第53話 あと十人
朝の森には、昨夜までとは違う静けさがあった。
木々の隙間から差し込む日差しが、夜露に濡れた葉を淡く照らしている。風が吹けば枝葉が擦れ、遠くからは鳥の鳴き声まで聞こえてきた。
この島で何人もの人間が死んでいることなど、一瞬だけ忘れてしまいそうな朝だった。
その中を、相馬直人は1人で歩いていた。
右腕には、佳子が巻いてくれた布が残っている。
聡子に撃たれた弾は上腕を貫通していた。出血こそ落ち着いているものの、腕を振るだけで傷の奥が疼く。腫れも強くなっており、右手にはほとんど力を入れられなかった。
相馬は右腕を身体へ寄せ、左手で枝を払いながら進んでいた。
佳子と別れてから、ほとんど眠っていない。
眠れるはずがなかった。
目を閉じるたび、藤堂の顔が浮かぶ。
『人間は……数字じゃない』
そして、その後には佳子の声が続いた。
『相馬は藤堂さんを見てなかった』
『見てたのは数字でしょ』
「……分かってるよ」
誰もいない森で呟く。
藤堂を殺したわけではない。
自分が撃ったわけでもない。
見つけた時には腹を撃たれ、すでに瀕死だった。
自分が何かしたところで、助からなかったかもしれない。
そう考えれば、いくらでも言い訳はできた。
だが――助けようとしなかった。
佳子が藤堂を助けようとした時、自分は止めた。
その事実だけは変えられない。
相馬は足を止め、端末を取り出した。
画面を点ける。
《TARGET:11》
真由が死んで、13から12になった。
藤堂が死んで、12から11になった。
相馬が画面を消そうとした、その時だった。
ピッ――。
短い電子音が鳴った。
「……?」
画面が自動的に切り替わる。
《DEATH CONFIRMED》
相馬の指が止まった。
続いて、新たな表示が現れる。
《TARGET UPDATE》
《11 → 10》
「……また?」
誰かが死んだ。
昨夜から今朝までの間に、もう1人。
名前は表示されない。
どこで死んだのかも、どうやって死んだのかも分からない。
ただ死亡が確認され、自分の条件に反映された。
《TARGET:10》
あと10人。
相馬は長い間、その数字を見つめた。
「……減った」
無意識に漏れた言葉だった。
直後、自分の口から出た言葉に顔を歪める。
誰かが死んだのだ。
それなのに最初に考えたのは、また1人減ったということだった。
「最低だな……」
端末を握ったまま、近くの木へ背中を預ける。
だが、もう1つの感情も確かに存在していた。
何もしなくても減っている。
真由。
藤堂。
そして今、また誰かが死んだ。
このまま待っていれば――。
「……10人だぞ」
残っているのは10人。
72時間が終わるまでに、その全員の死亡が確認されなければならない。
本当にあと10人も、自分が何もしないまま死んでいくのか。
そんな保証はどこにもない。
もし最後まで誰かが生き残れば、自分の条件は達成できない。
首輪は外れない。
そして、自分が死ぬ。
相馬は端末をしまった。
「俺が決めた条件じゃない……」
また同じ言葉を口にする。
それが言い訳だということくらい、自分でも分かっていた。
*
それからしばらく森を歩いた。
右腕の痛みが強くなり、何度か立ち止まりながら進んでいると、木の根元に不自然なものが見えた。
黒いケースだった。
枯れ葉に半分埋もれている。
相馬は足を止めた。
「……何だ?」
周囲を見回す。
人の姿はない。
警戒しながら近づき、左手でケースを引き寄せる。
表面は泥で汚れていた。
誰かが落としたものなのか、それとも島に配置された物資なのか。
相馬には分からない。
少し迷ったあと、留め具を外した。
蓋を開く。
相馬の動きが止まった。
「……銃?」
中に収められていたのは、黒い小型の銃だった。
拳銃より大きい。
短い銃身にグリップ、折り畳まれたストック。その横には予備らしい弾倉も収められている。
相馬に銃器の知識などほとんどない。
正確な名称までは分からなかった。
ただ、小型のマシンガンのような武器だということだけは分かる。
左手で持ち上げた。
ずしりとした重さが手首へ掛かる。
「重っ……」
右手を添えようとして、傷の痛みに顔をしかめた。
まともに両手では構えられない。
捨てた方がいい。
そんな考えが浮かんだ。
これを持っていれば、使うことになるかもしれない。
