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エクストラバレット  作者: ほむら
1章 エクストラバレット

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第43話 先に動く者



 黒田は足を止めた。


 半分地面に埋まったコンクリート施設から20メートルほど離れた場所。木々が密集し、昼間でも薄暗い。


 さっき確かに何かが動いた。


 風ではない。


 人間だ。


「いるなら出てこい」


 返事はなかった。


 黒田は周囲を見ながら、ゆっくり前へ進む。


 背後には三浦と美月がいる。


 ここで不用意に離れすぎるわけにはいかない。


 もう一度、枝が揺れた。


 右。


 黒田が振り向く。


 その瞬間だった。


 何かが飛んできた。


「――っ!」


 身体を反らす。


 刃物が頬のすぐ横を通過し、後ろの木へ突き刺さった。


 黒田はすぐに身を低くした。


「黒田!」


 三浦の声。


「来るな!」


 黒田は叫びながら、刃物が飛んできた方向を見る。


 人影が走った。


 女。


 顔までは見えなかったが、服には見覚えがある。


「……桐谷」


 黒田は追わなかった。


 代わりに三浦と美月のもとへ戻る。


「大丈夫か?」


「ああ」


 黒田は頬へ触れた。


 指先にわずかに血がつく。


 掠ったらしい。


 美月が木に刺さった刃物を見て、表情を強張らせた。


「これ……さっきも」


「ああ」


 三浦も気づいた。


「やっぱり桐谷だったのか?」


「姿を見た」


 黒田が答える。


「間違いないと思う」


 美月の顔から血の気が引いた。


「なんで……?」


 黒田は答えなかった。


 理由はある程度想像できる。


 2nd STAGE。


 全員の条件が変わった。


 桐谷真由にも、何かが与えられている。


 そしてその条件が、自分たちと関係している可能性が高い。


「美月」


「……何?」


「お前、桐谷に何か聞いてないか?」


「何も。ほとんど話したこともないよ」


「三浦は?」


「俺もない」


 黒田は考える。


 自分。


 三浦。


 美月。


 3人をまとめて追っている。


 偶然とは考えにくい。


「俺たち3人が狙われている可能性がある」


 三浦の表情が変わった。


「条件か」


「たぶんな」


 美月が自分の首元へ手をやった。


 そこに首輪はない。


「……私たち、3人とも首輪が外れてる」


 黒田と三浦が美月を見る。


「白石も」


 美月が続ける。


「美咲もそうだった」


 沈黙が落ちた。


 黒田はすぐに答えを出さなかった。


 だが、無視できない共通点だった。


「桐谷の条件が、首輪の外れた人間に関係している?」


 三浦が言う。


「可能性はある」


 黒田は木に刺さった刃物を見る。


「だとしたら、ここに留まるのはまずい」


「建物は?」


「使う。ただし先に入口を開けられるか確かめる」


 黒田はコンクリート施設を見る。


 認証パネル。


 そして、ポケットの中にある《G》のパーツ。


 試すべきか。


 さっきまでは、何が起きるか分からないから使わなかった。


 だが状況が変わった。


 外にいれば、桐谷がまた来る。


 次は刃物だけとは限らない。


 黒田はポケットの上から《G》を握った。


 まだ決めきれなかった。


     *


 真由は走っていた。


 かなり離れたところまで来て、ようやく足を止める。


「はぁ……はぁ……」


 木へ手をつく。


 心臓が激しく鳴っている。


 手も震えていた。


 外した。


 また。


 いや。


 今度は黒田の頬に当たった。


 少しだけ。


 血が見えた。


「…………」


 真由は自分の手を見る。


 さっきまで握っていた刃物はもうない。


 投げた。


 自分の意思で。


 美月の時とは違う。


 今回は、黒田が近づいてくるのを待っていた。


 そして狙った。


「私……」


 声が震える。


 殺そうとした。


 その事実を否定できなかった。


 もし少しずれていたら、首に刺さっていたかもしれない。


 黒田は死んでいたかもしれない。


 そう考えた瞬間、吐き気が込み上げる。


 真由は口元を押さえた。


「違う……」


 誰に言うでもなく呟く。


「条件が……」


 端末を取り出す。


 表示する。


《2nd STAGE開始時点で首輪が外れていた生存参加者4名全員の死亡を確認してください》


 黒田修司。


 三浦和也。


 橘美月。


 白石悠真。


 4人。


 この4人が生きている限り、自分はクリアできない。


「私が決めたんじゃない……」


 真由は端末を握り締める。


「こんな条件にしたのは、私じゃない」


 だから。


 仕方がない。


 その言葉が浮かんだ。


 以前なら、すぐに否定していたはずだった。


 仕方がないわけがない。


 人を殺していい理由になんてならない。


 そう思えた。


 だが今は、その否定が少し遅れた。


 ほんの少しずつ。


 自分の中で何かが変わっている。


 真由は端末を閉じた。


 まだ終わっていない。


 黒田は生きている。


 3人とも生きている。


「……次は」


 言いかけて、口を閉じる。


 次は何だ。


 次は当てる?


