↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/176

第4話 新たな参加者



 風が吹くたび、建物の裏手には強烈な腐敗臭が立ち込めた。


「……まだ調べるの?」


 少し離れた場所から、詩織が声をかけてきた。顔色は悪く、こちらへ目を向けても、すぐに視線を外してしまう。先ほど吐いたばかりなのだ。無理に近づかせるつもりはなかった。


「ああ。何か残ってるかもしれない」


「何かって……?」


「このゲームの手掛かり」


 蓮はそう答え、死体のそばへしゃがみ込んだ。背後で詩織が息を詰める気配がしたが、足音は続いてこなかった。


「無理して来なくていいぞ」


「……行かない。絶対行かない」


「それでいい」


 即座に返ってきた言葉に、それ以上は何も言わなかった。


 蓮自身、触れずに済むならそうしたかった。息を吸うたびに胃がむかつき、視線を動かすだけで、折り重なった手足が目に入る。それでも、何も知らないままこの島を歩き回るよりは、今ここで調べられることを調べておくべきだと思った。


 父親が残した言葉の意味も知りたかった。だが、それ以上に、ここから生きて帰る方法を見つけなければならなかった。


 一番手前にある死体は、かなり腐敗が進んでいた。衣服は汚れ、ところどころが破れている。その首元には、金属製の輪が残っていた。


「……やっぱり同じか」


 自分の首輪へ触れながら、見える範囲を確かめた。細部まで一致しているかは分からないが、形はよく似ていた。隣の死体にも、その奥に見える首元にも、同じような輪があった。


 ほとんど骨が露出しているものもあれば、それより新しく見えるものもある。専門的な知識はなかったが、全員が同じときに死んだようには思えなかった。この島では、以前にも同じようなことが行われていたのではないか。見れば見るほど、その疑いは強くなった。


 蓮はためらいながら、手の届く死体の衣服を調べた。ポケットを確かめ、袖口や足元にも目を向ける。身元が分かるものでも、ゲームに関係するものでも、何か一つ残っていないかと思った。


 だが、財布もスマートフォンも見つからなかった。身分証らしいものさえない。


「何も持ってない……」


 誰かが回収したのか、それとも最初から持ち込めなかったのか。空のポケットだけでは判断できなかった。


 もう少し奥を確かめようとしたところで、詩織に呼ばれた。


「蓮」


「何かあった?」


「違う。こっち来て」


 声の調子が変わっていた。顔を上げると、詩織は死体ではなく、足元の地面を見ていた。


 蓮は立ち上がり、彼女のそばへ向かった。


「どうした?」


「これ」


 指差された場所では雑草が途切れ、湿った土が露出していた。そこに、靴底の跡が残っている。


「……足跡?」


「うん。私たちのじゃないよね」


 蓮はしゃがみ込み、地面へ目を凝らした。一つだけではなかった。いくつもの跡が、死体のある場所から離れるように続いている。


 いつついたものか、正確には分からない。それでも、長く雨風にさらされていた跡には見えなかった。


「これ……古くないよな」


「私もそう思う」


 蓮は立ち上がり、足跡の続く先を見た。広場の端から先には、再び深い森が広がっていた。


「誰か、ここに来たんだな」


「ほかの参加者?」


「可能性はある」


「……追うの?」


 蓮は首を振った。


「誰のものか分からない」


 同じ参加者だからといって、安全な相手とは限らない。端末にあった、法律は適用されないという一文が頭を離れなかった。意味が分からないからこそ、無防備に知らない相手を追うべきではなかった。


「一旦、広場に戻ろう」


「うん」


 二人が引き返しかけたとき、森の中で草の擦れる音がした。


 蓮は振り返った。詩織も動きを止め、木々の奥を見つめている。枝葉の向こうで、何かが動いた。


 蓮は一歩前へ出て、詩織を背後へ下がらせた。


「誰だ」


 返事はなかった。蓮は茂みから目を離さず、もう一度呼びかけた。


「いるんだろ。出てこい」


 数秒ほど間があったあと、女の声が返ってきた。


「……そっちこそ、誰?」


 木々の間から、長い髪の女性が姿を現した。取り乱した様子はなかったが、その視線は蓮の顔から手元へ、続いて背後の詩織へと動いた。こちらを注意深くうかがっているのが分かった。


