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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第50話 奪ったもの



 高橋は走っていた。


 どこへ向かっているのか、自分でも分からなかった。


 枝が頬を掠めても、足元の根に何度つまずきそうになっても止まれない。肺が痛み、喉が焼けるように乾いても、ただ森の奥へ逃げ続けた。


 右手には拳銃。


 左手には、葵から奪った端末。


 腰にはナイフ。


 身体には防護具。


 自分を守るために集めた物ばかりだった。


 それなのに。


「……違う」


 走りながら、高橋は呟いた。


「違う……」


 頭から離れない。


 銃声。


 藤堂の身体。


 腹部から広がった血。


 白石の顔。


『藤堂だってそうだろ!』


「俺は……撃つつもりじゃなかった」


 藤堂が銃を掴んだ。


 揉み合いになった。


 引き金に指がかかっていた。


 だから暴発した。


「事故だ……」


 自分に言い聞かせる。


「事故だろ……あれは」


 だが、拳銃を持ち出したのは自分だ。


 白石の首輪が欲しかった。


 断られた。


 腹が立った。


 ナイフへ手を伸ばした。


 藤堂に止められた。


 そして銃を抜いた。


 そこまで思い出したところで、高橋は強く首を振った。


「違う!」


 叫び声が森に響いた。


 足がもつれる。


 高橋は木へ手をついた。


「はっ……はっ……」


 もう走れなかった。


 拳銃を持ったまま、その場へしゃがみ込む。


 手が震えている。


「……何やってんだよ、俺」


 首輪が欲しかっただけだった。


 白石にはもう必要ない。


 自分には必要だった。


 だから譲ってくれれば、それで終わっていた。


 そう考えた瞬間。


 また自分が藤堂を撃った理由を白石のせいにしようとしていることに気づいた。


「くそっ……」


 拳銃を地面へ投げそうになり、やめた。


 手放せない。


 今の島で武器を捨てることが、どれだけ危険なのか分かっている。


 葵がいる。


 真由もいる。


 他の参加者だって、もう何をするか分からない。


「俺だって……死にたくないんだよ」


 高橋は拳銃を握り直した。


 しばらく休み、ようやく呼吸が落ち着いてくる。


 その時。


 鼻につく臭いに気づいた。


「……何だ?」


 顔を上げる。


 風に混じって漂ってくる。


 嫌な臭いだった。


 高橋は立ち上がった。


 拳銃を下げたまま、ゆっくり進む。


 そして。


 木々の向こうに、それを見つけた。


「…………」


 足が止まった。


 地面に横たわっている人間。


 見覚えがあった。


「……美咲」


 佐伯美咲。


 最初の死亡者。


 すでに動かない。


 高橋は周囲を見た。


 誰もいない。


 拳銃を構えたまま少し待つ。


 静かだった。


 美咲を撃った人間が近くに潜んでいる気配もない。


 高橋はゆっくり近づいた。


「…………」


 遺体の近くへ座る。


 しばらく何もしなかった。


 藤堂のところから走り続けていたせいで、身体が限界だった。


 木にもたれる。


 目を閉じる。


 呼吸を整える。


 静かだった。


 死体の隣だというのに、不思議と落ち着いた。


 美咲は何も言わない。


 責めない。


 白石のように拒否しない。


 藤堂のように止めない。


「……最悪だな」


 高橋が小さく笑った。


「死んでる奴の隣の方が落ち着くって」


 返事はない。


 当然だった。


 しばらくして、高橋は目を開けた。


 そして何気なく、美咲の首元を見る。


「…………」


 首輪。


 まだある。


 高橋の表情が変わった。


 自分の端末を取り出す。


 クリア条件を開く。


《参加者の首輪を5個回収してください》


