ですから。
「授業では【源素融合】をまだ教えていませんが、一応、聞いておきましょう。【源素融合】が使える子はいますか?」
【源素融合】自体、上級術式師が学び始める領域です。
さすがに下級までしか使えない生徒たちに求めるには酷な内容でしたね。
今からちゃんと教えていると陽が暮れます。
「シェスタさんは」
「できる。探査はよく使う」
冒険者なら探査や捜査と言った調べなければならない依頼もあるでしょうから、使えてもおかしくありません。
時間と労力を考えて……、シェスタさんに探査をお任せしたほうがいいですね。
自分も参加して、生徒たちには岩石を砕いたり、鉄鉱石の回収を任せたほうがいいでしょう。
今回はともかく、次回からは生徒たちが自分自身でやらなきゃいけないことですし。
「では落盤の危険がなさそうなところを選んで、術式で岩壁を削っていきましょうか。もちろん、あまり派手な術式は使わないように。貫通系はともかく、爆破するような術式は周囲に人がいないか、他に危険がないかどうか確認しながら使いなさい。何が起こるかわからないからこそ、ちゃんと備えていなさい」
生徒たちは快い返事を返してから、再度、岩壁へとチャレンジします。
こうして術式による採掘作業が始まりました。
今までのストレスから解放されたかのように発奮するクリスティーナ君。
派手に赤属性の術式を走らせているようですが、相手が岩壁だということを忘れています。
「なかなかやりますわね!」みたいな顔で岩壁を睨みつけるクリスティーナ君に戦慄しそうです。
「ハイルハイツ嬢。赤属性の術式では効果が薄いのではないか?」
図星を突かれて、眉根をよせてしまいました。
さすがに食ってかからないのは同じ貴族だからでしょうか?
それともマッフル君じゃないから、でしょうか。
たぶん、両方でしょうね。
一方、マッフル君は岩壁の前で、術式を選んでいるようです。
一通り考えたあげく、クリスティーナ君と同じようにエス・プリムです。
しかし、効果はまったくありません。
ここまではわかっていた結果だったのでしょう。
マッフル君はあっさり岩壁を見限り、自分のところにやってきました。
「先生さ、どうして――緑属性の術式であってるよね?――緑属性を使ったの」
あいかわらず察しが良すぎです。
この機転というか思考は、エリエス君とは正反対の性質のものです。
ロジカルに組み立てる推論式とは違い、数少ないヒントから思考を飛躍させるひらめき型です。
努力家のひらめき屋っていうのは、どうなんでしょうね?
エリエス君とリリーナ君を足した感じですか。
うん。別の生物が誕生しました。
頭が良くて勉強家でいたずら好きでマイペースなんて、ただの性格破綻者じゃないですか。
「硬い物体を壊す方法は難しいものです。遥か昔から身を守るために硬さを求めた生物。その生物が硬さに自信を持つのは、その圧倒的な壊れにくさからです。しかし、硬いものは必ずしも壊れないわけではありません。亀の甲羅然り、鋼鉄製の盾然り。さぁ、ここで岩というものがどんな性質を持つか考えてみましょう」
「えー、硬い?」
まんますぎます。
柔軟な思考があるにも関わらず、この答え。
想像力が足りてない証拠です。
点と点を結ぶのがうまい代わりに、点の周囲にある無関係な事柄に注意が向かない、というべきでしょうか。
「どうすれば壊せるのか。温めるのか、冷やすのか。衝撃を与えるのか、雷を流すのか。どの術式を使えばいいのか、選択しなさ――」
「いや、そうじゃなくって攻撃系ってエス・プリムとウル・フラァートしか使えないんだけど」
危うく顔面コケするところでした。
そうでした。貴族院の試練に要求される術式の学習要綱はウル・プリムまででした。
つまり、まだ緑の属性の攻撃術式は教えていないのです。今、教えても無駄ですしね。
しかし、全てに備えるためにわざわざ上級の【源素融合】の概念まで教えているのは、間違いなく自分の独断です。
独断というか心配というべきか。学園長の許可はとってますから、問題ないはずですけどね。
現在、一から術式を学んだ生徒が使える術式は接触のフラァートと球状のプリム。フロウなどの明かりの術式。各種属性は赤のエス、緑のリューム、黄のウルです。
あとは簡単な付加法や、術式に必要な感情制御、呼吸法なんかですね。
青のリオはまだ教えていません。もう教えても大丈夫でしょうけどね。
術式の成績がいい子なら、リューム・プリムくらい自分で組めるでしょうけど、あいにくマッフル君は術式の成績が芳しくない子です。
「あー、エス・プリムとウル・フラァートだけで岩壁の採掘ですか」
うーん、岩なら内部からの爆発で比較的もろくなると思うんですよね。
「エス・プリムの爆発力だけ上げるアレンジで、内部から……。まぁ順当にいって、ピッケルで穴を作って、穴の中でエス・プリムでしょうか?」
エス・プリムは火炎の玉を撃つだけの術式ですが、制圧力を増すために破裂式に替えることはままあります。
かくゆう自分も二ヶ月、いや、移動時間含めた三ヶ月前ですね。
バカ王の執務室に破裂式のエス・プリムを撃ちこんでやったものです。
「わかった! それだけ聞ければ十分!」
「わかりました、でしょうに。ピットラット先生に頼んで教養の授業を厳しくしてもらいますよ」
「うっへぇ」と舌出しながら、すぐに逃げるように岩壁へと向かいました。
自分の言った言葉を試してみるつもりでしょう。
マッフル君が岩壁に穴を空け、内部から破壊する方法を試せば、クリスティーナ君やキースレイト君も試し始めました。
マッフル君と同じように術式が苦手なフリド君はどうやら、採掘した鉄鉱石を集める作業に集中するようです。
ティッド君も非力ながら岩壁に穴を開けることに集中したようです。
それぞれが分担作業を勝手に決めて、勝手にやっていく。
だけど、その作業には確実に効率というものがありました。
効率的な手法は蔓延する病がごとし、です。
別名、カンニング。あるいは技術の拡散。
もしかしたら、ここから新しい方法が試されるかもしれません。
何分、生徒たちはナナメ上にいきますからね、何時だって。
それから、生徒たちは気がついたらお昼を回っていたくらい熱中していましたね。
そんなに岩壁を壊すのが面白かったですか?