 手には黒い端末があり、首には金属製の輪がはまっていた。


 蓮が口を開く前に、その後ろから低い声がした。


「一人じゃない」


 もう一人、男が茂みを抜けてきた。ほとんど表情を変えず、蓮たちを見ている。男も端末を持ち、同じような首輪をつけていた。


 四人は距離を保ったまま向き合った。相手もこちらへ近づこうとはせず、しばらく誰も口を開かなかった。


 先に沈黙を破ったのは、女性だった。


「その首輪……あなたたちも参加者?」


「たぶんな」


「たぶん?」


「目が覚めたらここにいた。それだけだ」


「……私たちも同じ」


 蓮は二人の手元を確かめてから尋ねた。


「何て呼べばいい?」


 女性は少しためらい、蓮の顔を見た。


「……夢篠佳子」


 隣の男にも視線が向いたが、男はすぐには答えなかった。やがて、短く名乗った。


「黒田修司」


「俺は神谷蓮」


 蓮が返すと、背後にいた詩織も小さく口を開いた。


「……七瀬詩織」


 名前を交わしても、誰も距離を詰めなかった。佳子は詩織の強張った顔を見てから、建物の裏へ視線を向けた。


「……見た?」


 蓮が尋ねると、佳子は頷いた。


「見た。吐きそうになったけどね」


 隣の黒田は何も言わなかった。その顔からは、死体を見てどう思ったのかも読み取れなかった。


「そっちは、何か分かったか?」


 佳子は手にした端末を少し持ち上げた。


「参加者が十五人いることと、七十二時間。それから、賞金十億円と首輪のことくらい」


「俺たちと同じだな」


「最初に見られる情報は、みんな同じなのかもしれないね」


 蓮は佳子の端末へ目を向けた。


「ほかには何が出てる?」


 佳子の返事が、わずかに遅れた。


「……あなたは?」


 問い返されて、蓮は彼女の顔を見た。


 おそらく、考えていることは同じだった。どこまで話すべきか、何を話せば不利になるのか。情報を比べたいと思う一方で、そのために自分の手元を明かしていいのか判断できずにいる。


「地図は見た。だから中央広場に来た」


 蓮が答えると、佳子はしばらくこちらを見ていたが、それ以上は尋ねなかった。


「私たちも似たようなもの」


「二人は、最初から一緒だったのか?」


「違う」


 今度は黒田が答えた。


「途中で会った」


 それ以上話すつもりはないらしく、男は口を閉じた。蓮も、続けて問いただすことはしなかった。


 詩織がそっと近づき、蓮にだけ聞かせるつもりの声で囁いた。


「……怖い、この人」


 黒田の視線が動いた。聞こえていたらしいと気づき、詩織が身体を強張らせた。


「安心しろ」


「え?」


「俺もお前たちを信用していない」


 詩織は返す言葉を失った。佳子が二人を見比べ、苦笑した。


「そういう言い方するから怖がられるんじゃない?」


 黒田は答えなかった。


 少なくとも、二人がすぐに危害を加えてくる様子はなかった。ただ、それだけで安心することもできない。蓮が相手を観察している間にも、向こうは同じように、こちらの言葉や動きを見ているはずだった。


「一つ聞いていい?」


 佳子が、端末を持ち直した。


「あなたたち、自分のクリア条件は確認した?」


 蓮は彼女を見た。詩織も顔を上げたが、何も言わなかった。


「それを聞いてどうする?」


 数秒の間を置いて蓮が返すと、佳子は少し目を細めた。


「……やっぱり、そうなるよね」


「何が?」


「みんな同じ条件なのか、違うのか。それを知りたかっただけ」


「だったら、まず自分のを言えばいい」


 佳子は黙った。


 蓮も続きを促さなかった。何を確かめたかったにせよ、彼女は自分の条件を明かすつもりはないらしかった。


「……なるほど」


「お互い様ね」


 佳子は小さく笑ったが、その目は慎重なままだった。黒田も会話に入ろうとはしなかった。


 蓮の隣では、詩織がバッグに手を添えていた。中には壊れた端末が入っている。彼女は自分の条件を確かめることさえできていないが、今この場で、それを二人へ伝える理由はなかった。