《回収した5個の首輪を指定地点D-02で認証してください》


 高橋は美咲を見る。


 もう一度、首輪を見る。


「……これでもいいんだよな」


 条件には、生きている参加者の首輪とは書かれていない。


 参加者の首輪。


 それだけだ。


 白石の外した首輪でもいい。


 なら。


 死んだ美咲の首輪でもいいはずだ。


「…………」


 高橋は立ち上がった。


 美咲のそばへしゃがむ。


 首輪へ手を伸ばす。


 そこで止まった。


 外れない。


 美咲は首輪を解除していなかった。


 首に装着されたままだ。


「……くそ」


 解除方法はない。


 無理に壊せばどうなるかも分からない。


 高橋は腰のナイフへ手を伸ばした。


 抜く。


 刃を見る。


 そして美咲を見る。


「…………」


 数秒間、動けなかった。


「もう……死んでる」


 呟く。


「痛くない」


 誰に言い訳しているのか分からない。


「死んでるんだから……」


 必要なのは首輪だけ。


 それさえ手に入ればいい。


 高橋は歯を食いしばった。


     *


 どれくらい時間が経ったのか。


 高橋は美咲から離れた場所に座っていた。


 吐き気がした。


 手も震えていた。


 だが。


 手元には首輪があった。


「……1個」


 高橋は呟いた。


 条件を確認する。


 まだ5個揃ってはいない。


 当然だ。


「あと4個……」


 首輪をバッグへ入れる。


 考える。


 白石は持っていた。


 自分の首から外した首輪を。


 なら。


「黒田……」


 あいつも外している。


「美月……三浦……」


 2人もだ。


 捨てていなければ。


 白石と同じように、持ち歩いている可能性がある。


 高橋は自分のバッグを見る。


 中には美咲の首輪が1個。


 黒田。


 美月。


 三浦。


 3人から受け取れれば4個になる。


 あと1個。


「……まず3人だ」


 生きている人間から奪う必要はない。


 頼めばいい。


 外した首輪なんて、本人には必要ない。


「ちゃんと説明すればいいんだ」


 白石の時は藤堂がいた。


 藤堂が邪魔をした。


 だから揉めた。


 今度は違う。


「最初からちゃんと話せば……」


 高橋は立ち上がった。


 拳銃を確認する。


 防護具。


 ナイフ。


 葵から奪ったアップグレード端末。


 そして美咲の首輪。


 全部持っている。


「大丈夫だ」


 自分に言い聞かせる。


「もう失敗しない」


 高橋は歩き出した。


     *


 黒田たちの居場所は分からない。


 だが以前の移動方向や施設の位置を考えれば、探す範囲はある程度絞れる。


 高橋は森を進んだ。


 時折立ち止まり、音を確認する。


 さっきまでの動揺は少しずつ消えていた。


 美咲の首輪を手に入れたことで、むしろ目的がはっきりした。


 5個。


 あと4個。


 それだけだ。


 藤堂のことを考えそうになるたび、条件へ意識を戻す。


 今は生き残ることを考える。


 後悔ならゲームが終わってからすればいい。


 その時だった。


 高橋の足が止まった。


 前方。


 木の向こう。


 微かな音。


 高橋はすぐに拳銃へ手を伸ばした。


 姿勢を低くする。


 誰かがいる。


 ゆっくり横へ回る。


 木を盾にして覗く。


 そして。


「……っ」


 息を呑んだ。


 少し離れた場所に立っていたのは、水野葵だった。


 服は汚れている。


 以前の戦闘でついた傷も残っている。


 手にはクロスボウ。


 そして葵も、高橋を見ていた。


 目が合う。


 どちらも動かなかった。


「……葵」


 高橋が名前を呼ぶ。


 葵は答えない。


 視線が高橋の手元へ移る。


 そこにある端末。


 自分から奪われたF。


「返して」


 短い言葉だった。


「待て」


「私の端末」


