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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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106/374

デレ隠し5グラム 無邪気が99%

 昼食後、採掘籠を担いでの行軍。

 クリスティーナ君に鍛鉄製の鍋を渡して、森で見つけた術式具を持って帰る道のり。


 行きと同じようにティッド君が不慣れなスカウトで森道を進みました。

 手ぶらのクリスティーナ君にもスカウト役をさせました。


 今の自分に、警戒に割く集中力も惜しかったですから。


 ベルガ・ウル・ウォルルムによる継続強化に、リム・ウォルルムによる重力制御が加わっても、疲れる道のりでした。

 何せ、後ろに採掘籠を背負い、前は採掘籠を両手で持ち上げての移動ですからね。


 足元が見えないのに悪路を歩くという、ヒヤヒヤする道程でした。


 それ以外については、道中、特に言うべきことはありませんでした。

 強いて言うならただの苦行です。


 森を抜けて、学園の敷地に入った時、誰もがホッと一息つきました。

 マッフル君は崩れ落ちるように腰を落として、汗ダラダラで息を吸いこんでいました。


「だらしないですわね。普段の威勢の良さはどこに消えたというのかしら」


 言葉を出すのも億劫なのか、マッフル君はクリスティーナ君を睨みつけただけでした。


「いや、むしろ褒められるべきだ。よく頑張ったと思うマッフル嬢!」


 対してフリド君もまた汗をかきながら、マッフル君を賞賛していました。

 わかりますよ、その気持ち。


 フリド君よりも華奢で背が低く、体重も少ないのに同じ重さの採掘籠を背負い、根性と欲望だけで森を踏破したのですから。


「大丈夫?」


 ティッド君もまた、マッフル君の頑張りに何かを思ったのでしょう。

 汗拭き用の布でマッフル君の汗をおずおずと手渡そうとしていました。


「あ――」


 その布を横から奪ったのはクリスティーナ君でした。

 誰もが瞳に非難を浮かべそうになる前に、マッフル君の顔に布を叩きつけました。


「っ! 何すんの! 冷た――?」


 さすがにこれには精一杯に声をあげて抗議したマッフル君でしたが、妙にひんやりとした布を不思議そうに見ていました。


 奪った瞬間、クリスティーナ君は布にリオ・ラム・フラァートを使ったようですね。

 氷を作る術式に付加された接触術式、構成は甘く、氷結させられるほどの威力もない穴だらけの術式でしたが。


 布を冷やしてやるくらいはちょうどいいでしょう。


「ふん!」


 そのわかりにくい好意に、マッフル君は喧嘩腰をやめ、浮かしかけた腰を落としました。


「ったく、素直に渡してくれたらいいのに」

「何か言いまして!」


 周囲も遠まわしすぎる好意に、嘆息とも苦笑ともつかない息を吐いた後、笑顔を浮かべていました。


 無事、森を踏破し、野営し、採掘し、持ち運んで帰って来れた。

 誰もが色んな協力をして、色んな知恵を出して、色んなことを話し合った一日でした。

 だからでしょう。

 達成感がその顔から見て取れます。


 皆さん、よく頑張りました。

 次からはちゃんと先生に頼らない野営にしましょうね。


 あー、あー、顔が真っ赤ですよクリスティーナ君。デレ期ですか?


 なんか青春ちっくな匂いを快く思いながら、でも自分はそんな生徒たちを喜んでもいられない立場にありました。


 違和感を覚えたからです。


「……静かですね」


 シェスタさんもおかしいと思っていたのでしょう。

 採掘籠を降ろし、術式を解いて、杖を握り締めました。


 キャラバンが来たら、遠くからでもザワザワとした人の息遣いが聞こえてくるものです。


 答えは見に行ったほうが早いでしょう。

 いつもなら校門と学び舎までの道に移動屋台を展開しているはずです。


 案の定というか、想像通りというか。

 誰もいませんでした。いるのは門前で警備している冒険者……、アレはチャラ男もといジーニさんとアーチャーさんですね。

 あの二人もこちらに気づいたのか、軽く手を振ります。


 自分も軽く会釈して、これからのことを考えます。


 とりあえず依頼を終了させ、それから事態を聞くために職員室に行くべきですね。

 ただ遅れているだけなら良いのですが……、杞憂でありますように。


「それでは依頼の完遂に向かいましょう。【宿泊施設】の鍛冶師さんに依頼達成のサインをもらって、その場で依頼書を先生が預かります。そこで依頼終了ですね。さて、行きましょうか」