「ほかには?」


 蓮は話を変えた。


「何か見つけたか?」


「今のところは何も。人を探して、ここに来ただけ」


「あ……」


 佳子の返事を聞き、詩織が口を開いた。


「足跡があった」


 蓮が隣を見ると、詩織は先ほどの場所を指差した。佳子もそちらへ顔を向けたが、黒田は何も言わずに歩き出した。


「おい」


 呼びかけても、黒田は足を止めなかった。土の露出した場所へ行くと、しゃがみ込んで地面を調べ始めた。


 しばらくして、低い声がした。


「……俺たちのじゃない」


 佳子が近づいた。


「分かるの?」


「方向が違う」


 蓮もそばへ行き、黒田の指す場所を見た。


「これは、森から広場へ来た跡じゃない」


「じゃあ?」


「広場から森へ向かってる」


 靴先の向きと足跡の並びを示され、蓮はその先へ目を向けた。先ほど自分たちが見たとおり、跡は森の方へ続いていた。


 少なくとも、今現れた二人とは別の誰かが、ここにいたらしい。


「ほかの参加者かな」


 詩織の問いに、黒田は顔を上げずに答えた。


「分からない」


 森の入口には草が茂り、その奥の地面は見えなかった。誰がどこへ向かったのか、追ってもいない自分たちに分かるはずがなかった。


「これからどうする?」


 不意に佳子が尋ねた。蓮は足跡から目を離し、彼女を見た。


「俺に聞くな」


「なんとなく。あなたが決めそうだから」


「勝手に決めるな」


「じゃあ、どうする?」


「結局聞くのかよ」


 佳子が少し笑った。蓮は息を吐き、広場と周囲の建物を見回した。


 ここへ来れば何か分かるかもしれないと思っていた。実際、ほかの参加者とは出会えたが、分からないことはむしろ増えていた。目の前の二人についても、名前と、同じ首輪をつけていることくらいしか知らない。


「まず、この広場をもう少し調べる」


「死体も?」


 詩織が顔を引きつらせた。


「あれは俺がやる」


「……お願いします」


 返事があまりに早く、佳子が小さく笑った。


「じゃあ、私も手伝う」


 蓮は彼女を見た。


「大丈夫なのか?」


「平気とは言ってない」


 佳子は建物の裏へ視線を向けた。口元に力が入り、さっきまでの笑みが消えた。それでも、やめるとは言わなかった。


「何も知らないままの方が怖いから」


 蓮は返事をしかけて、口を閉じた。自分も、同じことを考えていた。


 ふと目が合ったが、佳子は視線を外さなかった。蓮の方から建物へ顔を向けた。


「……好きにしろ」


「そうする」


 迷いのない返事を背に、蓮は歩き出した。少し離れた場所では、立ち上がった黒田が二人を見ていた。


 協力することになったからといって、信用したわけではなかった。佳子も同じだろう。今は互いに、調べるべきだと考えた場所が一致しているだけだった。


 蓮にも、話していないことがあった。


 三年前、父親が死の間際に残した言葉。ゲームには関わるなと、手首を掴んでまで言い聞かせた理由。それを佳子や黒田へ打ち明けるつもりはなかった。


 詩織にも、まだ話せなかった。


 父親が何を知り、このゲームとどんな関係にあったのか、蓮自身にも分かっていない。口にしたところで説明できず、余計な疑いを招くかもしれなかった。確かめられるまでは、自分の中に留めておくしかない。


 建物の裏へ戻る手前で、蓮はもう一度、森へ続く足跡を見た。


 十五人のうち、ここにいるのは四人だった。残る十一人がどこで何をしているのか、あの足跡を残した者がその中にいるのかも分からない。


 風が吹き、再び腐敗臭が流れてきた。隣を歩く佳子が口元を覆った。蓮も袖を鼻へ押し当て、死体のそばにしゃがみ込んだ。


 さっきは何も見つからなかった。それでも、ここを離れる前に、もう少し確かめておきたかった。父親の言葉も、この島で起きていることも、今はまだ、何一つつながってはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。