だが、ケースへ戻そうとした時、首元の金属が意識に入った。
続いて、端末に表示された数字が頭に浮かぶ。
10。
相馬の手が止まった。
「……護身用だ」
誰も聞いていない。
「自分から撃たなきゃいい」
相馬は銃をケースへ戻さなかった。
予備の弾倉も持ち、再び歩き始めた。
*
しばらくして、人の声が聞こえた。
相馬はすぐに足を止めた。
反射的に近くの太い木へ身を隠し、声のする方向を覗く。
3人がいた。
黒田修司。
三浦和也。
橘美月。
相馬の視線が黒田の手元で止まった。
長い銃を持っている。
以前に会った時には持っていなかった武器だった。
「……あいつも銃を」
いつ、どこで手に入れたのか。
相馬には分からない。
三浦は歩いてはいるものの、ときおり脇腹へ手を当てていた。足取りにも僅かなぎこちなさが残っている。
真由の持っていた黒いスタンガンを受けた影響が、まだ抜けきっていなかった。
美月は2人から少し遅れて歩いている。
俯いたまま、ほとんど顔を上げない。
相馬は息を潜めた。
3人とも生きている。
頭の中に数字が浮かぶ。
10。
すぐに打ち消した。
黒田。
三浦。
美月。
ちゃんと名前がある。
人間だ。
数字ではない。
このまま通り過ぎるのを待てばいい。
そう思った時、3人の首元が目に入った。
首輪がない。
黒田にも。
三浦にも。
美月にも。
相馬は無意識に自分の首へ触れた。
冷たい金属の感触。
自分にはまだある。
目の前の3人には、もうない。
「……いいよな」
小さな声が漏れた。
3人が悪いわけではない。
分かっている。
それでも羨ましかった。
「少し休むぞ」
黒田の声が聞こえた。
「三浦、身体はどうだ」
「さっきよりはマシだ」
そう答えた三浦だったが、足取りは重い。
黒田が三浦を見る。
「痺れは?」
「まだ少し残ってる。歩く分には何とかなるが……走るのはきついな」
「無理するな」
「ああ」
三浦は答えてから、美月を振り返った。
「美月は?」
「……大丈夫」
「さっきからそれしか言ってないぞ」
「本当に……大丈夫だから」
声には力がない。
真由が死んでから、美月はずっとこの調子だった。
自分が握っていた刃物に真由が飛び込んできた。
事故だった。
それでも、美月自身が簡単に割り切れるはずもなかった。
黒田が周囲を確認する。
「この先で少し休もう」
3人が再び歩き始める。
相馬はその背中を見送った。
行け。
そのまま行け。
何もするな。
そう自分に言い聞かせた。
ところが、左手に握っている銃の重さが嫌でも意識に入る。
そして頭の奥から、あの数字が消えてくれない。
10。
何をするつもりなのか、自分でも分からなかった。
殺したいわけではない。
黒田を。
三浦を。
美月を。
殺したいと思っているわけではない。
それなのに、このまま何もしないで見送れば、自分はまた誰かが死ぬのを待つだけになる。
相馬の呼吸が少しずつ荒くなった。
気づいた時には、木の陰から出ていた。
「止まれ!」
3人が一斉に振り返った。
三浦が目を見開く。
美月の肩が大きく跳ねた。
黒田は相馬の顔を見た直後、その手の武器へ視線を移した。
表情が変わる。
「相馬……」
黒田が長い銃を動かす。
「動くな!」
相馬が叫んだ。
黒田の動きが止まる。
「その銃を下ろせ」
「お前が先に下ろせ」
「相馬、落ち着け」
「落ち着いてる」
そう答えながら、銃口は震えていた。
黒田の視線が相馬の右腕へ移る。
巻かれた布には血が滲んでいる。
「その腕、撃たれたのか」
「……関係ない」
「その状態で扱える武器じゃない。銃口を下げろ」
「来るな」
「誰も近づいてない」
「動くな!」
相馬の声が森へ響く。
美月が怯えたように三浦の後ろへ下がった。
黒田は相馬から目を離さない。
「何をするつもりだ」
「……」
「相馬。お前のクリア条件は知ってる」
相馬の顔が強張った。
「その条件を知ってるから聞いてる。その銃を持って俺たちの前に出てきて、何をするつもりだ」
「違う」
「何が違う」
「俺は……」
相馬自身にも、その先が分からなかった。
「殺すつもりなんかない」
「だったら下ろせ」
黒田が僅かに身体を動かした。
相馬は反射的に銃口を向ける。
「動くな!」
「相馬」
「動くなって言ってるだろ!」
黒田が一歩、横へ動いた。
その瞬間だった。
相馬の指に力が入った。
ダダダッ――!