 その言葉を最後まで口にすることはできなかった。


 それでも真由は逃げなかった。


 少し距離を取り、再び黒田たちを追うために歩き始めた。


     *


「本当に1人で行くのか?」


 藤堂の問いに、高橋は頷いた。


「ああ」


「条件に必要なものを探すって言ってたけど、何を探すんだ?」


 白石が尋ねる。


 高橋は少し考えた。


 自分の条件そのものは、まだ詳しく話していない。


 話せば白石の持っている首輪についても説明しなければならなくなる。


「今は言えない」


「またそれかよ」


「悪い」


「まあ、無理に聞かないけどさ」


 白石は頭を掻いた。


 藤堂は納得していないようだった。


「単独行動は勧めない」


「分かってる」


「今は銃を持った人間もいる。拠点を襲った奴もいる」


「それでも行く」


 高橋の答えは変わらなかった。


 藤堂はしばらく高橋を見ていた。


「……分かった。ただし、危険だと思ったら戻れ」


「ああ」


「無理に条件を進めようとするな」


 その言葉に、高橋は一瞬だけ黙った。


「分かってるよ」


 答えながら、自分でも分かっていないと思った。


 どこまでなら許されるのか。


 何をしたら戻れなくなるのか。


 そんな境界線は、もう以前ほどはっきりしていない。


 高橋は2人と別れ、南へ向かった。


 葵が逃げた方向。


 確実にそこにいるわけではない。


 だが探す価値はある。


 F。


 アップグレードされたPLAYER TERMINAL。


 物資情報。


 特殊物資情報。


 あれがあれば、武器の位置が分かる。


 この島で生き残るための情報を、他の参加者より先に手に入れられる。


 そして、自分の条件を進める方法も見つけられるかもしれない。


「貸してもらえばいい」


 高橋は自分に言い聞かせるように呟いた。


 葵に会う。


 事情を話す。


 端末を貸してもらう。


 それだけだ。


 もし断られたら。


 また、その言葉が浮かぶ。


 高橋は足を止めなかった。


     *


 蓮たちは森の中で小さな窪地を見つけ、そこで一度足を止めていた。


 周囲を木と斜面に囲まれている。


 完全に安全とは言えないが、少なくとも遠くから狙われにくい。


「ここなら少し休めるかな……」


 詩織が木の根元へ座った。


「長居はしない」


 蓮は周囲を確認しながら答える。


「火が消えた頃に、別方向から佳子を探す」


「また行くの?」


 莉奈が聞く。


「ああ」


「さっき狙われたのに?」


「だから同じ道は使わない」


「そこまでして?」


 蓮が莉奈を見る。


「佳子は仲間だ」


「私も?」


「今は一緒に行動してるだろ」


「そうじゃなくて」


 莉奈は蓮を見つめる。


「佳子と同じ?」


 蓮は答えに詰まった。


「何の話だよ」


「仲間として」


「今それ確認する必要あるか?」


「あるよ」


「ない」


 莉奈は不満そうに頬を膨らませた。


 詩織がそのやり取りを見ながら、小さく息を吐く。


「2人とも元気だね……」


「元気じゃない」


 蓮は答えながら、地面へ座った。


 頭の中では別のことを考えていた。


 ボウガン。


 火炎瓶。


 そして、その前の銃撃と爆発物。


 同じ人間なのか。


 違う人間なのか。


 目的は何なのか。


 殺すことなら、もっと直接狙えたはずだ。


 少なくとも今回の攻撃は、明らかに進路を制限していた。


 佳子と合流させないように。


「蓮」


 詩織が隣から声をかける。


「何だ?」


「さっき言ってたことなんだけど」


「どれ?」


「同じ人が襲ってるって決めつけない方がいいって話」


「ああ」


「もし違う人だったら……」


 詩織は言葉を選ぶように少し黙った。


「危ない人が何人もいるってことだよね」


 蓮はすぐには答えなかった。


「そうなるな」


「…………」


 詩織が自分の首元に触れる。


「最初は、みんなで条件を達成できると思ってたのに」


 1st STAGE。


 あの頃は条件そのものが協力を前提としていた。


 誰かを助ければ、自分も助かる。


 そう考えることができた。


 今は違う。


 誰かの生存が、別の誰かの邪魔になる。


 誰かの死が、別の誰かの条件を進める。


「詩織」


「なに?」


「今は俺から離れるな」


 詩織が蓮を見る。


「……うん」


 短く答える。


 その顔から少しだけ不安が消えた。


 莉奈が横から蓮を見る。


「私は?」


「お前も勝手にいなくなるな」


「分かった」


 莉奈はすぐに機嫌を直した。


 蓮はため息をつく。


 その時。


 遠くから何かが聞こえた。


 蓮の表情が変わる。


「静かに」


 詩織と莉奈が黙る。


 耳を澄ませる。


 人の声ではない。


 規則的な音。


 電子音。


 短い音が何度も繰り返されている。


「何……?」


 詩織が囁く。


「分からない」


 蓮は立ち上がった。


 音は森の奥から聞こえてくる。


 端末の通知音とも少し違う。


 島の設備か。


 誰かが何かを作動させたのか。


