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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第52話 まだ見ぬ参加者

夜が明けるまで、詩織はほとんど眠れなかった。


窓のない建物の中では空の色など見えない。それでも、入口の隙間から差し込む光が少しずつ強くなり、長かった夜が終わったことだけは分かった。


蓮は壁にもたれたまま浅く眠っている。


その少し離れた場所では、聡子が横になっていた。


詩織だけが、膝を抱えたまま起きていた。


手元には、昨夜ようやく直った端末がある。


何度見ても、そこに表示される文字は変わらない。


《24時間以上行動を共にした参加者を1名殺害してください》


《該当する参加者が存在しない場合、現時点で最も長く行動を共にした参加者を1名殺害してください》


詩織は画面を消した。


もう覚えてしまった。


見なくても、一字一句頭の中に浮かんでくる。


最も長く行動を共にした参加者。


考える必要さえない。


この島で目を覚ましてから、最初に出会った人間。


怖くて逃げ出した自分を追いかけ、中央広場まで一緒に来てくれた人間。


何度も危険な目に遭いながら、それでも隣にいた人間。


蓮だ。


「……」


詩織は顔を伏せた。


昨夜、言えなかった。


今も言える気がしない。


だが、このままずっと隠しておけるとも思えなかった。


「起きてたのか」


不意に声を掛けられ、詩織の肩が跳ねた。


顔を上げると、蓮がこちらを見ていた。


「……うん。ちょっとだけ」


「眠れなかった?」


「少しは寝たよ」


嘘だった。


蓮は何か言いたそうにしたが、結局それ以上は聞かなかった。


その気遣いが、今の詩織には余計につらかった。


*


朝。


3人は昨夜の場所へ戻ることにした。


理由は、森の中に残っていた戦闘の痕跡だった。


昨夜は暗すぎた。


木に残った弾痕。


地面に落ちていたボウガンの矢。


血の跡。


そして、頭部と胴体を切り離された佐伯美咲の遺体。


誰かが美咲の首輪を持ち去っている。


その近くでは、葵が関わったと思われる戦闘まで起きていた。


だが、暗闇の中ではそれ以上を調べられなかった。


「明るいうちに見ておきたい」


蓮の提案に、聡子も反対しなかった。


「そうですね。昨日よりは何か分かるかもしれません」


詩織も黙って頷いた。


建物を出ると、夜露に濡れた草が朝の光を反射していた。


2日目の夜が終わった。


残された時間がどれだけあるのか。


それを考えると、朝の静けささえ不気味に思えた。


3人は森へ入った。


昨夜通った道を辿りながら、蓮は何度も周囲を確認する。


莉奈の姿はない。


日本刀を持って1人で去ったままだ。


「莉奈さん……どこに行ったんでしょうね」


聡子が言った。


「分からない」


蓮は短く答えた。


「でも、刀を持ってる。できれば誰とも揉めてなければいいけど」


詩織は何も言わなかった。


昨夜、去る直前の莉奈の視線を覚えていた。


蓮を見たあと、自分を見た。


あの目が、どうしても頭から離れない。


しばらく歩くと、空気に混じる臭いが変わった。


詩織の足がわずかに止まる。


美咲の遺体が近い。


蓮はそれに気づいた。


「詩織。無理に近づかなくていい」


「……大丈夫」


「でも」


「大丈夫だから」


詩織は自分に言い聞かせるように答えた。


やがて木々の向こうに、昨夜の場所が見えてきた。


美咲の遺体は、そのままだった。


頭部と胴体が完全に離れ、首輪だけがなくなっている。


朝の光の中で見ると、夜よりもはっきり分かってしまう。


詩織は一瞬だけ目を逸らした。


蓮も遺体を長く見ようとはしなかった。


視線を周囲へ移す。


「……やっぱり、かなり荒れてるな」


明るくなったことで、昨夜は見えなかったものが浮かび上がっていた。


地面には複数の足跡。


踏み荒らされた草。


折れた枝。


木の幹には銃弾が削った痕が残り、その少し先にはボウガンの矢が深く突き刺さっている。


蓮はしゃがみ込んだ。


地面にも1本。


さらに少し離れた場所にもう1本。


「葵のだと思う」


「昨日言ってたボウガン?」


詩織が尋ねる。


「ああ。俺は実際に葵が使ってるところを見てる」


蓮は矢には触れず、その周囲を確認した。


少し離れた土の上に、乾きかけた血が残っている。


一か所ではない。


「血……」


詩織が呟いた。


「葵さんの?」


聡子が訊く。


「分からない。相手のかもしれない」


蓮は立ち上がった。


昨夜より状況は見える。


だが、分からないことも多い。


銃を使った人間と、ボウガンを使った葵がここで戦った。


それ以上は断定できない。


「高橋が葵の端末を奪ってた」


蓮が言う。


「だから葵は、それを取り返そうとしてた。ここで戦った相手が高橋だった可能性はある」