 ようやく生徒たちも異変に気づいたようです。キャラバンが来ると聞いていたのにいつもどおりの風景に不思議なのか不安なのか。

 妙にキョロキョロしていましたが、なすべきことがあると理解して、さっそく【宿泊施設】の鍛冶師さんの元へと向かいました。


 【宿泊施設】の中でも、ポツンと外れに建つ建物。

 見た目はただの石造建築です。

 しかし、石垣にこびりつく薄い煤汚れや、鉄粉の匂い、煙突から黙々と立つ黒い煙はここで鍛冶業が行われているという証明でした。


「おっさーん! 依頼のブツ、もってきたよ!」


 少し休んで体力が回復したマッフル君が容赦なくドアを叩きました。

 なので、自分も容赦なくマッフル君の頭を殴りました。


「言葉遣いと態度! 教養で何を教わったのですか」


 マッフル君は痛みで蹲っている間に、ドアが開きました。


 自分よりも小さな背丈、白いヒゲにしわがれて節くれ立った指先。

 しかし、鍛冶という重労働に負けないほど鍛え上げられた筋肉。

 眼光は職人という気質を体現したかのように鋭く、愛想がない。


「……ドヴェルグ族」


 ドヴェルグ族。あるいはド・ヴェルグ族。

 広義でドワーフと呼ばれる鍛冶と製鉄に長けた種族です。


 エルフィンテルメキアことエルフと対なすほど認知度が高い種族で、確実に街に一人はいますね。彼らが居ると街や村の鍛冶精度が格段と上がりますから。

 街の支配者や村の長なんかはドワーフを精力的に取り入れようとしてます。

 エルフとは大違いです。


 彼らは赤と黄の属性に愛され、その操作力は鍛冶業に関してのみ【タクティクス・ブロンド】を凌駕するとされています。

 一方でその頑健そうな見た目とは裏腹に、陽の光に弱く、長時間、陽に当たると火傷みたいな症状が起きるそうです。


 なので、種族としての集落は岩山を削り、洞穴や洞窟をつなげた洞窟街を形成したりします。

 その生活習慣と行動様式から、口さがない者は『蟻人』なんて言ったりもしてます。まぁ、そんなことを口にする人間ほど高い身分で常識知らずだったり――


「まぁ! こんなところに蟻び」


 クリスティーナ君がダメな発言をする前に無言で殴りました。


「君たち二人は教養の授業を最初からやり直す必要がありますね」


 静かに怒りの火を見せている自分に、さすがのクリスティーナ君も涙目のまま、何かを言うのをためらったようです。


 さて、初対面の相手に無礼極まりない行為をしかけたので、ここは大人らしく軽く責任をとってみますか。


「学園教師のヨシュアン・グラムです。生徒会への依頼達成の報と共に、依頼の物をお持ちしました」

「……そうか」


 鍛冶師さんは鷹揚に頷くだけでした。


 そして、ついと動かした目線は地面に置かれた六つの採掘籠。

 吟味するように睨みつける目は、明らかに鉄鉱石の善し悪しを計っているように見えます。


