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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第81話 2人ともいらない

「二人とも、いらない」


 莉奈の手に握られた銃が、詩織と佳子の間をゆっくりと行き来する。


 ほんの少し前まで、その手には刀があった。


 けれど今、その刀は濡れた草の上に捨てられている。


 代わりに莉奈が握っているのは、相馬に両手を撃たれた佳子が落とした銃だった。


「莉奈」


 蓮は自分の銃を握ったまま、莉奈から目を離さなかった。


「それを下ろせ」


「嫌」


「相馬がまだいるんだぞ」


「知ってるよ」


「だったら今は――」


 乾いた銃声が森を裂いた。


「伏せろ!」


 黒田の声が飛ぶ。


 蓮が反射的に詩織の前へ身体を入れた直後、すぐ近くの幹から樹皮が弾け飛んだ。


「くそっ!」


 黒田が相馬のいる方向へ撃ち返す。


 一発。


 続けてもう一発。


 木々の奥で人影が動いた。


 相馬だった。


 撃っては隠れ、また別の木へ移る。


 腕も脚も負傷しているはずなのに、それでもこちらから離れようとはしない。


「神谷、出るな!」


 黒田は森を睨んだまま叫んだ。


「あいつ、俺たちが動くのを待ってる!」


「分かってる!」


 蓮も相馬が消えた場所へ銃を向ける。


 だが、その背後には莉奈がいる。


 相馬だけを見ているわけにはいかなかった。


「蓮」


 莉奈の声。


 振り向く。


 銃口は詩織へ向いていた。


「私じゃなくて、また詩織を守ったね」


「今撃たれただろ!」


「うん」


「だったら分かるだろ!」


「分かるよ」


 莉奈は笑った。


「だから嫌なの」


 蓮の表情が強張る。


「莉奈……」


「相馬が撃ったら詩織を守る。佳子が怪我してたら佳子を心配する」


 莉奈の視線が佳子へ移る。


「私が何かしようとしたら止める」


「当たり前だろ」


「またそれ」


 莉奈の笑みが薄くなる。


「蓮にとっては、全部当たり前なんだね」


「何が言いたいんだよ」


「私は?」


 蓮が言葉に詰まる。


「私は蓮の何?」


「莉奈、今そんな話してる場合じゃ――」


「私には今しかない!」


 突然、莉奈の声が森に響いた。


 蓮が息を呑む。


「ずっと待ってたの」


 銃を握る手が震えていた。


「蓮が来るの。ずっと待ってた」


「莉奈……」


「ずっと一緒って言ったから」


 その言葉だけは、怒りではなかった。


「だから私、それだけは忘れなかった」


 森の奥で枝が鳴った。


 黒田が即座に反応する。


「相馬!」


 銃声。


 黒田が身を伏せる。


 弾丸が木へ突き刺さり、黒田も撃ち返した。


「神谷! そいつから目を離すな!」


 どっちだ。


 蓮には一瞬分からなかった。


 相馬か。


 莉奈か。


 どちらも銃を持っている。


 どちらも詩織と佳子を殺しかねない。


「莉奈」


 蓮はゆっくり銃を下げた。


「頼む」


 莉奈の瞳が僅かに揺れる。


「銃を置いてくれ」


「……お願い?」


「ああ」


「私に?」


「そうだよ」


 莉奈の銃口が少しだけ下がった。


「だったら」


 小さな声。


「こっち来て」


「え?」


「私のところに来て」


 蓮は動けなかった。


 莉奈がいる場所まで行けば、詩織と佳子から離れる。


 すぐ近くでは、相馬がこちらを狙っている。


「莉奈、今は無理だ」


「どうして?」


「詩織も佳子も動けないんだぞ」


 その答えを聞いた瞬間。


 莉奈の目から迷いが消えた。


「……やっぱり」


「違う。そういう意味じゃない」


「何が違うの?」


「二人とも撃たれてるんだ!」


「私は撃たれてないから?」


「そうじゃない!」


「じゃあ来てよ」


 莉奈が一歩後ろへ下がった。


「私のところに来て」


「莉奈」


「詩織と佳子から離れて」


「できない」


 即答してしまった。


 莉奈の顔から表情が消えた。


「……そっか」


 銃口が持ち上がる。


「莉奈!」