「じゃあ、高橋さんは……」


詩織が周囲を見る。


「まだ分からない。死体はない」


その時だった。


「勝手に殺すなよ」


木々の向こうから声がした。


3人が一斉に振り向く。


蓮は反射的に身構えた。


だが、現れた人物を見て目を見開いた。


「葵」


水野葵だった。


顔色は悪い。


服も汚れ、あちこちに血が付いている。


そして何より目についたのは右脚だった。


布がきつく巻かれている。


歩き方も明らかにおかしい。


木に手をつきながら、右脚を庇っている。


「その脚……」


蓮が近づこうとすると、葵が手を上げた。


「来なくていい。歩ける」


「歩けるようには見えないけど」


「死んでないなら十分」


いつもの調子に近い。


だが声には疲労が滲んでいた。


葵の手には端末がある。


蓮はそれを見た。


「取り返したのか」


「ああ」


高橋に奪われていた端末だった。


葵は木の根元まで移動すると、ゆっくり腰を下ろした。


「昨日ここで戦ったの、葵だよな?」


「見れば分かるでしょ」


「相手は高橋か?」


葵は一瞬だけ黙った。


「そう」


詩織が息を呑む。


「高橋さんは?」


「死んだ」


森の空気が止まったように感じた。


蓮は葵を見たまま動かなかった。


「……葵が?」


「そう」


葵は目を逸らさない。


「殺した」


言い訳はなかった。


声も震えていない。


ただ、右脚に巻かれた布の一部が赤黒く染まっている。


蓮は木の幹に残った弾痕を見た。


「撃たれたのか」


「脚だけ」


「だけって……」


詩織が思わず口を挟む。


葵は自分の右脚を一度見下ろした。


「高橋は私の端末を持ってた。返す気もなかった。向こうは銃、私はボウガン。殺さなかったら、私が死んでた」


蓮は何も言えなかった。


ここで何があったのか。


散らばった矢と弾痕を見れば、簡単な戦いではなかったことだけは分かる。


「高橋の遺体は?」


「少し向こう。ここからなら歩いて数分」


「……そうか」


また1人死んだ。


昨夜の時点では知らなかった死亡者。


これで美咲以外にも確実に死者が出ている。


蓮が黙っていると、葵の方から尋ねてきた。


「そっちは何してるの?」


「昨夜ここを通った。暗くて何も分からなかったから、朝になって調べに戻ってきた」


「美咲も見た?」


「ああ」


葵の表情が少し変わった。


「首、切られてたでしょ」


「葵がやったんじゃないよな」


「違う」


即答だった。


「私が来た時には、もうああなってた。首輪もなかった」


「高橋は?」


葵が少し考える。


「……バッグに首輪が入ってた」


蓮の眉が動いた。


「首輪?」


「1個。誰のかまでは確認してない。でも、ここに首輪のない死体があるなら、多分そういうことでしょ」


美咲。


高橋。


首輪。


昨夜見た異様な遺体が、ようやくつながった。


「高橋が美咲の首輪を取った……」


詩織が青ざめる。


葵は答えなかった。


断定できる材料はない。


だが可能性は高い。


蓮は息を吐いた。


「高橋の条件と関係があったのかもしれないな」


「かもね」


葵はそこで端末を見た。


画面を点ける。


しばらく何かを確認したあと、蓮たちを見た。


「ねえ。1つ聞きたい」


「何?」


「他にアップグレードした端末、知らない?」


蓮の表情が変わる。


「どうして?」


「私の条件だから」


葵は隠さなかった。


端末の画面を3人へ向ける。


《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》


蓮は表示を読む。


「……別のアップグレード端末を?」


「そう。自分の端末を壊しても意味がない。首輪を外す時に端末が必要だから」


「だから探してるのか」


「高橋から端末を取り返して終わりじゃなかったからね」


葵は端末を下ろした。


「私は島にある端末を全部把握してるわけじゃない。誰がアップグレードしてるのかも分からない」


蓮は記憶を辿った。


アップグレード。


黒いUSBのような部品。


最初に使ったのは葵だった。


その後、別の部品も見つかっている。


誰がそれを手に入れたのか。


誰が使ったのか。


蓮には分からない。


少しの沈黙が落ちた。


その時だった。


「……真由」


聡子が、独り言のように呟いた。


「え?」


蓮が振り向く。


葵も聡子を見る。


「今、何て?」


聡子は一瞬だけ戸惑ったような顔をした。


「あ……真由さんです」


「真由?」


蓮には聞き覚えがなかった。


詩織も首を傾げている。


葵が眉を寄せた。


「誰、それ」


「前に一度だけ会った人です。ほとんど話してないんですけど……名前だけ聞いて」


聡子は少し考えるように視線を落とした。


「そういえば、最近見てないなって思って」


「俺は会ったことない」