「分かってる」


「返して」


 高橋は端末を握る。


「今は無理だ」


 葵の目が細くなる。


「どうして」


「俺にも必要なんだ」


「私にも必要」


「あとで返す」


「いつ?」


「俺の条件が終わったら」


「いつ終わるの?」


 高橋は答えられなかった。


 葵がクロスボウを上げる。


「おい」


「返して」


「撃つなよ」


「返せば撃たない」


「だから今は無理だって言ってるだろ」


「それ、私の」


「分かってる!」


 高橋も拳銃を抜いた。


 互いの武器が向き合う。


 葵は高橋の装備を見る。


 以前より増えている。


 防護具。


 拳銃。


 ナイフ。


 そしてF端末。


 自分の端末を奪ったあと、その情報を使って装備を整えたのだと理解した。


「それも」


「何だよ」


「私の端末で見つけた?」


 高橋は答えない。


 それが答えだった。


「返して」


「しつこいな……!」


「それがないと困る」


「俺だって困る!」


「高橋には自分の端末がある」


「こっちには情報があるんだよ!」


「だから盗んだ?」


「盗んだんじゃない!」


「じゃあ何?」


 高橋が言葉に詰まる。


 葵はクロスボウを構えたまま、一歩横へ動く。


 高橋も木を挟むように動いた。


「葵。話そう」


「前も話した」


「今度はちゃんと――」


「返してって言った」


「お前が拒否したから――」


「私が?」


 葵の声が少し低くなる。


「自分の端末を渡さなかったから悪いの?」


「そういう意味じゃない」


「同じ」


 高橋の指が拳銃へかかる。


「近づくな」


「返して」


「近づくな!」


 葵が止まった。


 高橋の呼吸が荒くなる。


 まただ。


 白石の時と同じ。


 話せば済むはずなのに、誰も自分の事情を理解しない。


「俺はもう……」


 藤堂の姿が脳裏をよぎる。


「これ以上、誰も撃ちたくない」


 葵の目が僅かに動いた。


「もう?」


 高橋が黙る。


「撃ったの?」


「関係ない」


「誰を?」


「関係ないって言ってるだろ!」


 葵はそれ以上聞かなかった。


「じゃあ返して」


「無理だ」


「分かった」


 その瞬間だった。


 葵が横へ跳んだ。


「っ!」


 クロスボウ。


 弦が鳴る。


 高橋は木の陰へ身体を入れた。


 矢が木の幹へ突き刺さる。


「葵!」


 高橋が拳銃を向ける。


 葵はすでに次の木へ走っている。


 発砲。


 銃声。


 弾丸が葵の背後の木を叩く。


 葵は止まらない。


 高橋から見えない位置へ回り込む。


「くそっ!」


 高橋も移動した。


 同じ場所に留まれば狙われる。


 拳銃を両手で構えたいが、端末が邪魔だった。


 高橋はF端末をバッグへ押し込む。


 その数秒。


 葵が木陰から姿を出した。


 2射目。


 高橋が身体を捻る。


 矢が胸部へ飛んだ。


「っ!」


 衝撃。


 高橋が後ろへよろめく。


 矢は防護具に当たり、完全には貫通しなかった。


「……危ねえ!」


 高橋が撃ち返す。


 葵が身を伏せる。


 地面が弾ける。


 さらにもう1発。


 葵は木の裏へ滑り込んだ。


「撃つなって言っただろ!」


「返せば終わる!」


「だったら最初から撃つな!」


 返事はない。


 高橋は位置を変える。


 葵も動いている。


 互いに木々を遮蔽物として使い、少しずつ距離が変わっていく。


 高橋には拳銃。


 葵にはクロスボウ。


 連射できる分、高橋の方が有利だった。


 だが葵は真正面から撃ち合わない。


 撃つ。


 隠れる。


 位置を変える。


 また狙う。


「ちょこまかと……!」


 高橋が葵の移動先を読む。


 左。


 木の間に一瞬だけ姿が見えた。


 発砲。


 葵が飛び退く。


 もう1発。


 今度は近い。


 葵の身体が崩れた。