 今度は詩織ではない。


 佳子へ向いた。


「莉奈、やめて」


 佳子は両手を身体の前へ寄せながら、それでも莉奈から目を逸らさなかった。


「それ、私が落とした銃でしょ」


「そうだね」


「返して」


「嫌」


「蓮が嫌がってる」


 莉奈の眉が動く。


「またそれ」


「何が?」


「蓮が嫌がる。蓮が心配する。蓮が悲しむ」


 銃口が僅かに揺れた。


「佳子はずっと蓮のことばっかり」


「莉奈だってそうでしょ!」


「一緒にしないで」


「何が違うのよ!」


「全部!」


 莉奈の声が荒れる。


「私はずっと蓮を待ってた!」


「だったら!」


 佳子も声を張った。


「蓮が嫌がることしないでよ!」


 莉奈の目が見開かれる。


「蓮が好きなら分かるでしょ!」


「……うるさい」


「莉奈!」


「うるさい!」


 莉奈の銃口が佳子へ定まる。


 蓮が動いた。


「やめろ!」


 直後。


 銃声が響いた。


 蓮の足元の土が弾ける。


「っ!」


「神谷、出るな!」


 相馬だ。


 黒田が森へ銃を向け、撃ち返す。


「こっちが揉めてるの分かってやがる!」


 相馬の射撃間隔が短くなっていた。


 こちらが互いに銃を向け合っている。


 その隙を見逃していない。


 もう一発。


 今度は詩織の近く。


 蓮は反射的に詩織へ身体を寄せた。


「蓮!」


「動くな!」


 詩織を木の陰へ押し戻す。


 その姿を、莉奈は見ていた。


 蓮が。


 また詩織を守った。


「……また」


 小さな声だった。


 けれど蓮には聞こえた。


「莉奈?」


「また詩織」


「違う!」


「何が?」


「相馬が撃ってきてるんだぞ!」


「分かってる!」


 莉奈の目に涙が滲んだ。


「分かってるよ!」


 それでも銃口は下がらない。


「分かってるけど嫌なの!」


 莉奈が詩織を見る。


「この人がいるのが嫌!」


「莉奈……」


「佳子も!」


 今度は佳子。


「二人とも蓮の近くにいる!」


「そんな理由で――」


「私にはそんな理由じゃない!」


 蓮の言葉を遮った。


「蓮しかいなかったんだよ!」


 震える声が森に響いた。


「ずっと!」


 蓮は何も言えなかった。


「蓮がいればいいって思ってた! 蓮に会えたら全部どうでもいいって思ってた!」


 莉奈の頬を涙が伝う。


「なのに蓮は違う!」


「莉奈……」


「私だけじゃない!」


 莉奈の指が引き金へかかる。


「莉奈、やめろ!」


「私だけ見てよ!」


 銃口が詩織へ向いた。


「莉奈!」


 蓮が一歩踏み出す。


 その瞬間。


 相馬が撃った。


 蓮の横を弾丸が抜ける。


 黒田が応射する。


 森の奥からも銃声。


 すぐ近くでも銃口が向けられている。


 どこを見ても、誰かが誰かを狙っている。


 詩織の呼吸が荒くなる。


 目の前には莉奈。


 森には相馬。


 蓮は自分の前にいる。


 佳子は両手を撃たれている。


 黒田は相馬から目を離せない。


 そして。


 莉奈の銃口が自分へ向いている。


「詩織、動くな」


 蓮が言った。


「俺が――」


「嫌」


 詩織が呟いた。


「え?」


「もう……嫌」


 詩織の手が動いた。


 持っているのは蓮の拳銃。


「詩織?」


「私のせいで……」


 震える手で持ち上げる。


「詩織、待て!」


「蓮が撃たれるのも……」


 腕に力を込める。


 脇腹が激しく痛む。


 それでも。


「誰かが死ぬのも……もう嫌!」


 銃口が莉奈へ向いた。


 莉奈も詩織を見る。


 二人の銃口が互いを捉えた。


「詩織!」


 蓮の叫び。


 詩織も叫んだ。


「もうやめてよ!」


 発砲。


 莉奈の身体が大きく揺れた。


「――え」


 銃を握った腕が下がる。


 胸の辺り。


 莉奈の服に赤い色が広がっていく。


 呼吸をしようとしても、うまく息が入ってこない。


 唇の間から、掠れた息だけが漏れた。


「莉奈……?」


 蓮の顔から血の気が引いた。


 莉奈の膝が折れる。


「莉奈!」


 その瞬間。


 蓮は走り出していた。