「行くの?」


 詩織が尋ねる。


「少しだけ確認する」


「私も行く」


「私も」


 蓮は2人を見る。


「……離れるなよ」


 3人は音のする方へ向かって歩き始めた。


     *


 佳子と相馬は、小さな沢のそばを歩いていた。


 水量は少ない。


 だが森の中では目印になる。


「これを辿れば、どこかに出るかな」


 佳子が言う。


「少なくとも同じ場所を回ることはなくなる」


 相馬が答える。


 佳子は時々後ろを見る。


 相馬は一定の距離を保って歩いていた。


「そんなに離れなくてもいいよ」


「警戒してるんだろ?」


「してるけど、会話できないほど離れろとは言ってない」


「難しいな」


「何が?」


「近づけば警戒されて、離れたら呼び戻される」


「別に呼び戻してない」


 佳子は前を向く。


 少しだけ空気が軽くなった。


 だが、完全に気を抜くことはできない。


 相馬の条件は変わっていない。


「相馬」


「何?」


「もし私が怪我して動けなくなったら、どうする?」


 相馬の足が止まりかけた。


「急に何だよ」


「聞いてみただけ」


「助けるよ」


 答えは早かった。


 佳子が振り返る。


「本当に?」


「……今なら」


 最後の言葉だけ、少し遅れた。


「今なら?」


「俺だって分からないんだよ」


 相馬は目を逸らす。


「この条件を見せられてから、ずっと考えることが変なんだ」


 佳子は黙って聞く。


「誰かが危険な時、助けなきゃって思う。でもその直後に、死んだら俺の条件は進むって考える」


「…………」


「それが自分でも気持ち悪い」


 相馬は首輪へ触れた。


「だから今なら助ける。少なくとも、そう思ってる」


 佳子はしばらく何も言わなかった。


「だったら」


「ん?」


「今はそれでいいんじゃない?」


 相馬が顔を上げる。


「先のことなんて私も分からないし」


「怖くないのか?」


「怖いよ」


 佳子は即答した。


「だから警戒してる」


「そこは変わらないんだな」


「当たり前でしょ」


 相馬が少しだけ笑う。


 佳子も前へ向き直った。


 その時。


 沢の向こう側。


 木々の間で何かが光った。


「相馬」


「ああ」


 相馬も気づいた。


 2人は足を止める。


 誰かいる。


 佳子は身を低くした。


 相馬も木の陰へ入る。


 光はもう見えない。


「端末?」


 佳子が小声で言う。


「分からない」


 相馬は目を凝らす。


 次の瞬間。


 向こう側の茂みが揺れた。


 人影が走る。


「待って!」


 佳子が思わず声を出した。


 人影は止まらない。


 むしろ逃げるように森の奥へ消えていく。


「追う?」


 相馬が聞く。


 佳子は迷った。


 蓮たちを探すなら、人に会うこと自体は悪くない。


 だが、さっきボウガンで襲われたばかりだ。


「……やめよう」


 佳子が答えた。


「今は知らない相手を追わない方がいい」


「賛成」


 2人はその場を離れようとした。


 その時だった。


 相馬が地面を見て足を止める。


「佳子」


「何?」


「これ」


 沢のそば。


 濡れた土の上に、足跡が残っている。


 新しい。


 その横に、もう1つ。


 小さな黒いものが落ちていた。


 佳子が拾おうとする。


「待って」


 相馬が止めた。


「触らない方がいい」


 佳子は手を引っ込める。


 2人で覗き込む。


 黒い布の切れ端。


 端には、何かが染み込んでいる。


 赤黒い。


「……血?」


 佳子が呟く。


 相馬は答えなかった。


 足跡は沢の向こうへ続いている。


 逃げていった人影と同じ方向。


 その先に誰がいるのか。


 何が起きたのか。


 2人にはまだ分からない。


     *


 南側の森。


 高橋は1人で歩いていた。


 何度も立ち止まり、地面を見る。


 足跡。


 折れた枝。


 誰かが通った痕跡を探す。


 しばらく進んだところで、奇妙なものを見つけた。


 地面に刺さった短い矢。


「……何だ、これ」


 高橋はしゃがみ込む。


 触れずに見る。


 銃弾ではない。


 矢。


 近くには踏み荒らされた草がある。


 誰かがここを通った。


 しかも、つい最近。


 高橋は顔を上げた。


 さらに先へ進む。


 数分後。


 今度は匂いがした。


 油。


 そして、何かが燃えた臭い。


 地面の一部が黒く焦げている。


「…………」


 高橋は周囲を見る。


 誰もいない。


 だが、ここで何かが起きたことは間違いない。


 その少し先。


 木の根元に、小さな跡があった。


 靴跡。


 1人分。


 高橋はその方向を見る。


 南。


 自分が探していた方向と同じだった。


 葵がいるかもしれない。


 高橋は立ち上がる。


 そして、足跡を追い始めた。


 森のさらに奥では。


 まだ誰の姿も見えなかった。

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