「……っ!」


 高橋の目が見開く。


 葵が地面へ倒れる。


 右脚を押さえた。


「当たった……?」


 高橋は拳銃を構えたまま近づく。


「葵!」


 返事はない。


 葵は木の根元まで身体を引きずっていく。


 右脚。


 血が流れている。


 弾丸が脚を捉えていた。


「もうやめろ!」


 高橋が叫ぶ。


「俺はお前を殺したいわけじゃない!」


 葵は荒い呼吸を繰り返す。


 脚に力を入れる。


 激痛。


 立ち上がろうとして、膝が崩れた。


「……っ」


「無理だ!」


 高橋が近づく。


「もう追えないだろ!」


 葵はクロスボウを持ち上げる。


「やめろ!」


 高橋が横へ跳ぶ。


 矢が飛ぶ。


 高橋の脇を抜けた。


「まだやるのかよ!」


 高橋が撃つ。


 葵は地面を転がった。


 弾丸がすぐ横の土を抉る。


 葵は木の裏へ身体を隠す。


 右脚から血が流れ続けている。


 走れない。


 立つことすら難しい。


 それでもクロスボウを手放さない。


「返して……」


「諦めろ!」


「嫌」


「死ぬぞ!」


「それがないと同じ」


 高橋には意味が分からなかった。


 だが葵にとっては違う。


 F端末がなければ。


 仮に条件を達成しても、最後に首輪へ読み込ませる端末がない。


 自分の首輪を外せない。


 だから。


 ここで失えば終わる。


 葵は木にもたれ、荒い呼吸を整えた。


 高橋の足音が近づく。


 拳銃を持っている。


 正面からでは勝てない。


 葵はクロスボウを見る。


 次を装填する時間。


 高橋との距離。


 右脚。


 走れない。


 なら。


 近づかせる。


 葵はクロスボウを地面へ置いた。


 高橋が木の陰から様子を見る。


「……捨てたか?」


 葵は答えない。


「もう終わりにしよう」


 高橋がゆっくり近づく。


「端末は返せない。でも、お前を殺す気はない」


 葵は俯いたまま。


「その脚じゃ俺を追えない」


 一歩。


 さらに一歩。


「だからここで終わりだ」


 高橋が距離を詰める。


 葵の手が地面を探る。


 指先に硬い感触。


 小さな石。


 握る。


「……悪く思うなよ」


 高橋が数メートルまで近づいた。


 その瞬間。


 葵が顔を上げた。


 左手の石を投げる。


「っ!」


 高橋が反射的に顔を逸らす。


 葵は地面へ置いたクロスボウを掴んだ。


 狙う時間はない。


 ほとんど腰だめのまま撃つ。


 矢が飛ぶ。


 高橋が身体を捻った。


 防護具ではなく。


 左肩。


「ぐあっ!」


 矢が刺さる。


 拳銃を持つ右手は生きている。


 高橋が反射的に発砲する。


 葵は身体を倒した。


 弾丸が頭上を抜ける。


「この……!」


 高橋が肩の矢を掴みかけ、やめた。


 抜けば悪化する。


 葵はクロスボウを捨てる。


 もう装填する時間はない。


 高橋が拳銃を向けた。


「終わりだ!」


 引き金。


 葵が横へ転がる。


 銃声。


 外れる。


 もう一度。


 引き金。


 乾いた音。


「……?」


 弾が出ない。


 高橋の表情が変わった。


 葵も聞いた。


 その一瞬で理解する。


 今。


 高橋の銃は撃てない。


 葵が動いた。


 右脚を引きずりながら、地面を蹴る。


「来るな!」


 高橋は拳銃を捨て、腰のナイフを抜いた。


 葵が飛び込む。


 高橋がナイフを横へ振る。


 葵は上体を沈めた。


 刃が髪のすぐ上を抜ける。


 そのまま高橋の胴へ肩からぶつかった。


 防護具越しの衝撃。


 高橋が一歩下がる。


 葵は右脚に力が入らず、その場へ膝をつく。


「っ……!」


 高橋がナイフを振り下ろす。


 葵は左手で高橋の手首を掴んだ。


 刃先が顔の横まで迫る。


「離せ!」


 高橋が体重をかける。


 葵は片脚。


