第87話 配当金
ゲームは終わった。
けれど。
観客たちは、まだ誰一人として席を立とうとはしなかった。
巨大スクリーンには、先ほどまでの最終結果が残されている。
GAME CLEAR
PLAYER 01 神谷 蓮
PLAYER 05 夢篠 佳子
PLAYER 08 水野 葵
PLAYER 09 黒田 修司
PLAYER 12 七瀬 詩織
GAME OVER
PLAYER 02 相馬 直人
PLAYER 03 高橋 健吾
PLAYER 04 桐谷 真由
PLAYER 06 藤堂 蓮司
PLAYER 07 白石 悠真
PLAYER 10 橘 美月
PLAYER 11 三浦 和也
PLAYER 13 神崎 莉奈
PLAYER 14 佐伯 美咲
PLAYER 15 古瀬 聡子
十五人の名前。
五人が生き残り、十人が脱落した。
それだけでも、賭けの勝敗はほとんど決まっている。
だが、エクストラバレットにはまだ続きがあった。
「そろそろか」
観客席の一角で、年配の男がグラスを傾けながら呟く。
隣に座っていた若い男が振り向いた。
「何がです?」
「結果発表だよ」
「もう出たじゃないですか」
「違う」
男は薄く笑った。
「ここからが答え合わせだ」
「……答え合わせ?」
その意味を尋ねようとした瞬間、会場の照明が落ちた。
巨大スクリーンから十五人の名前が消える。
代わりに、白い文字が浮かび上がった。
《ゲーム終了後・非公開情報開示》
アナウンスが流れる。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました』
『最終結果の確定に伴い、これまで非公開となっていた参加者情報の一部を開示いたします』
「非公開情報……?」
若い男が眉を寄せる。
年配の男は、やはり、とでも言いたげに笑っていた。
最初に表示されたのは。
《PLAYER 01》
《神谷 蓮》
顔写真。
年齢。
職業。
ゲーム開始前にも公開されていた基本情報が並び、その下へ新たな項目が追加される。
《参加回数》
《初参加》
「初参加……」
若い男が呟いた。
「こんなのあったんですか?」
「ああ」
「じゃあ、ゲーム前から分かってたんですか?」
「いや」
年配の男が首を振る。
「公式にはな」
「公式には?」
次のPLAYERへ切り替わる。
《PLAYER 02 相馬 直人》
《GAME OVER》
《参加回数》
《初参加》
さらに。
《PLAYER 03 高橋 健吾》
《初参加》
《PLAYER 04 桐谷 真由》
《初参加》
結果が順番に公開されていく。
そして。
《PLAYER 05 夢篠 佳子》
《GAME CLEAR》
《参加回数》
《初参加》
「夢篠も初参加か」
「そうだ」
「じゃあ全員初参加なんじゃ……」
「見てろ」
年配の男はスクリーンから目を離さない。
《PLAYER 06 藤堂 蓮司》
《初参加》
《PLAYER 07 白石 悠真》
《初参加》
そして、次。
《PLAYER 08 水野 葵》
《GAME CLEAR》
顔写真の横に、それまでとは違う文字が表示された。
《参加回数》
《2回目》
会場が一気にざわめいた。
「……え?」
若い男が固まる。
「二回目?」
「ほらな」
「待ってください、水野って二回目だったんですか!?」
周囲からも声が上がる。
「マジかよ!」
「先に言えよ!」
「だから妙に落ち着いてたのか?」
「二回目なら話が違うだろ!」
だが、別の場所から笑い声が聞こえた。
「今さら何言ってんだ」
「水野だぞ?」
「前のゲーム見てれば分かるだろ」
「名前も顔もそのままなんだからな」
若い男が年配の男を見る。
「……知ってたんですか?」
「見覚えはあった」
「だったら教えてくださいよ!」
「何で?」
男は笑った。
「こっちだって金を賭けてるんだぞ」
「……」
「自分で覚えておけ」
競馬で、過去のレースを知る者ほど予想材料が増えるように。
ここでも、過去のゲームを見ていることそのものが情報になる。
運営は参加回数を事前には公表しない。
だが、過去を知る観客の記憶までは消せない。
続いて。
《PLAYER 09 黒田 修司》
《GAME CLEAR》
《参加回数》
《2回目》
再び声が上がった。
「黒田も!?」
「こいつは分かりやすかっただろ」
「俺、今回が初めてなんだよ!」