「手前の件は子供のすることと容赦していただけると幸いです」

「……気にしてない」


 まぁ、職人ですからね。

 煩わしい気の回しは逆に面倒なので、嫌がるものです。なので、お言葉に甘えましょう。


「では鉄鉱石の査定をお願いします」


 ようやくと言わんばかりに手近の採掘籠を家の中に持って行ってしまいました。

 自分も採掘籠を持って、中へ。


 生徒たちは自分の行動を見て、採掘籠を持っていかなければならないのだろうと思い、真似をし始めます。

 足取りに迷いがあるのは初めてだからでしょうね。


 鉄鉱石の査定。

 これだけの量の中にどれだけの鉄鉱石があって、どんな質があるかどうかを調べる行為です。

 岩に含まれている量を計らないと、石という不純物を炉の中にくべてしまいますから、査定は慎重に行われます。

 不純物は少ないほうが良いのは言わなくても良いでしょう。鉄だけを抽出する方法は色々ありますが今はまだ語る必要もありません。


 しかし、このドワーフさんは手馴れすぎですね。

 次から次へとルーペ片手に、調べていきます。

 時々、トンカチで鉄鉱石を叩き、音も聞いてます。


「ヨシュアン教師、アレは何を」


 キースレイト君が不思議な儀式にでも遭遇した顔で聞いてきます。


「鉄の含有量を調べているのですよ。これとこれ」


 まだ査定されていない鉄鉱石を二つ、採掘籠から掴み取りました。


「この二つの違いがわかりますか?」


 見た目は形が違うだけ。

 右が黒く大きな鉄鉱石。左が黒さが濃く、青い線が走った小さな鉄鉱石。

 両方共、鉛筆のような輝きを放っています。


「大きさですか?」

「いえ、どちらの鉄鉱石が優れているかです」


 『眼』があると黄の源素の量を見れるので、一瞬でわかってしまいますが『眼』ではわからない部分というのもあります。

 特に質の部分は『眼』だけではなく、経験でしかわからない領域です。


 キースレイト君は左の鉄鉱石をおもむろに指差しました。

 他の子たちも思い思い、優れているだろう鉄鉱石を見極め、指差していきます。


 右がマッフル君とティッド君。左がキースレイト君、フリド君、クリスティーナ君です。


 見事に思想が選択に反映してしまいました。どうしよう。

 左のほうが見た目、良いですもんね。


 あるいは判断基準が見た目しかないのも原因でしょうが。


「正解は右です」


 左の色が濃い鉄鉱石は確かに良質ですが、問題があるのです。


「左の鉄鉱石、青い線があるでしょう? これがオパールです」


 稀に鉄鉱石の中にオパールが混じることがあります。


「加工すれば玉虫色の輝きを放つ宝石ですね。石としての価値が高いのは間違いなく左の鉄鉱石ですが、不純物が多すぎます。逆に右の鉄鉱石には色こそ左より薄いものの不純物が少ない。製鉄の観点からすれば右のほうが良いとされます」