 押し切られる。


 刃先が少しずつ下がってくる。


「返して……!」


「まだそれかよ!」


「私の……端末……!」


「こんな時まで!」


 葵は右手で高橋の防護具を掴む。


 身体を横へ崩した。


 高橋も引かれる。


 2人が地面へ倒れた。


 ナイフが高橋の手から離れる。


 少し先へ落ちた。


 高橋が先に起き上がる。


 葵は立てない。


 高橋がナイフへ手を伸ばす。


 葵も地面を這う。


 高橋の指が柄へ届く。


 その直前。


 葵が高橋の左足首を掴んだ。


「離せ!」


 高橋が蹴る。


 葵の肩に踵が当たる。


 それでも離さない。


 もう一度。


 今度は腕。


「離せって!」


 葵の指が緩む。


 高橋がナイフを拾った。


 振り返る。


 葵は地面に倒れている。


「……もうやめろよ」


 高橋の声が震えていた。


「なんでそこまでやるんだよ」


 葵はゆっくり顔を上げる。


「生きたいから」


 高橋の表情が止まった。


 同じだった。


 自分と。


「……俺だってそうだよ」


「知ってる」


「だったら!」


「だから譲れない」


 葵は左脚だけで身体を起こした。


 右脚を引きずる。


「高橋も死にたくない」


「ああ」


「私も死にたくない」


「ああ!」


「だったら」


 葵が高橋を見る。


「どっちかが諦めるしかない」


 高橋がナイフを握り締めた。


「俺は諦めない」


「私も」


 高橋が走った。


 ナイフを突き出す。


 葵は動けない。


 逃げられない。


 だから、前へ出た。


「なっ――」


 高橋の予想と逆だった。


 葵は左へ身体をずらしながら、高橋の右腕へ両手を絡めた。


 刃先が脇腹を掠める。


 服が裂ける。


 そのまま腕を抱え込む。


 高橋の勢いを利用して身体を回した。


 2人が再び倒れる。


 ナイフが落ちる。


 今度は葵のすぐ横。


 葵が掴んだ。


 高橋も手首を掴む。


「離せ!」


 今度は立場が逆だった。


 葵がナイフを持つ。


 高橋が止める。


 互いに腕を押し合う。


 高橋には防護具がある。


 胸や腹へ刺しても止められるとは限らない。


 葵は狙いを変えた。


 高橋もそれに気づく。


「やめろ!」


 必死に葵の腕を押し返す。


 葵の右脚から血が流れる。


 力が抜けていく。


 長引けば負ける。


 葵は歯を食いしばった。


 高橋の手首へ頭をぶつける。


「っ!」


 握力が緩む。


 葵は腕を引き抜いた。


 ナイフを振る。


 高橋が避ける。


 刃が頬を浅く切った。


「くそっ!」


 高橋が葵を突き飛ばす。


 葵が仰向けに倒れる。


 高橋が覆いかぶさる。


 ナイフを奪おうとする。


 葵は左手で高橋の顔を押す。


 高橋の指がナイフを持つ手へ迫る。


 葵は右脚を動かそうとした。


 激痛。


 動かない。


 左脚だけで高橋の身体を押す。


 足りない。


「離せ!」


「返して!」


「しつこいんだよ!」


 高橋の手が葵の手首を掴んだ。


 地面へ叩きつける。


 1回。


 2回。


 指からナイフが外れかける。


 葵は高橋を見た。


 防護具。


 肩に刺さった矢。


 頬の傷。


 荒い呼吸。


 そして。


 高橋のバッグ。


 F端末が入っている。


 もう少し。


 それだけなのに。


 高橋が葵の手からナイフを奪った。


「……終わりだ」


 息を切らしながら、高橋が言った。


 ナイフを握り直す。


 葵は地面に倒れたまま。


 逃げられない。


 高橋が刃を振り上げる。


 その時。


 葵の右手が地面を掴んだ。


 土。


 枯れ葉。


 それを高橋の顔へ投げつけた。


「っ!」


 高橋が目を閉じる。


 葵は左脚で高橋の腰を蹴った。


 体勢が崩れる。


 葵は身体を横へ転がした。