「壊れて、壊れ遊ばしなさい!」
無茶な口語もここに極まれりです。
「しねぇ!」
死ねって言った。
今、マッフル君、岩壁に向かって死ねって言った。
生命ではありませんけどね。
将来、爆破魔にならないか心配です。特にあの二名。
ともあれ、ボカン、ボカン、と岩壁が爆発していく様は不安しか感じられません。
そろそろ止めたほうがいいでしょう。怖いので。
「そろそろお昼ですよー」
拡声術式で生徒に呼びかけると、全員が集まりました。
良かった。まだ爆発させていたら殴りに行くところでした。
ここで本来なら昼ご飯にして、ちょっと採掘してそれから帰るという流れを予想していたのですが、思った以上に爆発魔たちの功績は大きかったようです。
すでに人数分ある採掘籠は満タン。
そのすべて、真っ黒な鉄鉱石で占められています。
はぁ……、これ、誰が持っていくんでしょうか。
当然、生徒たちなのですが問題は一つ。
「これ、持てる人、いますか?」
「自分なら持てます!」
「全部ですよ」
現実を叩きつけてあげたら、うっ、と、喉を詰まらせました。
一個は自分が持つとして、フリド君が一つ、マッフル君とクリスティーナ君、ティッド君には厳しいでしょう。
「背負って歩くだけなら」
シェスタさんが手をあげます。
そういえば強化術式がありますから、シェスタさんも持てますね。
「大丈夫ですか? かなり重いですよ?」
たぶん、小麦の大袋5個分くらいのありますよ?
自分でも持ち上げてみて腕にズシリときますし。腰はもっときます。
デスクワーク過多な自分でも厳しいのです。他の子でも厳しいでしょう。
帰りの道はもちろん、筋力リミッターを外すウル・ウォルルムか重力に干渉できるリム・ウォルルムの行使を要求されます。
ティッド君の分はどうしても誰も持っていけない感じです。
「一つは諦めるしかありませんね」
「絶対、諦めないからね!」
鉄鉱石の入った採掘籠に抱きついたマッフル君には鬼気迫るものを感じます。
この子には今、この鉄鉱石が宝の山に見えているでしょう。めんどくさい。
置いて帰りたい。
「そこまでいうのなら貴女が持てばよろしいんじゃなくって」
「持ってったろーじゃん!」
歯を食いしばって採掘籠を背負うマッフル君には可愛さの欠片も見当たりませんでした。百年の恋があるのなら余裕で醒める形相です。
「これは……、無理をするなマッフル嬢。顔がその、いや、言うまい」
キースレイト君も実際に籠を持ち上げてみて、かなりの重労働になると悟ったのでしょう。それ以上にマッフル君の顔を見て冷や汗をかいているところが、なんとも言えません。
「では、クリスティーナ君との交代制」
「嫌ですわ」
ハッキリ、嫌って言ったこの子。
言葉にして空気を読ませないといけませんか?
「……仕方ありませんね」
こっそりとため息を吐きました。
この瞬間、自分が採掘籠を二つ持つことが決定しました。
自分が二つ、シェスタさんが一つ、フリド君が一つ、キースレイト君が一つ。マッフル君が一つ
合計で六つです。
目処が立ったというのに、この肩の重さは先行き不安さの現れです。
片道とはいえ、全力で強化術式を使い続けることになるでしょう。
【獣の鎧】なら簡単でしょうが、アレは短期決戦用です。
ここにエドが居てくれたら、運搬は楽なのに。
あるいはエドから運搬用の術式を学んでおくべきでした。
全ては一つの言葉で片付けられます。
後悔、先に立たず。
「帰ったらリィティカ先生から疲労回復するような薬剤をいただきますか」
あぁ、そういえば今日はキャラバンがやってくる日ですね。
帰ったらきっと、キャラバンが学園の前を占拠して非常に賑やかになってくれているでしょう。
そして、ようやく自分の作った生徒会システムの本領を発揮するわけです。
そう思うと少しだけ帰り道に期待が持てますね。
もっとも、キャラバンが来たら来たで見回りの仕事が増えるのでうんざりしますが。
さて。結果だけ言いましょう。
あるいは簡単に結果だけ説明するなら。
採掘籠を持って無事、学園に着きました。
それでも自分は本来、あるだろう光景がないことに籠の重さも忘れてしまいました。
「……キャラバンが着いてない?」
予想外の事態が待ち受けていたのでした。