「なら勉強代だな」
「ふざけんな!」
怒号と笑い声が入り混じる。
悔しそうに端末を見る者。
得意げにグラスを掲げる者。
観客たちの反応を置き去りにして、結果発表は続いていった。
《PLAYER 10 橘 美月》
《初参加》
《PLAYER 11 三浦 和也》
《初参加》
《PLAYER 12 七瀬 詩織》
《GAME CLEAR》
《参加回数》
《初参加》
そして。
次の名前が表示された。
《PLAYER 13 神崎 莉奈》
《GAME OVER》
その下へ、新しい項目が現れる。
《特殊役割》
《ゲームマスター》
一瞬。
会場が静まり返った。
直後だった。
「は!?」
「ゲームマスター!?」
「PLAYERの中にいたのかよ!」
「神崎が!?」
初めて観戦する者たちが一斉に声を上げる。
しかし。
それ以上に大きな声が、別の一角から飛んだ。
「ちょっと待て!」
高級そうなスーツを着た男が、勢いよく立ち上がっていた。
その顔に浮かんでいるのは驚きではない。
動揺だった。
「神崎……GAME OVERだと?」
隣の男もスクリーンを見つめたまま固まっている。
「嘘だろ……」
「お前、神崎に入れてたのか?」
「当たり前だ! ゲームマスターだぞ!」
男は自分の端末を掴み、もう一度結果を確認する。
そこに表示されている文字は変わらない。
《PLAYER 13 神崎 莉奈》
《GAME OVER》
「ゲームマスターが負けたのか!?」
その声が会場に響いた。
今度は、初めて来た観客たちが戸惑った。
「……どういうことだ?」
「ゲームマスターって、そんなに強いのか?」
「強いっていうより……経験が違うんだよ」
常連らしい別の男が答える。
「進行役として何度もゲームに入ってる奴もいる。普通の初参加と同じ感覚で賭ける馬鹿はいない」
「じゃあ……あの女がゲームマスターだって知ってたのか?」
「運営から聞いたわけじゃない」
男は肩をすくめた。
「顔を覚えてただけだ」
別の常連が苦々しく吐き捨てる。
「神崎は残ると思ってた。少なくとも、あんな終わり方は読めねえよ」
「俺もだ。神谷と再会してから完全に狂った」
「ゲームマスターだからって死なないわけじゃないってことか」
「分かってる。分かってるが……」
端末を握った男が歯を食いしばる。
「それでも神崎がGAME OVERになる方に賭けられるかよ……!」
初参加の観客には分からない。
だが、何度もエクストラバレットを見てきた者ほど。
神崎莉奈という名前の意味を知っていた。
だからこそ。
その死は彼らにとって、大きな番狂わせだった。
若い男は呆然とその光景を見回した。
「……こんなの、初めて来た人間、不利すぎません?」
年配の男が笑う。
「だから覚えるんだよ」
「覚える?」
「名前と顔をな」
男はスクリーンを指した。
「次に出てきた時、それが金になる」
そして。
発表は最後に近づく。
《PLAYER 14 佐伯 美咲》
《初参加》
十五人目。
《PLAYER 15 古瀬 聡子》
《GAME OVER》
その下に。
《特殊役割》
《ゲームマスター》
再び、大きなどよめきが起こった。
「二人いたのか!」
「古瀬も!?」
「全然分からなかった!」
だが。
今度は常連たちの間にも、先ほどとは違うざわめきが走った。
「古瀬も落ちてる……」
「ゲームマスターが二人ともGAME OVER?」
「今回どうなってんだよ」
「二人とも死んだのか……?」
神崎莉奈。
古瀬聡子。
二人のゲームマスター。
そのどちらも、生きてゲームを終えることはできなかった。
「運営側だから安全ってわけじゃないんだな……」
初参加らしい男の呟きに。
常連が鼻で笑った。
「当たり前だ」
その目は、まだスクリーンに向けられている。
「首輪をつけて島に入った時点で、あいつらも賭けの対象だ」
画面には、十五人の情報が並んだ。
ゲーム中には明かされなかったもの。
参加者自身ですら知らなかったもの。
それがゲーム終了と同時に、観客たちへ答え合わせとして公開されていく。
だが。
発表は、それだけでは終わらなかった。
画面が暗転する。
次に表示されたのは。
《殺害判定》
「来たぞ」
年配の男が身体を起こす。
若い男がスクリーンを見る。
「殺害判定……?」
「ここから配当が動く」
誰が、誰の死に最終的な責任を持つのか。