森に激しい銃声が響いた。
「うわっ!」
撃った相馬自身が驚いた。
銃口が大きく跳ね上がる。
弾丸が黒田たちの横を抜け、木の幹と地面を連続して抉った。
木片が飛び散る。
「きゃああっ!」
美月が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「美月!」
三浦が身体を寄せる。
「いや……いや……!」
美月の呼吸が急激に乱れていく。
目の前で真由が死んだ時の光景。
刃を通して手に残った感触。
そして今、至近距離で響いた連続した銃声。
「美月、俺を見ろ!」
三浦が呼びかける。
だが、美月には届いていなかった。
「いやああっ!」
突然立ち上がる。
そのまま森の奥へ走り出した。
「美月!」
三浦が追う。
「待て!」
数歩走った。
だが、突然足がもつれた。
「っ……!」
脇腹から脚へ、痺れるような感覚が走る。
踏み出した足に力が入らない。
三浦は前のめりになり、地面へ倒れ込んだ。
「くそ……!」
すぐに起き上がろうとする。
腕をつき、膝を立てる。
だが身体が思うようについてこない。
「美月!」
その間にも、美月の姿は木々の奥へ消えていった。
黒田が三浦を見る。
「三浦、動けるか!」
「動くしかないだろ!」
三浦は必死に身体を起こそうとした。
「美月を……追え……!」
その時、黒田が相馬へ向き直った。
相馬には、その動きが攻撃の予備動作に見えた。
「動くな!」
再び引き金を引く。
ダダダダッ――!
黒田が横へ飛んだ。
弾丸が地面を抉りながら走る。
狙いなど定まっていない。
跳ね上がった銃口から吐き出された弾丸が、黒田のいた場所を横切り、その先へ散った。
そこには、まだ立ち上がれていない三浦がいた。
「三浦!」
黒田の叫びが響く。
数発の弾丸が三浦の身体を捉えた。
「……っ!」
胸元と腹部から血が散る。
三浦の身体が大きく揺れ、そのまま仰向けに倒れた。
「……え?」
相馬の指が引き金から離れた。
銃声が止まる。
三浦は動かない。
「違う……」
相馬の顔から血の気が引いていく。
「俺……三浦を狙ったんじゃ……」
黒田が三浦へ駆け寄ろうとした。
その瞬間、相馬の身体が反射的に強張った。
黒田の長い銃が見えた。
撃たれる。
そう思った。
「来るな!」
ダダダッ――!
黒田は三浦へ向かうことを諦め、太い木の陰へ飛び込んだ。
弾丸が幹を削る。
「相馬! 止めろ!」
「違う! 俺は……!」
「銃を下ろせ!」
「撃つな!」
「撃ってるのはお前だ!」
黒田が木の横から長い銃を構える。
一発の銃声。
相馬のすぐ横の木が弾けた。
「っ!」
相馬は身体を縮め、恐怖のまま引き金を引いた。
ダダダダッ――!
連続した銃声が黒田の周囲を叩く。
樹皮が次々に飛び散った。
黒田は顔を出せない。
相馬は狙えていない。
右腕をまともに使えず、左腕だけで銃を支えている。
それでも、引き金を引いている間は弾丸が途切れず吐き出される。
黒田が反撃しようと顔を出せば、その周囲へ何発もの弾が飛んでくる。
銃撃が一瞬途切れた。
黒田はその隙を逃さなかった。
木の陰から飛び出し、別の木へ走る。
途中で相馬へ銃口を向け、一発撃った。
相馬の足元で土が跳ねた。
「うわっ!」
相馬が反射的に引き金を引く。
ダダダッ――!
