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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第3話 中央広場



「……本当にこっちで合ってる?」


 後ろを歩いていた詩織が、不安そうに尋ねた。蓮は足を止め、手にした端末へ目を落とした。現在地を示す印は、先ほどよりも確実に《中央広場》へ近づいている。方向を間違えてはいないはずだった。


「地図ではな。もう、それほど遠くない」


 答えて顔を上げても、行く手には相変わらず木々が立ち並んでいた。


 森を歩き始めてから、かなり時間が経っていた。その間、二人は誰とも出会っていない。端末に書かれていた参加者は十五人。自分たちのほかに十三人いるはずなのに、話し声はおろか、人が歩いている気配さえ感じられなかった。


「ねえ、蓮」


「ん?」


「さっき見せてもらったゲームのルール……もう一回見てもいい?」


「いいけど」


 端末を渡すと、詩織はその場で【ゲームルール】を開いた。蓮も横から画面を見た。


《参加者 15名》

《制限時間 72時間》

《首輪が無い状態で72時間生き残ればゲームクリア》

《賞金総額 10億円》


 何度読み直したところで、書かれている内容は変わらない。詩織はしばらく画面を見つめてから、小さく呟いた。


「……十億円」


「ああ」


「本当にこんなお金、もらえると思う?」


「分からない」


「それに……」


 詩織が画面を送り、ある一文のところで指を止めた。


《ゲーム中、法律は適用されません》


「法律が適用されないって、どういう意味?」


「俺に聞くなよ」


「そうだけど……」


 詩織はもう一度その文章を読み、空いている手を首元へ伸ばした。指先が金属に触れると、わずかに眉を寄せた。


 解除条件を満たさずに端末を読み込ませれば、首輪は爆発する。そう書かれていた。悪趣味な冗談だと笑い飛ばせればよかったが、実際に首には外せない輪がついている。何もかも嘘だと思い込むには、その感触が確かすぎた。


 詩織は首輪から手を離し、端末を返した。


「……怖い」


 蓮はすぐには答えられなかった。


 自分も怖くないわけではない。知らない場所に連れてこられ、爆発すると説明されたものを首にはめられている。今は歩く場所を決め、地図を確かめることで、どうにか目の前のことに意識を向けているだけだった。


「中央広場まで行こう」


 ほかに言えることが見つからず、蓮はそう促した。詩織は少し俯いてから、頷いた。


「……うん」


 再び歩き始めて間もなく、木々の向こうに明るい場所が見えてきた。枝葉の重なりが薄くなり、その先に空が広がっている。


「蓮」


「ああ」


 端末を確かめるまでもなかった。森が途切れた先に、地図に載っていた中央広場があった。


     *


 木々の間を抜けると、視界が大きく開けた。


 広場は、蓮が想像していたよりも広かった。ただ、人が集まる場所という名前から思い浮かべる景色とは、ずいぶん違っていた。


 地面にはいくつもの亀裂が走り、その隙間から雑草が伸びている。周囲に点在する建物も古びていて、長く手入れされていないように見えた。蓮は足を緩め、建物の間や広場の端へ視線を巡らせたが、人影はなかった。


「……誰もいないね」


「俺たちが早かったのかもしれない」


「ほかの人も、ここに来るかな」


「分からない。でも、地図を見たなら可能性はある」


 そう答えながら、蓮はもう一度周囲を確かめた。誰かがつい先ほどまでいたような形跡も、今のところ見当たらない。


 ここでしばらく待つべきか。それとも、先に周囲の建物を調べた方がいいのか。考えながら歩きかけたとき、鼻先を妙な臭いがかすめた。


「……ん?」


 思わず鼻を押さえると、隣の詩織も顔をしかめた。


「何、この臭い……」


 風が吹き、今度ははっきりと悪臭が流れてきた。詩織が息を詰め、口元を押さえる。


 腐った生ゴミの臭いとは違っていた。もっと重く、鼻の奥へまとわりつき、息を吐いても残るような臭いだった。一度吸い込んだだけで胃がむかつき、蓮は浅く呼吸しながら辺りを見回した。


「……向こうだ」


 広場の奥にある、古びた建物。その裏手から、風に乗って臭いが運ばれてくるらしかった。


「行くの……?」


 詩織は露骨に嫌そうな顔をした。


「確認する」


「やめた方がよくない?」


「分からないままの方が嫌だ」


 蓮が歩き出すと、背後で詩織がためらう気配がした。


「ちょ、ちょっと待って」


 一人で残るのも不安なのだろう。すぐに足音が追ってきた。


 建物へ近づくほど臭いは強くなり、蓮も服の袖で鼻と口を覆った。それでも防ぎきれず、口の中まで嫌な味が広がっていくようだった。


「……なんだよ、これ」


 建物の横を抜け、裏手へ回ったところで、蓮は足を止めた。


 目に入ったものが何なのか、すぐには理解できなかった。視線を動かし、一つひとつの形を確かめるうちに、身体が冷えていった。


 後ろから来た詩織が、危うく蓮の背中にぶつかりかけた。


「どうしたの?」


 蓮は返事ができなかった。


「蓮?」


 不審に思った詩織が、横から向こうをのぞき込んだ。息を呑む音が、すぐそばでした。


 建物の裏には、人間の死体が積まれていた。


 一人や二人ではなかった。いくつもの身体が折り重なり、下になった者の姿はほとんど見えない。誰かを弔うために横たえた様子はなく、空いた場所へ次々と投げ出したかのように、無造作に重なっていた。


