第96話 打ち合わせ
「俺は――神谷智和と同じエクストラバレットに参加していた」
その言葉を聞いた瞬間、蓮は目の前の男から視線を外せなくなった。
父を知っている。
ただの知人ではない。
同じエクストラバレットに放り込まれ、あの異常な世界を一緒に生きた人間が、今ここにいる。
「……本当に、親父と?」
「ああ」
男は静かに頷いた。
「間違いない」
「いつのゲームですか?」
「かなり昔だ。正確な時期まで今ここで話すつもりはない」
「どうして?」
「記憶が曖昧だからじゃない」
男の目が僅かに細くなる。
「中途半端に話せば、かえってお前を間違った方向へ導くからだ」
蓮は何も言えなかった。
男は黒田へ一度視線を送り、それから改めて蓮を見る。
「真壁圭吾だ」
「……真壁さん」
「黒田に見つけられた生還者の一人だと思ってくれればいい」
「親父も……生き残ったんですよね?」
「ああ」
その答えだけは早かった。
「智和は生還した」
分かっていたことだった。
父がその後も生きていた以上、当然の話だ。
それでも。
実際に同じゲームへ参加した人間の口から聞くと、重みが違った。
「どんな人だったんですか」
真壁の眉が僅かに動く。
「親父です。ゲームの中では」
「……ろくでもない奴だったよ」
予想外にあっさりした答えに、蓮は瞬きをした。
隣で葵が僅かに口元を緩める。
「やっぱりですか」
「息子が納得するな」
「いや……俺が知ってる親父もそんな感じなんで」
真壁が小さく笑った。
「金に執着してた。自分が助かる確率ばかり考えて、危ない場面でも賭けみたいなことをする。何度も死にかけた」
「……親父らしい」
「だが」
真壁の表情から笑みが消えた。
「最後まで、それだけの男だったわけじゃない」
蓮は顔を上げる。
「どういう意味です?」
「エクストラバレットで出会った人間がいた」
嫌なほど。
胸が反応した。
「神崎……ですか?」
今度は真壁の方が驚いた。
「知っているのか」
「莉奈から聞きました」
「……そうか」
真壁はそれだけで理解したらしい。
「智和と、神崎莉奈の父親はゲームの中で出会った」
蓮が莉奈から聞いていた話と一致する。
「最初から知り合いだったわけじゃないんですよね?」
「ああ。赤の他人だった」
エクストラバレットで出会い。
協力し。
生き残ろうとした。
そして、その関係はゲームの外へも続いた。
「詳しく聞きたいです」
蓮が身を乗り出す。
だが。
真壁は首を横に振った。
「今はやめておけ」
「なんで?」
「俺の口から全部聞く話じゃない」
「でも、親父はもう死んでる」
「分かってる」
「莉奈も……」
そこまで口にして。
蓮の声が止まった。
真壁は急かさなかった。
「だから知りたいんです」
「ならなおさらだ」
真壁は静かに言った。
「他人の記憶だけで、智和の過去を全部決めるな」
「…………」
「俺が知っているのは、俺が見た神谷智和だけだ」
その言葉に。
蓮は返せなかった。
確かにそうだった。
自分が知っている父親。
莉奈が知っていた父親。
真壁が知っている父親。
同じ人間でも。
見えていたものは違う。
「ただ」
真壁が続けた。
「お前が本気で智和のことを調べるなら、一つだけ教えられる」
蓮の目が変わった。
「何ですか?」
「ゲームが終わったあとだ」
「……あと?」
「智和はエクストラバレットから距離を置かなかった」
黒田も真壁を見る。
「やはりか」
「ああ」
真壁が頷く。
「俺は二度と関わりたくなかった。だが智和は違った」
「親父は何をしてたんですか?」
「そこまでは知らない」
「でも何か知ってるんですよね?」
「何度か会った」
生還後。
時間が経ってから。
真壁は智和と再会している。
「最初は偶然だった」
「どこで?」
真壁が少し黙る。
それから答えた。
「賭場だ」
「……賭場?」
「普通の店じゃない」
蓮は眉を寄せる。
「違法カジノ?」
「そう思っていた」
「思っていた?」
「俺も中のすべてを知っていたわけじゃないからな」
真壁の声が少し低くなる。
「金持ちばかりだった」
「…………」