黒田が走る。
最初の弾は後方の木へ当たった。
次も外れる。
だが、そのうちの1発が黒田の左上腕を掠めた。
「ぐっ!」
腕が弾かれる。
さらに別の弾が左脇腹を掠め、服と皮膚を裂いた。
黒田は体勢を崩しながらも、太い木の陰へ転がり込んだ。
左腕から血が流れている。
脇腹にも焼けるような痛みが走った。
致命傷ではない。
まだ動ける。
だが、このまま撃ち合えば次も掠めるとは限らない。
黒田は荒い息を吐きながら、三浦を見る。
仰向けに倒れている。
胸元と腹部から血が広がっていた。
僅かに身体が動いている。
まだ生きている。
「三浦……!」
助けに行かなければ。
そう思った。
けど、助かるかもわからない。
さらに三浦までの間には遮蔽物がない。
相馬はまだ銃を持っている。
まともに狙えていないからこそ、次の弾がどこへ飛んでくるのか分からない。
自分まで倒れれば、美月を追える人間もいなくなる。
黒田は歯を食いしばった。
長い銃を握る手に力が入る。
もう一度、三浦を見る。
「……すまない」
声が震えた。
「三浦……すまない」
黒田は後退した。
三浦を置いていく。
その事実を噛み締めながら、木から木へ移り、相馬から距離を取る。
相馬が銃口を向けた。
だが、もう引き金を引かなかった。
やがて黒田の姿が森の奥へ消えた。
その場には、相馬と三浦だけが残った。
*
相馬の手から、ゆっくり銃口が下がった。
「……三浦?」
返事はない。
相馬は小型のマシンガンを地面へ置き、ふらつきながら近づいた。
三浦の横へ膝をつく。
服は血で染まっている。
呼吸は浅く、短い。
目は僅かに開いているが、焦点が合っていなかった。
「違う……」
相馬の顔から血の気が引いていく。
左手で三浦の肩へ触れる。
「違うんだ、三浦」
三浦の唇が僅かに動いた。
声にはならない。
「俺、お前を狙ったんじゃない」
返事はない。
「ごめん」
相馬の呼吸が震えた。
「ごめん……ごめん、三浦」
三浦の瞼がゆっくり落ちていく。
「黒田が動いたから……撃たれると思って……それで……」
言葉が続かない。
「俺、お前を撃とうとしたんじゃないんだ」
三浦の呼吸がさらに弱くなる。
「なあ」
相馬が肩を揺らした。
「寝るなよ」
反応はほとんどない。
「ごめん……」
何度も繰り返す。
「本当にごめん。殺すつもりなんかなかったんだ」
三浦の目が僅かに開いた。
焦点の合わない視線が、一瞬だけ相馬へ向いたように見えた。
「ごめんな……」
相馬の目から涙が落ちた。
「俺が悪かった。だから……死ぬなよ」
三浦の胸が小さく上下する。
一度。
もう一度。
そして――止まった。
「……え?」
相馬が固まった。
「三浦?」
肩を揺らす。
「おい」
反応はない。
「三浦」
もう一度呼ぶ。
「……三浦?」
返事はなかった。
「待てよ……」
相馬の顔が引きつる。
「俺、謝ってるだろ」
三浦は動かない。
「ごめんって言ってるだろ……」
相馬の声が震えた。
「だから……」
ピッ――。
電子音が鳴った。
相馬の身体が硬直した。
聞き覚えのある音だった。
ポケットの中。
自分の端末。
「……やめろ」
取り出したくなかった。
見なくても分かる。
それでも震える左手が端末を取り出していた。
画面はすでに点灯している。
《DEATH CONFIRMED》
相馬の呼吸が止まる。
表示が切り替わった。
《TARGET UPDATE》
《10 → 9》
「……」
相馬は画面を見つめた。
三浦を見る。
端末を見る。
また三浦を見る。
「……9」
声が漏れた。
その瞬間、自分が何を言ったのか理解した。
「違う」
首を振る。
「違う違う違う……」
藤堂の時とは違う。
藤堂を撃ったのは自分ではない。
助けようとしなかった。
それだけだった。
だが今回は違う。
自分が撃った。
自分が引き金を引いた。
自分の銃から出た弾丸が三浦に当たった。
そして、三浦は死んだ。
「俺が……?」
相馬の口元が引きつる。
「俺が殺した?」
《TARGET:9》
「……減った」
その言葉が出た瞬間、相馬自身が凍りついた。
「違う!」
突然叫ぶ。
「違う! そうじゃない!」
三浦へ向き直る。
「ごめん! ごめん、三浦!」
返事はない。
「俺、お前を殺したかったわけじゃないんだ!」
涙が頬を伝った。
「黒田が銃を持ってて……撃たれると思って……俺だって死にたくなくて……!」
死んだ三浦に向かって説明している。
何度も。
何度も。
「ごめん……ごめん……」
やがて相馬の口から、小さな笑い声が漏れた。
「……は」
自分でも驚いたように口元を押さえる。
だが、止まらなかった。