蓮が言った。


「私も」


詩織も続く。


葵は聡子を見た。


「私も知らない」


4人の間に、短い沈黙が落ちた。


葵が端末を握り直す。


「……まだ会ってない参加者がいるってこと?」


「15人全員と会ったわけじゃないからな」


蓮が答える。


「でも、誰が誰に会ってるのか、一回ちゃんと整理した方がいいかもしれない」


「今さら?」


「今さらだからだよ」


蓮は周囲を見回した。


「俺たちは15人で始まったのに、一度も全員で集まってない。誰が誰を知ってるのかもバラバラだ。このままだと、知らない人間がどこで何をしてるのかも分からない」


葵は少し考え、やがて肩をすくめた。


「いいよ。やろう」


4人は美咲の遺体から少し離れた場所へ移動した。


蓮が地面に落ちていた細い枝を拾う。


土の上に、自分の名前を書く。


神谷蓮。


その横に七瀬詩織。


夢篠佳子。


黒田修司。


水野葵。


そこから、4人がこれまで会った人間や名前を聞いた人間を1人ずつ挙げていった。


相馬直人。


高橋健吾。


藤堂蓮司。


白石悠真。


三浦和也。


橘美月。


佐伯美咲。


莉奈。


古瀬聡子。


そこまで書いたところで、蓮が枝を止めた。


「……14人」


葵も数える。


「本当だ」


あと1人。


蓮には名前が出てこない。


詩織も土に並んだ名前を見つめている。


しばらくして、聡子が静かに言った。


「さっき言った……真由さん」


「ああ」


蓮は最後にその名前を書き加えた。


真由。


15人。


葵はその名前をじっと見た。


「……やっぱり知らない」


「一度も会ってないのか?」


蓮が尋ねる。


「多分ね。顔も分からない」


「俺もだ」


「私も……」


詩織も頷く。


蓮は聡子を見る。


この中で真由を知っているのは聡子だけだった。


「どんな人だった?」


「本当に少ししか会ってないので……。名前を聞いたくらいです」


聡子は申し訳なさそうに答えた。


「今どこにいるかも分かりません」


蓮はそれ以上追及しなかった。


聡子は最初から15人全員を知っている。


真由がPLAYER 04であることも。


そして、すでに死んでいることも。


だが、それをここで教える理由はなかった。


葵は土に書かれた真由の名前を見つめていた。


「この人の端末については?」


聡子は首を横に振る。


「分かりません」


「アップグレードしてるかどうかも?」


「そこまでは……」


「そっか」


葵は考え込んだ。


真由がアップグレード済み端末を持っている証拠は何もない。


それでも、自分が存在すら把握していなかった参加者だ。


調べる価値はある。


葵は木に手をつき、立ち上がろうとした。


右脚に力が入った瞬間、顔が歪んだ。


「っ……」


「無理するな」


蓮が肩を支えた。


「触らなくていいって」


「その脚で何するつもりだよ」


「探す」


「誰を?」


葵は土に書かれた最後の名前を見た。


「真由」


「端末がアップグレードされてる保証なんてないぞ」


「分かってる。でも、私が今まで存在すら知らなかった参加者なら確認する価値はある」


「その前に脚をどうにかしろ」


「どうにかできるならしてる」


葵は苛立ったように返した。


だが、数歩もまともに歩けない状態なのは本人が一番分かっている。


詩織が近づいた。


「一回、戻らない?」


葵が詩織を見る。


「昨日いた建物に、まだ使える物が残ってるかもしれない。傷もちゃんと見た方がいいよ」


「……」


「その脚で探し回ったら、本当に動けなくなる」


葵はしばらく黙っていた。


やがて小さく息を吐く。


「少しだけだから」


「うん」


詩織が頷いた。


蓮は土に書かれた15人の名前をもう一度見た。


その中には、すでに死んでいる人間がいる。


美咲。


高橋。


そして彼らの知らないところでは、さらに死者が増えているかもしれない。


誰が生きていて。


誰が死んでいて。


誰が誰を狙っているのか。


15人しかいないはずなのに、何も分かっていない。


蓮が枝を捨てようとした時だった。


葵がふと振り返った。


「そのままにしない方がいいよ」


「え?」


「名前」


土に刻まれた15人分の名前。


葵は靴底で、自分の名前を消した。


「誰が見るか分からない」


「……確かに」


蓮たちも足で土を崩していく。


1人、また1人と、15人の名前が朝露を含んだ土の中へ消えていった。


最後に残ったのは――


真由。


葵はその2文字を見下ろしたあと、自分の足で消した。


「まずは、この人を探す」


葵の手の中で、端末の画面が光る。


《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》



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