 高橋の手からナイフが落ちる。


 葵が掴む。


 高橋も目を開けた。


「葵!」


 高橋が飛びつく。


 葵は逃げなかった。


 ナイフを両手で握る。


 高橋の防護具では覆われていない位置へ向ける。


 高橋も止まれない。


 2人の身体がぶつかった。


 高橋の動きが止まる。


「…………」


 葵も動かなかった。


 数秒。


 高橋が自分の身体を見る。


 防護具の境目。


 そこにナイフが深く入っていた。


「……嘘だろ」


 葵は何も言わない。


 高橋の手が葵の肩を掴む。


「俺……」


 力が入らない。


「死にたく……」


 高橋の膝が崩れた。


 葵も一緒に倒れそうになる。


 高橋の身体を押し退ける。


 地面へ倒れる。


「……なかったのに……」


 高橋の声が小さくなる。


 葵はその場に座り込んだ。


 右脚が激しく痛む。


 呼吸もまともに整わない。


 それでも高橋から目を離さなかった。


 高橋の動きが止まるまで。


 待った。


 長い時間に感じた。


 やがて。


 高橋は動かなくなった。


     *


 葵はしばらくその場から動けなかった。


「……痛い」


 ようやく声が出た。


 右脚を見る。


 血で濡れている。


 立てるか試す。


「っ……!」


 すぐに崩れた。


 無理だった。


 少なくとも、今までのようには歩けない。


 葵は左脚と両腕を使って高橋のところまで移動した。


 バッグへ手を伸ばす。


 開く。


 最初に見つけた。


 黒い端末。


 手に取る。


 画面を起動する。


《EXTRA BULLET》


《PLAYER 08》


《TERMINAL:F》


 葵は目を閉じた。


「……戻った」


 自分の端末。


 ようやく取り返した。


 胸元へ抱える。


 だが。


 これで終わりではない。


 葵はクリア条件を開いた。


《アップグレード済みPLAYER TERMINALを1台破壊してください》


 Fを見つめる。


 これは壊せない。


 条件を達成したあと。


 自分の首輪へ読み込ませる端末が必要になる。


 Fを壊してしまえば、それができない。


「もう1台……」


 どこかにある。


 自分以外のアップグレード済み端末。


 誰が持っているのかは分からない。


 探さなければならない。


 葵は高橋のバッグへ視線を戻した。


 その中に、見覚えのない物がある。


 金属製の輪。


「……首輪?」


 取り出す。


 参加者用の首輪。


 葵は高橋を見る。


 なぜ持っている。


 誰の物なのか。


 答えはない。


 高橋の自分の首には、まだ首輪がある。


 なら、これは別の参加者のものだ。


「…………」


 葵は少し考えたあと、美咲の首輪をバッグへ戻した。


 自分には必要ない。


 今必要なのはF。


 そして、もう1台のアップグレード端末。


 葵はクロスボウを回収するため、地面を這うように移動した。


 右脚はまともに使えない。


 この状態で島を歩き回るのは危険だった。


 それでも止まるわけにはいかない。


 F端末を胸元へしまう。


 木へ手をかける。


 左脚だけで、ゆっくり身体を起こした。


「……探さないと」


 右脚を地面へつける。


 激痛。


 顔が歪む。


 それでも一歩。


 左脚を前へ。


 右脚を引きずる。


 もう一歩。


「まだ……終わってない」


 高橋の遺体を残し、葵は歩き始めた。


 奪われたものは取り返した。


 だが首輪はまだ、自分の首にある。


 必要なのは、もう1台。


 葵の知らないところで。


 その条件を満たすことのできる端末は、すでに持ち主を失っていた。


 真由が残した、M端末。


 それは今。


 黒田たちと共に、島のどこかを移動していた。

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