「は……はは……」
涙を流しながら笑っていた。
「俺が殺したら……」
端末を見る。
《TARGET:9》
「ちゃんと減るんだな……」
口にした瞬間、表情が崩れた。
「違う!」
頭を抱える。
右腕に痛みが走り、さらに顔を歪める。
「違う違う違う……!」
藤堂の声が蘇る。
『人間は……数字じゃない』
佳子の声が重なる。
『見てたのは数字でしょ』
「見てない!」
誰もいない方向へ叫んだ。
「数字なんか見てない!」
だが、左手には端末がある。
《TARGET:9》
三浦が死んだ。
数字が減った。
その2つを、もう切り離せなかった。
「ごめんな……」
相馬は三浦の隣へ座り込んだ。
「ごめん……」
三浦の手に触れる。
力は返ってこない。
「俺だって死にたくないんだよ……」
笑っているのか。
泣いているのか。
自分でも分からなかった。
「俺が死ねばよかったのか?」
三浦に聞く。
返事はない。
「そんなの……嫌だよ」
相馬は顔を伏せた。
「死にたくない……」
しばらく、その場から動けなかった。
*
どれくらい時間が経ったのか分からない。
相馬はようやく立ち上がった。
その時、少し離れた場所に黒田が残していった荷物があることに気づいた。
バッグが地面へ落ち、中身の一部が周囲へ散らばっている。
水。
医療用品。
黒い小型の機器。
そして――2台の端末。
相馬の足が止まった。
「……2つ?」
ゆっくり近づく。
2台とも拾い上げた。
片方の画面を点ける。
見慣れたPLAYER TERMINALの表示。
自分が持っているものと大きな違いはない。
「……普通の端末」
続いて、もう1台を起動する。
画面を見た瞬間、相馬の目が止まった。
《物資情報》
《特殊物資情報》
《PLAYER INFORMATION》
「……これ」
見覚えがあった。
端末を強化すると追加される機能。
「アップグレードされてる……」
相馬は左右の手に持った2台を見比べた。
片方は通常の端末。
もう片方はアップグレード済み。
黒田は2台持っていた。
「……何で?」
考える。
黒田自身の端末がどちらなのか、相馬には分からない。
だが、2台とも黒田のものということはあり得ない。
参加者に配られる端末は1人1台。
なら、どちらかは別の参加者のものだ。
相馬の視線が、アップグレード済みの端末へ向く。
「……これ、黒田のじゃないのか?」
確証はない。
黒田自身が端末をアップグレードしていて、通常の方が誰かから手に入れたものかもしれない。
逆かもしれない。
ただ、なぜ2台持っていたのか。
誰の端末なのか。
相馬には分からなかった。
「誰のだ……?」
持ち主から奪ったのか。
拾ったのか。
それとも、すでに死んだ参加者のものなのか。
考えても答えは出ない。
相馬はアップグレード済み端末の画面へ目を戻した。
《PLAYER INFORMATION》
指定した参加者1名の個別クリア条件を確認できる機能。
「……使える」
今の自分にとって、それは大きかった。
他の参加者が何をすれば首輪を外せるのか。
誰を狙う可能性があるのか。
それを知ることができる。
相馬は少し迷ったあと、アップグレード済みの端末をポケットへしまった。
「使えるなら……持っていけばいい」
そして、もう1台の通常端末を見る。
2台とも持っていく必要はない。
相馬はその端末を地面へ放った。
枯れ葉の上を転がり、木の根元で止まる。
相馬はそれを拾い直さなかった。
どちらが誰の端末なのか。
相馬には分からない。
ただ、自分にとって価値のある方を選んだ。
地面に置いていた小型のマシンガンを左手で拾う。
最後に、自分の端末を見る。
《TARGET:9》
朝には11だった。
誰かが死んで10になった。
そして今。
自分が三浦を撃ち殺したことで、9になった。
「……あと9人」
相馬は呟いた。
その言葉に、自分自身が怯えたように目を見開く。
「違う……」
小さな笑い声が漏れた。
「違うって……」
涙が頬を伝った。
それでも端末をしまう。
アップグレードされたもう1台の端末も、ポケットの中にある。
相馬は小型のマシンガンを持ち、最後に三浦を振り返った。
「……ごめんな」
そして、森の奥へ歩き出した。
今度はもう、自分が誰も殺していないとは言えなかった。
相馬が知らないことがあった。
朝に死亡が確認された参加者は、高橋健吾だった。
黒田が落としていった通常の端末は、黒田自身のPLAYER TERMINAL。
そして相馬が選び、ポケットへしまったもう1台は――
すでに死亡した真由が使っていた、アップグレード済みPLAYER TERMINALだった。