 混じったところで、この程度だと宝石としての価値はないですね。

 しかし、少し思いつくことがありました。


「このオパール入りの鉄鉱石、頂いてよろしいですか? えーっと」

「……ヴァーギンだ」

「ではヴァーギンさん。どうでしょう」

「いらん。クズ石だ」


 剛毅なお話です。

 石としての価値より、あくまで鉄としての価値を求めますか。


「宝石が入ってるのにクズ石なんだ……、へぇ?」


 マッフル君の食いつきがひどいです。

 鉄鉱石をじーっと見ています。もう離さないくらいに。


「製鉄に必要なくても、術式具を作るのに適したものもありますからね。まぁ、今回は術式具に使いませんが」


 これに反応したのは意外にもヴァーギンさんでした。


「お前、術式具元師か」

「えぇ。その腕を買われ王命により教師役を承りました」


「え!?」


 ヴァーギンさんが鼻で返事するより先に全員から驚愕の声が聞こえました。


「先生、もしかしてその道の有名人!?」

「術式の腕を買われての間違いではなくって!?」

「むしろ武術の腕ではなかったのですか!」


 それぞれがどう思っているのか理解できますね。殴りたい。


「武術も術式も生きるために仕方なしです。術式具元師で生計を立てているのですから、当然、本職は術式具元師です」


 なんだと思っているんだ、自分を。


 ちなみに、密かに王室御用達店です。

 というのは、【火榴燈】のような爆発する術式具も存在しているので、敵対はないという理由でバカ王は自分から術式具を買っていきます。

 暗殺される可能性はないとも言えないのが王様の辛いところですね。


 そして、暗殺云々という理由上、やはり公に王室御用達を掲げるわけにもいかないのです。

 そこで証明証、証明看板だけ王室御用達をもらって、店先に掲げないという取り決めをしました。

 書類上だけの王室御用達です。


 バカ王が使用する術式具のメンテも自分が契約をもぎ取っているので、その道の人たちは誰一人、バカ王直属の王室御用達を持てないことに疑問を浮かべています。


 そして、生まれたのが『王室が隠しの術式具元師を抱えている』という噂。

 すでに真相と相違ない筋書きです。


 売上に貢献してくれるから別にいいんですけどね。

 隠れた名店とか、そういう類の方が研究もはかどりますし。客が来すぎて研究できないのだけは止めてほしいので現状で満足しています。


 血税で食うご飯……、とか考えると死にたくなるので考えないようにしてます。


 さて。査定は着々と進みました。

 全てが終わる頃には陽に薄い朱が差していました。


「……悪くない。依頼書を出せ」


 その一言でキースレイト君が皆を代表して、依頼書をヴァーギンさんに渡しました。


 クリスティーナ君とマッフル君が静かだったのは、二人して玄関でうつらうつらと船を漕いでいたからです。

 ティッド君も自分の膝で眠ってしまっています。


 フリド君は外で薪を割っています。


 フリド君は体が鈍ると思ったのか、スクワットし始めたのをヴァーギンさんが不快に思い、「体を動かしたいなら外で薪を割れ」と言ったのが原因ですね。


 キースレイト君だけは自分と静かに会話していました。

 そのほとんどが、たわいのない疑問や質問に自分が答えるという形です。


 シェスタさんはじっと自分を見ているだけで満足していたようです。省エネな生き方ですね。


「二人とも、起きなさい」


 肩を揺すっても起きない二人。

 よし。鼻をつまんであげましょう。


 そして、60数える前に息苦しさで目を覚ました二人が暴れました。


「苦しい! 触んなし!!」

「殺す気ですの!!」


 マジギレされました。こえぇです。

 勢いかかって迫り来る二人の頭を片手で制しつつ、ヴァーギンさんの様子を伺ってみます。


 すると、もう興味を失ったのか、採掘籠を抱えて鍛冶場に入ってしまいました。


「おっさん! 鉄板ってどれくらいでできる!」

「……明日の昼までには用意してやる。とっとと帰れ」


 そこまで話がついていましたか。

 いや、そんなこと言ってましたね。


 自分はキースレイト君から依頼書を受け取って、全員を外に追い出してから向き直ります。


「これにて生徒会の依頼は終了です。細かいポイントの割り振りは後日にしましょう。今日はゆっくり体を休めなさい。では解散!」


 ヴァーギンさんの家の前で解散命令を出して、ようやく採掘依頼が終了しました。


「先生は学び舎に用があるのでここで解散ですよ」


 そう告げると思い思い散っていく、と思ったら、全員、一塊で帰り道を歩いていきますね。

 あ、そういえば全員、同じ方角なのは寮が近いからでした。


「これで依頼、終了?」

「えぇ。シェスタさんもお疲れ様でした」


 急に近い依頼を受けてくれたので、ちゃんと感謝の印に頭を下げました。


「まだ少しなら時間があるから」


 頬を染めて裏向きに『一緒にいたい』なんて言わなくていいんですよ?

 絶対、ごめんですから。


「学び舎に用があるといいましたよ」

「私は都合のいい女なのね……」


 罪悪感を煽るな!


「でも、それがいい」


 罪悪感ふりきって意味不明ですよ。


 引っつこうとするシェスタさんを制しながら、学び舎への道を歩いていきます。

 生徒たちの依頼が終わっても、自分の仕事は終わっていません。

 

 まずは謎を解きに行きましょう。


 キャラバンが到着していない、その謎を。



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