 相馬のことも。


 黒田の制止も。


 詩織のことさえ。


 その一瞬だけは、何も考えていなかった。


 撃たれた莉奈だけを見ていた。


「莉奈!」


 その声に。


 莉奈がゆっくり顔を上げた。


 自分へ向かって走ってくる蓮が見えた。


 迷わず。


 まっすぐに。


 詩織のところではなく。


 佳子のところでもなく。


 自分のところへ。


 莉奈の目が、ほんの少し見開かれた。


「……あ」


 痛みで歪んでいたはずの顔から。


 力が抜けた。


 そして。


 笑った。


 それは、さっきまで詩織や佳子へ向けていた歪んだ笑みとは違っていた。


 子供みたいな。


 何も疑っていない。


 ただ嬉しくて仕方がないような笑顔だった。


「……蓮」


 ずっと。


 この瞬間を待っていたような気がした。


 名前を呼べば振り返ってくれる。


 手を伸ばせば来てくれる。


 自分が傷つけば、自分のために走ってきてくれる。


 昔。


 転んで膝を擦りむいた時。


 泣いていた自分のところへ来てくれた、あの頃みたいに。


 胸から血が流れていることも。


 息ができないことも。


 もうどうでもよかった。


 蓮が。


 自分を見ている。


 自分だけを見て。


 こちらへ走ってくる。


 それだけでよかった。


 莉奈は泣きそうなほど幸せそうに微笑んだ。


 ――やっと。


 やっと、こっちを見てくれた。


 その笑顔を見て。


 蓮の胸に、理由の分からない痛みが走った。


「莉奈、待ってろ!」


 あと少し。


 手を伸ばせば届く。


 莉奈の身体がゆっくり傾いていく。


 それでも。


 彼女の目は蓮から離れなかった。


 笑っていた。


 最後まで。


 自分のところへ走ってくる蓮を見ながら。


 けれど。


 莉奈の視界の向こうには。


 もう一人いた。


 蓮が今まで守っていた女。


 詩織。


 莉奈の微笑みは消えなかった。


 むしろ。


 蓮が自分へ向かってきてくれたからこそ。


 もう迷わなかった。


 震える腕が上がる。


「莉奈!」


 蓮の声が届く。


 莉奈は蓮を見たまま。


 微笑んだまま。


 引き金を引いた。


 発砲。


 詩織の首元で何かが弾けた。


「――っ!」


 身体が後ろへ跳ねる。


 金属片が飛んだ。


 首輪。


 銃弾を受けた首輪の一部が砕け、留め具ごと裂ける。


 黒い輪が詩織の首から外れた。


 地面へ落ちる。


 爆発は。


 しなかった。


「詩織!」


 佳子が叫ぶ。


 詩織は答えなかった。


 崩れるように倒れた身体が、木の根元へ沈む。


 首元から血が流れている。


 外れた首輪が、そのすぐ横に転がった。


 蓮の足が一瞬止まりかける。


 直後、黒田が何かに気づいた。


「神谷!」


 声の色が変わった。


「走れ!」


 蓮には意味が分からなかった。


 森の奥。


 木の陰。


 負傷した相馬がいた。


 片手を振り終えたところだった。


 何かが地面を跳ねた。


 黒田の顔色が変わる。


「伏せろ!」


 蓮が振り向く。


 足元から少し離れた場所。


 転がっているものが見えた。


 理解するより早く。


 爆発した。


 視界が白く染まる。


 音が消えた。


 身体が地面から浮いた。


 どちらが上なのかも分からない。


 蓮は爆風に押し飛ばされ、そのまま何度も地面を転がった。


 肩。


 背中。


 頭。


 何かにぶつかる。


 止まらない。


 やがて。


 柔らかいものへ身体がぶつかった。


「……っ」


 息が詰まる。


 耳鳴りしか聞こえない。


 目の前が霞んでいる。


 蓮は自分がどこにいるのかも分からないまま、震える腕で身体を起こそうとした。


 その下に。


 誰かがいる。


 ぼやけた視界の中。


 黒い髪が見えた。


「……莉……奈……?」


 爆風で吹き飛ばされた蓮は。


 倒れていた莉奈のところまで転がり。


 その身体へ覆い被さるようにして、倒れていた。

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