「いや……」


 詩織が一歩下がった。


「なに……これ……」


 声が途切れ、彼女は口元を押さえた。蓮が顔を向けたときには、もうその場にしゃがみ込んでいた。


「詩織?」


 返事の代わりに、苦しそうなえずきが漏れた。詩織は死体から顔を背け、胃の中のものを吐き出した。背中を丸めて肩を震わせ、吐くものがなくなっても、しばらく咳き込んでいた。


 蓮はそばに立ったまま、何も言えなかった。自分も胃の奥から込み上げてくるものを、必死に呑み込んでいた。袖を口元へ押しつけ、呼吸を浅くしても、臭いは入り込んでくる。


「はぁ……はぁ……」


 詩織が涙の滲んだ目を伏せ、何度も息をした。


 蓮は視線を死体へ戻した。見続けたいわけではなかった。それでも、目を背ける前に気になることがあった。


 死体の状態が、どれも同じではない。


 ひどく腐敗が進んでいるものもあれば、それより新しく見えるものもある。身につけている服はまちまちで、男も女もいた。見分けられる範囲でも、年齢は揃っていなかった。


 全員が一度に死んだのだろうか。そう考えるには、身体の状態に差がありすぎるように思えた。


 そして、いくつかの首元に、見覚えのある金属があった。


「……首輪」


 自分の首へ手を伸ばし、蓮は目の前の輪と見比べた。形がよく似ていた。すべての死体に残っているかまでは分からなかったが、少なくとも、見間違いではなかった。


「蓮……」


 詩織が口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。まだ気分が悪いらしく、死体の方へは顔を向けられずにいた。


「これって……」


 蓮はすぐには答えなかった。


 ここにいる者たちも、同じ首輪をはめられていたのだとしたら。自分たちのように、この島で目を覚ましたのだとしたら。


 今回の十五人とは別に、ここへ連れてこられた人間がいたことになる。


「……前にも」


「え?」


「前にもやってたんじゃないのか。このゲーム」


 詩織が顔を上げた。その唇がわずかに動いたが、言葉は出なかった。


 蓮にも確証はなかった。首輪が似ているだけで、何もかも決めつけることはできない。それでも、積み重なった身体と、それぞれに違う死後の状態を見ていると、ほかの説明が浮かばなかった。


 そのとき、記憶の奥から父親の声が蘇った。


 ――ゲームには……関わるな。


 蓮は息を止めた。


 三年前の病室。消毒液の匂いと、一定の間隔で鳴っていた電子音。痩せ細った手に手首を掴まれ、思いがけない力に驚いたことまで、鮮明に思い出した。


「……親父」


 ――もし……誰かから誘われても、絶対に行くな。


 ――お前は……何も知らないままでいい。


 あのときは、何を言われているのか分からなかった。死を目前にした父親が、何かに怯えながら、意味の分からないことを口にしている。そう受け止めることしかできなかった。


 だが今、ゲームという言葉は、目の前の死体や、自分の首にはめられた輪と結びついていた。


 まさか、と思いながら、蓮はもう一度その光景を見た。


 十五人の参加者を集め、十億円を賞金として示し、法律は適用されないと告げるゲーム。父親が関わるなと言っていたのは、これだったのだろうか。


「……これのことだったのか」


「蓮?」


 詩織が不安そうにこちらを見ていた。


「どうしたの?」


 蓮は答えられなかった。


 父親の言っていたゲームと、今自分が巻き込まれているものが、同じだという証拠はない。けれど、ただ言葉が一致しただけだと片づけることも、もうできなかった。あの必死な目つきと、手首を掴む強さには、理由があったのだ。


 蓮は拳を握った。父親が何を知っていたにせよ、自分はすでに、その忠告が届かない場所まで来てしまっていた。


「……蓮?」


「このゲーム、まともじゃない」


 積み重なった死体を見つめたまま、蓮は言った。


「十億とか、七十二時間とか……そんなのが一番の問題じゃない」


 詩織は黙って聞いていた。


 もし、ここにあるのが以前の参加者の死体なら、それを回収し、弔う人間はいなかったことになる。建物の裏へ積まれ、腐るままに放置されている。


 ゲームを運営する者たちは、この光景を知らないのだろうか。知らずに同じ島を使い、また十五人もの人間を連れてくることがあるだろうか。


「最初から……人が死ぬことを分かってやってる」


 口にして初めて、その考えが逃れようのない重さを持った。


 風向きが変わり、腐敗臭が再び二人を包んだ。詩織が口元を押さえて顔を背けた。蓮も袖で鼻を覆ったが、足は動かなかった。


 父親が何を恐れていたのか、そのすべてが分かったわけではない。このゲームとどんな関係にあったのかも、まだ分からなかった。それでも、最後に残した言葉を、もう意味のないうわ言として思い出すことはできなかった。


 あれは、警告だったのだ。


 目の前には、過去の参加者かもしれない者たちの死体があり、自分の首には、爆発すると説明された輪がある。なぜここへ連れてこられたのかも、誰がこのゲームを作ったのかも分からないまま、蓮はその中に立っていた。


 先ほどまで眺めていた端末の文章が、頭に浮かんだ。


 首輪がない状態で、七十二時間生き残ればゲームクリア。


 あの画面には、死ぬとは書かれていなかった。ただ、生き残れと書かれていた。その言葉が何を意味するのかを、建物の裏に積まれた者たちは、蓮たちより先に知っていた。

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