「普通のギャンブル好きが遊びに行くような場所じゃない。掛け金の桁も、来ている人間も違った」
蓮は黒田を見る。
黒田の顔つきが変わっている。
「場所は?」
黒田が尋ねた。
「もうない」
「確認したのか」
「とっくにな」
真壁が答える。
「俺が知っていた場所は消えた。建物自体は残ってるが、中身は別物だ」
「他には?」
「知らない」
黒田が考え込む。
「でも」
蓮が口を挟む。
「そこで親父を見たんですよね?」
「ああ」
「客として?」
「最初はそう思った」
「……違った?」
真壁はすぐには答えなかった。
「分からない」
「…………」
「智和が賭けていたのか。それとも別の理由でそこにいたのか。俺には判断できなかった」
ただ。
一つだけ。
今でも覚えていることがあるという。
「俺を見た智和は、ひどく嫌な顔をした」
「親父が?」
「ああ」
「なんて言ったんです?」
真壁は当時を思い出すように目を細めた。
「帰れ」
「……それだけ?」
「最初はな」
それでも真壁が理由を聞くと。
智和は低い声で言ったという。
『ここは、お前が来る場所じゃない』
蓮の胸がざわついた。
「それって……」
「分からん」
真壁は先回りして言った。
「その場所がエクストラバレットと繋がっていたのかどうか、俺は確認できなかった」
黒田も口を挟まない。
断定できない。
だからこそ。
今まで黒田にも詳しく話していなかったのだろう。
「そのあと親父とは?」
「何度か会った」
「同じ場所で?」
「いや」
真壁は首を横に振る。
「だが、最後に会った頃の智和は明らかに変わっていた」
「どう?」
「怯えていた」
蓮は息を止める。
あの父親が。
「何に?」
「分からん」
「何か言ってませんでした?」
「ほとんど何も」
そして。
最後に会った時。
智和は真壁へ一つだけ頼んだという。
『俺のことを探すな』
「……それだけ?」
「ああ」
「俺のことは?」
「聞いてない」
蓮は少しだけ肩を落とした。
真壁はそれを見てから続ける。
「ただな」
「?」
「息子がいることは聞いていた」
蓮が顔を上げる。
「親父が?」
「ああ」
「なんて?」
真壁は少しだけ笑った。
「ろくでもない親父だって、自分で言ってたよ」
「…………」
「それは否定できない」
「お前まで言うな」
葵がとうとう小さく吹き出した。
蓮も少しだけ笑った。
父親の話をして。
笑った。
そんなことは、いつ以来だろう。
けれど。
すぐに蓮の意識は一つの言葉へ戻る。
賭場。
普通ではない客。
異常な掛け金。
そして。
そこにいた神谷智和。
「黒田さん」
「ああ」
蓮が言うより先に、黒田は理解していた。
「調べる」
「ですよね」
「ただし、昔の場所を直接探っても意味は薄い」
黒田は真壁を見る。
「当時の客。関係者。資金の流れ。似た形式の違法賭博。そこから辿る」
「そんなことできるんですか?」
「簡単ではない」
黒田は答える。
「だが、今までよりはましだ」
初めて。
場所に繋がる可能性のある情報が出た。
真壁が知っていた賭場そのものは消えている。
それでも。
同じ人間たちが。
同じような場所を。
今も使っている可能性はある。
「俺も調べます」
蓮が言う。
「神谷」
「止めてもやりますよ」
「止めるつもりはない」
黒田は蓮を見る。
「ただし勝手に動くな」
「分かってます」
「本当か?」
「……なるべく」
「信用できんな」
「黒田さんに言われたくないです」
「俺は一人で調べて二回目に放り込まれた人間だぞ」
「余計駄目じゃないですか」
「だから言ってる」
葵が呆れたように二人を見る。
「似た者同士なんじゃない?」
「違う」
「違う」
蓮と黒田の声が重なった。
今度は葵が声を出して笑った。
ほんの短い時間。
部屋の空気が軽くなる。
しかし。
蓮はまだ知らなかった。
この日。
真壁から聞いた、ほんの僅かな情報。
父親が出入りしていたという、名前すら分からない裏の賭場。
その存在が。
再び。
蓮をエクストラバレットへ近づけていくことを。
そして。
今度は蓮がゲームを探すのではない。
その先で。
ゲームの方から。
神谷蓮を見つけ出すことになる。