複数人が傷を負わせていたとしても、誰に殺害実績を与えるかは運営側の判定によって決められる。
その記録の一つが、大きく表示された。
《殺害者》
《PLAYER 08 水野 葵》
《死亡PLAYER》
《PLAYER 02 相馬 直人》
「水野だ」
誰かが言った。
「最後に撃ったからな」
その下へ、相馬に蓄積されていた参加者価値が表示される。
《価値移転》
《基本移転率 30%》
一度、三十パーセントという数字が現れた。
だが。
すぐに表示が更新される。
《2回目参加者補正》
《最終移転率 15%》
「あっ!」
若い男が声を上げる。
「半分になった!」
「二回目だからな」
年配の男が答える。
「経験者は初参加より有利だ。通常と同じ取り分にはならない」
「じゃあ水野が初参加だったら?」
「三十パーセント」
「二回目だから十五?」
「そういうことだ」
若い男は呆れたようにスクリーンを見る。
「そんなルールまで隠してるんですか」
「賭ける前に全部教えてもらえると思うな」
男は笑った。
「知らない奴から負ける」
画面では、葵へ移転する価値が確定する。
《殺害判定 確定》
《参加者価値の移転を完了しました》
次々に、ゲーム中に発生した死亡が精算されていく。
通常参加者による殺害なら。
《移転率 30%》
二回目の参加者なら。
《2回目参加者補正》
《移転率 15%》
そして。
ゲームマスターにも。
《ゲームマスター補正》
《移転率 15%》
同じ補正が入る。
「なるほどな」
「ゲームマスターも十五か」
「そりゃそうだろ。普通のPLAYERと同じ条件なら有利すぎる」
「もっとも、死んだら意味ないけどな」
その一言に。
神崎へ大金を賭けていた男が睨みつける。
「……笑えねえよ」
周囲から小さな笑いが起こった。
数字が動く。
金が動く。
一人の死が。
別のPLAYERの価値へ変換されていく。
そして。
《最終配当計算》
五人のGAME CLEAR者。
《PLAYER 01 神谷 蓮》
《PLAYER 05 夢篠 佳子》
《PLAYER 08 水野 葵》
《PLAYER 09 黒田 修司》
《PLAYER 12 七瀬 詩織》
それぞれに、ゲーム中の結果を反映した数字が加算されていく。
生存結果。
殺害判定。
参加者価値。
そして、観客たちが賭けた金。
それらすべてをもとに、最終的な配当が確定していく。
もちろん。
参加者たちは知らない。
自分がいくらの価値をつけられていたのか。
自分の行動で、どれだけの金が動いたのか。
誰かを殺した瞬間。
画面の向こうで誰が笑い、誰が絶望したのか。
何も知らない。
彼らに知らされていたのは。
生き残った者たちで分ける。
賞金総額十億円。
それだけだった。
ここで動いている金は、それとは別物。
観客たちだけが参加する。
もう一つのゲームだった。
やがて。
会場にアナウンスが響く。
『お待たせいたしました』
ざわめきが静まっていく。
『最終結果ならびに殺害判定の集計が完了いたしました』
観客たちが一斉に自分の端末を見る。
『ただいまより、確定結果に基づく配当金の分配を開始いたします』
数字が表示される。
「来た!」
「よし!」
「嘘だろ……」
「こんなに付くのか!」
「相馬で全部飛んだ……」
「水野に入れといて正解だったな」
「俺は神崎で終わった……ゲームマスターが死ぬなんて聞いてねえぞ」
「だから賭けなんだろ」
歓声。
落胆。
笑い。
怒声。
同じ会場で、勝った者と負けた者が分かれる。
若い男の端末にも最終結果が表示された。
「……負けた」
「いくら?」
「聞かないでください」
「次がある」
年配の男は何でもないことのように言った。
「次……」
若い男が顔を上げる。
「またやるんですか?」
男は答えなかった。
ただ、空になったグラスをテーブルへ置く。
巨大スクリーンには。
最後の表示。
《配当処理完了》
《ご観戦ありがとうございました》
柔らかな音楽が流れる。
まるで映画か、スポーツイベントでも終わったかのように。
観客たちは席を立ち始めた。
勝った者は笑いながら。
負けた者は次の賭けを口にしながら。
誰も。
島に残された死体のことなど話していなかった。
彼らにとって。
十五人が命を賭けた七十二時間は。
すでに。
過去のレースになっていた。




